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それを弱さと名付けた(第1回/全3回)

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それを弱さと名付けた(第1回/全3回)
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chapter.10 失踪事件調査(2)・異変 


 生徒たちが愛美の部屋を訪れた少し前。
 蒼空学園内では、依然生徒たちが失踪者の捜索と調査を続けていた。
 その中でも一際目立っていたのが、滝宮 沙織(たきのみや・さおり)であった。彼女は蒼空学園の生徒でありながら、他の生徒とは少し趣の異なった制服を着ている。もちろんその衣服のせいもあるだろうが、それよりも彼女を目立たせていたのは、その調査スタイルである。
「何か、手がかりとかないかなー?」
 そう言いながら沙織は、なぜか四つんばいになり、地面をきょろきょろと見回していた。
「うーん、まだ不審者はいないなあ」
 どう見ても本人が一番不審者である。周りの生徒たちも、この体勢にはさすがに疑問を持つ。
「えっ、ちょっとあの子何してるの……?」
「怪しいわねえ」
 そんな周囲の声が耳に届いたのか、沙織は慌てて声の方を向き弁解した。
「あ、あたしは怪しい者じゃないよ? ただ、その……落とし物を探してて……」
 その言い訳じみた感じが余計に怪しさを強調させる。より一層周囲の視線が冷たくなったことで、沙織は恥ずかしくなり、じりじりと後退した。四つんばいのまま。
 それを偶然にも見かけてしまったのは、同じ場所で調査していた弥涼 総司(いすず・そうじ)だった。
「な、なんだアレは……この学園もまだまだ捨てたもんじゃないな」
 神様が与えたご褒美だ、と勝手に判断した総司はさりげなく、しかし素早く佐沙織の背後に回りこもうとする。秘技パンチラポジショニングである。
 が、総司のそのモーションを察知したギャラリーが、沙織に危機を教える。
「そこの子! 後ろ! 後ろ!」
 コントばりの掛け声に沙織が振り向くと、そこにはベストアングルからのぞこうとしている総司の姿があった。
「えっ、あっ、見えてたの、あたしのパンツ!? もうこのスケベ!」
 そのまま脚蹴りを食らった総司の鼻から、つうと血が垂れる。名誉の負傷である。と、そこにさらなる追い打ちがかかった。
「総司君、囮捜査するんじゃなかったの?」
 冷たい口調と視線が後ろから覆いかかる。総司が振り返った先にいたのは、彼のパートナーアズミラ・フォースター(あずみら・ふぉーすたー)だった。
「血を報酬にくれるっていうから引き受けるって決意したのに……まあ、同じ学校の子が失踪してるなんて非常事態だし、報酬なんて関係なく手伝うつもりだったけど」
 どうやら吸血鬼である彼女は、総司に「オレの血をやるから協力してくれ」と囮捜査を頼まれていたらしい。が、依頼人がパンチラに夢中ではアズミラも報われないという話である。
「さあ総司君、遊んでないで捜査を続けるのよ。もし誘拐してるやつに出くわしたら、右ストレートでぶっ飛ばすんだから」
「ああ、そうだったな、危険な任務の最中だった」
 あの子の姿勢も相当危険だけどな、と言いそうになって咄嗟に総司はそれを飲み込んだ。
 今回はマジでいく。
 彼はそう決めていたのだ。決めていたのだが、ここでさらに総司を狂わせる人物が現れる。
「あら……?」
 総司の背後から彼に声をかけた生徒、それは総司と同じ部活に入っている秋葉 つかさ(あきば・つかさ)であった。
「つい聞こえてしまったのですが、総司様も囮捜査をしようと?」
「も? も、ってことはつかささんもか」
 声でつかさだと分かった総司は、振り向きながら返事をした……が、本人を見て、一瞬総司は止まった。
 つかさは、いつものメイド服ではなく蒼空学園の制服を着ていたのだ。どうやら蒼空の女子生徒が狙われていると知り、あえて囮となるためこの格好をしてきたようだ。
 見慣れた彼女の姿とは違う姿に、目を丸くする総司。メイド服の方が見慣れているというのも変な話ではあるが。
「お知り合いのどなたかに連絡をしたいと思ってましたので、丁度良いところでした」
 当のつかさはいつもの様子で総司へと話しかける。少なくとも、総司にはそう見えていた。
 しかし、実際は少しだけ違っていた。つかさの顔が、ほんのりと赤くなっていたのだ。よく見ると汗のようなものも肌を伝っているのだが、意識が捜査に向いていた総司は気付かない。
「……んっ」
