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砂上楼閣 第二部 【前編】

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砂上楼閣 第二部 【前編】

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ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)は、アーダルヴェルト側に気づかれないよう、
警備の穴を作り、そこに襲撃者を誘導することを、
ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)に進言する。
「あと、内通者にも気をつけたほうがいいだろうね」
仮面を付けてはいるが、ルドルフの表情が曇ったのがヴィナにはわかる。
「そんな顔しないでよ。
 上の者は常にあらゆる事態を想定して然るべきでしょ」
「たしかにそうだけれど」
普段は虚勢を張っているルドルフだが、ヴィナの前では、
繊細な少年の表情を見せる。
(けっこう信頼してもらえてる……ってことでいいのかな)
ヴィナは思う。
ヴィナのパートナーのティア・ルスカ(てぃあ・るすか)
ロジャー・ディルシェイド(ろじゃー・でぃるしぇいど)
ウィリアム・セシル(うぃりあむ・せしる)は、協力して警備をおこなう。
ティアは、第六天魔衆を特に警戒する。
(薔薇学内部を知り尽くしている学外の方がいたとしたら、
 内通者を疑うべきでしょうね)
「信じることは美しいことでございますが、妄信は美しくございません。
 ヴィナが警戒しているのならば、
 彼に少しでも判断材料となる情報を渡した方がよろしいでしょう。
 彼は、僕やティアとは異なり、
 ウィリアムの助言を聞きつつ全ての愛憎を排除して判断するでしょうから」
ロジャーも、ルドルフに言う。
ウィリアム・セシルに対しては、
エリザベス一世の治世を支え続けた英霊であるからこその信頼であった。
ウィリアムは、特に上杉謙信を、悟られぬよう警戒する。
謙信の表情や仕草から、
アーダルヴェルトと上杉謙信の意向に温度差がないか確認するのも目的であった。

「君はどうしてまた、そう、僕に絡んでくるんだ?」
二人だけになり、ルドルフはヴィナに言う。
「だって、気になるもの」
「気になるって……」
「気になるよ。同い年だし、誕生日も近いし。
 知ってた? 俺は10月31日生まれで、
 君は10月30日だよね。1日違い。
 恋愛的な意味ではなく、失礼だけど、息子とか弟って感じ。
 会談以後、仮面の意味が変わったと思うから、それは良かったかな。
 話してて、もしかして仮面外すの怖いのかもって思ってたから。
 本当の自分を知られること、大切にしている思い出に触れられること。
 そういうのを気づかれたくないのかなって。
 だとしたら、独りで抱えようとするでしょ。
 そういうの、心配で放っておけなかったから」
ルドルフは、沈黙する。
「ルドルフさんが俺をどう思ってるかは知らないけどね」
「……僕は感謝してるよ。
 君に叱り飛ばされて、
 過去ときちんと対峙する決意がついたのだから。
 イエニチェリとして、ジェイダス様に仕えるためにも。
 ……そうだ、ヴィナは、イエニチェリになりたいとは思わないのかい」
ふと思いついたように、ルドルフは言う。
「なりたい人がなればっていう気持ちは変わらないね。
 どう生きるかの方が大事。
 ルドルフさんと対等になって助けられるなら、目指そうかな。
 それなら価値があるから」


五条 武(ごじょう・たける)は、金髪の剣の花嫁を警備していたアディーンの元にやってくる。
武も、パラ実生ではあるが、真面目に警備に参加しているのだ。
「なあ、アディーンは、
 あの遺跡についてのことを何か知ってるんじゃないのか?
 そもそもあれは、何のために作られたんだ?」
「さあ」
「さあって……。
 俺もなんだか変な気分になったしよ。
 気になってるんだ」
「つってもなあ。俺も、何も覚えてないんだよ」
武に、アディーンは肩をすくめて見せる。

