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リアクション
彼は虚ろなる者であり
能わざる者であり
叶わざる者だった
ただひとつのもの以外
何も有しない者だった
承前 想いは密やかに、馳せて
何を考えているのだか、と、いっそ呑気なほど悠長な声が聞こえ、彼女はゆるりと振り向いた。
「貴女の役目は、”光珠”の獲得なのだけれど。こんなところで油を売っていていいの」
荒野に並べられた、幾つもの巨石。
そのひとつに悠然と腰掛けて、『ミズ』は近くに佇むヴァルキリーに声をかけた。
数々の巨石は、人の身長の倍以上もあって、『ミズ』の足は地についていない。
「……私が向かわなくても、いずれコハクの方から来る」
静かに答えて、アズライアは視線を前向け、再び何処かを見遣った。
「お前こそ、何故私に命令しない。取りに行けと言えばいいだろう」
あら、だって、と、『ミズ』は微笑った。
「行かなくても来るのでしょう」
ただ、と、『ミズ』は首を傾げる。
「1人の少年の命より、他の沢山の命を奪う方がいいなんて、不思議だわと思っただけよ」
第10章 その地に至るまで
「ちなみにポロリはあるんですか?」
リシアのビキニ鎧を見た朱 黎明(しゅ・れいめい)の言葉に、
「無いわ!!」
と、くわっとリシアの怒声が上がる。
そうですか残念、とさして残念でもなさそうな口調で肩を竦めた黎明は、
「ビキニ鎧もいいですが、次に会う時はぜひスク水(旧タイプ)でお願いしたいものですね」
と笑みを浮かべて、
「……すくみず?」
とリシアは怪訝な顔をした。
「そこは、スク水を知らない相手に言っても意味がないんじゃないだろうか」
ぽつり、と、イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)がこめかみを押さえる。
「ああ、確かに。
それじゃ今度取り寄せて送っておきますよ」
スクール水着がセパレートのスポーツ性デザインが強調されたものに変わって久しいが、黎明は、一昔前のデザインを好むおたくだった。
「防御力が60以上あるなら着てやってもいいけど」
効率重視の為ならビキニ鎧も着てしまうリシアは、何も知らずにそう答える。
ダメですよう〜〜〜〜〜!!! と、リシアの不幸を思って黎明の背後でわたわたと慌てるパートナーのネア・メヴァクト(ねあ・めう゛ぁくと)は、勿論旧バージョンのスク水を着せられたことがある。
「それはともかくとしてさあ、ねえねえ、ところで、キミって実際、聖地についてどれ位知ってるの?
この際、洗いざらい喋っちゃうといいと思うんだけどな!」
「……それはともかくとして、ところであんたの格好って一体何がどうなってるわけよ?」
ダンボールロボ・あーる華野 筐子(あーるはなの・こばこ)が割って入ってきて、改めて筐子を見たリシアが、遠い目をして宙を見た後で、半眼ジト目でそう言葉を返す。
「ああっ……それは初めての方には当然の疑問なのですけれど、既に今更なのですわ」
遅れて合流した、肩に一瞬 防師(いっしゅん・ぼうし)を乗せたアイリス・ウォーカー(あいりす・うぉーかー)が、困ったように呟く。
最早行く先々で筐子に対する反応は以下省略だが、リシアは空気を読めない女である。
「……まあ、そこは置いといて。
えっとぉ、ハウエルとカチエルの騎士の絵本は知ってる?」
「ううーん? 子供の頃読んだことがあるような……?」
「聖地を魔境化させようとしている元5人は、セレスタインに封じられた怪物の分身じゃないかな、と思ってるんだけどどうかな?」
「えー……そんなことあたしに訊かれてもねえ……」
「ちなみに、他所でスナネズミに騎乗した人が確認されているそうなのですけど、それはあなたの生き別れのお父様では?」
筐子とリシアの会話に、アイリスが割って入る。
「は? あたしの父親はヴァイシャリーの造船会社で働いてるけど?」
あら、そうですの、残念……と、予想が外れたアイリスはしゅんとした。
「……で、本体の怪物を復活させる為の分身だから、死ぬことに躊躇いも無いんじゃないかって気がするんだよね」
「だからあたしに言われても知らないって」
「ちなみにその人は人探しをしていたそうなのですけど、空京で会ったハルカさんが探していたおじいさんが、その探し人なのではと思っているんですの」
筐子とリシアの会話に、アイリスが割って入る。
「は? 誰よそのじいさんて。あたし全く関係ないじゃん」
それもそうですわね、残念……と、アイリスはしゅんとした。
「そうやってワタシ達にわざと魔境化のトリガー引かせて絶望を煽って、”女王に仕える騎士”の再来を阻止しようとしてるんじゃないかな、と予測するわけ」
「ああ……何かシャンバラ女王の復活がどうの、っていう話になってるんだっけ?
