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それを弱さと名付けた(第1回/全3回)

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chapter.7  cnps-town(2)・噂 


 レンとノアがタウンにアクセスする少し前。
 朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)はパートナーであるイルマ・レスト(いるま・れすと)から報告を受け、一足先にセンピースタウンへと入り込んでいた。
「センピなら蒼学生も多いだろうし、噂話という形で聞き込みができるな」
 千歳のアバターは、リアルでの厳格そうな外見とは裏腹に、どこか愛くるしい、ファンシーなものだった。ちなみに名前はちーにゃんこ、と言うらしい。
「それにしてもまさか、仮想空間も捜査範囲に入ってくるとはな」
 千歳は、ついさっきイルマとしたやり取りを思い出していた。

「まずは行方不明になった女子生徒の身辺を洗いましょう。知人などに話を聞いて、行方不明者の最近の行動を調べれば、何か情報が得られるはずですわ」
「そうだな。ヤマバも慣れない校長職のせいでかなり参っているようだから、手助けになれば良いな……最近じゃすっかり顔つきまで変わってしまっているしな」
 それは、ふたりが失踪事件の話を聞き、解決のため調べごとをしようとしていた時だった。ちなみに千歳はどうやら、校長の名前を若干間違えて記憶しているらしかった。
「現場百回が捜査の基本とは言うものの……現場ってどこだ?」
「そうですわね、まずは一番の行動範囲である学内や寮あたりから回ってみてはいかがでしょう? あ、事情聴取は私がしますから、千歳はメモを取っておいてもらえますか?」
「う、うむ……」
 千歳では威圧感がありすぎて、聞ける話も聞けなくなりそうだから、とはさすがに言えなかった。もっとも、千歳もそれはある程度自覚しているのか、素直に受け入れたようだった。
 そうして聞き込みを始めた千歳とイルマは、女子生徒たちによく行く店や趣味、接触した人物についてなど様々なことを聞いて回った。
 結果、彼女たちは失踪者の友人へと辿りついた。
「最後にあの子と会ったのは1週間前……学校にも来ないし、全然連絡もつかなくて……」
 うっすら涙交じりの声で話す女生徒。
「落ち着いて……ゆっくりで構いませんから」
 イルマが優しく接すると、その生徒は呼吸をどうにか整えつつ、続きを話す。
「あの子、ついこないだまでセンピでみんなと楽しく遊んでたのに……!」
「センピ?」
「センピースタウンのことです。あの子、そこで人気芸能人の出没スポット情報を見ては、そこに行ってみたいって……」
「……それから?」
 思わず口を挟む千歳。彼女は促されるままに言葉を吐いた。
「私がその子と話したのは、それが最後で……!」
「そのスポットは聞いていないのですか?」
「私は行こうとしてなかったから詳しいお店の名前までは……でも、一緒に行ってればもしかしたらこんなことには……!」
 再び泣き出す彼女をなだめ、ふたりは顔を見合わせた。
「どうやら、現実世界だけでは足りない情報があるみたいですわね」
「センピなら私がアバターを持っている。面と向かっては口下手だからアレだが、ネット越しなら饒舌になれる。ここからは私の出番だ」
 自分で言っててちょっと情けないが、と照れを隠すように千歳が言う。イルマはそんな彼女を見て、少し頬を緩めた。
「はい、ではここからは千歳に任せますわ」

 そうして、アバターのちーにゃんはタウン内の掲示板前で右へ左へと目を滑らせていた。
「原因を究明し、犯罪性があるのなら法に照らして適正に処置しないとな。もっとも、行方不明者の捜索と保護が最優先なのは言うまでもないけれど……」
 決意を胸に、片っ端から関係のありそうなスレッドを見ていくちーにゃん。その時、イルマから連絡が入った。
「もしもし、千歳? つい先ほど同じように調査をしていた方々から情報をいただいたのですが、どうやら行方不明になった方々は、タガザさんというモデルのファンだった方が多いようです」
「タガザ……」
 イルマの言葉をに入れたと同時に、千歳のアバターはそれを目視した。ちーにゃんが見つけたスレッドのタイトルには、こう書かれている。
「美人モデル、タガザ・ネヴェスタ目撃情報を報告し合うスレッド」
「これかっ……!?」
 千歳の声が、思わず上擦った。

