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まほろば大奥譚 第四回/全四回(最終回)

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まほろば大奥譚 第四回/全四回(最終回)

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第五章 燃ゆる扶桑の都5

 鬼鎧の中で、雪千架は火のように赤くなって泣いていた。
 現示は赤ん坊も、鬼鎧も、どう扱ってよいか分からなかったが、刀を失い負傷した今、葦原の鬼鎧を止められるのはもはやこれしかないと考えていた。
「鬼の血で動くとは聞いていたが……やはりこの子は、鬼城の血を引いた子なんだな」
 彼は、それ以上は思わないようにして、赤ん坊を置ける安全な場所を探した。
 結局、鬼鎧の座席の奥に括り付けることになった。
 途端に、衝撃が起こる。
 現示もマホロバで育ったとは言え、混血が進み、純粋なマホロバ人ではない。
 鬼鎧を操るのは容易ではなく、鬼鎧は主戦場を通り過ぎ、町並みを突き進み、家や壁など至ることろにぶつかった。
 人々は逃げ惑い、あちこちで火の手が上がり始める。
「くそ……動くだけで、言うこときかねえじゃねえか!」
 現示は癇癪を起こして鬼鎧から外を覗いた。
 と、鬼鎧が大きく揺れ、現示は手に掴むものを探した。
「誰が乗っているのか!?」
 葦原の鬼鎧が、現示の乗った瑞穂の鬼鎧を掴んでいた。
 葦原の鬼鎧の搭乗部分が空き、中から青年と女の子が顔を出した。
「瑞穂の鬼鎧は動かせないと思ったのに……どうやって?」
 葦原の鬼鎧では、卍 悠也(まんじ・ゆうや)が不思議そうにしていた。
 黒妖 魔夜(こくよう・まや)が言う。
「この鬼鎧は昔のままだよ。ねえ、おにいちゃん、あの人ゲンヂってひとだよね?」
 魔夜が指を差すと、現示は苦々しい顔を見せた。
「銀髪に眼帯の侍って……ボクは運がいいのかな」と、悠也はここぞと身を乗り出した。
「ボクはキミと直接話がしたくて来たんですよ。単刀直入に言います。葦原藩と瑞穂藩、互いに協力し合えませんか? 扶桑が噴花したら多くの命も失われるんですよ。誰が守護者になるではなく、皆でどうするか考えるんです。マホロバの幸せの為になら、葦原や他の人とも協力できるはずなんだ」
「寝言いってんじゃねえよ。そんなものが通る世の中だったら戦という戦があるのがおかしいだろう。てめえのいう葦原だって亜米利加とつるんでシャンバラで、年がら年中やりあってんじゃねえか!」
「話をそらすな! アンタは、アンタが守りたいものは何だ! 権力や名誉ではなく、大事なのは隣で笑ってくれる人じゃないのか! なんで、皆で仲良くできない!?」
「隣で笑ってくれる人だと……?」
 現示は座席奥の雪千架を見つめた。
「てめえがでけえ声出すから、また泣き出したじゃねえかよ!」



「静麻殿、こちらです」
 そのとき建物の影からは、服部半蔵の分霊英である服部 保長(はっとり・やすなが)が、閃崎 静麻(せんざき・しずま)と灯姫に手招きしていた。
 保長が現示の乗った鬼鎧を指さす。
「一足遅かったか。で、中に?」
「日数谷現示が乗っているようですが、赤ん坊もいるようです。『八咫烏』の情報からいっても、おそらく貞継将軍の子であると思われますが。レイナ殿がなんとか近づいて、助けようとしてます。難しそうです」
「レイナなら氷術や光術で足止めもできるとはいえ、一人じゃ無理だ。しかし、俺が思った通り、瑞穂は鬼鎧を戦に出せる状態じゃなかったんだろうが、子供を使って鬼鎧を動かすとは……おい、レイナ!」
 ヴァルキリーのレイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)は音を立てないように光術を使いながら鬼鎧に近づいている。
 彼女の騎士道精神からいっても、赤ん坊などの弱者を利用するなど、騎士の風上にも置けぬ所業であった。
「侍とは、武士とは、もっと崇高な精神を持った者だと思っておりましたが……許せません!」
「私も行くぞ」
 灯姫も長刀を構え、レイナの後について行く。
「あの鬼鎧からは同じ血を感じる。そうであるのなら、鬼城家のものとして見過ごすことはできん」
「姫様までもか……!」
 静麻は急遽、作戦を変更し、鬼鎧の捕縛を行うことにした。
「鬼鎧をお持ち帰りできれば、結果的には同じだ。俺達も行こう。卍たちを援護する」
 静麻はピッキングをしまい込み、手にピストルを持つと背を低くしながら近づいていった。