昔からその伝説はあったけど、あんたらが来てから顕著よね。あたしは興味ないけど」
「あ、絵本の騎士、ハウエルとカチエルが、ハルカのおじいさんとスナネズミに乗ってた人なんじゃないか、っていう予測もしているのですのよ」
筐子とリシアの会話に、アイリスが割って入る。
「は? 何言ってんのよその浮島って空京からずーっとずーっと離れてるんでしょ?
どうやってそこからシャンバラに来るのよ、っていうかあんなの絵本の話じゃない!」
それもそうですわよね、残念……と、それを言ったら話にならないだろ、という完全否定に、アイリスはしゅんとした。
「ちなみに地脈を暴れまわる怪物ってのはズバリ、鏖殺寺院の長、アズ−ル・アデプターじゃないかと大胆予想!!」
「はあ……。
まあ、鏖殺寺院っていうのは、シャンバラが滅亡して、ある意味そこで歴史がストップしてからも、5000年ずっと続いてきたところだからねえ。
今のシャンバラで失われちゃってる情報とか技術とかが普通に残ってたりするんじゃないの」
「ちなみに」
筐子とリシアの会話に、アイリスが割って入ろうとして、
「ああもううっさい!」
とリシアに切れられ、
「ご、ごめんなさいませ……」
と、アイリスはしゅんとした。
「……実に実りのない会話だったが」
口出ししないで成り行きを見守っていたイレブンは、溜め息を吐いて口を開いた。
「時にリシア、俺達はこれからモーリオンに向かうつもりだが、同行して貰えないか?」
「は? 何であたしがそんなところに行かなきゃならないのよ?」
「事情通がいると有難い。
何か財宝の類が見つかったら、聖地の守り人が許可したらだが、全てリシアの物にしていいし、安全は俺達が保障する。
損は無い取引だと思うが?」
「どこがよ。聖地は遺跡でも何でもないただの地面よ? お宝があるわけないじゃない」
あっさり断ったリシアに
「そなの?」
と、目を丸くしたのはイレブンのパートナー、カッティ・スタードロップ(かってぃ・すたーどろっぷ)だ。
「だから……聖地ってのは、神様を祭っているわけでも、神殿やら昔の金持ちの住居跡やらがあるわけでもなくて、地脈が溜まる力場で、重要なのはその”場所”なわけ!
