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Entracte ~それぞれの日常~

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Entracte ~それぞれの日常~

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・空京の朝は


「天音、朝だぞ」
 薔薇の学舎御用達である中東資本の高級ホテルの一室で、黒崎 天音(くろさき・あまね)ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)の呼び声を聞いた。
 タシガンからは距離があるため、ここ空京に一泊したというわけだ。
「おはよう」
 広いベッドからもそもそと起き上がり、寝る前に脱ぎ捨てていた白いシャツを羽織る。 寝ぼけ眼のまま、天音は部屋のテーブルに着いた。
「やれやれ、だらしのないことだ……こんな姿、他人には見せられんな」
 淹れたてのコーヒーを天音の前に置くブルーズ。呆れたような物言いだが、その顔にはどこか嬉しげな微笑が浮かんでいる。
 天音はスタンドに立てられた半熟卵の殻をコツコツと華奢なスプーンの背で叩きながら、ぼーっとしていた。
 目の前にあるコーヒーをすすり、少しだけ目が覚めてくる。
「見学の集合時間九時だ。あまりここでのんびりしてはいられんぞ、天音」
「大丈夫、分かってるよ」
 朝食を終える頃にはすっかり目が覚めていた。
 いつもの調子を取り戻し、準備が出来たところでチェックアウトを済ませる。

「PASDは今日は休みかな?」
 ホテルを出て天沼矛に向かって歩いている中、天音は携帯電話をいじっていた。公開されているデータベースにアクセスするも、メンテナンス中という表示が出ている。
「……っ!」
 携帯の画面を見ながら歩いていたため、不意に前から駆けてきた人とぶつかってしまう。
「すいません、だいじょうぶですか?」
「いえ、こちらこそ申し訳ない」
 相手は金のロングヘアーに、金色の瞳を持った黒いゴスロリの女性だった。少女と言うには大人びた容姿をしている。
 その女性が、地面に落ちてしまった天音の携帯を拾った。
「あっ!」
 たまたま待ち受け画面に戻っていたらしい。どうやら、その中に彼女は知り合いの姿を見つけたようだ。
「この人の知り合い?」
「そうだよ。ん、ということは、君はもしかして……」
 天音は思い出す。
 友人の一人が空京に妹同然の子がいると以前言っていたことを。どうやら、目の前の子がそうらしい。
「お兄ちゃんに会ったら、あたしは元気にしてるって伝えて下さい。シャンバラが東西に分かれてからは、あまり連絡出来てなかったから……」
「ちゃんと伝えておくよ」
 すると、相手は笑顔を見せた。
「あ、いけない!」
 何かを思い出したように、金髪の女性がはっとした。
「それじゃ、お願いします――いそがなきゃ!」
 頭を下げ、彼女は駆け出していった。

* * *


 PASD本部。
「リオンちゃーん、遅いよー!」
 エミカ・サウスウィンド(えみか・さうすうぃんど)は、走ってくるモーリオン・ナインを出迎えた。
「ごめん! ちょっと寝坊しちゃって」
 とはいえ、エミカは別にそこまで気にはしない。
「あれ……しばらく見ない間に、また大人っぽくなった?」
「うーん、気のせいじゃない? あたし達って、歳はとらないわけだから」
 それでも印象が変わったのは、モーリオンから幼さが抜けつつあるからだろう。
 半年前は、まだ外見に似合わず無邪気な子供のような性格だったが、今は話し方といい雰囲気といい、歳相応になったという感じだ。この半年で色々と学習してきたのだろう。
 幼い少女を素体にして造られた『有機型機晶姫』である彼女だが、ワーズワースを巡る一連の事件の中で、身体が急成長し今の姿となった。
 ようやく身体に精神が追いつきつつある、といったところだ。
「二人とも揃ったことだし、早速始めるよ」
 そこに司城 征(しじょう・せい)が姿を現す。
「紫電槍・参式の起動テスト。それと、リオンの能力測定」
 エミカの手にはお馴染みの武器が握られている。
「天御柱学院から提供してもらったシュメッターリンクがあるから、それを起動するよ」
 寺院製イコンの解析は終わっており、しかもスペックも劣るとあって、天学はそれらの機体を持て余しているようである。
 極東新大陸研究所海京分所の人間が好き勝手改造して遊んでいるという話もあるくらいだったため、せっかくだからと貰ってきたのだった。
「一応、装甲強度だけはパイロットが二人乗り込んだときと同じになるように手を加えておいたから、十分データは取れるはずだよ」
 司城と共に、PASD内にある実験施設へと移動する。
 格納庫のような場所に、二機のシュメッターリンクが設置されていた。
「先生、起動していいー?」
 エミカは新しくなった自分の相棒を試したくて仕方なかった。
「うん、いいよ」
 許可が出たところで、紫電槍・参式に新たに加わったデストロイモードの上、VS:SEモードを起動する。
「いっくよー!」
 シュメッターリンクに向かって駆け出し、機体の手前で跳躍した。そのままコックピットに紫電槍・参式を突き立てる。
 直後、コックピットのあった部分には大穴が開いた。
「すっごーーーい!!」
 もし、パイロットが搭乗していたなら跡形もなく消し飛んでいたことだろう。
「ってあれ……?」
 エミカは紫電槍・参式から光が失われているのに気付いた。エネルギー切れだ。
「やっぱり燃費は悪いね。エネルギーパックを接続出来るようにしてあるけど、それでも限度はあるかな」
 司城からエネルギーパックを受け取るものの、それがまた非常に重い。エミカでは、せいぜい十個持ち歩くのが限度だ。それ以上無理に持とうとすると、動きが鈍くなってしまう。
「贅沢は言ってられないかー」
 そもそも、生身でイコンと戦うことを前提にしている時点で何かがおかしいのだが。
「じゃ、次はリオン」
「はーい。全力でやっていいの?」
「むしろ、全力じゃないと正確なデータが取れないよ」
 次の瞬間、モーリオンの姿が消えた。
 彼女の背中からは二枚の黒翼が生えている。そして空中から急加速し、シュメッターリンクに向かって拳を突き出した。
 装甲に触れた刹那、重力が何倍にもなったかのようにイコンの機体が圧縮された。
「重力干渉系の力であることに変わりはないみたいだね。にしても、イコンはアルミ缶じゃないんだよ?」
 触れた部分に対し、重力を一点集中させることによって何十倍もの衝撃を与える。というのが彼女の能力であるらしい。
 他に特殊能力を持つのは五機精であり、他の有機型機晶姫は身体機能が向上しているのみだ。
 彼女は唯一の例外的な存在である。
「でも、日常ではすっかり力をコントロール出来てるみたいだし、問題はなさそうだね。
 ……エミカ、どうしたんだい?」
 一人きょとんとしているエミカに、司城が声を掛けてきた。
「テストってこれで終わりー?」
「イコンをこんなにした以上、続けられないよ」
 目の前には無残に破壊された残骸が残っている。
「じゃ、先生。ちょっと外行ってくる!」
 走り出そうとするエミカの服を、司城が掴んできた。
「せめて、片付けくらいは手伝ってね。さすがにこのままにしておくわけにはいかないから」