 つかさが小さく声を漏らした。そこで初めて、総司もつかさの様子がいつも通りではなかったことに気付く。
「つかささん、どうしたんだ?」
「い、いえ、何でもございません」
 何かを隠すように首を横に振るつかさ。
「さあ、それよりも捜査の続きを……」
 つかさに促されるまま、総司は自分の仕事へと戻る。違和感を覚えたまま。
「ん、あ……どうして今……」
 総司が自分から少し離れたことを確認したつかさは、艶っぽい声で呟く。もちろん独り言ではない。話しかけた相手は、彼女のパートナーで魔鎧の蝕装帯 バイアセート(しょくそうたい・ばいあせーと)であった。
 どうやら彼女は、囮として捜査し、万が一のことがあった時のため魔鎧を装着させていたようだ。が、バイアセートは持ち主の意志とは関係なくつかさの体を締め上げていたのだ。
「ずっとじっとしてるのも暇だったから、遊んでやってるんだ。うりうり、どうだ? 気持ちいいだろ?」
「や、そんな……」
「そんな締め付けじゃ足りないってか? よおし、もっと肌に擦り付けてやる」
「やっ、ちが……」
 どこからどう見ても、セクハラだが、バイアセート曰く、「これは魔法の力を高める儀式」なのだそうだ。その真偽は定かではないが。
「っはぁ……」
 つかさは息をひとつ吐いた。体を落ち着かせようとしたのだろうが、バイアセートの悪戯がそれを許さない。とうとう持ちこたえられなくなり、つかさはその場にぺたんと座り込んでしまった。
 そんな彼女のところに、複数の人影がやってくる。
「……」
 無言で近付いてきたそれは、様子がおかしい彼女を介抱するために来てくれた生徒かと思われた。事実、その場にいた他の生徒たちもそう思い、気にも留めていなかった。
 しかし、その考えは間違っていた。
「貴方がたは……?」
 3〜4人に囲まれたつかさは、乱れた息をどうにか整え、上を見上げて問う。が、答えは返ってこない。
「……え?」
 それどころか、次の瞬間、つかさは彼らに両腕を捕まれると、そのまま抱えられるようにその場から連れ去られてしまった。全身の力が抜けきっている彼女は、自分に起こっている非常事態に完全に対応できていない。
「そうだ、おーい、つかささん。捜査範囲だけど……」
 総司が戻ってくる。もちろんそこにつかさの姿はもうない。
「あれ……? つかささん?」
 きょろきょろと辺りを見回すが、もう彼女はとっくにその身を消してしまっていた。総司の顔色が、途端に変わる。
「アズミラ!」
 つかさと同じように囮捜査をしていたアズミラを呼び戻そうと、総司は慌てて彼女の捜査範囲へと走り出す。
「……っ!!」
 1分もしないうちにアズミラがいた場所へと着いた総司。しかしそこに、彼女の姿はなかった。
「馬鹿な……まさか……」
 つかさと会い、共に協力して捜査をしようと話し合っていた僅か数分の間に、アズミラもまたつかさ同様消えていた。総司は血がにじむほど拳を握ると、地面にそれを叩きつけた。
 オレがちょっとでも目を離してしまったばっかりに、アズミラも、つかささんも。
 後悔が総司に襲いかかる。彼は怒りにも似た表情で立ち上がると、もう一度周りを見る。そこで彼は、さらなる異変に気付く。
「さっきまでこのあたりにいた、四つんばいの子は……?」
 そう。アズミラの近くにいたはずの沙織の姿までもが、見えなくなっていたのだ。怒りを通り越し、寒気すら覚えた総司は携帯を取り出し、同じく調査していた生徒たちに急いで事態の急変を伝えた。
「何が起こってるんだ……?」
 電話を切り、総司が呟く。空は、朱色から薄暗い青へと模様を変えていた。



「調査組から失踪者が出た!?」
 連絡網からそのことを知り、思わず天城 一輝(あまぎ・いっき)は声を上げた。隣にいたパートナーのコレット・パームラズ(これっと・ぱーむらず)も、その言葉に「えっ」と無意識に反応する。
「分かった、すぐにそっちへ向かう」
 校舎内の、1階と2階の間にある階段の踊り場にいた一輝は銃型HCを取り出した。彼が連絡を取ったのは、コレット以外のパートナーたち、ローザ・セントレス(ろーざ・せんとれす)ユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)だった。一輝は危険が迫った時に迅速に対応できるよう、パートナーたちと二手に分かれて捜査をしていたようである。
「なるほど、こちらではなく別区域で被害が出たか」
 一輝から情報を得たプッロは、フェザースピアを握りしめ窓から外を見下ろす。自分たちのいる場所は校舎内の3階部分で、一輝たちより遅れて現場に到着しそうであることが容易に読み取れた。
「プッロ、貴様の情報収集はもうどうでもいいから現場に急行して犯人を追跡するのですわ」
