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まほろば大奥譚 第四回/全四回(最終回)

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まほろば大奥譚 第四回/全四回(最終回)

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第六章 新たな将軍1

 戦乱であがった炎が、扶桑の町並みの四分の一程を焼いてようやく収まりかけたころ、将軍鬼城 貞継(きじょう・さだつぐ)は御所へ登り、再び扶桑の木の前に参列した。
 横には捕らえられた現示が居り、何もかも覚悟したような顔でうなだれていた。
 武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が将軍の書状を掲げ、それは入念に準備された投影装置を使い、重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)によって映像が飛ばされている。
「現示殿もよくご覧になってくださいね。貞継殿のお覚悟と、次なる体制を……直感に優れるあなたなら直ぐにわかるはず」と、龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)
「睦姫や瑞穂藩への責任の所在をよく考えてるのだ」
 武神 雅(たけがみ・みやび)は瑞穂の先を見据える。
 誰もが固唾を呑んで見守っていた。
「覚悟は決まったか。どう足掻いても、前に進まなきゃならない。正直、俺にはこれから起こることが大それすぎて、見当がつかないが、明日を作るためなら俺はいつも一緒にいる」
 御従人として将軍を守ってきた篠宮 悠(しのみや・ゆう)が、複雑な表情をして付き従っている。
 貞継は緊張しているのか、言葉はない。
「だけど、これはマホロバの未来を作るためと受け止めて欲しい」
 悠は一息ついて、ゆっくりと声を出した。
「不毛な戦をこれ以上おこさせないために、戦を終結させるために、武神牙竜と一緒に同士を募った。その結果、あんたは将軍を退き、後継者に日数谷を指名することで、決着がつくという答えが出た」と、悠は持っていた剣を差し出した。
「反逆罪で斬ってくれていい。だが、受け入れてくれるなら、俺達は命にかえても成し遂げる……!」
「兄様……貞継さま……」
 精霊タカモト・モーリ(たかもと・もーり)が、これからの新しい体制の外殻を書したという書簡を持ってきた。
 そこには、瑞穂の急進派である日数谷など、他の有能な人材を中核に据えた組織図が見て取れた。
「天子様に認めて貰うために……私は、マホロバも貞継様も、あの子の未来も守りたいのです」
 タカモトと貞継の間には托卵に寄らない、『天鬼神』の血をひかない子が居る。
 彼らの子は、普通の人の子として生きていくことになるだろう。
「悠、タカモト……お前達に出会えたことを感謝している。もっと高い地位について、人々を導け」
 貞継の返答に、人々は、彼は提案を受け入れたのだと思った。
 しかし、影のある物言いに、英霊毛利 元就(もうり・もとなり)は不審がった。
「上様、『どうせ薄命の身』と諦めるのは簡単よ。誰だって死ぬように出来てるんだから、その間どれほどの事をできるかが重要なんだと思うわ。でも、今の貴方は……何を考えてるの?」
 貞継は振り向かずに、ゆらりと一歩ずつ桜の木に近づいていく。
 将軍が歩む事に、扶桑が反応して小枝が揺れている。
 地面からは遠い地響きが聞こえてきた。
 貞継がぴたりと止まった。
「お前達……ここで何をしている!?」
 貞継の視線の先には、扶桑の木に根本に転がった男達の姿があった。
「何って……お願いしてるんだよ。マホロバ一の大馬鹿野郎のために、天子様にな」
 随分と前から将軍の前から姿を消していたアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)がうつろな目を向けて、ようやく答えていた。
 彼はもう何日もここで過ごした。
 昼も夜も、延々と悩み続け、貞継を『天鬼神の血』から救う方法を考えていた。
「でもさ……そんなもんなかったんだ。最初は『天鬼神の血』さえ無くなれば、将軍も苦しむことはなくなると思ってた。だが、あんたの願いは、鬼城家の安泰だったはずだ。だったら、鬼を抑えるためにも『天鬼神の血』の血は必要だ。そう考えたら、何が何だかわからなくなった……」
 アキラはやつれた手で扶桑の木を撫で、片方の手で地面を叩いていた。
「わからないんだ、俺には。ただ、俺がしたいことは、将軍を死なせたくない。それだけなんだ!」
 アキラが嗚咽しながら叫んでいた。
 東光大慈院に猫を置いてきたスウェル・アルト(すうぇる・あると)も扶桑の前で跪いていた。
「天子様、私もお願いしてる。貞継が自分の幸せを願わないのなら、私が、代わりに祈る……」
 彼女は両手を前で組み、祈るようにしている。
 しかし、その発する言葉は徐々に熱を帯び、スウェルの心の底から沸き上がる想いとなって溢れ出た。
「天子様、誰一人死なない未来は、皆が笑って生きる未来は、選んじゃいけない? 私は、あの人が心の底から笑うのを、みたことが、ない。あの優しい人を、泣かせないで……」
 スウェルは「そのためなら、何だって、する!」と叫んでいだ。
「お前達は、よせ。もう、良いのだ。お前達の命を守るのが、将軍の……努めなのだから、そのためにお前達が祈る必要はない。これが、国を守るものとして当然なのだ。鬼となるのは、唯一人で、十分だ!」
 貞継は慌てて駆け寄り、アキラとスウェルを背後から抱きしめた。
 そして、扶桑から遠ざけるように、彼らを桜木から引き離そうとする。
 将軍は天を仰ぐように、扶桑に向かって叫んだ。
「天子様、この鬼城貞継。マホロバ統治の力、謹んで返上いたします。お受け取りください!」
 扶桑の木がざわ……ざわと動いた。
 木々の枝が急に色づき始める。
 桜のつぼみが急速に膨らみ始めた。
 地面が大きく揺れ、いつしか空に暗雲が押し寄せていた。
 扶桑の化身である天子(てんし)が、徐々に姿を現す。
 貞継はにやりと笑った。
「――しかし、この力。今、すぐにお返しはできません。いえ……噴花は、止めさせて頂く!」
 貞継の眼が血走り、髪が逆立つ。
 歪んだ唇からは牙が覗き、頭からは鬼の角が生えていた。
 貞継は自身から失われつつある天子の力を、歯を食いしばって堪えていた。
「すまんな、やはり鬼は鬼にしかなれん……!」