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リアクション
第1章 北へ
2019年9月、シャンバラ教導団第3師団は一路北上を続けていた。現在、第3師団は敵性部族ワイフェン族と戦争中である。8月の戦いで大きな戦果を挙げ、現在、同盟を申し出てきたモン族に対し救援軍として移動中である。
意気上がる第3師団ではあったが必ずしも状況は良くない。上層部の頭を悩ませているのが「重火器の不足」と「移動手段の欠如」である。前者は戦車の開発などいろいろ進めてもいるが、なかなか改善が見られないのが後者である。車両なども分校付属の工廠で鋭意生産されているが、生産力が限られており優先順位の関係で簡単に量産できないのだ。現在、自動小銃と弾薬の生産が最優先だからだ。
一応、第3師団は建前上は「機械化歩兵師団」の編成なので機動歩兵連隊はAFV(歩兵戦闘車)、歩兵連隊はトラックによる移動が理想であるが、現実は機動歩兵連隊ですらまともにトラックさえ配備されていないという寒い状況だ。若干のトラックはあるが現状、これらは優先的に補給部隊および医療部隊に配備されており、戦闘部隊にまで行き渡るのは大分先になりそうである。その結果、第3師団の行軍速度は歩兵の歩行速度になっており、遅いことおびただしい。結果として第3師団の最大機動打撃戦力は騎兵部隊と言うことになる。もっとも、第3師団の騎兵部隊は教導団としては充実しており、教導団の平均水準と比べれば第3師団の機械化率はトップクラスとなっている。要するに教導団全体の機械化率、装備率が低いのだ。
「師団長、お呼びですか?」
そう言って現れたのは参謀長志賀 正行(しが まさゆき)大佐である。師団長、和泉 詩織(いずみ しおり)少将は野戦機動車(わかりやすく言えばジープ。但し、「ジープ」というのは商標登録名すなわち愛称であり、厳密には小型トラックと呼ばれる)の横で折りたたみ机を広げて書類の決裁をしていた。現在、野営の準備中である。
「悪いわね。実は……」
そう言いかけて和泉は顔を上げ、表情を硬直させた。たっぷり時計の秒針が一回りしたのち、和泉は再び口を開いた。
「そう言えば、今日は金曜日だったわね……」
目の前に立っている志賀は迷彩服の上から割烹着を羽織り、三角頭巾にマスクをしていたからだ。
「まだ三時前だけど、早くない?」
「カレーの煮込みは二時間では弱いんですよぉ」
真面目な顔で志賀は言い返した。第3師団では金曜日の夕食はカレーライスと決まっており、その際なぜか志賀が仕込みをしている。不思議と味は良く兵には好評ではあるものの考えようによっては不気味である。志賀正行、戦略の立案から補給計画の策定、開発計画の監督、果てはカレーの仕込みまでやる多忙な参謀長である。
「で、ご用件は?」
「志賀君は、ラク族との交渉に向かうでしょ?その前にモン族に対する援助物資の件に目を通して欲しいのよ」
脇に目をやると、一歩下がって立っていた少女がバインダーに挟んだ書類を手渡した。主計大尉のモニカ・ロシェである。ややウェーブのかかった黒髪をポニーテールにしている。肌が褐色なのは南欧系とポリネシア系のハーフだかららしい。
「うーん、とりあえず、エタノール発電機と電動ドリル、ウィンチ類ですね。とりあえず、これを分校経由で取り寄せるように指示してください」
「結構、お金かかりますよ?」
「長期的には滅茶安上がりです。将来的な友好関係と利益を考えればお得太鼓判だと分校長に伝えてください」
ロシェに指示する志賀。
早速、沙 鈴(しゃ・りん)、綺羅 瑠璃(きら・るー)が早速分校に一度戻って手配することになる。
「とりあえず、大規模な長距離移動を行わなければ今の所補給に問題はありません。物資は手持ちのトラックをフル稼働させればなんとかなります」
沙はよどみなく答える。
「これから距離が長くなるからね。……それと、ラピト族の麦をモン族にある程度持って行くようにしてください」
「ラピト族の麦を?」
綺羅が不思議そうな顔をする。
「今後の布石ですよ」
志賀は意味ありげに笑った。
「あまり長距離は移動させるおつもりはないのでしょうか?」
