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横山ミツエの演義劇場版~波羅蜜多大甲子園~

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横山ミツエの演義劇場版~波羅蜜多大甲子園~

リアクション




ドージェチーム対ミツエチーム


「ドージェはDHね」
 相手チームのオーダーを見たミツエはフンと鼻を鳴らす。
 一緒に覗き込んでいた桐生 ひな(きりゅう・ひな)は、ふとミツエの対ドージェ攻略法のことを思い出した。
「ずいぶん自信ありげでしたけど、どんな秘策なんです?」
 ミツエはひなに顔を向けるとニヤリとして言った。
「デッドボールよ! 当ててしまえばホームランも何もないわ。後はうちの頼もしいピッチャーが後続を抑えて、こっちのバッターで総攻撃で完全試合よ!」
 せこくて大雑把すぎる考えに、ひなは唖然する。
 ストライクゾーンに目をつけたホワイトキャッツのミューレリアとは大違いだ。
「ミツエ、その作戦には無理があるですよー。それに今回のピッチャーは」
「ミツエだ。キャッチャーは私が務める。渡した資料は見てくれたのだろう?」
 しっかりプロテクターをつけて現れたのは諸葛涼 天華(しょかつりょう・てんか)
 ミツエは目を丸くして驚いている。
「聞いてなかったのですね……もぅ」
 がっくりと肩を落とすひな。
 ミツエはドージェチームのオーダーばかりが気になり、自チームのことにはほとんど気を配っていなかったようだ。
 天華から渡されたドージェチームの資料には目を通していたけれど。
(それが私達への信頼の証ならいいんですけど……)
 そのへんのことを後で聞いてみたいと思いつつ、ひなはミツエにウォーミングアップに出るように言った。
 ミツエチームは後攻である。
 ミツエのせこい秘策は却下されたが、その代わりというように支倉 遥(はせくら・はるか)がドージェチームの詳細データを持ってきてくれた。
 バックネットで観戦していた彼女は、ただだらけていたわけではなかったのだ。
 ……もうだいぶ酒が入っているようだが。
 天華の資料と共にそれに目を通したひなは、きらりと瞳を輝かせる。
「ミツエ、デッドボールなんか狙わなくても勝てますよー! 張り切っていきましょー!」


