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リアクション
点差はそのまま中盤に入り、マウンドに立とうとするミツエに、天華がそっと話しかける。
「そろそろ交代しよう」
「ま、まだいけるわ!」
「無理はいけませんよー」
二人の会話が耳に入ったひなも加わり、天華のピッチャー交代の提案に同意を示した。
「でも、サレンはもう少し休ませないと……あっ、そうだ!」
ミツエが何かを思い出したように声をあげた時。
「♪愛をくださいOH……愛をくださいZOO♪」
どこからともなく謎の歌声が響いてきた。
歌声の主はどこだ、とキョロキョロする三人の前に、ふわりと覆面の男が躍り出る。
「僕が代わりに出ましょう」
「そうよ、あんたがいたんだったわ!」
パチン、とミツエは手を打つが天華とひなは何のことかわからずに疑問符を飛ばしている。
ミツエはニヤッとして説明した。
「こんなこともあろうかと、もう一人選手を登録しておいたのよ!」
「登録票には名前がありませんでしたけど?」
ひなの疑問にミツエは、
「炙り出しだもの。そのままじゃわからないわよ」
と、サラッと言ってのけた。
思わずこけそうになるのをグッと堪え、何で炙り出しなのかと問うと「優斗の案でね、おもしろそうだったから」という軽い答えに、せっかく堪えた心がまた折れそうになる。
「とにかく、頼んだわよ。全員三振にしてやってへこませちゃってちょうだい!」
ミツエは覆面選手の背をバシンッと叩いた。
「その優斗はどこにいるです?」
「リョーコと解説やってるはずよ」
ベンチには、この覆面選手をミツエに推薦した風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)はいない。
ミツエ同様、疲れの見える天華に代わってキャッチャーにはナリュキ・オジョカン(なりゅき・おじょかん)がついた。
この前みたいに胸を揉んだらダメよ、と注意するミツエにナリュキは妖しく笑う。
「今回は本気でいくのじゃ」
何に本気を出すの、と叫んで問うミツエに軽く手を振ってナリュキは行ってしまった。
まあいいか、とベンチに座って試合を見守るミツエに、妙に真剣な様子でひなが話しかける。
「こんな時に何ですが、真面目な話なんです」
「……どうしたの?」
何かあったのかとミツエも体ごとひなに向けるようにして聞く姿勢をとった。
「ミツエは私のことを頼れる仲間と思ってくれてますですかねー? もちろん、私はミツエを信頼してますです〜」
「当たり前じゃない。ずっと一緒に戦ってきたんだもの」
訝しげな表情のミツエに、ひなは続ける言葉に迷った。
今の気持ちをどう伝えればいいものか。
ひなにとってミツエは信頼の置ける仲間以上の存在になりつつあったからだ。
一生懸命考えているひなを、ミツエは黙って待っていた。
やがてひなは、自分の気持ちを確かめるように一言一言丁寧に舌に乗せ始めた。
「これからも一緒に歩みを進めて行きたいです。ミツエは、どう想ってくれてますか〜……? 仲間以上の、義兄弟くらいの、親密な関係として馳せたいのですっ」
話しているうちに感情が昂ぶってきたのか、唐突にひなはミツエを抱きしめた。
ミツエは慌てたが、それ以上に混乱していた。
いったいひなはどうしてしまったのか。
「ね、ねぇ、何か不安なことでもあるの?」
「ミツエの気持ちを教えてほしいだけです〜」
ミツエは義兄弟について考えてみた。
真っ先に思い浮かぶのは劉備達。桃園の誓いは有名な話だ。
ひながそれくらいの想いを自分に寄せていることに衝撃を受ける。
表情を固まらせたままピクリとも動かないミツエから、体を離したひなは不安そうに自分とよく似た赤い瞳を覗き込んだ。
見つめられて、我に返るミツエ。
「えっと……」
戸惑いに視線を彷徨わせたミツエは、一度目を閉じると再びひなと合わせた。
「──今のままで」
まっすぐな答えにひなの呼吸が一瞬止まる。
「あっ、嬉しくないとかそういうんじゃないの。ただ、その、心配だから。あたしがドージェくらい無敵だったらいいんだけど、ね」
ミツエは自分に刺客が送られたことを忘れていなかった。もっともあの時は本気で瑞兆だと思っていたのだが。
「試合……。この試合、ドージェをぺしゃんこにしてやるわよ。あたし一人じゃ無理でも、ひなやみんながいれば神の一人や二人、まとめて踏み潰してやるわ!」
急に試合への意気込みを見せたミツエに、きょとんとするひな。
そんなひなの肩を、やや強くミツエが叩く。
「中原制覇も一緒に来てくれるんでしょ?」
昔からの決まりごとだったようにミツエは言うのだった。
その間も試合は進み、八番マリーの打順になった。
キャッチャーのナリュキは珍しくハラハラしながらミットを構えている。
先ほど顔に当たるギリギリの球をよけたマリーは、なお臆すことなくバットを構えている。
しかし、ナリュキは嫌な予感がしてならなかった。
「あの覆面選手、何者なのじゃ」
呟きは、誰にも聞かれることなく。
覆面選手が投球態勢に入った。
「ボールは愛人〜」
鼻歌混じりに覆面選手からとんでもない言葉が漏れ聞こえる。