そこに、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)と、
パートナーのソルファイン・アンフィニス(そるふぁいん・あんふぃにす)
アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)がやってくる。
「アディーンくんの光条兵器、羽扇なのよね。
 出すことはできても、明らかに武器として機能してないって、
 ソルの光条兵器と共通してるのよね。
 本来と形状が違ってるとか、
 何か違和感を覚えるとか、そういうことはない?」
「僕の光条兵器はこの形です」
リカインがたずね、ソルファインは、
二つに割れた盾がそれぞれについた鉄甲、しかも鎖でつながれて、
ソルファインの身体から30センチと離れない光条兵器を見せる。
「アディーンくんのもみせてよ」
「ああ、お姫さんの頼みなら聞くぜ!」
アディーンは、リカインの言葉に、羽扇の光条兵器を見せる。
「でもなあ、俺は特に違和感を覚えたことはないんだよな。
 なんつーか、そういうもんだと思ってたんだよ」
アディーンは言う。
そんな中、アディーンに親近感を覚えていたアストライトは言う。
「ニーチャン、俺とナンパ勝負しねえか?
 どっちが早く大勢ナンパできるかやってみようぜ!」
「なんだよ、俺はせっかくこのお姫さんと話してるのによ」
アディーンは、リカインの方を見て言う。
「やめとけよ、こんなバカ女。後悔するぜ」
「あんた、何言ってんのよ!」
アストライトは、リカインは無視して言う。
「それとも、俺に負けるのが怖いんじゃねえのか?」
「なにい!? そんなわけあるか!
 じゃあ、勝負しようじゃねえか!」
「そうこなくっちゃな」
アディーンを挑発したアストライトは、ナンパ勝負を開始した。
しかし、これは一種の囮捜査で、不審な人物がいないかどうかの警戒は怠らない。
「よし、もう5人も口説いてきたぜ。俺の勝ちだな」
「って、男が混じってるじゃねえか!」
アストライトに、アディーンが抗議する。
「何か問題あるのかよ」
「ただでさえ男ばっかでお姫さんは貴重だってのに、
 それじゃ勝負にならねえだろ!」
アストライトとアディーンはケンカを始める。

武のパートナーの精霊テッド・ヴォルテール(てっど・う゛ぉるてーる)は、
警備の合間に、ルドルフにたずねる。
「何で人間同士で軋轢が生まれるんだよ。
 人間と吸血鬼の違いって言ってもよ。
 地球じゃ、皆、同じ人間だろ?
 ……イルミンスールん時みてーに、人間と精霊、
 二つの種族がともに歩むことだってできるだろーに」
「そうだね。
 タシガンでも、薔薇学生とタシガンの民が、
 ともに歩んでいけると信じているよ」
「ああ、だったら、この交流会を守ってやらねーとな。
 力貸すぜ」
テッドは言う。

皆川 陽(みなかわ・よう)は、どこか荒んだ目をして、警備に参加する。
パートナーのテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)は、その様子を見て愕然とする。
(『仲良くなろう』って、口でだけ言ってるんじゃあ、何ひとつ前進なんかしないんだよ。
 せいぜい、勝手に一方的に抱いてた信頼を裏切られて、
 殴られてボロ雑巾のようにされるのが関の山だと思うよ。
 ……ボクみたいに)
暴漢に襲われて、重傷を負った陽は、
怪我は治っても、人や闇を怖れて夜、眠ることができなくなってしまった。
テディは、そんな陽の手を一晩中、ずっと握っている。
(僕は、古王国時代、
 剣と忠誠を主に捧げて戦って死んだ。
 でも、僕が本当に守るべきものはなんだったのか、見えてきたような気がする。
 真に守るべきは、貴族の背中の後ろにいる、
 無数の、名も無き庶民達の幸せだったんじゃないかな。
 今生は、普通の庶民である陽に剣を捧げよう。
 守れなかった自分への戒めも込めて、
 陽が戦えと言うのであれば戦おう)
テディは、決意する。

