シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

はっぴーめりーくりすます。4

リアクション公開中!

はっぴーめりーくりすます。4
はっぴーめりーくりすます。4 はっぴーめりーくりすます。4 はっぴーめりーくりすます。4 はっぴーめりーくりすます。4

リアクション



21


「やあ」
 とエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)がクロエに向けて手を振ると、クロエは少し驚いたような顔をした。それからすぐににこりと笑い、エースの方へと走り寄ってくる。
「メリークリスマス! このあいだもあったばっかりなのに、またあえるなんてうれしいわ」
 その一言で、ああ、だから驚いたのか、と思った。なんのことはない、日を空けずに工房を訪れることが初めてだったのだ。
「この間は作るのに熱中して話もできなかったからね。それに」
 言葉を切って、持参した箱をクロエに見せた。クロエは、好奇心たっぷりの目で箱とエースを交互に見つめる。
「あまいかおりがする!」
「正解。ブッシュ・ド・ノエルだよ。今年はいい感じに出来上がったから、みんなに食べてほしくて持ってきたんだ」
 箱の蓋を開ける。クロエの目が、いっそう輝いた。
「すごい! きれい、かわいい! このサンタさんとか、とってもすてき」
 喜色たっぷりの様子にこちらも嬉しくなった。それに、クロエが素敵と言ったところ――マジパンで作った白猫のサンタは、エースが特によくできたと思っているところだったので、得意げでもある。
「どうしよう。かわいすぎてたべられないかも」
「食べてもらうために作ったんだから、それは困るな」
「だって」
「ほら、いちごとか、真っ赤で美味しそうじゃない?」
 今年のいちごはとても甘い。このブッシュ・ド・ノエルに使ったいちごも色艶香り、どれも良く、甘いことは食べずともわかった。
 どう? とクロエに笑ってみせると、クロエは少しの間ためらって、それからひとつ頷いた。
「きりわけてくるわ」
「うん、ありがとう。……あ、その前に」
「?」
「メリークリスマス、クロエちゃん」
 エースは、持ってきたクリスマスリースをクロエに渡した。自宅の庭の花と柊で作った、華やかなものだ。
「わぁ……」
 感嘆の声を上げ、きらきらとした目でリースに見とれるクロエにリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)がふふっと優しく笑いかける。
「喜んでもらえたみたいで嬉しいわ」
「リリアおねぇちゃんとエースおにぃちゃんでつくったのね?」
「そうよ」
「クロエちゃん、お花好きそうだからたっぷり使いましょう、って提案したのはリリアなんだよ」
「すき。おはな、すきよ。うれしいわ。ありがとう!」
「どういたしまして」
 しかし、こんなに無邪気に喜ばれると『もうひとつ』の方はどうしようか。エースは、もうひとつのプレゼントをちらりと見る。日本では新年にこれを玄関先に飾るというが。
「どうかしたの?」
「え? ああ、えーと……うん、これもあげるね」
「?? なぁに、これ?」
「注連縄リース」
「???」
 聞き慣れない言葉だったのだろうか、クロエは疑問符をたっぷりと浮かべてリースを見た。エースも、クロエが見るリースを見た。注連縄が、リースのように円形になっている。柊等で飾られ、さらには『賀正』と書かれた紙も飾られている。
「なわ?」
「そう、注連縄。日本ではこれを玄関先に飾って、新年の神様が訪れるのを祝うんだって」
「わようせっちゅう?」
「なのかな? そういうわけで、年明けに飾ってあげてね」
「はぁい」
「それとこれも」
 最後に鞄から取り出したのは、庭の草木で作ったハーブティのセットだった。持ちきれなくなってきたクロエが、「こんなにもらえないわ」と戸惑う。
「わたし、おかえしできるもの、ないもの」
「じゃあ……そのハーブティをみんなに淹れてくれる? それでいいよ」
「えっ、でも」
「俺がクロエちゃんにしたくてしてることだから」
 なので本当は、給仕の真似をさせるのも本意ではない。けれどそれだとクロエが恐縮してしまうだろうから提案したのだ。クロエは、上目遣いにエースを見ている。
「……いいの?」
「いいよ」
 即答してみせると、クロエも頷いた。両手いっぱいのプレゼントを持って、キッチンへと急ぐ。
 そんなクロエの後を追いかけたのは、エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)だった。
「僕もお手伝いします。厨房、お借りしてもよろしいですか?」
「もちろん。でも、わるいわ」
「僕も、好きでしていることですから」
 持参した食材をテーブルに置き、エオリアは腕まくりをした。さっそくオードブル作りに取り掛かる。
 簡単で見栄えのいいレシピを頭から引っ張り出して、手際よく調理していく。ハーブティ用のお湯を沸かしていたクロエが、じっと見ていた。
「どうかしました?」
 手許から目は離さずにエオリアが問うと、クロエは「てぎわ、いいなぁって」と言った。
「慣れですよ」
「わたしも、そんなふうにできるようになる?」
「ええ。でもクロエちゃんも十分、手際いいと思いますけどね」
 喋っていると、一品完成した。器に並べ、持っていく。
 入れ替わりに、ハーブティを淹れ終えたクロエがキッチンを出ていった。
 その間に、エオリアはクロエへのプレゼントを鞄から出してテーブルの上に置いた。ほどなくして戻ってきたクロエへ、ラッピングされた包みを指差す。
「なぁに?」
「サンタさんからです」
 と言ったのは、先ほどエースとクロエのやり取りを見ていたからだった。たくさんのプレゼントを貰って、クロエはどうしたらいいかわからない様子だった。そこに、自分からも物をあげたらまたおろおろしてしまうかもしれないと思って。
「サンタさん? きてくれたの?」
「そうみたいですね。開けてみてはいかがでしょう?」
「うんっ」
 クロエの小さな手が、包装紙を丁寧に剥がした。中から出てきた箱を開けるのを、エオリアは見る。桜の花が上品に縁に舞う、白基調のティーセット。クロエは喜んでくれるだろうか。
「わぁ……!」
「クロエちゃんが、気分でティーセットを色々と選べるように、って言ってましたよ」
「サンタさんって、きづかいのひとなのね」
 クロエは、楽しそうに笑って言った。どうやら、選んだティーセットはお気に召していただけたようだ。
「たいせつにつかおうっと」
「そうですね。使ってもらえると、サンタさんも喜びますよ」
「うん。ありがとう、サンタさん」
 と、クロエはエオリアに向けて微笑んだ。……バレているようだ。
「貰ってくれますか?」
「もらうわ。いっぱいきづかわせちゃってごめんなさい。ありがとう!」
 気遣いの部分まで見抜かれていた。本当に、彼女は聡い。
 どういたしまして、と返すと、クロエはにっこり笑ってまたねとキッチンを出ていった。
 残されたエオリアは、再びオードブル作りに取り掛かった。


