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第2章 4月に入って

「おはよう、パッフェル」
「……」
 目を開けたパッフェル・シャウラ(ぱっふぇる・しゃうら)は、目の前に大切な恋人――桐生 円(きりゅう・まどか)の顔があることに気付いて驚いた。
 声と一緒に、頬にはキスの柔らかな感触を受けていた。
 でも寝起きなので、ちょっと頭が回らなくて。
「円……一緒に、寝たの……?」
 そう、尋ねた。
「ううん、今日はどうしてもパッフェルに会いたくて。目が覚めてすぐ、飛んできたんだ」
 円は寝巻のままだった。
「一緒に、寝ても良かった?」
 円がそう尋ねると、パッフェルは首を縦に振った。
 それから、一緒に起き上がって。
 一緒に着替えていく。
「パッフェル、お願いがあるんだけどいいかな?」
「……円の、お願いなら、断る理由は、ないわ」
 パッフェルの後ろに回って、円は彼女の髪の毛をブラシで梳かしながら、お願いをしていく。
「今日はボクの誕生日なんだ、お仕事とか無ければ、今日は一緒に居てくれないかな?」
「誕生日……プレゼントは、何がいい?」
「ありがと……! あのね」
 プレゼントが欲しいとか、特別な事をしてほしいわけじゃなくて。
 一日、だらだら過ごしてもいいし、散歩に行ったりしても良いし。
「ただ、一緒に過ごすことが出来れば、ボクは幸せだよ」
「それだと……プレゼント、交換になるわ。私も、そう、だから……」
「パッフェルが幸せなら、ボクは2倍幸せだから、十分それがプレゼントなんだ。だから……一緒にいてくれる?」
 円のそのお願いに。
 パッフェルはゆっくりと首を縦に振った。
「円と、一緒に居る。円のしたいこと、するわ。今日は……私は、円のプレゼント」
 パッフェルの返答に、円は嬉しそうな笑みを浮かべて。
「ありがとう、大好きだよ」
 前に回って、大好きな人の顔を見詰めて。
 顔を近づけて、パッフェルの唇に、自分の小さな唇を重ねた。
「私も、円が……大、好き。多分、この感情は、円と同じ……」
 今度はパッフェルの方から。
 円にお返しのキスを。
 柔らかくて、暖かな感触と、相手の熱い吐息に。
 互いに幸福感に包まれていく。
 それから。
 続いて、パッフェルがブラシを持って。
 円の髪を梳きはじめる。
「ありがと。ふふふ……」
 円の口から、笑みがこぼれていく。
 絡まった髪を、パッフェルは指を使って、丁寧に梳いてくれた。
「パッフェルはいつものポニーテールでいい? ボクにやらせてね」
 お互いの髪が綺麗に整えられた後。
 何をしようか、どこに行こうかと。
 2人は目を合わせて、考える。
「朝ごはん……円に、食べてもらいたい、の」
 最初に、円としたいことを口に出したのは、パッフェルの方だった。
「うん、パッフェルの朝ごはん、とっても食べたい」
 円は明るい笑みを浮かべ、パッフェルの顔にも安らぎの表情が浮かんで。
 一緒に、キッチンへと向かっていく。

 4月1日の朝。
 桐生円18歳の誕生日。
 嘘、偽りのない。
 大切な人との大切な一日の始まり。

○     ○     ○


 4月上旬、新学期が始まるより前。
 教職員のみ出勤している百合園女学院に、若い女性達が挨拶に訪れていた。
 その一人、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は、職員室での研修を終えた後。
 校長室――校長の桜井 静香(さくらい・しずか)の元を訪れた。
「桜井校長。新学期より教育実習生としてお世話になります、宇都宮祥子です」
 知り合いではあるが、これからは今までの関係とは違うから。
 他校の校長と生徒という関係から、公的な、上司と部下という関係になる。
「百合園女学院へようこそ。宇都宮先生」
 静香は祥子に笑顔を向けてきた。
「はい。お世話になります」
 頭を下げた後、祥子は思いを語り始める――。
「正直な処、私自身まだまだ勉強不足の身ですが、それを理由にいつまでも学徒ではいられません」
「祥……宇都宮先生は、実習を終えたら、すぐに教職に就くつもりなのかな?」
「いえ……。就任希望の学校はまだ決めていないのです。現場主義的な性根のお陰でニルヴァーナを始め、他所が気になってしまって……」
 頷きながら、静香は祥子の話を聞いている。
「見護る事こそ難き事……お節介焼きで手を差し伸べすぎることがないようになりたいものです」
「うん、逃げてちゃダメなことも沢山あるけれど……。他の人に任せるべきことも沢山あるよね。自分がすべきことを見極めて、力を尽くしていくこと。それが、教師として生徒達を教えることならば、これからは先生として、より見守る姿勢を大事にしないと、ね」
 パラミタの学校は、生徒に自治を任せており、静香も校長ではあるが百合園で教鞭をとっているというよりは、学業を学ぶ身である。
 祥子がこれからなろうとしている教師は、そういった生徒として学校を纏めていく立場ではなく、教師として生徒達に学業を……道を教えていく立場にある。
「短い間だけれど、一緒に百合園の皆と、それから自分自身の成長の為に、頑張っていこうね」
 静香は祥子に右手を差し出した。
「はい、よろしくお願いいたします」
 祥子は静香と握手を交わす。
 静香の手は、自分の手より細くて柔らかかった。少女の、お嬢様の手だ。
 軍属であった頃もある祥子の手は――体格も、精神も、静香よりも逞しかった。
 祥子はまだまだ、教師の卵の段階だけれど。
 パラミタの学生の教師として、より彼らを理解し、導いていける存在だと静香は確信して。
「よろしくお願いします」
 祥子を心からの笑みで迎えた。