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嘆きの邂逅(最終回/全6回)

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嘆きの邂逅(最終回/全6回)
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 百合園女学院の離宮対策本部にはあまり人は残っておらず、残っている者も電話、来客対応に追われていた。
 合間合間に、生徒会長の伊藤春佳(いとう・はるか)は相談を受けたり、指示を出していく。
「地図書き換えます! 北塔にキメラ確認だって!」
「うんっ」
 その側で、春夏秋冬 真菜華(ひととせ・まなか)と、手伝いに駆けつけたティアニー・ロイス(てぃあにー・ろいす)が取次ぎと事務作業を行っている。
 真菜華は邪魔になる髪をぎゅっとポニーテールにして、気合を入れて意思をしっかりと持ち、奮闘していた。
「みんな、無事に帰ってきて……っ」
 ティアニーは疲れの見える本部の人達を、妖精のチアリングで癒したり、真菜華をサポートしながらマリル、マリザ達の帰還を待っていた。
「飛行系のキメラは北塔の上空に集合しつつあるようです。獣型は特に一方に向う様子はないため、誘導が進められています」
 レン・オズワルド(れん・おずわるど)のパートナー、メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)がそう報告をする。
 キメラ対策の指揮を行っていたレンは現場に向ってしまったが、メティスは連絡要員とサポートの為に本部に残っていた。
「えっ? パン……そんな話している場合じゃないです」
 ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)も、やむなくとある相手に電話をかけていた。
「信長さんに代わってください。えっ、手数料に見……何言ってるんですかーっ」
 ノアはなにやら難儀な相手と情報交換中のようだ。
「情報はこちらで纏めます。北塔方向ですね」
 オレグ・スオイル(おれぐ・すおいる)は敬愛するラズィーヤがいない間も、本部に集まるデータの整理、分析に従事していた。
「ばたばたしているよー」
 崩城 理紗(くずしろ・りさ)は、別の場所で準備中の崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)と電話で話をする。
 気になっていることもあるのだけれど、ここで話題に出しても聞いてもらえそうもなかった。
 攻略隊隊長の樹月 刀真(きづき・とうま)のパートナー、玉藻 前(たまもの・まえ)は、これまでの通話のやりとりを録音したディスクを整理し、誰でも聞けるようにしておく。
 そして、真菜華にこう提案をする。
「刀真は使用人居住区の方へ向っている。このまま全ての兵力の無力化を目指すそうだ。任務を全うした後、生き残った者で離宮を調査し、資料を持って地上へ帰還をしたいとのことだが」
 真菜華の頷きを確認して前は言葉を続けていく。
「『アムリアナ女王が復活しているので彼女を迎える為に離宮を浮上させるべきだろう』という理由で、離宮を浮上させる為にヴァイシャリー家の当主や民を説得してみてはどうか、とのことだが?」
 真菜華は直ぐに、エミールに連絡をとってみるが、ラズィーヤの意見を聞く前にエミールから、その理由では無理だという返答が返ってきた。
 得るものよりも失うものの方がずっと多いからだ。浮上させたのなら、交易や交通の要になっている運河を塞いでしまうことにもなる。
「んーと、んーと」
 多方面の情報の取次ぎを行っている真菜華の側で、ティアニーは軽く混乱してしまう。
 かなりの情報が飛び交っており、ティアニーにはついていけない。それでも、落ちた書類を拾ったり、窓を開けて空気の入れ替えをしたり、小さな援助を続けていく。
「まずは人的被害を最小限にするように、動いていきましょう。浮上させるにしろ、再封印をするにしても、被害を抑えられるように。物的被害はあとで復旧できますが、把握はしておかなければなりません」
 神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)は、決着後の地上の対応について、準備を進めていた。
 封印を行ったとしても、区画整理などを行い、準備をした上で離宮を浮上させることも考えられるよう、貴族や市民達へ説明できるような資料をも作り始めた。
 パートナーのうち、プロクル・プロペ(ぷろくる・ぷろぺ)は街の様子の調査と記録。アトラ・テュランヌス(あとら・てゅらんぬす)は、避難誘導の為に街に出ている。
「ソフィアとは話したいこともあるのじゃがの」
 エレンの傍らで、フィーリア・ウィンクルム(ふぃーりあ・うぃんくるむ)はエレンをサポートしながらそう呟く。
「……真菜華様少しよろしいでしょうか?」
 出雲 阿国(いずもの・おくに)は、ちらりとメンバーを見回した後、真菜華に声をかける。
「ん? 何かあった?」
 頷いた後、阿国は真菜華に近づいて小声で離宮の作業小屋にいるパートナー、志位 大地(しい・だいち)からの状況の報告を真菜華にするのだった。