 ずい、と差し出されたオルゴールに、リンスは首を傾げた。
「何?」
 ストレートにリンスが問うと、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は涼しい顔のまま「先日、色々とお世話になった礼だよ」と端的に述べた。
「大昔のものだけど、いい音色なんだ」
 言いながら、メシエがオルゴールの螺子を巻く。流れ出した音は、確かにいいものだった。人形作り以外の芸術に疎いリンスでもそう思うくらいなのだから、本当にいいものなのだろう。
「これ、なぁに?」
 キッチンから出てきたクロエも、オルゴールの音色に惹きつけられるようにしてやってきた。メシエはリンスにしたように先日の礼の品だとクロエに言い、オルゴールを机に置いた。
 音は、流れ続ける。
「なんのきょく?」
「古王国時代の聖歌だよ。いくつかあるうちの、二種類を持ってきた」
「二種類?」
 今度はリンスが首を傾げる。
「礼の品がふたりにひとつ、なんて無作法なことはしないよ。きちんとひとりひとつずつ用意した」
 いつの間にか、メシエは別のオルゴールを持っていた。ちょうどそこでテーブルの上のオルゴールの音が止まった。続いて、メシエの手にあるオルゴールが音を奏でる。それから、対比させるようにテーブルの上に置いた。
「当時の装飾が入っているから、デザインの資料にもなるだろう」
「ありがたいけど……いいの?」
「いいの、とは?」
「だって前にももらってる」
「あれは別の日の礼だ」
「それでまかなえるくらいのものをもらった」
「強情だな」
 やり取りをしていると、背後でくすくす声がした。振り返ると、リリアが笑っている。
「素直にクリスマスプレゼントって言えばいいのに」
「…………」
「プレゼントだったの?」
「……どう言って渡せばいいのか、思い浮かばなかったものでね」
「メリークリスマス、でいいのよ。ねえ? クロエちゃん」
「うんっ。クリスマスにプレゼントをあげるときは、それだけでいいの」
「長ったらしい口上なんていらなかったわけだな」
 メシエはふっと皮肉げに笑った後、こほんとひとつ咳払いをした。
「メリークリスマス。きみたちに、ささやかな祝福を」
 差し出されたオルゴールを、今度は素直に受け取ることができた。


 クリスマスパーティを楽しむ時間は、あっという間に過ぎた。
 メシエがふと気付いた時、リリアは窓際で窓の外を眺めていた。
「どうかした?」
 隣に並んで問いかける。ついでに目線も同じ方向に向けた。窓の外には暗闇が広がっている。
「ちょっと外に出ない?」
 リリアからの誘いに頷いて、コートを羽織る。リリアにも寒くないよう上着を着せて、手を繋いで外に出た。
 今まで暖かい室内にいたせいか、外はとても寒く感じられた。吐く息が白い。リリアが、繋ぐ手にぎゅっと力を込めたのがわかった。
「工房の周りって、暗いのよね」
「他に建物がないからね」
 街の外れに、しかも森へと向かう道にあるものだから、この近辺には家がない。そのせいで、この辺りは夜になるととても暗かった。
「でもね、だからよく見えるのよ」
 何が、と聞き返す前に、リリアの手が空へと伸びた。視線を空に向ける。
 雪が上がり、澄んだ冬の空気の中で、星々が瞬いていた。
 思わずほう、と息を吐いてしまうほど、たくさんの星が。
「私もさっき思ってね。綺麗だろうなあ、って。……貴方と見られたら、って」
「……リリア」
「貴方はいつも、私に素敵なものを見せてくれるから。そのお返しに」
 今日も、素敵なものを持っているよ。出かかった言葉を、メシエは飲み込んだ。用意したスノードームは、まだ出さなくてもいいだろう。
 今はもう少しだけ、リリアとこの空を見ていたい。
 そう思った。