 リョーコこと諸葛亮著 『兵法二十四編』(しょかつりょうちょ・ひょうほうにじゅうよんへん)により、両チームの選手が発表されていく。
 ドージェチームの最初のバッターは夢野 久(ゆめの・ひさし)
「ホワイトキャッツ戦でも一番でしたわね。地球にいた頃からスポーツに打ち込んでいた彼ですから、この決勝戦での活躍も楽しみですわ。ミツエチームのバッテリーは横山ミツエと諸葛天華。どんなふうに攻めるのかしら」
 キャッチャーの天華は、バッターボックスに立った久の様子を窺い、また第一試合で自分が集めた資料、遥が持ってきたデータなどを思い返しながら配球を決めていく。
 天華が要求した球をミツエは正確に投げた。
 一球目は様子見で見送った久は、球に何の細工もされていないことに気づくと、フッと短く笑う。
「正々堂々と勝負か……いいねェ」
 単にスキルを織り交ぜた投球ができないだけなのだが、天華は黙っておいた。
 久には変化球を多めに攻めたミツエと天華だったが、やや力んだチェンジアップが甘く入ってしまい、ヒットを打たれてしまった。
 ライトの櫻井 馨(さくらい・かおる)の素早い処理でシングルヒットに押さえることはできたが。
 二番は駿河 北斗(するが・ほくと)
 ベンチからベルフェンティータ・フォン・ミストリカ(べるふぇんてぃーた・ふぉんみすとりか)が「ホームラン、ホームランよ!」という応援というより命令が飛んでくる。ちなみにクリムリッテ・フォン・ミストリカ(くりむりって・ふぉんみすとりか)は居眠りしていた。
「俺は長距離打者っつーよりは足で稼ぐタイプなんだよ」
 バントの態勢をとったり、枠いっぱいでストライクを取られそうな球をファールにして逃れたり、北斗はいろいろと工夫をしてチャンスを待った。
 様々な球種を使い分ける意外と器用なミツエに翻弄されそうになるも、北斗の粘り勝ちで内野安打で出塁した。久も二塁へ進んでいる。
 初回からピンチになったミツエだったが、天華は焦ってはいなかった。
 まだ一回だから、というのが大きい。
 三番はグレン・アディール(ぐれん・あでぃーる)。バットはハルバードだ。
 天華は念のためダブルスティールの警戒サインを出しておく。
 それに、四番がドージェだと思うとせめてダブルプレーがほしいところだ。
 そんなふうに天華が思考を巡らせている頃、ミツエのところではセリヌンティウスが諦め混じりの吐息と共に、
「この野球……実は我を倒す計画が裏にあったりせぬか?」
 と、やや被害妄想気味の発言をしていた。
 これまでのピッチャーがそうだったように、当然ミツエも聞いていない。
「穿ちすぎよ」
 ミツエは素っ気無く言うと、天華のサインに頷きセリヌンティウスをグッと握り締めた。
「イデデデッ、鼻に指が……!」
 ちょっとした鼻フックになっていたのだが、ミツエは構わず投げた。
 無理に長打を狙わず、ヒットで確実に塁を埋めようとグレンは考えている。
 その彼の打球は強い当たりだったのだが、打った瞬間にグレンは顔をしかめていた。
 ハルバードを握る手に伝わってきた感触が良くなかったからだ。
 生首だからではなく、当たり損ねた、と感じたのだ。
 それは思った通りで、球はまっすぐにサードへ飛んで行きジャンプした泉 椿(いずみ・つばき)に捕らえられてしまった。
 もう少し打球が高ければ椿の頭上を越えて、レフトのほうへ転がっただろう。
 満塁になることを免れたミツエが安堵の息を吐き出した時、ベンチからひなが出てきた。
 もう交代なの?
 と、目を丸くするミツエにひなが告げたのは、
「ドージェとの勝負だけ、水泳部顧問さんがやりたいそうですー」
 というものだった。
 マウンドに駆けて来ていた天華がミツエを窺う。
「何なのアイツ! あたしだってドージェと勝負したいのに!」
「断りますか〜?」
 不満も露わなミツエにひなが問うが、ミツエは「しょうがないから代わってやるわ」と返した。
 ブルペンから走ってきた教導団水泳部顧問に、天華がボソリと呟く。
「あなたともあろう方が、こんなところで何をされているのですか?」
「水泳部もたまには野球をやってもいいだろう? 何か問題でも?」
 この暑いのに仮面で顔を隠している水泳部顧問は、しれっと返す。
 天華は肩を竦めて戻って行った。
 ミツエはというと、ひなにベンチへと引きずられていっていた。
「この借りは後で返してもらうわよ!」
 いったい何を要求されるのやら。
 それを考えると恐ろしくもあるが、水泳部顧問はすぐに気持ちを切り替えて試合に集中した。
 そして、ドージェと対すると、彼に受けた古傷がうずいた。
 二球続けてボールを出してしまった時、水泳部顧問は自分の中に恐れがあることを知った。
(こんなザマでどうする……!)
 情けない自分を叱咤して投げた球は、三球目にしてやっと思うとおりのものだった。
 だから、それがまっすぐスタンドへ飛ばされても、悔しくはあったが余計な後悔や自己への苛立ちはなかった。
 ベンチのひなへ目を向けると、ミツエを伴ってやって来た。
「──満足した?」
「したと思うのか? だが……今はこれでいい」
「何よ、自分一人だけスッキリしちゃって気に入らない。あんたなんか○◇※☆Σ?」
 ミツエの悪口雑言などまるで耳に入らない様子で、水泳部顧問はピッチャーの座を再びミツエに返した。
 3−0 ワンアウト ランナーなし
 五番は李 ナタク
 レプリカ・ビッグディッパーを力強く振り回し、好戦的な笑みを浮かべている。
 いかにも長打を狙っていそうな顔だ。
 ナタクはこれが初出場なので、細かいデータはない。
 これ以上は点はやれない、と思った天華は内野ゴロでアウトにできそうな球を選んだ。
 ところが、ナタクはサッとバントの構えをとると、良いところに球を転がした。
 意表を突かれた天華とミツエの対応が遅れ、ナタクは一塁を確保する。
 ナタクの作戦勝ちだった。
 次は鷹山剛次。
「今度は野球で負かしてあげるわ!」
「言うだけはタダだな」
 ギリギリと睨みつけるミツエと、皮肉っぽく笑う剛次。