 その一方で、千歳と同じようにタウン内の掲示板を見ていた生徒が他にもいた。
 七枷 陣(ななかせ・じん)は、パートナーの仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)と共に自宅のパソコンからセンピースタウンへとアクセスし、その情報の群れと対峙していたのだ。
「うーん、タガザ・ネヴェスタか……綺麗なモデルさんなんやろうけど、ぶっちゃけ彼女持ちとしては、あんま興味ねぇな」
「小僧、今はお前のタイプを調べているのではない」
「分かってるっての。ただ最近やたら関連してるスレがあるから気になっただけや」
「確かに、ここ最近で急に人気が出始めたという感はあるな」
 陣と磁楠は、互いにパソコンと向き合ったまま会話を続けた。
「そういえば小僧、失踪者の事件が起き始めたのはいつからだ?」
「……さあ。俺が知ってるわけないやろ。まあそのへんも含めて、書き込みでもして調べてみるか」
 陣はそういうと、手際よく現在自分の見ているスレッドに文字を打ち込んだ。
「失踪事件の情報探してます……っと」
「おい小僧、書き込む場所はそこで良かったのか」
「……え?」
 磁楠に言われ、陣はディスプレイに顔を近づける。指摘された意味にすぐ気付いた陣は、短く声を漏らす。
「あ、やっちまった」
 彼が書き込んだスレッドは、さっきまで自分が見ていたタガザに関するスレッドだった。
「どうなっても知らんぞ」
 磁楠が言う通り、反応はすぐに現れた。陣を非難する書き込みが次々と表示されだす。
「スレ違いだボケ」
「誤爆か? タガザさんのスレに物騒なこと書くな」
「お前が失踪しろ屑」
 それらを見た磁楠は陣に言う。
「ほら、見たことか」
 しかし、当の陣本人はいたって普通の表情である。
「まあミスったのはこっちやし。それに、このくらいの煽りに対する耐性はもう持ってるからな」
 陣は普段からそういったものをよく目にしているのか、さほどへこんではいないようだった。
「ん……? それより、磁楠、この書き込み見てみろ」
 画面をスクロールさせていた陣は、ある書き込みを見て指差した。そこにはこう書かれていた。
「いくらタガザさんがいわくつきのモデルだからって、書いて良いことと悪いことがあるだろ」
「いわくつき……?」
 磁楠が思わず画面の文字を繰り返す。陣は勝ち誇ったような顔で、マウスに手を置いた。
「これだけ大きなコミュニティなら、犯人がネットとかやってるかはさておき、失踪事件を話題に出せば何かしら動きがあるに違いない……って計算した上での書き込みやったからな」
「本当か……?」
 横目で見る磁楠とは視線を合わせず、陣はスレッドを続きに目をやった。

 同時刻、タガザについてずっと調べ続けていた彼女のファン、司もその情報を目にしていた。
「人気もあるようだが、良くない噂もあるみたいだな」
 パートナーのセアトが横から口を出すと、司はムキになって反論した。
「そんなことないもん! これはアレだよ! あまりの人気に嫉妬した心無い人が流したデマだよ!」
 そこに、偶然シアターから出てきた一が交流広場で会話ウインドウを開く。
「でも確かに、人気が出るのも頷ける。さっきまでシアターでずっと音楽を聞いてたんだが、たまたまタガザが歌ったという曲を耳にしてな。外見だけでなく、声もかなり美声だった」
「あっ、ほらほらセアトくん! やっぱりすごい人なんだよタガザさんは!」
「うーん、何かきな臭いな……」
 訝しがるセアトをよそに、司はキラキラした目でタウン内での会話を楽しんでいた。
「あんなに綺麗なのに歌も歌えるなんてすごいなぁ……」



 千歳や陣たちが失踪者のことを調べ、司や一がタガザの話をしている頃。
 姫宮 和希(ひめみや・かずき)はひとり、別な目的でこのセンピースタウンに入っていた。
「愛美、ここにいないかな……本当なら美肌に効きそうな果物でも持って見舞いに行きたかったんだけどな」
 和希の目的、それはこのタウン内で小谷 愛美(こたに・まなみ)と接触することだった。和希がその行動に出たのには理由があった。
「蒼空学園のかわいい子報告スレッド」
 掲示板に立てられていた、そんな名前のスレッド。和希は溜め息を吐きつつも、それをクリックしていた。
「ったく、しょーもないぜまったく」
 ずらり、と生徒の名前や画像などが和希の目に飛び込んでくる。と、和希はそこに知っている生徒の名前を見つけた。
「小谷……愛美? 愛美か! 確かに愛美はかわいいもんな」
 知っている生徒の発見に、和希は思わず目を留める。がしかし、スレッドは意外な方向に進んでいた。
「あー、マナミンね。確かにかわいいけどちょっとうざくね?」
「つーか俺マナミンと同じ学年の生徒だけど、最近あの子全然学校来てないっぽいよ。姿見なくなっちゃった」
「え、マジで? アレじゃない? もしかして失踪事件に巻き込まれてたりして」
「いつ頃からいないの?」
「たしか夏の終わり頃……」
 それを見た和希は、ある記憶を思い起こす。
 夏の終わり。それは、和希が依頼で幽霊船に乗り込んだ時期とほぼ同じだった。そしてその幽霊船に捕らわれていたのが、愛美だったのだ。
「失踪事件は最近だし、きっと失踪してはいないはずだぜ……愛美、もしかして何か困ったことでもあったのか?」
 和希は不思議に思い、さらに情報をスクロールさせる。
「俺あいつが不登校になる前に、1回だけ見たことあったよ」
「いつもと様子違ってた?」
「なんか大きいマスクとかつけて、肌が、とかぼやいてたな。よく分かんないけど。いつもよりちょっと老けて見えてたぞ」
 その書き込みを見て、和希は推察した。
 もしかしたら、愛美の肌に何か問題が起きて、人前に出られない状態なんじゃないか、と。
 そしてそう考えると同時に和希は、タウン内で愛美の姿を探し始める。
 人前に出られなくても、ここなら会えるかもしれない。そんな小さな希望を頼りに。