 大地の行為は百合園生には受け入れられない可能性が高いため、周囲には聞こえないよう注意する。
「すみません! 次の転送は東の塔に行うという話ですが」
 そこに、転送術者の護衛を行っているソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)が本部へと駆け込んでくる。
「南の塔にしていただけませんでしょうか」
 彼女は、嘆きの騎士ファビオのパートナーであるミクル・フレイバディを案じて守ってきた。だから、その方針に反対せざるを得なかった。
「東に転送をするということは、東塔の封印を解くということになると思います。封印を解いたら、ファビオさんの命に危険が及ぶと思います」
 ファビオの封印が維持されているうちは、組織側もおいそれとファビオの命を絶つことはできないだろう。そして、封印を解除してファビオを危険に晒すことはミクルやアユナ・リルミナルも望まないのではないかとソアは考えた。
「それから、アレナさんも行かれるという話ですが、とてもご気分が悪いように見えました。激戦中の東の塔に送るのは危険だと思います」
「それはその通りよ。……でもごめんなさい、離宮から東塔への緊急増援要請が出ています。ですので、その理由では東塔への転送を止めるわけにはいきません。身近な友達への危険を考えてくださるお気持ちはとても嬉しく思います。ですが……東の塔には百合園の一般の生徒も沢山いるんです」
 春佳は申し訳なさそうに、軽く目を伏せた。
「そして、命がけで守って下さっている方々はヴァイシャリーの民達です。塔は砦として建てられたものではなく、壁に強度はありません。一撃、敵の攻撃を受けて塔が破壊されただけで、沢山の命を失うかもしれません。1秒、早く到着するだけで、助かる命があるかもしれません」
 既に、死者も出ていると報告を受けていた。
「逆に、北塔に集まっている敵に奇襲を行うための西塔への増援や、北塔の封印が解かれた後に迅速に北塔へ増援を送るために北塔上部に戦力を集めておくという方針であるのなら、提案内容によってはラズィーヤ様にもお話して、検討を行いたいのですが……」
 春佳はため息をついた。 
「離宮で前線に立っていない私達は、つい地上のことを考えてしまいますが、本部は離宮攻略の首脳部でもあったはずです。離宮の人々のことももっと考えてあげるべき、だったのです」
 北塔に集まった兵器の対処については、どこからも、誰からも、意見が出ていなかった。
「ファビオさんに関しましては、白百合団の方で救出作戦が組まれています……。本当のことを申し上げると、この作戦さえも遺族や離宮に下りた生徒のご家族に知られたら非難されるでしょう。その人員を離宮に向わせなかったことに。でも、白百合団の団長は、危機に瀕していると分かっている人を、見捨てることは出来なかったようです。東塔の封印解除が行われるために、この作戦は行われるんですよ」
 優しく、春佳は続けていく。
「ファビオさん、そしてファビオさんに協力をしたミクルさんは、ヴァイシャリーの人々の為に命を賭けられたのですから、自分達が救われるために、沢山の命を危険に晒すようなことは望まないと私は思います。彼等の意志を助けましょう」
「わかり、ました。でも、アレナさんは……」
 ソアは心配そうに瞳を揺るがせた。
アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)さんは……十二星華です。彼女の星剣は広範囲攻撃型の弓矢だそうです」
「はい……でも、とても戦える状態ではありません」
「でも、彼女がそれを望むのなら、守れる命は沢山あるのです」
 春佳の言葉に、ソアはぎゅっと目を閉じた。悲しかった。皆が、苦しむ姿が思い浮かんで……。
「東塔の封印が解除された後には、他の塔の解除の時同様、転送術者の負担も減りますのでより多くの人々を一度に送ることが出来るようになります。契約者の他、東塔の上に配置された軍人の一部も同行予定です。まだ準備は整っていませんが、ソアさんも行かれるのであれば、東塔の上に向ってください」
「東塔に向うのなら、尚更、転送術者にはこっちに残ってもらうつもりだ。敵に狙われる可能性があるからな」
 雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)の言葉に、春佳は首を横に振った。
「転送の精度を上げるために、東塔に下りたことのある者と一緒に術者の方にも下りていただく予定です」
「それじゃ、俺様達も護衛の為に下りるぜ。離宮が浮上しない場合は、皆も転送しなきゃならないしな!」
「女王器の増幅の力を利用して、離宮の人々を地上へ転送する必要があると思います」
 ベアの言葉に、ソアが続ける。
「そうですね。別邸へ向ってください。護衛、どうぞよろしくお願いいたします」
 春佳のその言葉を聞いた後、ソアとベアは本部を飛び出して、転送の準備が進められている東の塔の上へと急ぐのだった。
「アユナさん……」
 会話に出た名前に、本部の仕事を手伝っていた連絡係のセラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)が手を止める。
「琳の友人ですね。今はヴァイシャリー家にいるようですが」
 セラフィーナは考えを巡らせながら、携帯電話を握り締めた。