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ハロー、シボラ!(第1回/全3回)

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ハロー、シボラ!(第1回/全3回)

リアクション


chapter.1 準備 


 国境を越え、シボラへ入ってすぐのところに、その遺跡はあった。象牙色の柱にところどころひび割れや変色があることからも、それが相応の年を重ねてきたものであることが分かる。
 彼らがここを最初の冒険の地に選んだのは、もちろんそれ以上シボラへ入り込むことを臆したからではない。ここが、現在判明している中で最も財宝の匂いがしたからだ。太陽が昇りきった頃、一行は遺跡前へ着いていた。
「準備はいいね、みんな?」
 メジャー・ジョーンズ教授が100名近い同行者たちに確認を取ると、間を置かずに大きな声で生徒たちは応えた。それを受け止めた彼は目の前の遺跡へと足を踏み入れようとする。が、生徒たちの中のひとり、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)がそれを呼び止めた。
「ちょっと待ってください、教授!」
「……ん?」
 後ろから聞こえた声にメジャーが振り返ると、フレデリカがつかつかと歩み寄ってくるのが見えた。メジャーの前まで近づくと彼女は、腰に手を当て、メジャーの顔を見上げて言った。
「そんな無鉄砲に、無計画に飛び込むのは賛成できません!」
 その大きな声は周囲の者たちの耳にも届き、一瞬空気を固まらせた。これから遺跡へ突入しようという時に、まさか同行者の中からそれを諌める言葉が出るとは思わなかったのだろう。メジャー本人も、目を丸くさせている。
「お、おいおい、君たちは遺跡を探検したくてここまで来たんじゃ……」
 言いかけたところに、メジャーから依頼を受けた空賊、キャプテン・ヨサーク(きゃぷてん・よさーく)が口を挟む。
「女の言うことにいちいち耳傾けてたらキリねえぞ、あ? こんなとこでもたもたしてたら、あっという間に追いかけてきた空賊にお宝奪われちまうだろうが。そうなんねえうちにとっとと行くぞ」
 フレデリカを無視し、入口へとメジャーの背中を押すヨサーク。が、彼のその言葉と行動はより一層、フレデリカの怒りを買った。
「ヨサークさん、あなた、一応空賊団の上に立つ立場でしょ!? 万が一、船員が危険な目にでも遭ったらどうするつもりなの!?」
「あぁ? おい赤チビ、さっきから聞いてりゃ言いてえこと言いやがって。俺のとこの船員がそんなに脆いわけねえだろうが! 毎日野菜食ってんだぞ!」
 ヨサークも負けじと言い返す。フレデリカはさらに反論しようとするが、その口が開かれる前に、メジャーが先に言葉を口にした。
「まあまあ、落ち着こうじゃないか。危険な目に遭うかもしれないっていうのは、きっと皆承知の上でここに集まっているんだよ。むしろ少しくらい危険な方が、ドキドキするだろう?」
 この先生、何も分かってない。少年のようなメジャーの物言いに、フレデリカはとうとう堪忍袋の緒が切れた。
「ちょっとあなたたち……! 冒険をなめてるんじゃない!? いい? 冒険っていうのは、事前にあらゆる事態を想定して、綿密な計画を練って、できるだけ危険を避けるようにしなくちゃいけないのよ? それなのに危険がいいだの早く行こうだの、あまつさえ野菜食べてるから大丈夫とか、何考えてるの!? 教授も教授です、生徒に教える立場のあなたがそんなことでどうするんですか!」
 まくし立てるように言うと、フレデリカはハアハアと興奮のあまり息を荒くした。それを見てすっかり困り顔のメジャーと、額に青筋を浮かべているヨサーク。あわや一色触発という事態を収めるべく、ここでフレデリカのパートナーであるルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)が進み出た。
「ご、ごめんなさい。この子も喧嘩がしたくてこんなことを言っているわけでは……」
「あぁ? どう見たって喧嘩腰だろうがこらあ!」
