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狙われた乙女~ヴァイシャリー編~(第3回/全3回)

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狙われた乙女~ヴァイシャリー編~(第3回/全3回)

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第3章 微笑み、広がり
 10月末日――ハロウィン当日。
 その日、百合園女学院はヴァイシャリーの領主であるヴァイシャリー家で大々的なハロウィンパーティーが行なわれるという理由で、休校になった。
 しかし、校長の桜井 静香(さくらい・しずか)と、白百合団の団長桜谷 鈴子(さくらたに・すずこ)、副団長の神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)らは、パーティには出席せず、百合園女学院で警戒に当たっていた。
 ヴァイシャリー家で行なわれているハロウィンパーティーには、ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)の他、白百合会のメンバーや百合園女学院の生徒、ラズィーヤやレイルの護衛を申し出た白百合団員も参加していた。
 門から会場のホールまでは、徒歩で十数分の距離があり、殆どの客は馬車で訪れていた。
「いらっしゃいませ」
「ようこそお越し下さいました」
 先日よりアルバイトとして雇われている百合園のジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)と、ジュスティーヌ・デスリンク(じゅすてぃーぬ・ですりんく)らが、頭を下げて、来客を迎え入れる。
 ちなみに、ジュリエットのもう1人のパートナーアンドレ・マッセナ(あんどれ・まっせな)も雇われてはいるが、態度が悪いということで裏方に回されている。名家、名士が沢山訪れるこの場での不遜な態度は決して許されない。
 ジュスティーヌは相手が誰であろうと、丁寧にお辞儀をして迎え入れ、ジュリエットは同輩に頭を下げることに屈辱を感じながらも態度には表さず、ヴァイシャリー家のメイドとして相応しく清楚に振舞っていた。
 ずらりと立ち並ぶ使用人達の元を通り過ぎて、受付で名前を記入した招待状を提示すると、来客は1組ずつホールの中へと通される。
 まるで宝石で出来ているかのような、豪華なシャンデリアの下に、丸型の高いテーブルがいくつも並べられており、見た目も鮮やかな飲食物を前に、貴婦人達や仮装した男女が談笑に興じていた。
 壁際並べられたソファーや、テラスのテーブル席にはカップルの姿が多く見られる。
 部屋の奥には特別室が見受けられ、美しい花々で入り口が飾られたその場所には、より身分の高い者達が集まっているようだ。
「うーん、軍人姿がボクの中でデフォルトだったから、やっぱりマジカルなレオンは斬新なのだよ」
 ホール入り口にて、蒼空学園の明野 亜紀(あけの・あき)は、魔法使い姿の教導団のレオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)をしげしげと眺める。
 黒い鍔広の三角帽子に、黒い立ち襟マント姿、右目に黒の眼帯をしているレオンは、魔法使いは魔法使いでも完全に悪の魔法使いだった。
「亜紀はなんというか……男性っぽい外見っていうのは、既に自称になっているよな」
 レオンは亜紀を眺め、悪戯な笑みを浮かべる。
 亜紀はスカートの執務服に、小悪魔翼を背につけている。頭にもなんだか翼のようなものをくっつけていた。
「今日は仮装パーティーだからだよ。……それにしても。まさかこんな豪華なパーティにくることになるなんて……」
 亜紀はホールの中を見て、思わず後込みする。
 くすりと笑みを浮かべた後、レオンハルトは軽くお辞儀をする。
「それではお嬢様、今宵は私がエスコートさせて頂きます。御手を拝借」
「お、お手? 御手? どうすればいいの!?」
「自然のままで結構」
 緊張で固くなっている亜紀の手を、恭しく、何処か慇懃にとって、レオンハルトは会場へと誘った。
 亜紀は嬉しくも少し恥ずかしくて、照れ笑いを浮かべながら料理の並ぶテーブルへと向かうのだった。

