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リアクション
「……あなた達は、家族なのでしょう。
どうしてこんなことをするの」
リネン・エルフト(りねん・えるふと)の言葉に、アズライアは一瞬動きを止めた。
家族。それは、リネンにはまだよく解らない感情だった。
けれど、何かを大事に思う気持ち、失いたくないという気持ちなら、少しずつ解ってきたと思う。
大事なものを、大切に護りたい、と思う気持ちも。
蒼空学園と、級友達。
シャンバラで暮らして、関わった人達。
そしてパートナーであるユーベル。
不幸になって欲しくない、と、そう思うから、アズライアとコハクを、自分が救われたように、助けてあげたい。
家族。その言葉にアズライアは反応した。
ああ、やっぱり彼女は、コハクが慕う、その人なのだ。
だが、アズライアの動きを止めたのは一瞬だけ。
リネンは攻撃を躱しきれずに受け止めた。
もとより、反撃も防御もする気はなかった。
自身で受け止め、話し合いを求めたかったが、倒れたリネンに、アズライアは踵を返して背を向けた。
ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)が顔色を変えて走り寄り、ヒールをかける。
傷の痛みのせいで、少しぼやけるリネンの視界の端に、アズライアに傷つけられたリネンを見て、蒼白として泣きそうになっているコハクの表情を捕らえて、悪いことをしたわ、と思った。
あなたを苦しませるつもりじゃなかったの。
これは私なりの彼女への誠意であり、正義だったのよ。
「……無茶をして!」
糾弾する声に、パートナーの方に目を向ければ、こちらも泣きそうだった。
「やる気になってくれたのは結構ですけれど! あなたが死んだら悲しむ人はちゃんといるのだと、自覚なさってくださいね」
怒ったように言うユーベルに、
「……悪かったわ」
と、リネンは素直に謝った。
アズライアに対して、武器での攻撃は出来ないと小鳥遊美羽は思った。
(だってコハクの大事な人だもん。説得する為だって斬るとかできないよ!)
だから、美羽は武器ではなく、格闘戦でアズライアに対峙する。
美羽は、光精の指輪で呼び出した人工の精霊による目くらましの為の光を放ち、実際にそれが目くらましになったのかどうかを確認するより先に、直後アズライアの懐に飛び込んだ。
「槍はリーチは長いけど、懐には弱いのよ!」
「!」
アズライアは、小柄な美羽が懐に潜り込んできたのに気付き、すかさず戦槍を手放す。
思いきり地を蹴って跳びあがりながら、真上に突き出した美羽の拳を、アズライアは顎の下で重ねた両手のひらで受け止めた。
受け止められたことに構わず、美羽は叫んだ。
「アズ!
コハクは、たった今だってあなたのことを信じてるんだよ!?
いい加減にして!」
コハクを、もうこれ以上悲しませないで。
至近距離で向き会って、美羽はアズライアに向かって叫ぶ。
アズライアの表情が、すっと歪んだ。
「きゃん!」
直後、受け止められていた拳を掴まれ、投げ飛ばされて美羽は転がる。
何とか受身を取って、反動のままさっと起き上がり、体勢を立て直そうとしたが、それよりも先に、アズライアが戦槍を拾い上げ、バーストダッシュで今度は美羽の懐に飛び込もうとした。
「やっば……」
顔色を変えた美羽の前に、飛び込んだのは。
「やめて、アズライア!」
「コハク!」
美羽が驚いて叫ぶ。
ぎゅっとアズライアの眉が歪められ、ピタリとその攻撃が止まった。
「コハク……!」
それまでコハクの腕を掴まえていたティア・ユースティが、半ば茫然と、半ば心配そうに、飛び出して行ったコハクを見つめる。
だってコハクはとても苦しそうにしていた。
アズライアに関することだけでなく、脂汗が滲んでいるくらいだったのに。
「……もう、やめて、アズライア……。嫌だ」
背中がズキズキと痛む。
脳天まで貫くような痛みに、しかし倒れるわけにはいかなかった。
だって自分の為に、皆、こんな思いをして、助けてくれようとしている。
必死に、コハクはアズライアを見据えた。
「大好きな人達が、戦うのは、嫌だ……!」
「………………」
アズライアは、じっとコハクを見つめ、やがて戦槍を下ろした。
「――――――コハク」
その口調が、今迄のものとは決定的に違う。
ああ、彼女を説得することができたのだと、誰もが安堵したその瞬間。