 その頃スタンドでは。
 やっとこの時がきたか、とカーシュ・レイノグロス(かーしゅ・れいのぐろす)が低く笑っていた。
「……あの弁当は食べなかったようだな。てめぇ、どんな弁当作ったんだ?」
 毒入り弁当を作らせたエリザベート・バートリー(えりざべーと・ばーとりー)にカーシュが問う。
「注文通りの毒入り弁当ですわよ。毒と言ってもお腹を壊す程度ですけどね」
「ピンピンしてんじゃねぇか」
「彼の警戒心が勝ったのでしょう」
 素知らぬ顔で答えるエリザベートにカーシュが舌打ちする。
 だが、エリザベートは嘘は言っていないし、手を抜いたわけでもない。
 カーシュは機関銃の照準を剛次に合わせた。
 そうとは知らない剛次は、バッターボックスでホームラン宣言をしている。
「ペンキまみれになりやがれ」
 カーシュは吐き捨てるように言うと、スイングの瞬間の剛次の背にペイント弾を撃った。
 弾は剛次ではなくバットに当たった。
 突然破裂したように折れたバットと飛び散るペンキ。
 狙いは外れたが、確かに剛次はペンキを浴びた。天華も球審もセリヌンティウスも。
 剛次と天華の目がカーシュのいるドージェチーム側スタンドを鋭く睨む。
 カーシュは機関銃をそのままに、大声で剛次の名を呼ばわった。
「鷹山! 試合が終わったら俺と決闘しろ!」
 どこか見覚えのある顔に剛次は記憶を探るように目を細める。
 すると、バズラ・キマクがベンチから飛び出してきた。
「剛次が相手なんてもったいない。あたしが相手してやるよ! 下りてきな!」
「バスラ、下がれ」
 いつもならバズラに任せるのだが、何故か剛次は止めた。
 振り返ったバズラは、剛次の顔を見て納得する。
 ──なるほど、今日はとことん遊ぶ気か。
「試合が終わったらだな。いいだろう、受けてやる。せいぜい鍛錬しておくんだな」
「ほざけ。試合後で疲れたから負けた、なんて言い訳はなしだぜ」
 勝手に話しを進めていく二人に、とばっちりを受けた天華、球審、セリヌンティウスは静かに怒りを燃やしていたとか。
 ついでに待たされたミツエも。
 その後、ミツエと天華のバッテリーは、天華の見事なリードで剛次を三振に打ち取った。
 七番はソニア・アディール(そにあ・あでぃーる)
 またしても生首が飛んでくるのか、と、未だに慣れないソニアだった。
 けれど、最初の打席のように平手打ちでブッ飛ばすようなことはしなかった。もしかしたら、その時の感触が嫌でバットを放さなかっただけかもしれないが。
 拒絶するように打ち上げたセリヌンティウスは、ショートの御人 良雄(おひと・よしお)が頭上で受け止めた。
 スリーアウトチェンジになり、センターから戻ってくる吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)へ、喜びの声をあげて迎えるヨシオ。
「竜司せんぱーい! やったっスよー! 教えられた通りにやったら、ちゃんとフライが取れたっスー」
 竜司はやや乱暴にヨシオの背を叩いて労った。

 ミツエチームの攻撃になると、突如、スタンドから応援歌が演奏された。
 ヴォルフガング・モーツァルト(う゛ぉるふがんぐ・もーつぁると)が作曲した乙王朝の応援歌である。
 彼が野球を見たのは今日のミツエチームとアウトローズの試合が初めてだった。
 その前に竜司からどんなスポーツであるのか、応援の仕方の特徴などを聞いていたいたが、実際の球場の熱気は想像以上のものだったのだ。
 そこから生まれた曲を、ピアノの鍵盤柄の服を身に纏ったヴォルフガングは情熱のままに指揮していた。
 タクトに仕様したのは『竜司神』と書かれた旗である。
 演奏はミツエチームを応援する観客達だ。