「それじゃ、香苗さん。綺麗な人見かけてもふらふらついていったらだめよ。ほら、目がにやけてる!」
「え、そんなことない、そんなことないよ」
 ぶんぶんと頭を振った後、百合園の姫野 香苗(ひめの・かなえ)は、彼氏と共にソファーに向かう百合園の先輩の背を目にして、悔しげな表情を浮かべる。
「学校はなんだか危ないみたいだから、こっちで楽しませてもらおうと思ったけどっ。ここには香苗の敵が香苗の敵が敵対者がたくさんいるのーっ」
 普段よりも大人っぽいゴシック・アンド・ロリータの服をまとって、髪も朝から時間をかけてセットして、何時も以上に可愛らしく見せようと精一杯努力した香苗だけれど。
 たくさんたくさん声はかけられた。かけられたけど、殆ど男性なのだっ。仮装している人が多いからよくはわからないけれど……。
 好みのお姉様を見かけて、ウオッチングを楽しんでいても、お姉達は直ぐに男性に誘われてしまう。
「お嬢さん、向こうの席に美味しいデザートがありますよ」
「……うん、食べる。こうなったら食べるよ、香苗!」
 声を掛けてきた男には見向きもせず、デザートが並ぶテーブルへと香苗はダッシュする。

「とりっく、おあ、とりーと?」
「トリック・オア・トリート〜!」
 ちっちゃな死神とちっちゃな魔女の姿の少女2人が、夫人のドレスを掴んでにこっと笑った。
「まあ、それは困りましたわね。……はい、どうぞ」
 夫人は持っていたバスケットの中からチョコレートを取り出して、死神と魔女に渡すのだった。
「ありがと」
「ありがと〜」
「2人とも、預かりますよ……」
 後からついてきた百合園のレイ・ミステイル(れい・みすている)は、「ゆう」と「ロゼ」と名前が書かれた箱を2人に向けた。
 死神の姿の遊雲・クリスタ(ゆう・くりすた)と、魔女の姿のレイル・ヴァイシャリーは、自分の名前が書かれた箱の中に、もらったお菓子を入れていくのだった。
 レイルは今日はロゼと名乗っている。
「さんたさん、いっぱいのおかしっ」
「でもこのお菓子は、配っちゃだめなんだよ。ボク達のだからねっ!」
「だからねっ!」
「はいはい」
 遊雲とレイルにレイは微笑んで答える。
 そう、レイは今サンタの格好をしている。季節外れもいいところだ。
 遊雲にせがまれて仕方なく着たのだが、やっぱり少し恥ずかしい。
「とりっく、おあ、とりーとぉ?」
「トリック〜オア〜トリーーート!」
 パタパタと次のターゲットの夫人に向かい駆けて行く二人の後に、レイは少し寂しげな顔で従うのだった。
「はい、ちいさなお化けさん達」
「ありがとー」
「ありがとっ!」
 遊雲とレイルは今度は飴を貰って、嬉しそうに笑い、くるりと振り向いてレイが持つ自分用の箱の中に入れた。
「たくさんたまってきたね」
「食事とか、ケーキも沢山あるから、これはとっておこう」
「うん、あとでたべようね」
 笑い合いながら、小さなお化け達は手を繋いで、次のターゲットを探す。
「皆さんお話し中ですから、ごめいわくかけたらだめですよ」
 可愛らしい2人の様子に、くすくすと笑みを浮かべながら、白百合団員のヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)も付き従っていた。
 ずっとぴったりくっついて、フォローしながら護衛をしている。
 ヴァーナーの格好は、レイルと同じ魔女の姿だ。ラズィーヤに相談をして同じ格好をさせてもらうことにしたのだ。レイルには黒い鬘も被せてあり、彼の本当の姿を知っている人物にも、彼だとはわからないようになっていた。
「楽しみますわよ。トリックオアトリート!」
 ヴァーナーのパートナーのセツカ・グラフトン(せつか・ぐらふとん)は、耳や尻尾、爪のついた手袋までした狼男の姿だった。
「うん!」
「とりっく、おあ、とり〜とっ!」
 子供達はとても楽しそうだった。
「おぬしも混ざっていいですわ。根をつめすぎても駄目ですわよ」
 セツカがヴァーナーにそう言うと、ヴァーナーもいつものように可愛らしい笑みを見せる。
「2人を、見ているだけでもたのしいです」