アズライアが血を吐いて、その場に崩れ折れた。
「アズライア!!」
ぎょっとして、コハクが走り寄る。
「…………………………もしかして」
ティアが、その様子を見て驚愕しながら呟いた。
「呪詛、を、受けてたの……!?」
それは、洗脳ではなく、命令に逆らった時に発動する死の呪い。
ユーベルが咄嗟にヒールをかけようとするが、アズライアのそれは怪我ではない。
発動してしまった以上は、もう、手遅れだ。
「アズライア……しっかりして、しっかり!」
取り縋り、取り乱すコハクに、ふと、アズライアは微笑む。
「……すまない。苦しめた」
「そんなこと!」
苦しんだというなら、きっとアズライアの方がもっと。
叫んだコハクの肩を掴み、もう片手に戦槍を手にしながら立ち上がるアズライアに、コハク達はうろたえる。
何をする気なのか。
一瞬、苦痛に顔を歪めた後、アズライアは地を蹴った。
「ルカルカ!!」
ダリルが叫んだ。
ルカルカの前に飛び込んだアズライアは、横にした戦槍をルカルカの手の下に突き込み、そのまま上に振り上げた。
ルカルカは、持った剣ごと、両手を頭上に持っていかれる。
その手から剣を奪って投げ捨てると、アズライアは瞬時に身を翻し、『ミズ』に向かった。
『ミズ』の鎌は完成間近だったが、アズライアの方が早く、そしてアズライアの目標は、『ミズ』自身ではなく――彼女の腕の、銀の腕輪だった。
戦槍の穂先は、狙いを外さず腕輪に当たり、腕輪は、型を失ったかのように流れ落ちる。
「あ……!?」
アズライアに投げ捨てられた剣を、咄嗟に目で追おうとしていたルカルカは、その変化に茫然として動きを止めた。
腕輪を失った瞬間、ザアッっと『ミズ』から色が抜けた。
褐色の肌は、透明にも見える、白い肌に。
漆黒の髪は、透明さを帯びた青みに。
「……ルサルカ」
アズライアの呼び掛けに、変化が終了した『ミズ』は、ゆっくりとアズライアを見る。
「……ありがとう」
一言、微笑んで、その姿が溶けるように消えた。
アズライアは、今度こそ力尽きて倒れた。
「アズライア!」
走り寄るコハク達に抱き起こされて、弱々しく目を開ける。
「…………セレスタインへ、行きなさい、コハク」
掠れる声で、呟いた。
「聖地の魔境化は、単に表面を塗り替えるようなもの。
真の滅びをもたらす虚無の力が、セレスタインで、目覚めの時を待っている」
その制御の為に、自分は彼等に生かされていた。
それを理解していながらも、回避する可能性が無ではない内はと、生き恥を晒してきた。
けれど、もう。
泣きながら名前を呼ぶコハクに、アズライアは最後の微笑みを向ける。
「本当の、弟のように、愛していた」
1人の少年の命より、その他の大勢の命を奪う方がいいのかと、不思議そうに訊ねられた。
ああ、ルサルカ。それは違う。
ただ自分は、どんな絶望の淵にあろうとも、たったひとつの希望を、失いたくなかっただけなのだと。
「………………月実、元気出しなよ〜」
この俺様が月実を慰めるってどういう展開だ、と、自分でも思いながら、リズリット・モルゲンシュタイン(りずりっと・もるげんしゅたいん)は、しょげているパートナーに声をかけた。
「……コハクと友達になりたかったのにい……」
またタイミング逃した……と、月実はしょぼくれる。
ザンスカールで合流してからずっと、話しかけるタイミングを逃し続けて、この戦闘中にやっと初めて話しかけられたなんて間抜けすぎる。
そしてやっと話しかけられた、ここを取っ掛かりにして、今度こそコハクと友達に! と思っていたら、この事態である。
「……まあ、アズライアを失ったコハクを気遣って、自分の都合よりコハクの気持ちを汲んであげようなんて、月実らしくもない思いやりじゃない? 偉い偉い」
コハクをそっとしといてあげるなんてさ、とリズは誉めたが、違うのだ。
こういう場合にどんな言葉で話しかけていいのか解らないだけなのだ。
「……ほら、俺様がたまには一緒にバランス栄養食食べてあげるから!」
この慰め方もどうなんだと思いつつ、ぽんぽんとリズは月実の肩を軽く叩いた。
『ミズ』が消え失せた後、ゾンビ達も糸が切れたようにバタバタと倒れ、動かなくなった。
「援護する隙もなかったよ〜」
一通り、全てのことが終わり、はあ、と深呼吸混じりの溜め息を吐いた後、クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が、むう、とむくれつつぼやく。