 乱暴なんだか丁寧なんだか分からない口調で、ローザがプッロに告げる。
「百人隊長の時、部下を指揮したほどの技量はあるのだが……」
「何ぶつぶつ言ってますの? 貴様は行きたくありませんの?」
 プッロがローザを見ると、既に彼女はデジカメを片手に階下へと足を進めていた。溜め息を吐きながら、プッロはそれを追う。

 一方、銃型HCで確認を取り合った一輝とコレットのコンビは、外に待機させておいた小型飛空艇に乗り、現場へと駆けつけていた。
「ここが、調査組が消えたという現場か」
 一輝が辺りを見回す。特に目立った変化は見られないが、微かに周囲がざわついているのは確かだった。
「あたし、ちょっと聞いてくるね」
 ぴょん、と飛空艇から飛び降りたコレットが、エコバッグ片手にギャラリーの方へと向かう。
「ねえ、ここで何があったの?」
 手に提げたバッグからお菓子を取り出しつつ、コレットは生徒たちに聞いて回った。ある意味誘惑ともとれるコレットの振る舞いに、何人かの生徒が反応を示した。
「さっきまでここで失踪者の捜査をしてた女の子が消えちまったんだってさ」
「しかもひとりだけじゃないらしい」
「そういや、さっき何人かの生徒が女の子を抱えてったのを見たけど……」
 信憑性の有無はともかくとして、様々な情報が彼女のところに飛び込んでくる。コレットはそれを一輝に伝え、今後の対策を練るべく合流したローザ、プッロと作戦会議を始めようとする。
 そこに、同じく警戒しつつ失踪事件を調べていたイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)が登場した。そばには、イーオンを護衛するようにパートナーのセルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)が控えている。
「イオ、今のところ敵意は感じられませんが油断は出来ません」
「そのまま臨戦態勢で待機だ」
 セルウィーに守られながら、イーオンは携帯を取り出すと電話をかけた。数回のコールの後に出たのは、校長の涼司であった。
「もしもし」
「山葉か。失踪事件だが、思ったよりも広い範囲で起きている」
「……そうか、やっぱりな」
 苦虫を噛み潰すような声を発した涼司に、イーオンは冷静に、しかし決して冷たくはない声色で返事をする。
「だが、そっちがこの事件の心配をする必要はない。この事件はこちらに任せておけ」
「そうは言っても、俺だって蒼空学園の一員として……」
「今は環菜校長の席を守るんだ。力の限り」
 涼司の言葉を遮り、イーオンが強く言う。そのまま彼は、電話を切った。
「……大丈夫でしょうか」
 横で話を聞いていたセルウィーがイーオンに尋ねた。それは涼司のことか、それともこの事件のことか。あるいは両方か。
「あいつは大丈夫だ。環菜校長が選んだ男なんだからな」
 イーオンのその言葉、そして彼が山葉に話したことは、あたかも「後ろ盾がいないのなら、俺がなってやる」とでも言わんばかりの気概を見せていた。環菜が戻ってくるまで、山葉を守る。そのためには、彼の心労を減らさなければならない。イーオンがこの事件の解決に乗り出した理由は、きっとそんなところだろう。
「イオも、あまり無茶はしないでくださいね」
 そんな彼の心中を察してか、セルウィーがそっと告げた。イーオンがそれに答えるべく口を開きかけた、その時。警戒を続けていたイーオンや一輝の嗅覚が、ある匂いを感じ取った。
「……これは?」
 彼らが微かに感じ取った臭い。それは、鼻の粘膜にまとわりつくような不快な感覚だった。賞味期限の過ぎた乳製品のような、それでいて何日間も洗っていない体のような。
「腐臭だ」
 イーオンと一輝が、同時に口にした。
「フィーネ、すぐに連絡を回すんだ」
 イーオンがもうひとりのパートナー、フィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)に指示を出す。呼ばれたフィーネは素早く携帯で同じ調査組にそのことを伝えると、ぽつりと呟いた。
「イーオン、この件はきな臭いな」
「ああ」
 短く答えを返すイーオン。それはどこか、魔道書である彼女に「この臭いの原因はなんだ」と問いたそうにも思えた。フィーネはそれを推し量り、先に言葉を出した。
「私の知識は力と神秘に関することでな。全能ではないんだ」
「分かっている。これを手がかりに、調査を進めるぞ」
 ディテクトエビルで警戒を強めつつ、イーオンが歩き出す。
 涼司のことを、頭の片隅で気にかけながら。彼はなんとはなしに、涼司と対立しだした大学の方に目を向けた。