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「んー、こう休みが続くと暇でいけないねー」
 自宅のマンションにて、神楽 祝詞(かぐら・のりと)は、ごろごろ転がって過ごしていた。
 テレビや本は見飽きたし、買い物も春休み中に済ませたので特に必要な物もない。
「今日、沙夜葉とリリムスは友達達とのお花見に行っちゃったし、やる事が無いんだよねー」
 あ、でも、と。
 一人、部屋に残っているパートナーがいることに気付く。
「ああ、エル姉は部屋に居るはずだし一緒にどこかに行こうかな……」
 起き上がると、カレンダーが目に付いた。
 今日の日付のところに、印がつけてある。
「ん? なんだっけ、このマーク……あ、そういえば、今日は合同懇親会があるんだっけ?」
 新たにパラミタの学校に入学をする入学生、そして在校生達の合同懇親会が空京で開かれるのだ。
「ちょっと誘って参加してみようかな?」
 と、祝詞は部屋から出て、エルフォレスティ・スカーレン(えるふぉれすてぃ・すかーれん)の部屋へと向かった――。

(……あれ? 何かエル姉の部屋から声がするなあ?)
 部屋にはエルフォレスティ1人のはずだ。
 悪いと思いつつも、不審に思って祝詞は聞き耳を立ててみる……。

「食事にするかえ? フロにするかえ? それともワ シ ?  …なーんての?にゅふふふふ」

「え、エル姉!? 朝から、な、なにしてんの!」
 祝詞は思わずドアを開け放って、部屋に突入した。
 部屋の中にはエルフォレスティの他に、男性の姿……はなく、エルフォレスティだけだった。
「……にゅ? 何をしておるのかじゃと?」
 エルフォレスティはくるりと振り向くと、人形を持ち上げて見せた。
「見ての通り、あやつに送るこの「エルフィ人形ver2」に、声を吹きこんどるんじゃよ」
 恋人に送る人形に、声を吹き込んでいたのだ。
「うわっ、この人形、エル姉にそっくり。それに喋るんだ?」
 祝詞は、人形とエルフォレスティを見比べる。
 デフォルメ調の可愛らしいぬいぐるみタイプの人形だった。
 服装やアクセサリー、髪型など、細かい部分も忠実に再現されている。
 体の一部を押すと、色々な台詞を喋る仕組みになっているようで、その台詞を今、エルフォレスティは吹き込んでいるようだった。
「さーて、次はどんな声を吹き込んであやつを弄ってやろうかのー? にゅふふ、これもまた一つの送る言葉……なーんての」
 とても楽しそうに、嬉しそうに、エルフォレスティは台詞を再生してみせる。
「弄ぶことが目的? でも、感動する彼の顔が目に浮かぶよ。いいなー」
「ん? なんじゃ祝詞。お主もワシの人形が欲しいのかえ?」
「いや、ええっと……」
「作ってやってもよいが、沙夜葉にでも作って貰った方がええんじゃないかえ? にゅふふのふ」
「それは、まあ。ははは」
 エルフォレスティが吹き込んでいた、先ほどの言葉を言う沙夜葉人形を思い浮かべて、祝詞は少し赤くなった。
「で、何の用じゃ? 暇そうじゃの。どこか行くかえ?」
「ん? あ、そうそう。ちょっと出かけない?」
「ふむ。じゃあ少し待っておれ。すぐ準備するからの」
 エルフォレスティは人形を大切にしまうと、身支度を始める。
「途中で、祝詞の分の材料も調達するかの」
 にゅふふっと笑みを浮かべながら、エルフォレスティは鞄を持って。
 大好きなパートナーである祝詞と、春の暖かさに包まれた街へと繰り出した。

