リアクション
天気良好 野球日和
甲子園は夏らしくカラッと晴れていた。
そこに集まるパラミタからの野球の選手達。
参加チームは四チーム。
スタンドには、パラミタの野球とはどんなものかひと目見ておこうと、好奇心旺盛な観客が日本中から集まっていた。
くじ引きにより第一試合はホワイトキャッツ対ドージェチームと決まったため、あとの二チームは球場の近くで適当に待機となった。
ドージェチームがロッカールームに入る前、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が鷹山 剛次を呼び止めた。
振り向いた剛次をまっすぐ見据えるルカルカ。
「この前の話、諦めてないよ」
姫宮 和希(ひめみや・かずき)率いる現パラ実生徒会と剛次やバズラ・キマクが協力しあってパラ実を治めていくという話だ。
剛次は仲間と談笑している和希をちらりと見てから、薄く笑ってルカルカに返した。
「あそこに俺達の居場所はないだろう。それに、誰かの下につくのは嫌いでな」
そして、さっさと背を向け、先に行ったチームメイトを追って行ってしまった。
やや遅れて来たカーシュ・レイノグロス(かーしゅ・れいのぐろす)は、ドージェチームに入れてもらおうとチーム内に見かけた国頭 武尊(くにがみ・たける)につなぎを頼もうとして……やめた。
ルカルカと別れた剛次がドージェチームのロッカールームに入っていくのを見てしまったからだ。
「あいつだけは許さん……」
もういなくなった箇所をなおも睨みつけ、カーシュはエリザベート・バートリー(えりざべーと・ばーとりー)に何やら耳打ちをした。
とたんにエリザベートは嫌そうな顔をしたが、カーシュに一睨みされると文句を言いながらも頼まれごとをこなすために離れていった。
球場の外の適当に開けたところにミツエチームは集まっていた。
「突然だけど、一人メンバーが増えたわ。教導団水泳部員Bよ。試合には出ないで主にみんなのサポートにあたるから、よろしくね」
そう言って横山ミツエ(よこやま・みつえ)は教導団水泳部員Bに挨拶するように促した。
顧問や部員Aと同じく仮面をしているので顔はわからないが、中肉中背の一見して目立たない感じの男だ。
「無理言って参加させていただきました。サポート担当の方々と協力していきたいと思います。よろしくお願いします」
「それじゃ、試合の時間まで自由行動よ」
チームメンバー達は思い思いの場所に散っていった。
ミツエも英霊達を連れてどこか涼しいところで休んでようと歩き出しかけた時、ちょんちょんと肩をつつかれた。
振り向くとウェーブのかかった長い金髪をそよ風に揺らしたゆる族がいた。
「ちょっとお話しいいカシラ?」
「どうしたの?」
秘密のお話しネ、と手招きするキャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)。茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)のパートナーである。
キャンディスは声をひそめて囁く。
「ろくりんピックに協賛、もしくは共同開催に名乗り出るのがいいワョ。そうすれば、東西シャンバラと並ぶ存在になれるネ」
「ふぅん……」
「……それはちょっと話しが大きすぎやしませんか?」
「そもそもカネ」
「おだまり」
劉備と孫権が反対の意を示そうとするのを、ミツエは黙らせた。
曹操は彼女がどんな結論を出すのか見守っている。
一分ほど考えたミツエは、ニヤリとして頷いた。
「いいわよ。協賛者にあたしの名前をでっかく出してやろうじゃない」
「ミーが主催者に口ぞえするネ」
「頼んだわ」
ミツエは目立ちたいという理由でキャンディスの話しに乗った。
「話は変わるけど、審判が不足してるならミーが手伝ってあげるヨ。公正な審判は必要よネ? こう見えてもミーの頭の中には、あらゆるスポーツの知識が詰まってるノヨ」
三人の英霊は胡散臭そうにキャンディスを見るが、ミツエはたいして気にしていないように相槌を打った。
「一応審判はいるみたいだけど……ま、公正な目はいくつあってもいいわよね。あたしが掛け合ってみるわ」
それじゃ、また後でね、と二人は別れた。
ほぼ同じ頃、イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)は仮面の教導団水泳部顧問を前に、やや躊躇っていた。
しかし、自分から声をかけた以上いつまでも黙っていても仕方がない、と心を決めて口を開く。
「何かお考えなり情報なりがあって、ここに来たのかと思いますが……いったい何が?」
実は続きの問いもあったのだが、それは聞くのが怖くて言わなかった。
まさかただ水着を着たかっただけなのですか、なんて聞けないしそんな返事は聞きたくない。
期待をこめて答えを待つ彼女に、水泳部顧問から返ってきた答えはたった一言。
「何のことだ?」
彼は続ける。
「私は野球を楽しみに来ただけだ。君もそうだろう? では、失礼する」
イリーナは去っていく背を見ながら考えた。
本心からそう言っているのか?
