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横山ミツエの演義劇場版~波羅蜜多大甲子園~

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 それから両者の得点はなく、試合は終盤を迎えた。

 バックネット席で、一般客に混じって観戦するはかなげな女がいた。
 もし、ただ座って見ているだけだったら、誰かに声をかけられたかもしれない。
 しかし彼女は数脚の椅子を占領して寝そべり、枝豆をつまみにビール片手に面倒くさそうな目で試合を眺めているという、非常に近寄りがたい有様だった。
「この後は殿があの生首をボコるわけですね……」
 どんなふうになるやら、と小さく笑った支倉 遥(はせくら・はるか)は、枝豆がなくなったことに気づくと、身を起こして一気に残りのビールをあおる。
 それから、持ってきたスイカの一切れを手に取ってかぶりついた。

卍卍卍


 ホワイトキャッツは八番和輝。稔と交代してこの回からの出場である。
 そして、これで五球目のファール。
 ファールで粘りつつ、甘い球をセンターを中心に転がすように打てれば……と、和輝は思っていたが、ドージェの投げる球はなかなかそうさせてくれない。
 前進守備を取られていたらバスタースタイル※も考えていたのだが、先頭バッターのため相手は通常の守備をとっていた。
(※バントの構えから、投球と同時に通常の構えに戻して打つ戦術)
「……くっ」
 重く回転のかかった球はなかなか芯で捉えることができず、今度もレフトスタンドへ飛んでいく。
 ピッチャーのドージェにかぎっては、球数を使わせての交代は願うだけ無駄だろう。
 だからといって、和輝は焦って何でもかんでもバットを振っていたわけではない。
 カウントは3−2だ。
 塁に出ることを考えればボール球を見極めて四球にするという手もある。
 ホワイトキャッツのベンチでは、稔が食い入るように勝負を見つめていた。
 和輝は一度バッターボックスから外れると、ヘルメットを脱いで、こめかみを伝い落ちてきた汗を服の袖でぬぐった。
 再びバッターボックスにつき、構える。
 ドージェの手から球が離れた瞬間──直感だった。
 ボール球だ。空振りを誘うつもりだろう。
 和輝が球を目で追った先で、ストンと急激に落ちた。
 球審に四球が宣言され、和輝はバットを置くと一塁へ向かった。
 九番はミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)
「やっちゃうよ〜」
 ブンブンと力強くバットを振り回すミネルバの目は、何か作戦があるように輝いている。
 彼女は最初から能力全開だった。
 ヒロイックアサルトで身体能力をあげる。
 ドージェの初球はストレートど真ん中。
「うりゃー」
 目に見えないほどの速さのスイング。
「ストライーク!」
「あれ?」
 球はマレーナのミットに。
 直後、スタンドの一部がカッと光り、悲鳴が上がった。
 ミネルバ命名ライトブリンガー打法の影響である。空振りしたため、適当なところに光輝属性の魔法が落ちたのだろう。
 確かに捉えたと思ったミネルバは、こてんと首を傾げて考え込み……。
「もう一度だ!」
 今度はスライダー※だった。
(※投手の利き腕とは反対の方向に滑るように曲がる球。縦と横がある)
 今のミネルバにはちゃんと見えている。
 球の軌道に合わせて、今度こそ──。
 小気味良い音と同時に閃光が走る。
 打球がどこへ飛んでいったのかわからなくなるが、しばらくしてファール判定が出された。
 先ほどと今とでミネルバが変えたのはスイングの速さだったのだが、感覚で感じ取って動く彼女は言われなければわからないだろう。
 それはそうと、追い込まれてしまったミネルバは三球目を待ち受ける。
 ドージェとマレーナの間で交わされるサインにやや時間がかかった。
 ミネルバの順応力を警戒しているのか。
 途中、何度か一塁の和輝にも視線を送っている。
 サインが決まり、選ばれた球は急速に落ちる縦のスライダーだった。
 合わせることができず、バットが空を切った。
 一番に戻ってオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)
 キャッチャーで密かに球を操作していた時と同様、自分の打ちやすいように持ってこようと、奈落の鉄鎖を仕掛けたオリヴィアだったが。
「なんでー?」
 奇妙な抵抗にあい、空振りしてしまった。