「……なんだ、この違和感は」
 鬼鎧の中で、現示は息が苦しくなるのを感じた。
 やがて体中が熱くなり、鬼鎧が、次第に手に取るように分かるようになっていた。
 ふと、自分の傷口に、雪千架の血が流れ込んだことに気付く。
「鬼城の血……だと? 冗談じゃねえ、あんな男の血……こっちから願い下げだ」
 しかし、現示が光る円盤に触れると、これまでと違って鬼鎧の動きが格段に良くなった。
 瑞穂の鬼鎧は息を吹き返したようにき、装甲の表面にはうっすらと氷が張ったように輝いている。
「いける……!」
「何だと!?」
 突然に瑞穂の鬼鎧が動き出したため、悠也は面食らった。
 態勢を立て直し、背の武器――鬼鎧に装備されていた刀を抜く。
 鬼鎧同士がぶつかり合い、火花が散った。
 土埃が舞い、近くの瓦礫を吹き飛ばす。
 鬼鎧の力比べは瑞穂が有利であったが、葦原のそれは機動力があった。
 鍔迫り合いで押し合いながら悠也は鬼鎧を反転させると、塀に鬼鎧を押しつけ、崩壊する壁ごと倒した。
 鬼鎧が鋭い軋み音を上げて、煙のようなものをあげて動きが止まる
 静麻が冷気と熱気の混ざった中、瑞穂の鬼鎧によじ登り、ピストルを撃ち込んで搭乗口をこじ開けた。
「日数谷……?」
 中では頭を打ち付け、こめかみから血を流しながらぐったりしている現示がいた。
 赤ん坊を保護し、現示を引きずり出す。
「灯姫、今だ。鬼鎧を頼みます」
 静麻に言われ乗り込んだ灯姫だったが、すぐに頭を振って飛び降りた。
「もうこの『鬼』は死んでいる。その男は、鬼城の血に助けられたな。でなければ、『鬼』に喰われていた」
 瑞穂の鬼鎧は、涙を流すかのように音を立てながら崩れていった。


 ぱちーん

 男の頬を高らかに打った音が鳴り響いた。
 睦姫は泣きながら、現示を見つめている。
「二度とこんな真似、許さないから。今、生かされているのは、この人たちに感謝なさい!」
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は雪千架を抱っこしている。
 彼はすばやく囁いた。
「……いこう、睦姫。幕府軍達が集まる前に、逃げよう」
 唯斗は現示に告げる。
「睦姫と雪千架は遠くへ逃がす。もう、誰にも利用はさせない」
「ああ……お前ならできる……」
 現示はそれだけ言うと、再び意識を失った。
「言われなくてもそうするよ」
 唯斗は睦姫の手を取ってその場から立ち去った。

卍卍卍


 瑞穂藩大将の日数谷現示が捕らえられ、戦いは急速に終結していった。
 その様子が、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)らが用意した巨大メモリープロジェクターの投影されていた。
 霧島 玖朔(きりしま・くざく)は噴煙で真っ黒になった顔を上げて、それを眺める。
「あーあ……負けちまったかな」
 彼は手製の攻防戦地図をびりびりに破り捨てると、風に飛ばした。