 その演奏を聞きながら、国頭 武尊(くにがみ・たける)は余裕の表情でマウンドに立った。
 決してヘラヘラしているわけではない。
 これから始まる勝負を楽しみにしているのだ。
 そんな彼の最初の対戦相手は馨だった。
 ……が、その前に。
「キミ、そこで何してるのかね?」
 不意に球審がこんなことを言い出した。
 おかしなことなど何もしていない馨が不審に思って振り向くと、キャッチャーのマリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)の後ろに明らかにもう一人分のふくらみがあった。大き目の上着で隠されているが、バレバレである。
 球審が謎の一人の肩を叩く。
 もぞもぞと出てきたのは蘆屋 道満(あしや・どうまん)だった。
 彼は真面目な顔で言う。
「ドージェほどではないにしろ、S級四天王の球だ。支えがないとキャッチャーごと飛ばされてしまうであろう。なに、ただの超々々々前進守備だと思ってくれれば」
「ライトに戻りなさい」
 審判はつれなかった。
 試合再開。
「下手な小細工なしに、正々堂々かかってこいよ!」
「君がそう言うならいいだろう……」
 武尊は馨の挑戦を受けた。
 強打者と感じたらスキル使用で攻めるつもりでいたのだが。
 武尊は速球を中心に枠いっぱいを狙って投げた。
 手強そうだと見た武尊の目は確かで、馨の反応は良く初回からファールで粘られて球数を費やしていた。
 馨のほうも球の速さに目が慣れてきたのか、だんだんタイミングが合ってきている。
 マリーと何度かサインを交わしながら決まった球を、コントロールに注意して投げた。失敗したらとんでもないところへ飛んでいくだろう。
 馨もそろそろ変化球が来るのではないか、と予感していた。
 それは見事に当たり、ベース手前は球は急速に沈む。
 見送ればボールだが馨のバットはすでに動き始めている。
 しっかり対応しているかのように救い上げた打球は、しかし真上にあがりすぎた。
 キャッチャーマスクを投げて追いかけるマリー。
 落としてくれることもなく、フライアウトとなった。
 二番は姫宮 和希(ひめみや・かずき)
「全力で行くぜ」
 そう宣言した和希に武尊も頷き、併用スキルを選択する。
 武尊の第一球は、サイコキネシスを使った理不尽に曲がる球である。
 バットを嫌うように逃げていく球に、和希は最初の空振りをとられた。スキル併用の球のややこしさに思わず表情が渋くなるが、それもまた攻略のしがいがある、と楽しくもなってくる。
 わずかな時間に考えた末、和希がとったのは変化する前に打ってやる、だった。
 バッターボックスの前のほうギリギリまで詰める。
「──たぁ!」
 と、思い切り良く振ったバットに当たった打球は、武尊の左側を一直線に通り過ぎていく。
 ハッと振り向くと、顔のまん前で球を受け止めた久がいた。
 セカンド守備でついていた位置が良かったのだろう。そうでなければ、反応しきれず抜かれていたに違いない。
 下手すれば生首とキスするところだった久は、心臓が飛び出るほどドキドキしていたが。
「くっそ〜」
 バットを担いだ和希は、悔しがりながら戻っていった。
 次はDHの典韋
 彼女はミツエのためではなく曹操のために出ることにしたのだが、
「曹操のパートナーはあたしよ。つまり、あたしのためでもあるじゃない」
 と、ミツエ独特の勝手な発言をいただいていた。
「勘違いするなよ! あたしは、そー様のためにこのチームを勝たせたいだけなんだからな!」
「曹操がいるのはあたしが皇帝の乙王朝チームよ。結果的にはあたしのためでしょ」
「おまえ……っ」
 いつまでも平行線を辿りそうな二人の間に入ったのは、話題になっている曹操だ。
「ピッチャーが待っている。期待しているぞ」
 何となくごまかされた感じがしなくもないが、典韋は試合に臨んだ。
 武尊のほうは初対戦の相手にどうしようか、と思案していた。
 カナリー・スポルコフ(かなりー・すぽるこふ)のノートにも猫井 又吉(ねこい・またきち)のビデオカメラにも典韋のプレーの様子は記録されていない。試合に出ること自体がこれが最初だからだ。
「それなら、考えても仕方がないか」
 武尊はロジンバッグを数回手のひらで叩いた。
 ちなみにこれは審判の審査を経て球場側で用意されたものである。
 初球は剛速球で挑んだ。
「飛んでけー!」
 生首であるが故に、やや残念な音を立てて高くレフト方向に飛んでいくセリヌンティウス。
 守っているのは北斗だ。
 彼は球がバットに当たるなりその方向を読んで予測落下地点に駆けていた。
 それは思ったよりフェンス際で。
「なめんなよっ!」
 北斗は実に身軽にフェンスのてっぺんへよじ登ると、スタンド側へ身を乗り出し、グラブのある腕を目一杯伸ばして打球を取ってしまった。
 それを武尊や審判に見えるように掲げた。