別に金銀財宝が埋まってるわけじゃないし、その場所を大事にする聖地の守護者は、その土地を自然のままが一番神聖だと思うんだから、何かがあるとは全然思えないわよ!」
「成程……、ネイティブアメリカンの土地信仰みたいなものか……?」
成程、リシアが聖地の場所を知っていながら、何処にも行ったことはないと言うのも、その説明で納得できた。
「……でも、行こうよ」
カッティが、ずい、とリシアに迫った。
「うっ、ちょっ、近いんだけどっ!」
「旅は道連れ世は情け、って言うじゃん。
地球人嫌いも解らないでもないけど、折角なんだし、行こうよ」
ずずい、と、カッティは瞬きもせずにリシアに迫る。
「ちょっ………………」
「行こうよ」
ずずずい。
あーあ、姐さん押しに弱いからなあ、と、後ろの方で仲間の2人組が次の展開を予測して苦笑した。
「あああああもうっ!!!!」
「――ところでリシア、そのままの格好で行く気か?」
イレブンはリシアのビキニ鎧を見て、そのままなら外套を貸そうかと思って訊ねた。
「これがあたしの手持ちで一番防御力が高いからね。
でも確かに砂漠を出たらこれじゃ寒いわね、これからの季節」
地球人の助けは借りないわ、ときっぱり言ったリシアは
「サンダーエッグ!」
と仲間に叫ぶ。それに応えてばたばたと仲間が外套を持って来る。
「はいっ姐さん。防御力+15上着」
「ネタバレすんなっ!!」
彼は最後まで言えずにリシアに殴られた。
そうして、スナネズミ達の世話をしっかり頼むわよ! と、2人の仲間にくれぐれも言い置いて、リシアはイレブン達に同行することになった。
「時にスナネズミ達ってペットなの?」
カッティが訊ねる。
「馬鹿言わないで! スナネズミ達は貴重な穴掘り要員よ!
見た目も可愛いけど、とっても優秀なんだからね!」
成程、と納得しつつ、意外に乗り心地の良いスナネズミを勿論利用しつつ、彼等はモーリオンへと向かうのだった。
そんな彼等より、聖地モーリオンの情報がまだもたらされる前。
藍澤 黎(あいざわ・れい)は宿の中庭で、コハクに杖術の稽古を仕込んでいた。
コハクは閃崎静麻に与えられていた杖で、黎の稽古を受けている。
戦うことに対して全く縁のなかったコハクの動きは、未だ全く使い物になる気配はなく、前途は多難だったが、黎の本当の目的はただコハクを鍛えることではなく、精神面を強くすることだった。
「……我や閃崎殿が何故、コハク殿の武器に杖を選んだか解るか」
稽古の合間に、そんな問いを向けると、息を切らしながらも顔を上げたコハクは、首を傾げた。
「……色々あるが、一番は、刃がついていないからだ。
刃は敵だけでなく、己の身にも跳ね返る」
杖には何故刃がついていないのか、その意味を考えて欲しい、と。
本当ならできれば、コハクの手を血に染めるようなことはしたくはないのだ。
だがコハクは逃げることを選ばなかったし、黎は、自分はコハクの身を護るだけでなく、心も護ってやりたかった。
身を護ることなら簡単だ。護れるだけの力をつければいい。
だが心を護ることは何と難しいのだろう、と黎は思う。
「…………黎、さん」
考えこんでいた黎に、ためらいがちにコハクが声をかけて、黎は我に返った。
「……あの、息、整いました」
「……ああ、では再開しよう」
休憩を終わらせ、立ち上がる黎に、ごめんなさい、と、コハクが小声で言って、
「何故だ?」
と訊ねる。
「……僕のせいで、悩んでいるように見える」
ふ、と黎は微かに微笑んだ。
「……違う。考えていたのは、もっと……色々なことだ」
人の心は難しいものだ、と、考えていた。と。
静かな言葉に、コハクはじっと黎を見つめた。
自分にできること、求められていること、できないこと、無駄なこと。――滅びを望む者。
黎はインカローズのことを思う。
ひとつの思惑の中に、沢山の想いが渦巻いている。
その中から、真に正しい選択をするのは、何て難しいことだろうか。
「しごかれたねえ」
はあ、と大きな息を吐いて、低い石垣に座り込んでいるコハクを見かけて、清泉 北都(いずみ・ほくと)が背後からぽんと肩を叩いた。
