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それを弱さと名付けた(第1回/全3回)

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それを弱さと名付けた(第1回/全3回)
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chapter.8  愛美の寮(1)・隔たり 


 蒼空学園の生徒の中には、学校から紹介された寮に住んでいる者も少なくない。
 愛美も、その中のひとりであった。
 学生寮「美刻館(びこくかん)」」。その201号室に、愛美は住んでいる。
 タウン内で噂が流れた通り、最近愛美は外に出ていなかった。それどころか、部屋の中でもほとんど動かず、その表情はいつもの元気な彼女からは程遠いものだった。
「なんで、なんであの人が……?」
 膝を抱え、パソコンから背を向けて丸くなっている愛美。電源ももちろん落とされており、部屋には僅かな明かりすらない。
「部屋の電気、ついてないね……」
 窓の外から心配そうに部屋の様子を探ろうとしているのは、朝野 未沙(あさの・みさ)だった。
 隣には、同じく愛美の様子を見に来たと思われる北郷 鬱姫(きたごう・うつき)もいる。
「……先輩が心配」
そう呟く鬱姫の手には、見舞いの品と思われる菓子折りとブランケットが抱えられている。
「あんなに元気なマナが引きこもりなんて信じられないけど、最近全然姿を見ないし……」
 未沙はドアの前に立ち、数回ノックする。
「マナ? マナ、いるのー?」
 2度、3度とノックの数が増える。が、中から反応は返ってこない。
「元気な先輩が、見たい……」
 隣では、鬱姫が不安そうな瞳でそれを見つめていた。どうやら彼女は、彼女の明るさに憧れ、その気持ちでここまで来たようだ。
 明るさ。自分にはないもの。だから憧れもする。けど、今の愛美は……?
 鬱姫は空を見た。既に薄っすらと空は暗くなり始めている。
「わっ!」
 未沙が声を上げた。吹き付けてきた木枯らしが、ふたりの体を襲ったのだ。
「さ、寒いね……」
 音を立てて吹く風に、未沙が体を縮こませる。鬱姫もまた、無言で自分の肩を抱いていた。
 もうだいぶ前からここに立ち、愛美の反応があるのを待っているふたりは、激しい体力の消耗に見舞われていた。鬱姫に至っては、疲労のためか眠気にまで襲われる始末だった。
「うー……うみゅ……ううん……」
 船を漕ぎ、時折かくんと首を動かす鬱姫。
「だ、大丈夫? こんな寒いとこで寝たら死んじゃうよ!」
「う、うん……だ、大丈夫です……」
 目をパチパチさせ、返事をする。しかしその様子は、どこからどう見ても強がりにしか見えない。
「マナ、お願い、いるなら出てきて……!」
 再びドアをノックする未沙。しかし相変わらず返事はない。

 と、そこに新たな訪問者が現れる。
 愛美の部屋の前にやってきたのは、アリア・フォンブラウン(ありあ・ふぉんぶらうん)トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)、そしてトライブのパートナージョウ・パプリチェンコ(じょう・ぱぷりちぇんこ)だった。
「あれ? みんなもお見舞いに?」
 未沙が3人を見て言う。
「ああ、ただ女子寮に俺が単身乗り込むのはさすがに抵抗があったから、ついてきてもらったけどな」
「本当は、もっとついてきてほしかった人がいたんだよね?」
 トライブの言葉に、ジョウが横槍を入れる。トライブは少し残念そうに言葉を続けた。
「愛美のパートナーに連絡をとってみたんだけど、繋がらなかったんだ。もしかしたらあっちはあっちで愛美をどうにかしようと奔走してるのかもな」
「ワタシもついてきてもらおうと思っていたものの、見つからなくて」
 アリアが後に続くように言う。どうやらこのふたりは、愛美のパートナーを引っ張り出し、協力を仰ごうとしていたようである。が、連絡がつかず、諦めて自分たちだけでここに来たといったところだろう。
「あ、ちょっとすいません、電話が」
 アリアの携帯が鳴った。彼女が出ると、契約者である葛葉 翔(くずのは・しょう)の声が聞こえてきた。
「小谷の様子はどうだ?」
「翔クン。今ちょうど部屋の前なんだけど、いるのかいないのか、反応がなくて」
「そうか……幽霊船でのことが尾を引いているのかどうか、気になるところだな」
 翔が愛美を気遣って言う。本当はおそらく、彼もここに来たかったはずである。が、寮を訪れ変な噂が流れても悪いと思い、パートナーにすべてを委ねたのだ。
「とりあえず現状は分かった。また何かあったら連絡をくれ。いつでも動けるようにはしておく」
 そう告げて、翔は電話を切った。
「翔クン……」
 彼の気持ちを推し量り、アリアはじっと携帯を見つめていた。と、向こうから足音が聞こえてきた。アリアが音のした方を向くと、自分と同じ翔のパートナーであるイーディ・エタニティ(いーでぃ・えたにてぃ)クタート・アクアディンゲン(くたーと・あくあでぃんげん)がこちらに歩いてくるのが見えた。
「あれ、まだ開けてもらってないじゃん!」
「ふふん、どうやら我らの出番のようじゃの」
 イーディとクタートは、そこにいた他の生徒たち前を堂々と通り、部屋の前に立った。
「こんなの、私の手にかかればあっという間じゃん」
 まず動いたのは、イーディだった。
 彼女はごそごそと懐から針金のようなものを取り出すと、それをドアノブに差し込もうとする。
「な、なにを?」
「ピッキングに決まってるじゃん。こういうのは得意だから、問題ないじゃん」
「何が問題ないの、ダメでしょ」
 アリアに注意され、イーディは仕方なく道具を引っ込めた。
「勝手に部屋開けたら犯罪なのは分かってたけど、却下されちゃったじゃん……」
「やれやれ、お主たちは甘いのう」
 今度は自分の番、とでも言わんばかりにクタートが進み出る。
「この我が知恵を貸してやろう。まずは一旦離れるぞ」
 言いながら、他の生徒たちをドアから遠ざけるクタート。そのまま彼女は、少しの間沈黙をつくった。
「こうして帰ったと思わせておいて……」
 直後、彼女が呼び鈴を鳴らす。
「小谷さん、宅急便でーす。判子お願いしまーす」
「……」
 応答がない。
「む、おかしいの。こうすればドアが開き、そこから足を挟みこんで強引に入り込めると思ったんじゃが……」
「私よりえげつないじゃん。ていうかそれ完璧に犯罪行為じゃん」
「イーディさん、人のこと言えない……」
「私のピッキングは軽いイタズラレベルじゃん。でもこっちは法に問われるレベルじゃん」
 ぎゃあぎゃあとわめくように言い合いをするアリアとイーディ、クタート。それを見ていた未沙は、「このままじゃダメだ」と判断したのか、震える手でもう一度、ドアをノックする。
「マナ、お願い、いるなら出て!」