○     ○     ○


 合同懇親会は、堅苦しいことは何もなく。
 在校生と新入生の簡単な開会の挨拶のあとは、皆自由に過ごせるような会だった。
 最初の席は決まっていたけれど、そこでの自己紹介を終えた後は、飲み物を持って自由に席を移動して、気になる人々と挨拶を交わし、会話を楽しんでいく。
「ドリンクなくなった人いますか? 遠慮なく言ってくださいね!」
 こういう席に慣れていない子達ばかりである。
 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は、運営を手伝ってジュースを配って回っていた。
「あ、百合園の新入生ね。あたしは七瀬歩っていいます。よろしくね」
 そう微笑むと、緊張した面持ちだった新入生達が笑みを浮かべて、よろしくお願いしますと頭を下げてくる。
 そのテーブルには百合園の新入生が集まっているようだった。
「皆、百合園生? 畏まらなくて大丈夫だよ。皆は部活動とか決めた〜?」
 挨拶をして回っていた七瀬 巡(ななせ・めぐる)も、そのテーブルへと近づいてきた。
「わたくしは音楽関係の部活に興味があります」
「私は、運動部、かな」
「パラミタに来たからには、戦うお嬢様にならなきゃダメだと思うの」
 会話をしていくうちに、新入生達の緊張はほぐれて、自然な笑みを浮かべるようになっていく。
 彼女達の自己紹介や、入学の理由を聞いた後で、巡も自己紹介をする。
「ボクは七瀬巡。いつか皆を守れる騎士になるのが夢なんだー! えーと……あと趣味って言えば野球かなぁ。こー見えてもピッチャーだからね! ちっちゃいからってバカにしてたら三振とっちゃうよー!」
「ふふっ、巡ちゃんは野球やってるんだ? 私も小さい頃、野球チームに入ってたよ」
「百合園ってスポーツも盛んらしいですよね」
 外見11歳のアリスである巡とは、気軽に話が出来るらしく、新入生達が彼女を囲むように集まっていく。
「うん、百合園はスポーツ強いって歩ねーちゃんに聞いたけど、あんまり見たことないなぁ。
 契約者と一般人じゃ試合にならないのも問題なのかなー」
「そうですね、地球と合同で試合が行われることってあまりないですし……」
「……うーん、出来れば皆で遊べたらいいのになー」
「でも、地球でも中学生くらいからは、男女で力の差が出てきて別の活動になりますし。そんな風に大会を分けて行うとかいう方法もあるのでは? 人種によって、多少の向き不向きもありますしね。その差がパラミタでは激しすぎるようですが……」
「そうだね、そういう提案もパラミタで沢山していって、皆で楽しく遊べるようになっていくといいねー。あと、Pキャンセラーとか、契約者の能力を一時的に封じる道具もあるし、そういった道具を使うといいのかもー?」
 巡はそう答えて、新入生達とスポーツや、パラミタでの生活のことなどを語り合っていく。
「あの子……」
 見守っていた歩は輪に入ろうとしない少女がいることに気付く。
 ジュースの乗ったトレーを手にその場からはなれると、お菓子を摘まんでいるその少女へと近づいた。
「ジュース、如何ですか?」
 そう問いかけると、少女は「えっと、あの……」と、戸惑いを見せた後で、オレンジジュースを選んだ。
 引っ込み思案な子のようだ。
「あなたも百合園女学院の新入生ね。七瀬歩です、よろしくね。よかったら、配るの手伝ってもらえないかな?」
 余計なお世話なのかもしれないれど……。
 人に話しかけるには、ちょっとしたきっかけが大事だと思うから。
「ずっとじゃなくて、ちょっとだけ、ね?」
 歩がそうお願いをすると、少女は「はい」と返事をして、歩の手からトレーを受け取った。
「ボクも手伝うよー。沢山の人達のところを回ろー!」
 巡は空になったグラスを回収して、歩へと渡す。
「それじゃ、新しいの貰ってくるから、あっちの席からお願いね」
 歩はグラスを持って、スタッフの元へと戻っていく。
「友達沢山出来るといいねー!」
 巡が少女に笑いかけると、少女は緊張で赤くなりながら微笑んで、こくんと首を縦に振った。
 そうして、なかなか皆の中に入り込めない子達を誘いながら、歩と巡は合同懇親会を楽しんでいく。
「皆にとってこの会が楽しい思い出になりますように……」
 時折、会場を見回し、皆を気遣いながら、歩はそっと願っていた。

 合同懇親会では、積極的に話しかけて回る若者もいれば、パートナーや知り合い達と楽しく過ごしている者もいた。
 会場に来てみたものの……自由過ぎて、どう過ごしていいのか分からなくなり、壁際の席に移って。
 一人で過ごしている若者も、いた。
 これから高校生になる少女にとって。
 こういう場で、独りでいることは……泣きたいくらい、とっても悲しいことだった。
 俯いて、ジュースを飲みながら、時折窓の外に目を向けていた少女に。
「素敵なお嬢さん、花をどうぞ」
 一輪のピンクローズが差し出された。
 受け取って顔を上げた彼女の前には、王子様のような、端正な顔立ちの青年の微笑みがあった。
 瞬時に、少女の顔は真っ赤に染まる。
「空京大学のエース・ラグランツです。薔薇がよく似合うね」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)の言葉に、顔を赤く染めたまま「そ、そうでしょうか」とどもりながら、少女は言葉を発した。
「あなたはどんな花が好き?」
 エースの問いに、えっと、その……と、少女はまともに答えることが出来ない。
 エースは優しく微笑みかけながら、少女に語りかける。
「自宅で色々な花を育てているんだ。花は季節を教えてくれるから大好きだよ。今度見に来るかい?」
「は、はい……っ」
 頑張って返事をしたら、思いのほか大きな声が出てしまって、ますます少女は赤くなる。
「友達、作ってから……一緒に、伺いたいです。れ、連絡先教えてもらえますか?」
「うん、喜んで」
 エースはアドレスと電話番号を書いた紙を少女に渡した。
 少女もまた、名前を名乗って、ゲームセンターで作った名詞をエースに渡して。
「パラミタのお花の事以外も、良かったら色々教えてください。よろしくお願いしますっ」
 ぺこりと大げさなほど大きく頭を下げた。
「勿論、俺でよければ何でも聞いて」
 それから、エースは近くのテーブルに置いてあった、ティーセットを手に取った。
「カモミールティーも作って持ってきたんだ。1杯どう?」
 少女と、近くのテーブルの若者達に声をかける。
「いただきます」
「僕もいいですか?」
「うん、マドレーヌもどうぞ」
 エースは集まって来た若者達と少女に、カモミールティーを淹れ、マドレーヌもつけて配っていく。
「わ、私も実はお菓子を持ってきていて……っ」
 少女ががさごそと鞄を探って、中から、クッキーを取り出して、皆に配った。
「あの、実はこれ、カモミールの花が入ったクッキーなんです。あとは、ノースポールとか、クリサンセマム・ムルチコーレとかも、家族が好きで、実家でよく育ててるんです」
 少女は活き活きと語りだした。
「そっか、カモミールはいいよね。心まで癒してくれる。ノースポールや、クリサンセマム・ムルチコーレも、君のように可愛い花だよね」
 そんなエースの言葉に、少女は照れながらお礼を言って。
 彼に心から感謝をしながら。
 共に、集まった皆と楽しい時間を過ごしていく。