言葉の裏に何か含んでいるのか?
はるか先で顧問を待っていた体格の良い部員Aを従え、やがて見えなくなっていった。
どう見ても教導団のあの人とあの人なのだが……。
イリーナはわざわざ言いふらすこともないか、とミツエの元へ戻ることにした。
もしかしたら、もう移動してしまったかもしれないと思ったが、彼女達はまだ同じところにいた。
先ほどより人が増えて賑やかになっている。
どうやら曹操がかつての臣下と再会しているように見えるが何かおかしい。
曹操は背の高い女と何か言い合いながら攻防を繰り広げている。
小走りにミツエの隣に駆け寄ったイリーナが何事かと尋ねると、ムスッとした顔でこう返ってきた。
「間接的にあたしに喧嘩売ってんのよ」
要領を得ない返事の直後、女は一気にまくし立てる。
「あたしの主は後にも先にも、そー様ただ一人なんだ! あたしはっ、そー様の覇道だけをずっと夢見て、その先駆けとなりたかったのに……何でわからねぇんだよー!」
「貴公やかつての臣との思いを忘れたわけではない。ミツエに会って、果たせなかった己の夢を託しても良いと思っただけだ……急所を狙うとはどういう了見か!」
半べそで拳や蹴りを繰り出すのは典韋 オ來である。
少し離れたところでは、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)がノリノリで実況をしていた。
「これが主と臣下の成れの果てか! 時間とは恐ろしいものです! おーっと、典韋選手の金的! しかし、曹操選手は何とか防いだ!」
劉備と孫権はまるで見えないフリをして、木陰で缶ジュースを飲んでいる。
そこに、こちらはかつての仲間に挨拶に来た夏侯 淵(かこう・えん)が、ギョッとして駆けつけ、典韋を羽交い絞めにしようとして……身長の都合で無理だったので、腰にしがみつくようにして止めに入った。
「何やってんだ、おまえは! やめろよ!」
「うるさい、ちみっ子!」
「誰がちみっ子だ! ──ん? おまえ、もしかして」
「オ來か」
まじまじと典韋の顔を見上げる夏侯淵の言葉を、さらに別の誰かが引き継いだ。
そこにいたのは隻眼の、夏侯淵が挨拶に来た相手──。
「おまっ、女!? いや……よくあることだよな」
眩暈を起こしたように頭を振り、典韋を見上げる夏侯淵。こちらも女だ。
「ふふ。おまえもずいぶん可愛らしいではないか。あれか、男の娘?」
「違う! 違うからな元譲!」
必死に否定する夏侯淵に優雅な笑みを返す美人、夏候惇・元譲(かこうとん・げんじょう)。
どうにもからかわれている感が拭えずに、夏侯淵は助けを求めるような視線を曹操へ向けた。
「それぞれ見た目は変わったが、中身は変わってないであろう?」
それでいいではないか、と何やらごまかされてしまったのだった。
大騒ぎの曹操達に対し、孫権達は実に爽やかだった。
これから試合だというのに、わざわざ差し入れを持ってきてくれた周瑜 公瑾(しゅうゆ・こうきん)。
孫権は彼女の肩を叩き、力強くエールを送る。
「頑張れよ、決勝で会おうぜ」
「私は塁審を勤めますが……ええ、必ず」
周瑜としては、孫権と共に乙王朝チームで戦いたかったのだが、事情でホワイトキャッツと行動することになっていた。
と、そこにもう一人やって来る。
「決勝に行くのは俺達だな。よう、孫権」
挑戦的な笑みで軽く片手を上げているのは駿河 北斗(するが・ほくと)だ。彼はドージェチームに所属している。
「今回は敵同士だな。権は乙王朝のみんなを守るために全力を尽くすんだろ?」
「裏方としてな。おまえは試合に出るのか?」
「出る。そして、勝つために全力を尽くす! お互い、良い勝負しようぜ」
こつん、と拳を合わせる北斗と孫権。
「最初の試合のおまえらの活躍を期待してる」
孫権は北斗を見て、それから周瑜を見て言った。
典韋が旧主との過激なスキンシップに励んでいる様子に小さく苦笑したローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、彼女達から少し離れると携帯電話を取り出してメールを打ち始めた。
あて先は熾月 瑛菜。
ローザマリアはこの試合、知り合った瑛菜のいるドージェチームに加わるか典韋の希望するミツエチームに加わるか悩んだ。
結果、典韋の希望を取ったわけだが、やはり瑛菜のことも気にかかるのだ。
だから。
”1イニングだけ助っ人につくわよ”
といった内容のメールを送ったのだった。
少しして返事がきた。
”この前は楽しかったね! 助っ人は嬉しいけど、パートナーがいるチームと違うチームに出たらダメだと思うな。今日はライバルとして楽しもうよ。でも、ありがとね”
生真面目な返事に思わず笑みがこぼれた。