「予定的には。敵の動き次第では解らないよ」
そこにロシェがにっこり笑って一言。
「参謀長、交渉に向かうならそろそろ準備しないと」
はっと気がついた様に志賀は慌てて割烹着を脱ぎ始める。そのまま走っていったが少しすると戻ってきた。
「忘れ物、忘れ物」
和泉達の前を通り過ぎると後方の資材関係のトラックに向かう。そこでごそごそ漁り始めると金槌を握りしめた。
「よし!」
そう言うと再び走っていった。
トンテンカントンテンカンと器具の取り付け作業を行っているのはハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)である。
「こんなものでしょうか?」
「ふーむ、良いのではないかな?」
林田 樹(はやしだ・いつき)もできあがりを見ている。
「もう少しトラックがあれば良かったんですがね?」
「それは無理と言うものだろう。現状ではトラックは貴重品だ。一台回してもらっただけでもましと言うものだよ」
目の前にあるのは一台のトラックであるが、ヴェーゼルの手で改造されている。砂の入ったドラム缶をアームで括り付けている。いわゆる『地雷処理車』だ。
「よし、動かして見てください」
「いきますよ〜」
運転席に乗っているクリストバル ヴァルナ(くりすとばる・う゛ぁるな)がエンジンをかけ、ゆっくりと前進する。ゴトゴトとドラム缶が回転していく。見た目はグラウンドをトラックで整地しているようだがこれが地雷を踏みつけてあらかじめ爆発させると言うわけだ。
「本当に役に立つんですか?」
やや懐疑的なのはジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)である。
「ワイフェン族は地雷なんて使ってくるでしょうか?」
「微妙な所だな」
「理屈は難しくないですからね。使ってきてもおかしくはないですよ。実際戦国時代に試作品みたいなのは作られていたらしいですから。それはそうと、荷台の藁束は一体なんですか?」
フロイラインが積み込んだ藁束にヴェーゼルは目を白黒させている。
「ええ?、私が潜り込んで戦場で脅かすんです。勝手に動く藁束に敵はびっくりですよ」
「すかすかですから、撃たれたら即死ですよ?」
「はうっ!」
「あの〜。それじゃいきますよ」
ヴァルナが合図する。
「了解だ。まずは我々で安全路を確保しよう」
地雷処理トラックはゆっくりと道沿いに前進する。
志賀が準備を終えた頃、モン族から連絡のため一団が訪れた。早速、迎え入れて話をする。同盟に関してはほぼ順調に話が進みラピト族と同様な形で協力関係を築くことで合意が形成された。彼らはこの後三郷キャンパスに向かい、分校長と同盟の正式締結を行う予定だ。
「それで、現状はどのような状況でしょうか?」
「はい、連中は約一万数千の戦力で侵攻してきました。こちらも同様な規模で迎え撃ったのですが、惨敗いたしました」
「数が同じでそれほどの敗北を喫したのでしょうか?」
さすがに和泉は驚いている。
「残念ながら、私どもは銃器を所有していませんので」
一行の中にいるモモンガゆる族が苦々しげに答えた。モン族は現状ではほとんど銃器を所有しておらず昔ながらの剣や槍で戦っている。自動小銃を備えたワイフェン族の前にはひとたまりもなかったらしい。現状でモン族の戦力は見た目の半分以下と考えねばならない。
「幸い、我々は現在、『タバル砦』にて敵を食い止めております。あそこならばさすがに敵もむやみには攻撃できません。なにとぞ、早急な救援軍の派遣をお願いしたい」
「解っております。私達はそのためにここに来ているのです」
状況は容易ならない様だ。一行はそのまま分校の方に向かう。師団主力も急がねばならないだろう。
「砦で食い止めているのは幸いです。早急に師団が進出すればワイフェン族もそちらにばかり攻撃を集中できないでしょう」
志賀はそう言った。これから志賀はラク族の所に向かう。しばらく師団は参謀長不在になると言うことだ。
「志賀君……早く帰ってきてね」
珍しく、か細い声で言う和泉。
「善処いたします」
志賀は敬礼して言った。
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