というか、北都と彼のパートナーのクナイ・アヤシ(くない・あやし)は、少し前からずっと黎と稽古をするコハクの様子を見ていた。
驚いて振り返ったコハクに、
「あ、ごめん。背中痛いんだったっけ」
と気付いて手を引っ込める。
「あっ……ううん、違う。その、今少し楽になったから」
「え? そうなのかい? 呪詛、まだあるんだよねえ?」
『ヒ』の死によっても、コハクの呪詛は解けなかった。
辛いだろうに、黎の稽古に必死に付いて行くコハクを、しかし誰も止めようとはしない。
黎の想いもコハクの想いも、皆知っているからだ。
「うーん? 別にヒールとか施してるわけじゃないんだけどなあ? そもそも使えないし。
ていうかそもそもヒールは効かないんだよね。どう?」
そっと背中に触れ、撫でるようにすると、コハクの体の強張りが、少し抜けるのが解った。
触られるのは痛むかと、今迄誰もコハクの火傷に触れようとはしないでいたが、そういうものではないらしい。
癒しの魔法ではなく、ただ触れられるのが楽になるというのは、どういうことなのだろうか。
「ともあれ、お疲れでございました。お飲み物をどうぞ」
クナイが、コハクの背後にいた北都の手から、用意していたドリンクのボトルを受け取って渡す。
「あ、ありがとう」
コハクの膝の上には、小さな可愛らしい紙袋があり、中にチョコレート菓子が入っているのが見えた。
コハクが稽古をすると聞き、
「疲れたら甘いものだよ!」
と言って、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が稽古の後にと持たせた手作りのお菓子だ。
「そうそう、そういえば」
北都は思い出したように、ひょいとコハクの正面に回った。
「稽古もいいと思うけど、ひとつ、もっと実践的な技を教えてあげようと思ってねぇ」
そう言って、にこり、と北都は微笑んだ。
「新しい魔法、っていうのは、開発できないものなのかなあ?」
呪詛に苦しむコハクを何とか助けてやりたいと、色々と考えた佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は、パートナーの仁科 響(にしな・ひびき)と相談する。
「やろうと思って簡単にできるものではありませんが。呪詛を癒す魔法ですか」
「うん、もしかしたら、コハクの呪詛と、聖地の魔境化は繋がっているんじゃないか、って思うんだけど。
突飛かなあ?」
魔境化というのは、大地を流れる力の流れ、地脈を触媒として広がる、ウィルスのようなものなのではないかと弥十郎は考えた。
そして、それが、地脈の力場を護る聖地の、”守り人”の一族であるコハクに深く影響を与えているのではないか、と。
「だったら、ワクチンとなる魔法を作り出せば、彼を治してあげられるよねえ」
僧侶として、コハクを治してやりたいと心から思う。
「で、新しい魔法を作り出すって、具体的にどうするんです?」
「うん、それなんだけど、ワタシにはどうしたらいいのかよく解らないから、君に任せるね」
「……丸投げですか」
「適材適所と言って欲しいなあ。
ワタシは、魔法を開発した時に備えて、修行を開始しようと思ってる」
実はイルミンスールの森の奥に、うってつけの場所を見つけたのだ。
人が全く訪れないような奥地、森の中を流れる川を遡って、滝を見つけた。
滝に打たれ、座禅を組んで、意識を高めたいと考えている。
「……魔法を取得する為に滝に?」
よく解らない、と首を傾げる響に、
「ワタシは僧侶の家系だからねえ」
と弥十郎は言った。
そういう方法が、彼にとって、精神を高める為に、最も最善の方法なのだ。
代々僧侶の家系であり、僧侶であることに誇りを持っているからこそ、コハクを今も蝕み続けているあの呪詛を、許すことはできなかった。
「……解りました。とりあえず、やってみます」
新しい魔法を作り出すことなど、滅多にできることではない。
しかし、伊達に読書家だったわけではない。今迄得た知識を元に、可能性を探ってみようと、響はイルミンスール大図書館へ、弥十郎は森の奥へと別行動を取ったのだった。
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