 まさか、とマレーナを伺うが、彼女が何かをした気配はない。
 ふと、ドージェに戻されるセリヌンティウスに目をやる。
 袋詰めにされていて表情はわからないが、小さく笑う声を確かに聞いた。
 邪魔をしたものの正体がわかった。
 そこから、オリヴィアとセリヌンティウスの目には見えない攻防が激しく行われたが、競り勝ったのはセリヌンティウスだった。
 ベンチへ戻ってきたオリヴィアが、何故か全力疾走後のように疲れ果てていることに周囲は怪訝な視線を送ったが、本人がその訳を話すことはなかった。
 二番は手師峰 慎琴(てしみね・まこと)
「打つ!」
 強く、それだけ告げてバッターボックスに立つ慎琴。
 彼女には、いわゆる奥の手があった。
 チャンスがあればそれを使いたかった。
 そのチャンスというのが今だと慎琴は直感した。
 ここで点を取れなければ後がないのだ。
 勝つためには最低でも三点取らなくてはならない。
 そのための最初の一点として、和輝を帰したい。
 そんな慎琴の気迫が伝わったのか、ドージェはストレートで勝負を仕掛けてきた。
 インコースいっぱい、脅すように慎琴に急接近するボール、その後の低めの球。
 翻弄されないように慎琴は冷静になれ、と何度も言い聞かせる。
 そしてついに、待っていた球が来た。
「勝駆羅金武大法葬(かっくらきんだいほうそう)!」
 思い切りバットを振れば、確かな手応え。
「……重っ。負けるかァ!」
 腕が痺れるような威力だ。
 慎琴は踏み込んだ足にいっそう力をこめ、気合でバットを振りぬいた。
 セリヌンティウスの細い悲鳴がライト方向に飛んでいく。
 王大鋸(わん・だーじゅ)が必死に球の落下点へと走ったが、あと少しというところで間に合わず、長打ヒットとなった。
 和輝が三塁まで駆けた時、周瑜がホームへ走れと腕を回しているのが目に入る。
 一瞬振り向くと、王大鋸がマレーナへとバックホームする姿が見えた。
 もうこれ以上は無理、というくらいに腕も足も動かす和輝は、わずかに視界をさえぎるヘルメットを邪魔だと払うように投げ捨て、本塁へ飛び込んだ。
 二塁まで進んだ慎琴は審判を凝視する。
 どっちと取られても仕方のないタイミングだった。
「セーフ!」
 ホワイトキャッツのベンチからワッと歓声があがる。
 戻った和輝はみんなにもみくちゃにされていた。
 2−1 ツーアウト 二塁。
「この勢いでいくにゃ〜」
 と、気合満々の次の打者はイングリット。
 守備の時とは違い、やる気に満ちている。
 彼女は今回も三本のバットで挑む。
 もちろん、前と同じではない。球を真っ二つにしないよう、対策を練ってきた。
 両手と尻尾に持ったバットがゆらゆらと揺れる。
 ドージェとマレーナの間で何度かサイン交換があり、最初の一球が投じられた。
 野球ボールより大きな球に鋭いスイングが飛ぶ。同時にボッと炎が立った。
 大きなカーブにバットの先端がかすめ、ビニール袋に火が燃え移ったために文字通り火の玉となったセリヌンティウスがキャッチャーの斜め後ろへ落下した。
「あちちち」
 という悲鳴に、慌てて水がかけられる。
 やっと袋詰めから解放されたセリヌンティウスだったが、詰められる前より悲惨な状態になっていた。
 しかし、まったく気にした様子もなくマレーナは煤けた生首を掴むとドージェに投げ返した。
「バーベキューになりそうなのだが……」
 一応ドージェに訴えてみるが、あっさり無視された。
 そして二球目。
 二本の爆炎波バットがセリヌンティウスを捉え、見事に内野安打となった。
「……がんばれよ」
 拾ったバズラ・キマクは、顔に二本の赤い線を作ったセリヌンティウスへ、やや同情しながらもドージェへと返すのだった。
 四番はイコンで参加の天貴 彩羽(あまむち・あやは)天貴 彩華(あまむち・あやか)だ。
「一気に逆転しちゃいましょ〜!」
 呑気な彩華に対し、彩羽はもう少し真面目に考えている。
 イコンを動かせるようにはなった。けれど、まだ理想にはほど遠い。
 どうしたら、力を貸してくれるのか……。
 精神感応で探ってみるも、返ってきたのは沈黙だけだった。
「彩羽、来ますよぅ?」
「あっ、ごめん」
 彩華に呼ばれて気づいた時には、ドージェは投球モーションに入っていた。
 イコンの力を引き出すためにはどうしたらいいのか。
 まだ慣れない操縦に肩に力が入っていたせいか、打球はセカンドの夢野 久(ゆめの・ひさし)へのゴロとなり、この回は終わった。

 その後、両者は何度も得点のチャンスを迎えるも硬い守りにあい、そのまま試合終了となったのだった。

 2−1でドージェチームが決勝に進んだ。