「それを言うなら友達じゃろう──あっ」
ナリュキがミットを出した時はすでに遅く、セリヌンティウスの後頭部がよけそこなったマリーのこめかみにめり込んでいた。
球審はデッドボールを宣言し、それから二度にわたる頭部への投球に、覆面選手に退場を言い渡した。
たとえ本人にその気がなくとも、頭部への球は危険球としてピッチャーが退場になることがある。
今回はどうだったのか。
二回も同じ箇所へ投げたことは故意だったと思われても仕方がないが、本当のところは覆面選手しか知らない。
飄々と去っていく彼に代わり、サレン・シルフィーユ(されん・しるふぃーゆ)がマウンドにあがった。
その頃ミツエチームのロッカールームでは、小柄な人影がコソコソと動いていた。
何かを探しているらしいテレサ・ツリーベル(てれさ・つりーべる)だった。
前に手違いでミツエに渡ってしまったラブレターを取り戻そうと思ったのだ。
試合中の今なら、選手は誰もここに来ないだろう。
それでもできるかぎり物音を立てずに行動するテレサ。
「あった」
ようやく見つけたミツエの鞄にテレサの口から小さく喜びが漏れた。
後はこの中から問題のブツを抜き取って終わりである。
テレサの指が鞄の留め金に触れた時、ドアの向こうで耳慣れた者の慌てる声がした。一瞬後にドアが開く。
「ここで何をしている」
教導団水泳部顧問だ。
それはこっちの台詞だ、という気持ちのテレサだったが、それより驚いたのは顧問に捕まっているミア・ティンクル(みあ・てぃんくる)の姿だった。
どうやらつけられていたようだ。
テレサはミツエの鞄から手を離すと、ラブレターのことは伏せて事情を説明した。
肝心の部分が隠されている話の内容に水泳部顧問はわずかに眉をひそめたが、大まかなことはわかったのでそれ以上を聞いてくることはしなかった。
だが。
「どんな事情があるにせよ、他人の鞄を断りもなしに開けるのは感心しないな。二人とも、上に戻るぞ」
有無を言わさぬ口調だった。
ベンチに連れて行かれたミアは、試合を見守るミツエにそっと近寄ると、声を落として質問をした。
「ねぇ、ミツエお姉ちゃんは優斗お兄ちゃんをどう思っているの?」
唐突な質問に、ミツエはきょとんとしたが、やがて「そうね……」と視線を巡らせる。
「ちょっと無茶するところもあるけど、頼りにしてるわよ。何度も助けられたしね。大切な仲間と思ってるけど……ねぇ、今日はそういう日なの?」
「そういう日?」
ミツエはひなとの会話のことを言ったのだが、その場にいなかったミアには何のことやらさっぱりだった。
この時、試合は回が進んで終盤に入ったところだった。両チーム得点数に変化はない。
攻撃はドージェチームで、久が二塁に出ている。
ミツエチームはセカンドの守備が和希から伊達 藤次郎正宗(だて・とうじろうまさむね)に代わっていた。
隙あらば盗塁してやろう、と虎視眈々と三塁を狙う久に正宗が囁く。
「なぁ、お前さん。ズボンのチャック開いてるぜ?」
「!?」
まさか、とドキッとした久は慌てて確認するが、そんなことはなかった。
軽く正宗を睨んでみるが、彼はバッターのほうを見ていて視線を合わせようとしない。
久は気を取り直して試合に集中した。
走るか……そう思った時、また正宗が囁きかけてきた。
「なぁ、あそこ。見えてねぇか(パンチラが)?」
スタンドのチアガールを示す正宗に、つられて目を向ける久。
チアガールは元気にダンスしているが、残念ながらギリギリで見えなかった。
「何だよ見えねぇのか? もっとよく見ろ、ほらっ」
「イデデデ、首がっ」
久の頭を抱えて無理矢理スタンドに向ける正宗。
二人がそんなやり取りをしている頃、センターとレフトではやや深刻な会話がされていた。
両者の間隔が狭く見えるのは、レフトのガイアが巨大だからだ。
彼女は守備の時も109バットを手放さなかった。
そのことについて吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)はとやかく言う気はなかった。それよりも気になるのはガイアの浮かない顔だ。
前回の【瞑須暴瑠】でもそうだったように、今日も思い悩んだ表情をしている。
ガイアは野球が大好きだったはずだ。
本人に話す気がないなら、と今まで見ないふりをしてきた竜司だったが、そろそろ我慢も限界だ。
「このまま行くと負けちまうなァ。一点くらい返してェよな」
「……そうだな」
もっと熱い返事を期待していたのだが、返ってきたのは気の抜けたもの。
「てめえがそんなんでどうすんだよ。何かあるなら言えよ、ダチだろ」
言い方は乱暴だったが、ガイアはその気遣いにハッとなった。
「ダチか……そうか。こんなオレでも、そう呼んでくれるのか。──この109は」
意を決したようにガイアが口を開いた時、ビルから物騒な集団が飛び出してきた。
「ヒャハハハハハ! こいつらは任せろガイア! お前はヤツをブチ殺せよォ!」
試合はあっという間に乱闘に変わってしまった。
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