「さすがは『禁断の女帝』と呼ばれるだけのことはあるな!」
エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)の言葉に、ルカルカは顔を曇らせる。
「茶化さないでよ……手放しで喜べるような結果じゃなかったよ」
『ミズ』を普通に倒すことは、今迄と同様、魔境化を引き起こす。
命を奪う戦い方は得策ではない。
ならばどう戦うべきかと考えて、「ソードオブバジリスク」を使うことを思い立ったのは、エースだった。
それを持つのに最も適しているのはルカルカではないかと判断したのもエース。
猪突猛進で負けず嫌いなルカルカにそんなものを持たせたら、自身すら巻き込んで『ミズ』を止めようとしかねないとダリルは内心で思ったが、結局止めることはしなかった。
ダリルにルカルカを止めることなど物理的に不可能だが、ルカルカが心底、彼等との戦いを終わらせたいと、無意味だと悲しんでいるのを知っていたからだ。
命と引き換えにして聖地を魔境化して、一体何になるというのだろう。
彼等に敵うかどうか解らない。だが、護りたいものがあるから。
と、ルカルカはその剣を引き受けたのだ。
最終的に魔境化は阻止され、『ミズ』も退けたが、勝利したという気持ちは薄かった。
「大丈夫?」
テレサの言葉に、シャンテは
「ええ、ありがとうございます」
と礼を述べた。
実際にテレサの治療を受けたのはリアンだったが、彼は
「感謝する」
と一言呟いただけだった。
無愛想な人なのねとテレサは気にせず、
「よかった!」
とほっとして、ロザリンドのところへ戻る。彼女には、怪我はなかった。
「無事?」
ゾンビの群れの中、仲間達にその被害が向かないよう、必死に戦っていたウェイルは、へばった様子で
「ダメ」
と答えた。
口を開くのも億劫なので、心の中で、あー死ぬかと思った疲れた痛かった大変だった! と続ける。
共に戦ってウェイルにヒールをかけていたフェリシアも、途中で力尽きてしまい、今はミルディアにヒールをかけて貰っている状態だ。
「ありがとね」
改めてミルディアが礼を言うと、ウェイルも笑って
「どーいたしまして」
と答えた。
『ミズ』が消えた後の地面に、鉱石が落ちていた。
見下ろして、触れてもいいものかと少し迷った後、イレブンはそれを拾い上げる。
穢れがどうとかいう問題なら、既に闇属性だった状態の『ミズ』が触れまくっていたのだ。今更だろう。
その横から、にゅっと手が差し出された。
「……リシア……」
「お宝。くれるって約束よね?」
当然のような顔をして所有権を主張するリシアに、一瞬イレブンは戸惑ったが、
(……いや、確かに、俺達の誰かが持つよりも、これについて充分理解しているリシアに任せた方がいいのかもしれない)
と考え直した。
勘に過ぎないが、リシアはこれを何処かに売り飛ばしたり、悪用したりはしないような気がした。
「解った。了解をとるべき相手もいないしな。
構わないだろう」
と、リシアの手の平に乗せる。
乗せた”印”が、ふわりと浮かんだ。
「!?」
リシアは驚き、勿論イレブンも驚いたが、イレブンの驚愕は一瞬だった。
「誰だ!!」
”印”ではなく、その向こうに手を伸ばし、予想通り、そこにあったものを掴む。
「いったああい!」
光学迷彩が解けて、小牧桜が姿を現した。
手首を押さえて、桜はイレブンを睨みつける。
「こんな酷いこと、することないじゃありませんか」
「どの口が言うんだ」
半ば呆れてイレブンが言うと
「桜ちゃんはただ、価値のあるアイテムが欲しかっただけですの、に!」
に、で、隠し持っていたダガーを振り上げる。
「おっと!」
イレブンが躱した隙で、桜は再び光学迷彩で姿を消し、何処かへ逃げてしまった。
「……あーびっくりした。全く、何なのよ、図々しい!」
リシアは”印”を手にぷりぷりと怒りながら、外套の下から、ごつごつとしたガラスの塊のようなものを取り出した。
「何ソレ?」
カッティが訊ねる。
「水晶。
このテの穢れを浄化するのなら、水晶を使うのが一番でしょ。
直接触らないようにもできるしね」
水晶をトントンと指で叩き、何事かを呟くと、鉱石が水晶の中に呑まれて行く。
「わ! 入っちゃった!」
目を見開くカッティに、リシアはふふんと得意げに笑った。
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