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The Sacrifice of Roses  第一回 薔薇の誇り

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The Sacrifice of Roses  第一回 薔薇の誇り
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2.

「ふぅ……今日もオッカケには見つからずに済んだようネ」
 タシガンではエメナ・マ’マァクと名乗る、一人のゆる族……キャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)は、祥子に見られていたとも知らず、そう息をついた。
 冬季ろくりんピックの開催のため、今日も奔走するキャンディスは、その活動の一環として、ウゲンの元に訪れていた。(なお、契約者の茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)は、相変わらず百合園で過ごしているのだが、キャンディスの行動には一切関与するつもりはないらしい。)
 とはいえ。
「ウゲン様はただいまお出かけの支度をしております」
「お出かけ!? ミーもたいっっせつな話があるんですヨ!? シャンバラ全体に関わることですから、フラワシについてお話が!」
 ここで追い返されてはたまらないと、キャンディスは多少大げさに騒ぎ立てる。なんたって、大切なろくりんピック(の、年金)がかかっているのだ。必死にならないわけがない。
「フラワシについて?」
 だが、その言葉を耳にして、屋敷の奥から顔をだした人物がいた。偶然通りかかっただけだが、あまりの騒ぎに興味を抱いた音無 終(おとなし・しゅう)だ。その後ろで、銀 静(しろがね・しずか)が、無表情のまま、手にしていた氷砂糖を一粒、口に含んだ。
「そうデス!! ……あ、コレはお土産のちくわチョコですヨ。どうぞ!」
 わずかな突破口からでもねじ込む勢いで、使用人を半ば押しのけ、キャンディスは終に土産のちくわチョコを押しつけた。なかば、箱はひしゃげてしまっていたが。
「…………」
 しまったかな、と終が微かに後悔したときだった。
『いーよ。一緒に来て』
 ウゲンの『声』が不意に玄関ホールへと響いた。
「……わかりました」
 終が頷き、踵を返す。静もそれについていく。「さ、行きますヨ!」鼻息荒く、キャンディスはその後についていった。
(とりあえず、会えれば話が通りやすいですからネ。それにしても、正体がバレなくてよかったですヨ。これも私の変装が完璧なおかげですけどネ)
 ふふん、とキャンディスは得意げだ。……本人がそもそも、たいして記憶に留められていないということは、計算の外である。
 三人を出迎えたウゲンは、お茶の時間だったようだ。コーヒーの良い香りがする。しかし、彼らにカップを勧めるつもりはない様子だ。
「借りている超霊の研究報告を持ってきました。ただ、その前にいくつか質問が……」
 終の言葉を遮るようにして、キャンディスがウゲンの前へと進み出た。
「失礼しますヨ! ミーは、冬季ろくりんピック開催のため、お願いがあります!」
「ろくりんピック?」
「コンジュラーやフラワシの能力は、これまでのクラスや種族ではできなかったタイプのイカサマを競技中に可能する懸念がありますネ。また、イコンの登場は、それを用いた競技の検討も必要になってきているということですヨ。つまり、こういった世界の動きに対応するには、その道の第一人者の協力が不可欠! ……そこで、ミーがお願いにきたわけですネ!」
「……協力、ねぇ」
 ウゲンは半ばぼやくように口にして、肩をすくめた。
「でもそれって、僕にメリットあるの?」
「ろくりんピックが開催されれば、人々の希望として、尊敬されることは請け合いですヨ!」
 一瞬怯みそうにはなったが、キャンディスははったりでそう言い切った。
「……希望かぁ、それはいいなぁ」
 ぷっとウゲンが吹き出し、それから、可笑しそうに声をあげて笑う。
「いいよ。僕にできることなら、協力してあげる。ただ、僕、これから暫く忙しいんだよね。この屋敷も、留守にするつもりだし」
「いえ! お言葉だけでも、充分デス!」
