校長室
地球に帰らせていただきますっ!
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変わらないもの 変わるもの 上野で新幹線を降りた後、水神 樹(みなかみ・いつき)と水神 誠(みなかみ・まこと)は電車を乗り継いで栃木県にある町に帰ってきた。 しばらくぶりに見る故郷は、まだそれほど開発は進んでいない。ここを発つ前に見たのと変わらない、と思い掛けて、樹は隣、やや遅れて歩いている誠を見やった。 樹にとってはそんなに間は空いていないけれど、長い間行方不明になっていた弟の誠の目から見れば、随分とこの辺りの風景も変わってしまっているのだろうか。 失われてしまった時間は取り戻せない。 落ち着かない様子で周囲を見渡している誠に、この10年以上の歳月を戻してあげることは不可能だ。 けれど、と樹は視線を前に戻す。 これから楽しい思い出を一緒に作っていくことはできる。それによって少しでも寂しさが埋められるといいと、樹はまたこうして家への道を共に歩けるようになった誠を思った。 誠にここ10年のことを話して聞かせながら、樹は家の前まで来た。 純日本家屋の家の周りには、塀が巡らせられている。その塀にそって玄関を目指していた樹たちの前に、不意に背の高い男性が駆け寄ってきた。 「樹、帰ってきたのか」 嬉しそうに樹に声をかけたのは、幼馴染の久世 哲哉だった。お隣の極道一家の跡取りの哲哉は、相変わらず髪はぼさぼさで目つきは鋭いが、親しい相手をとても大切にしてくれることを樹はよく知っている。 「夏休みだから久しぶりに実家に帰ろうと思って」 「そうか。しばらくはこっちにいられるんだろう?」 樹に言った後、見慣れぬ同行者に哲哉はわずかにいぶかしげな表情になる。 「誰だ?」 哲哉に聞かれ樹は誠の背に手を当てて前に出した。 「分からない? 誠が帰ってきたんだよ」 「ええっ?」 なんといってもほぼ10年ぶりだ。哲哉は仰天して誠を見直す。誠の方は哲哉に昔の面影を見出していて、少し戸惑いがちながらも挨拶の声をかけた。 「哲哉、久しぶりだね」 昔は3人で良く遊んでいた仲だ。驚きはしたものの、哲哉も誠に昔の姿を見出すと、大慌てで樹の家の庭へと駆けこんでいった。 「祭さん、祭さんっ!」 樹と誠の兄である水神 祭を呼ぶ声が外まで届いてくる。この時間なら、庭の池で鯉に餌をやっている時間だろうかと、樹は兄の日課を思い起こしていた。 ほどなく、哲哉に連れられて祭がやってきた。祭は水神家の営む道場の師範だ。体格が良く厳しそうな外見をしているけれど、家族を思う気持ちは強い。以前より妹が強く成長していることを察し、祭は樹に笑顔を向けた。 「樹、お帰り。強くなったようだな」 そしてその目を祭は誠に移す。 兄がどう反応するかと身をこわばらせていた誠は、その視線にびくっとなった。 誠の記憶の中にある祭は今の自分と同じ歳だった。それが今は29歳の男性として目の前にいる。そのことに10年の時の流れをいやでも実感してしまう。 けれど、そんな誠の頭に祭は手を伸ばした。 「よく帰ってきたな」 頭を撫でる手つきは昔のまま。それが嬉しくて、誠は顔を赤らめてうつむいた。 立ち話もなんだからと場所を家に移してからも、話は尽きなかった。 祭と哲哉は、最近の道場や地球での話を聞かせ、樹と誠はそれに興味深く耳を傾けた。 樹はパラミタでの話をして聞かせる。 「誠も一緒だし、パートナーたちと一緒の毎日は楽しいよ」 パラミタでの生活を話した後、樹は恥ずかしそうに報告する。 「あと……恋人が出来ました」 「樹に恋人が?」 「恋人だとっ?」 驚きつつも冷静に受けた祭と対照的に、哲哉は全身で驚きを表した。お茶をひっくり返しそうになった哲哉を笑いながら、樹は写真を取り出した。佐々木弥十郎と樹が一緒に映っている写真だ。 「奥手で恋愛経験とは無縁だと思っていたが……」 写真を手に取って眺めた。写真の中の2人はとても幸せそうで、この青年なら大丈夫だと祭は小さく肯いた。祭の手にある写真を覗きこみながら、哲哉は複雑な気分を味わっていた。 良かったという気持ち、そこに混じるほのかな痛み……。 けれど、自分が樹に淡い恋心を抱いていたことにも気づいていない哲哉には、その痛みの理由は分からない。 「へぇ、これが樹の恋人か……」 驚きから覚めると哲哉はまじまじと写真を見直し、 「良い奴見つけたみたいだな。良かったな、樹」 幼馴染として曇りなく樹と弥十郎を祝福したのだった。