ミゲル・アルバレス(みげる・あるばれす)と、
ジョヴァンニ・デッレ・バンデネーレ(じょばんに・でっればんでねーれ)は、
女の子をナンパしつつも真面目に警備を行う。
「ミケーレ、あの子なかなか可愛いんじゃないか? ちょっと誘ってみようか」
「ほんまやな師匠!
 彼女、俺とちょっとおどらへん?
この辺の子なの? チュロス好き?」
タシガンの地元から遊びに来ている少女に、
ジョヴァンニとミゲルは声をかける。
ドミニク・ルゴシ(どみにく・るごし)と、
ドメニコ・メルキセデス(どめにこ・めるきせです)も、お互いを牽制しあいながら、
パートナーのミゲルに付き従う。
「先だっては全く黒鎧が付いていながらミゲルを危険な目に会わせるとは……。
 帰ってきてみたら今度は文化祭の警備だという、
 心配だから私がミゲルについて回ろう。
 ……狗はどいてくれないか」
「先だっては全くジョヴァンニが付いていながら何たる体たらく。
 心配ですから私がミゲル様についてまわります。
 ……あなたはどいてくださりませんか、蚊風情が」
ルドルフに、陽が近づいていく。
眼鏡の奥の光を見て、テディが慌てて追う。
「おい、陽!」
「タシガンは吸血鬼の地。
 吸血鬼にとって人間なんてエサみたいなものでしょう。
 人間だって牛や豚が『対等に仲良くしましょう』と言ってきたら聞き入れるでしょうか?
 よって、栄誉はすべて吸血鬼のものに、
 タシガンに住み続けるという実益は薔薇学のものに……を目指したほうが良いかと。
 薔薇学の利益のためには『仲良くなろう』って口で言ってるだけでなくて、
 地球人がいれば利益があるとタシガンの人に思ってもらうようにしたほうが良いと思います。
 テロリストだろうが魔物だろうが、
 町に被害が出かねないほど派手に襲撃してきてくれればいいんですよ。
 学生達は善意に満ちているし契約者は戦闘能力に優れているから、
 対抗して撃退し、町を守る。
 そういう機会を重ねれば、
 タシガンの人も、地球人の存在くらいは認めてくれるのでは?
 共存って、仲良くならないと出来ないものでしょうか?
 違うと思います。
 仲良くなくても利害が一致すれば人は共存します。
 仲良くなるのは、共存の合意を取り付けたその後の段階のことでは?」
ルドルフに言い、陽は、
「だから、警備にはわざと隙を作ったほうがいいと思います」
とつけくわえた。
「……理想論ばかりでは、うまく行かないというのはそのとおりだ。
 でも、打算だけで動く人間は美しくないよ」
ルドルフは言う。
「ルドルフさんは強い人ですから、そう思えるんですよね。
 でも、それは強者の論理なんですよ。
 ボクみたいな弱い人間には、
 美しいとか美しくないとか……。
 ルドルフさんみたいな……他のエリートの薔薇学生みたいな考え方は無理です!」
「陽……」
テディには、陽が自分の言葉で自分を傷つけているように見えた。
「ちょい、まってーな。
 師匠、あとお願いな」
ミゲルは、ジョヴァンニに少女の相手を任せて、陽に近寄る。
「……ならず者に襲われた時の事がフラッシュバックして辛いんです。
 何故こうまでしてタシガンにいたいんですか?」
「俺、タシガンの町も、タシガンの人達も、薔薇学も、守りたいと思ってるよ。
 黎さんや響くん、ヴィナさん、薔薇の学舎の皆、
 ドミニクにドメニコ、師匠、皆と同じくらい、このタシガンの人達好きやもん。
 もちろん、陽くんもな」
「そんなこと言ったって、人と人はわかりあえないんだ。
 所詮、ボクの居ていい場所なんて、世界のどこにも……」
「違うよ!」
「違うぞ!」
ミゲルとテディの声が重なる。
「この世界にいらない人間なんておらへんねんで!
 パラミタに来てから、俺、いろんなことあったけど、
 もちろん、辛いこともあったけど、
 それでも、楽しいことのほうが多かったんや。
 薔薇学の仲間も、タシガンの人達も、いなくていい人なんかおらへんよ!」
「陽が僕のパートナーになってくれたから、
 大昔に死んで、家族も友人も一人もいなくなった僕に、
 家族ができたんだ。
 ……自分の居場所がどこにもないなんて、言わないでよ」
涙目になるテディに、陽は驚く。
「え、ど、どうしたの?」
「ヨメに振られたので、とても悲しいんだっ!」
「ヨメって……。またいつもの変な冗談……」
毒気を抜かれてパートナーを前におろおろする陽を見て、
ミゲルは笑顔を浮かべる。
「ちゃんと居場所も、大切な人もいてるやん」