 ついでに、キャンディスへの報酬についても一言もらいたいところだが、まぁここは、一度ひいておくことにする。
 礼を言って、キャンディスは退出した。その足取りは軽いものだった。
「本当に、お遊びが好きですね」
「知ってるでしょ、そんなこと」
 ウゲンは「それで?」と終に対して先ほどの質問について促した。
「レポートは、こちらに」
 終の後ろで、無言のまま氷砂糖を食べ続けていた静が、ウゲンへとレポートを手渡す。しかしその際も、一言も発することはなかった。
「ありがと」
「質問は、二つ。…本気で、今後シパーヒーを使うの?」
 ゴーストイコンが自由になるウゲンが、シパーヒーを徴収したいと正面切って言い出したのは、終にとっては謎だった。単純に薔薇学の生徒と遊びたいのかもしれないが、それ以外の理由もあるのではないか、そう思ったのだ。
「それから、もう一つ。……君ナラカと関係がありますよね? ゴーストイコンを任意に用意するなんてナラカと繋がりがなければ不可能ですし。そのナラカ関連での組織があるんですか?」
 終の勘ではあるが、一人で事を起こすにはゴーストイコン関連の出来事は規模が大きいように思える。なんらかの組織があり、そことウゲンが関連しているというほうが、すっきりするのだ。
 ウゲンはカップを置き、終に視線をやった。
「じゃ、まずイコンのことかな。だって、シパーヒーのほうが、かっこいいじゃない。第一あれ、もともと僕が作ったんだし」
「君が?」
「そ。ゴーストイコンでもいいんだけど、性能そのものが、シパーヒーに若干劣るしね。第一、僕も元イエニチェリだし? 薔薇学のイコン基地も僕がジェイダスに提案して作らせたんだから、使う権利はあるってことだよ」
 頬杖をついて、ウゲンはにこやかに言葉を続ける。
「次は、ナラカのことだっけ? もちろん、一人じゃないよ。ナラカで協力してくれる子を見つけたからね。……でもさぁ、こう見えても結構準備かかってるんだよ、五千年ぐらい」
 五千年前からの計画。そう、こともなげに口にして、ウゲンは目を細めた。
「たくさんオモチャを用意したんだから、いっぱい遊ばせて欲しいだけなんだよ。僕としては、さ」 ナラカの協力者とは誰なのか、そう終が尋ねようとした時、突然背後のドアが開いた。
「ウゲン様♪」
 上機嫌で入ってきたのは、ウゲンに忠誠を誓う道化、横倉 右天(よこくら・うてん)だった。なんだか面白そうなことをするとききつけ、タシガンへとやってきていたのだ。
 その片手に半ば強引に引きずられて、神無月 左天(かんなづき・さてん)が、項垂れていた。
「どうかした?」
「あのね。ウゲン様。さっき、この吸血鬼を拾ったんだけど、一応聞いておくけどボクの物にしてもいい? ほら、タシガンの全てはウゲン様の物なんだし、一応確認をね」
「へぇ」
 ウゲンは微笑み、左天をじっと見やった。銀色の髪に赤い瞳の吸血鬼の、背が高い女性だ。しかし、顔や身体を包帯で多く覆われ、顔の造作まではよくわからない。
「おい!俺はお前のものになった覚えねぇゾ!?」
 左天はそう抵抗するが、右天は聞く耳も持たない。ただ、一言。
「でも、僕に負けちゃったよね?」
「…ちっ、しゃあねぇ…」
 舌打ちをして、左天は腕を組んだ。悔しいが、強い相手に従うのは、彼女のなかでは正しいことだ。
「可愛いね。ペットは気が強いくらいのほうが、躾甲斐があるよ」
「じゃあ、良い?」
「もちろん。好きにするといい」
 ウゲンの言葉に、右天はクスクスと笑った。
「明日も、楽しみだなぁ」
 ……明日は、ウゲンは右天と左天を供に、イコン基地へと向かう予定だった。
 シパーヒーの徴収に行くためである。
 それをどう出迎えるか、ウゲンだけでなく、右天も興奮と期待が隠せない様子だ。
「せっかく招待状が届いてるからね。……君たちは、どうする?」
 ウゲンは終に尋ねる。
「留守番しますよ」
 一応、パイロット科と整備科に席は置いているが、知識習得のためであり、終はあまりイコン操作は得意としていない。
「ナンダ君様がはりきってるから、邪魔しちゃ悪いしね? だいじょーぶだよ♪」
 右天がゆらゆらと身体をくねらせ、ウゲンの周囲で戯けてみせる。その様を、楽しそうにウゲンは見やっていた。
 所詮。彼らが心から欲しいのは、シパーヒーそのものではないのだ。
 混乱と、絶望というショーだった。