校長室
地球に帰らせていただきますっ!
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美味しいカレーの作り方 ロンドンの実家に帰省した途端、ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)はキッチンへ連行された。 この帰省では調理実習をするのだと、あらかじめセージ・アーダベルトとカシス・リリット(かしす・りりっと)から通告されていたのだ。 たかが調理実習と侮ることなかれ。 ヴィナの家庭科悲惨レベルは蒼空学園のオーブンを破壊し、パンケーキを爆発させ、実家の厨房も爆破する。 教える側も臨戦態勢でいかねば、何が起きるか分からない。 「ねえパパ。セージママとカシスママしどうで、なにをつくるの?」 娘のヴィリーア・アーダベルトが、興味津々に3人の様子を眺める。 「カレーだ。カシスが好きなんだってさ」 「ああ。だから少しでも作り方間違えたら殴るぞ」 カシスが言えば、セージもしかりと肯く。 「自炊させないで正解だったが、ヴィナの悲惨極まる料理の腕を放置しておくわけにもいかない。スパルタで教えるから覚悟しろよ」 両側から言われて、うぐ、とヴィナはうめいた。けれどこれも、いつかヴィリーアのバースデーケーキを手作りできるようになる為の特訓だ。可愛い娘の為にもがんばらねばならない。 「リーア、できるまで、ひろまでいっしょにまっていようよ。パラミタのおはなし、たくさんしてあげるから」 エーギル・アーダベルト(えーぎる・あーだべると)がちょんちょんとヴィリーアのスカートの裾を引っ張る。 スパルタ指導員が2人ついているとはいえ、ヴィナが料理をするところにヴィリーアは置いておけない。万一爆発でも起きたら大変なことになる。 「うん。じゃあパパ、がんばってね」 「カレーたのしみにしてるね」 ヴィリーアとエーギルは広間でお喋りをしながら、カレーの出来上がりを待つことにした。 そして地獄の特訓……もとい、調理実習が始まった。 ヴィリーアの為に甘いカレーも用意するから、途中からは具を2つに分けて、甘口と辛口のルーで煮込むことになる。 「まずは手を洗って、っと」 ちらっとセージとカシスの様子を確かめてから、ヴィナは人参を手に取った。 これを切ればいい、はず。 せーの。 「皮を剥け!」 途端にセージに張り倒された。男よりも男らしいセージのパンチは効く。このセージがヴィリーアの母親であり、ヴィナの本妻でもあるのだ。 皮むき器で皮を剥いてから、再び挑戦。 コットン、コトン……不器用に包丁を使えば、今度はカシスからのげんこつが脳天にヒットする。 「バカ! 大きさがバラバラじゃねえか、気をつけろ!」 このカシスがヴィナの2人目の嫁……といっても性別は男なのだけれど。本妻のセージとも仲が良かった為、愛人的な立場で諦めるべきだと悩んだこともあったようだが、本妻からの公認宣言とヴィナからの求婚の言葉を受けて、今は内妻として前向きに構えている。 「ごめん。同じ大きさに切るの難しいな……」 左右からの拳を受けながらも、なんとかヴィナは野菜と肉を切り終えた。 そしてここからが調理の本番だ。 「火が強すぎだ! 消し炭にする気か!」 「それでは火が消えて、ガスが漏れるだろう!」 「手を止めるな! 焦げ付くぞ!」 「勢い良く混ぜすぎだ。中身がなくなる!」 カシスとセージの怒声とパンチ。 「お、怒らないで……」 「怒られたくなけりゃ」 「しっかり作れ!」 「痛……っ」 闘技場と化したキッチンに、カレーの材料と拳が舞う。 ヴィナは既にぼろぼろだが、2人がかりの指導はさすがに効果があるようで。鍋は爆発もせず、材料は炎上もせず、少しずつカレーの形になっていった。 そして遂に。 「出来た!」 良い香りのカレーが完成した。 「ほう。良い出来のようだな」 やれやれとセージは息を吐く。 「って、盛り付けで手を抜くんじゃねえ! 料理は見た目だって大事なんだよ。グザイの配置1つでも全神経集中させろ!」 カシスは最後にもうひと怒鳴り。殴りすぎて痛くなった手をさする。 けれどヴィナの頑張りで、カレーは無事においしくできた。 カシスとセージは顔を見合わせ……。 お疲れ様と、ヴィナの両側からご褒美のキスをしたのだった。 今日のごはんはヴィナの汗と涙の結晶カレー。 みんなで仲良くいただきます。 「えへへ、ヴィナ・アーダベルトのカレー、おいしいよ」 「うん、おいしいね。わたし、たくさんたべるの」 嬉しそうにカレーを食べるエーギルとヴィリーアの姿に、頑張って良かったとヴィナはつくづく思う。 食卓の席の両側は奥さん2人、しかも1人は男。他人が聞いたら眉をひそめるかもしれないけれど、ヴィナはとても幸せだ。 そんな感慨にひたっているところに、ヴィリーアがにこにこと尋ねてきた。 「パパ、さんにんめのママってどんなひと?」 「!?」 思わぬ質問に、じゃがいもを喉に詰まらせそうになってヴィナは目を白黒させる。 「セージママが、パパ、もうひとりすきなひといるっていってたんだもん」 ね、と同意を求めるヴィリーアにセージは説明する。 「リーア、それにはまずお嫁さんにしないとダメなんだ」 「あ、まだおよめさんにしてないんだ」 「セージ、娘にそういう情報流しちゃダメだろ」 慌ててヴィナは遮るけれど、ママが増えるのは娘には大問題なのだからと、セージはヴィリーアに情報を流すのをやめない。 ああ、とヴィナは天井を仰ぐ。 (ルドルフさん、ごめんね……。くしゃみ、しないでね)