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リアクション
8:30〜
・転入生
「あれから一ヶ月か……」
朝陽を見上げ、和泉 直哉(いずみ・なおや)は呟いた。
海京は無事に守り抜くことが出来た。東西に分かれていたシャンバラも統一され、エリュシオンは撤退。
平穏な日々が続いているにも関わらず、直哉の中には言い知れぬ喪失感がある。
戦場で言葉をかわした指揮官の一人、グエナ・ダールトン。最後まで己の信念を貫き通し、そして散っていった男。
覚悟を持って戦いに臨んだ以上、相手が結果的に死ぬことになったとしても後悔なんてものはない。
だが、それでもどこか割り切れないものがある。
それだけ自分にとって大きい存在だったのだろう。
「兄さん」
考え込んでいるところ直哉の耳に、妹である和泉 結奈(いずみ・ゆいな)の声が入ってきた。
「どうした、結奈?」
「昨日転入生が来たんだって。教官に確認したら、今日の午前中は転入生向けの学院見学に参加するみたい」
冬休みが明け、学院はシャンバラの各学校からも転入希望者を受け入れ始めた。ただ、結奈の言う転入生は八学校に通っていた生徒ではないらしい。
「せっかくだから、一緒に会いに行ってみない?」
結奈に誘われる直哉。
どんな子なのか、興味はある。
「これから先、またカミロとは戦うことになるだろうし、そろそろ兄さんも気分を入れ替えなきゃ」
「……そうだよな」
妹なりの気遣いなのだろう。
敵は大打撃を受けてはいるが、まだ完全に潰えたわけではない。カミロの機体は、あの銀色のイコンに回収されていった。
初陣の借りを返すためにも、立ち止まっているわけにはいかないのだ。
「あ、でも転入生が女の子だからって、いきなりナンパとかはダメだよ!?」
「分かってるぜ」
まだ授業開始まで時間はある。学院見学もそれに合わせているだろうから、会うなら今のうちだろう。
「そうそう、青いスカーフを肌身離さず身に着けてるみたいだから、見ればすぐ分かるかもね」
結奈の言葉通り、例の転入生の姿は一目で分かった。まだ学院の雰囲気に慣れず、緊張しているように見受けられる。
「おはよう」
軽く挨拶をし、直哉は自己紹介をする。
「パイロットの和泉直哉だ。よろしくな」
「同じくパイロット科の和泉結奈。よろしくね」
人見知り、といわけではないようで、転入生は丁寧に返してきた。
「ヴェロニカ・シュルツです。よろしくお願いします」
ヴェロニカ美少女と言って差し支えない容姿だ。
純粋そうな、それこそ女の子らしい雰囲気を醸し出している。
「そう硬くならなくていいって。これから一緒にこの学院に通うんだからな」
そんな直哉を微笑ましげに結奈が見ていた。去年の夏頃の彼なら、こんなことは言わなかっただろう。
「ありがとう。じゃあお言葉に甘えて……よろしくね、直哉くん、結奈さん」
二人に向かって笑顔を見せるヴェロニカ。今度は直哉が照れくさそうにするが、ヴェロニカとの話を進めていく。
「ヴェロニカは、ここに来る前はどうしてたんだ?」
その問いに、ヴェロニカがほんの少しだけ俯く。
「実は私、身体を壊してずっと入院してたの。退院したのはつい最近」
少しばつが悪そうな顔をする直哉。
「あ、ごめんなさい。そんな気にしないで!」
そう気にされると、ヴェロニカの方が戸惑うらしい。
「でも私が自由になると、それっきり家族と連絡が取れなくなって。パイロットをしてるってのは聞いてたから、ここに来れば何か手掛かりがあるかもしれないって思ったの」
編入のための審査と試験は大変だったけど、と彼女は続けた。
「家族を探して、か。でも、パイロット科の教官にシュルツっていう名字の人はいないな」
「家族って言っても、血が繋がってるわけじゃないの。でも、何年も一緒にいたから」
それ以上、直哉も追及はしない。
実の親がいない者の気持ちはよく分かっているつもりだ。
「パイロット科があるならそこに入りたいって思ったけど、契約者じゃなきゃ駄目って言われてね。だから、強化人間志願者ということでなんとか入れてもらえたの」
本音としては、強化人間になりたいわけではないということらしい。
だが、パートナーがいない状態の彼女を、学院がいつまでも放っておくことはないだろう。
「ヴェロニカさん、一応これだけは言っておくね。気が変わって強化人間になりたいって思っても、よく考えてから決断した方がいいよ。
超能力が使えるようになって、パラミタからも拒絶されなくなるけど、その分の副作用もあるから」
結奈自身は、それを自覚しているようだ。
強化人間の多くは精神的に不安定になり、契約するとパートナーに依存しがちになることを。
「パイロット志望なら、早くパートナーが見つかればいいな。だけど、イコンのパイロットになるってことは、否応なく戦いに身を投じることになるって意味だ。それでもパイロットになろうっていうなら、敵と戦おうという自分の意志を今のうちから固めた方がいいかもしれない」
戦いの中で自分が感じたことをヴェロニカに伝える。
「無人機のゴーストイコンは別として、鏖殺寺院のイコンなんかと戦うなら相手も人間だからな。自分が戦う理由があやふやだと、危険かもしれない。例えば、俺達がこの前戦った相手にグエナってのがいたんだが……確固たる意志を持った、強敵だったよ」
そのとき、ヴェロニカが驚いたように目を見開いた。
「ヴェロニカさん、どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
何事もなかったように、元の顔つきに戻る。
「俺達の仲間には、グエナをこっちに引き込もうとしたヤツだっていたくらいだ。だけど、あの男は最後まで自分の意志を貫いたんだ」
出来ればもっといろいろと話したいところだが、そろそろ時間が厳しくなってきた。
「まあ、まだ色々考えることはあるかもしれないけど……俺達でよければいつでも力になるぜ」
そう言い残して、ヴェロニカと別れた。
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