 外から何人かの喋る声と、ドアを叩く音がする。
「……ごめんね、みんな、ごめんね」
 部屋の中で、頭に毛布をかぶりながら愛美が小声で囁く。
 電気もついていない、物音すらほとんどしない空間で彼女は、ずっとひとりで膝を抱えていた。右手で頬をさする。その感触は少し前までの自分の肌とは程遠く、絶望感だけを彼女に与えていた。
 愛美の肌は、幽霊船の事件を境にどんどん汚れていく一方だった。それを見せたくなくて、外に出るのが怖くて、彼女は引きこもり、居留守を使っていた。
 今日も同じように閉じこもっていたが、数時間前から外の話し声とノック音が止まない。それは彼女に、罪悪感をも抱かせた。彼女は目を背けるように、現実から逃げるようにパソコンに手を伸ばす。
「そうだ、センピ、センピに行けば気が紛れるかも……」
 早速センピースタウンにログインする愛美。交流広場へと出向いた彼女は、数多くのアバター同士が行っている会話を目にし、必死に外からの声が意識に届かないようにしていた。
 が、それはタウン内にいた思わぬアバターによって遮られることとなる。
「愛美、いるか? いたら反応してくれ!」
 会話ウインドウに表示された自分の名前。
「……え?」
 思わず愛美は目を疑う。なぜ自分の名前が? 呼んでいるのは誰? 答えの出ないまま、愛美はその人物と接触する。
「ど……どうしたの?」
 愛美が話しかけたアバター。それは、このタウン内からずっと愛美を呼びかけていた和希だった。
「愛美か!?」
「え、う、うん……」
 興奮のあまり、本人かどうかも確認することなく和希は話しかける。
「なあ愛美、もしかして、肌のことで悩んでるのか? だったら、教えたいヤツがいるんだ。美肌で有名なタガザ・ネヴェスタってモデルなんだけど……」
 が、和希がその言葉を出した途端愛美の指がぴくっ、と動いた。思わず会話ウインドウを閉じかける愛美。和希は慌てて愛美に再び話しかける。
「ど、どうした愛美? そんな怯えたようなマネして……」
「ごめん、もうログアウトしなきゃ」
 強制的に会話を打ち切ろうとする愛美。広場から出て行こうとする彼女に、和希は最後の言葉をかけた。
「待ってくれ愛美! もし何か俺には分からないことで苦しんでるなら、別に今俺から遠ざかってもいい! けどそれでも、愛美には近付いてくれる人がいっぱいいるんじゃないのか? それを全部隔ててしまうのか?」
「……」
 何も言わず、愛美はパソコンの電源を切った。
 同時に、外から聞こえてくる音が再び愛美の耳に届く。和希の言ったことが嘘でないと示すかのように。
「……みんな、私、こんなひどいことしてるのに」
 愛美はもう一度自分の肌を触った。相変わらず、その感触はザラザラしていて、悲しくなる。けれど、彼女はもう決めた。それを言い訳にしないことを。
 すっ、と立ち上がった愛美は、ゆっくりとドアの方へと歩いていく。そして、その手で彼女は隔たりを埋めた。
「マナ……!」
「愛美さん!」
「……先輩」
 扉を開けて現れた愛美に、次々と声がかかる。吹き込んできた風とその声に、彼女は一瞬目を閉じる。
「みんな、本当にごめん!!」
 頭を下げてそう言った愛美の瞳は、もう塞がってはいなかった。