ところで、とミツエがイリーナを見上げて試合のことを話しだす。
「イリーナはどこのポジション希望なの?」
「野球は……前に日本にいた頃、日本人の友達が『野球の延長のせいでアニメの録画ができなかった!』とか、野球への恨み言をいっていたせいで……」
「は?」
「いや、まあ、ベンチで非常用選手でいい」
「そう。わかったわ」
イリーナの謎の理由に首を傾げつつもミツエは最後の発言だけ汲み取って頷いた。
ふと、ミツエはイリーナから視線をずらした先に、宿敵とも言える人物を見てサッと表情を強張らせた。
彼女にとって得るものなど何もなさそうなこの野球試合に、まさか来ているとは思ってもみなかったのだ。
いつもと変わらず、護衛に吸血鬼を連れて。彼女は主のために日傘をさしていた。
「ごきげんよう、久しぶりね」
「あんた……ずいぶん堂々と来たものね」
メニエス・レイン(めにえす・れいん)とミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)の登場に、イリーナはいつでも動けるように身構えた。
そんな緊張など関係ないという顔で、メニエスは楽しげに赤い瞳を笑みの形に細くする。
「何かやるっていうから覗きに来てみれば、こんなくだらないことをして。何が楽しいわけ?」
「ふん、それはご苦労様だったわね。そっちこそ、こんなところでフラフラしてていの? さっさと告白のお返事でも考えたら?」
「告白?」
あれね、と何やら含みのあるクスクス笑いに、ミツエの眉間にしわが寄る。
「何よ、その嫌な笑い方。あんたまさか……受けたの!?」
「さあ、どうかしらね。あたしのことより試合のことでも考えたら? 地球のスポーツなんかに興味はないけど、しばしの暇つぶしにはなるでしょうし。せいぜいあたしが楽しめるようにがんばることね」
ひらりと手を振り、ミストラルを促して身を翻すメニエス。
「ちょっと、ごまかす気!?」
追いかけようとしたミツエに、ミストラルがわずかに振り向き冷えた視線を送る。
ここで戦闘を始めるわけにもいかず、ミツエは立ち止まる。
メニエスは振り返ることなく球場の中へ消えていった。
「まったく、相変わらず嫌な奴ね!」
戦いの最中にされた、メニエスにとっては敵勢力の者からの告白。それにどう答えたのか密かに気になっていたのだが。
「どっちなのよ、もう」
ミツエはイライラとつま先で地面を叩いた。
卍卍卍
一方、こちらスタンドでも晴れない表情で、グラウンドで練習をしているホワイトキャッツの選手達を眺めている者がいた。
いや、実際は何も見ておらず思考に沈んでいた。
もとの外見がそうさせるのか、生気の感じられない目は何だか不気味だ。
しかも周りにも似たような雰囲気の者達がいる。
その集団の周りは、他の観客とわずかに隙間ができていた。
──ニマが言っていた『夫を倒して』という言葉。まさか、殺せって意味じゃないよなァ?
──ミツエはドージェを殺さないだろうが、ドージェを殺して名を上げるには今がチャンスか。闇龍にやられたケガは治ったのかァ?
──東西分裂した今、倒れてもらったら困るんだよなァ!
すっきりしない思考のドツボにはまり、思わず盛大に鼻から息を吐き出した時、どこか機嫌良さそうに歩いているメニエスを見つけた。
考えるのをやめて、
「おーい」
と、手を振ると向こうも気づいてこちらにやって来た。
「あら、奇遇ね。でも、こんなところでどうしたの? あなたなら試合に出てると思ったけど?」
「まァ、ちょっとな。もう席いっぱいだから、ここに座ったら?」
「そうするわ」
すかさずミストラルが椅子をハンカチで軽く拭いて埃を払う。
「ずいぶん機嫌良さそうじゃねェか」
「挨拶してきただけよ。あなたのとこの女帝サマにね」
「それはそれは、さぞかし目を吊り上げていただろうねェ」
ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)はグラウンドに目を戻し、メニエスとミツエの対面の様子を想像して薄く笑った。
すっきりしない思いは和希も抱えていた。
どうして嫁が夫を倒せなどと言うのか?
(ドージェは妙にお別れ会みたいな雰囲気漂わせてるし、ガイアもせっかく野球ができるってのに悩んでるみたいだ)
「みんな水臭いぜ」
相談してくれればいいのに、と和希は思う。
そして、ドージェのもとへ着くと、
「試合前に悪いな」
と、断りを入れて気になって仕方なかったことを聞いた。
「次期総長はドージェが指名するのか? そうするっておまえが決めたのか?」
「試合後に、ふさわしい者がいれば」
ドージェはいまいち感情の読み取れない表情で答えた。
彼がこれと思う者がいなかった時のことは、和希は聞かなかった。
頷いて、自分のチームへと戻ることにした。