「フリッカはきっと、無闇に危険に飛び込んでもし命に関わるようなことになった時、あなた方を大切に思っている人が悲しむことにならないよう心配しているだけなんです。どうか、それを分かってあげて頂けませんか?」
 ヨサークとの衝突を避けるべく、仲介に入ったルイーザは丁寧に頭を下げた。それを目の当たりにして、さすがのヨサークもそれ以上怒鳴ることは出来ない。
「君は、優しい子なんだね」
 おそらくフレデリカの意図に気付いていたメジャーが、目を細めて言う。
「生徒たちの命を危険に晒すようなことはしないつもりだよ。そう、たとえ僕が代わりに危険な目に遭ったとしてもね。大丈夫、なんたって僕ほどの危険好きなら、危険ごとだって僕を選んでくれるに決まってるさ」
 どん、と胸を叩くメジャーに、フレデリカは軽く頬を膨らましたまま無言でいた。
「ほら、フリッカも謝って!」
 ルイーダに促され、渋々といった感じで彼女は口を開いた。
「教授も、危ないことに首つっこんでばかりじゃダメですからね。秘宝伝説が悲報伝説になっても知らないですからっ」
 ぷい、とそっぽを向くフレデリカ。その横ではルイーダが「この子の中では、これでも謝っている方なので許してもらえませんか」とフォローを入れていた。もっとも、彼女のフォローはそれほどいらなかったのかもしれない。なぜなら、フレデリカはシボラの密林で狩られたという狩猟採取民を従者として連れてきていたからだった。
「少しでも道案内する人がいれば、無計画よりマシでしょ」
 まだ若干拗ねてはいるものの、その態度はやや柔らかくなっていた。ついでとばかりに、フレデリカは食料をどさりと彼らの目の前に置いた。これが、彼女の言うところの準備なのであろう。ただ、ひとつ誤算もあった。
「……ここ、どこ?」
 そう声を発したのは、他でもない従者だったのだ。そう、シボラの密林に生息していたというこの従者は、自身が住んでいた地域付近ならある程度案内も出来たが、彼にとってこの遺跡周辺はナビの範囲外であった。口を開け、唖然とするフレデリカ。が、メジャーはそれを見てげらげらと笑う。
「ははははは! 大丈夫大丈夫、未開の地である以上、情報は自分たちで集めるという決意は出来てるよ! 分からないことは多い方が、ドキドキするだろう?」
 まったく意に介さず、再度準備の確認をするメジャー。そこに話しかけてきたのは、伏見 明子(ふしみ・めいこ)だった。
「教授教授、探検の準備は出来てても、人数調整とかの準備がまだじゃない?」
「人数調整?」
「ほら、進みたい道とかやりたいこととかが被りすぎてて大渋滞、なんてことになったらせっかくの探検が台無しになるからね。必要なとこに必要なだけ人がいくように調整することも、準備に入ると思うのよね!」
「確かに、野営や追っ手の相手、秘宝探しとやらなければならないことはたくさんあるからね」
 メジャーが明子の提案に納得し、今一度生徒たちのリストアップを行おうとする。と、明子が彼の持っていた紙を取り、明るい声で言った。
「こういうことは私に任せて、教授!」
 勢いに圧倒され、首を縦に振ったメジャーを尻目に、明子は機敏な動きで人数を確認し直した。その行動は生徒として模範的なものにも見える一方、何か裏がありそうにも見えた。それをいち早く察したのは、彼女のパートナー、九條 静佳(くじょう・しずか)である。
「えーと、明子? 気合い入ってるのはいいけど、もうちょっと落ち着いてもいいんじゃない?」
「何言ってんの、こんなチャンスそうそうないのよ? パラ実に真っ当な雇用をもたらす絶好の機会なんだから!」
「……う、うん分かった。そこまで力説しなくても事情は分かったから。僕も手伝うから」
 やる気に満ちている明子に少し戸惑いながらも、静佳は明子から出来上がった名簿を受け取る。彼女のセリフから察するに、どうやら明子は、これを機会に空京大学が探検ごとにパラ実の生徒を使ってくれることを期待しているようだった。
「えーと、あなたは空賊だから野営とかそういうのは慣れてそうよね。よろしく!」
 生徒たちの間を抜け、ヨサークの前まで来た明子は彼にそう告げた。キビキビと動くことでメジャー教授に貢献し、さらに無法者の空賊に対し先手を打って流れを相手のものにさせないという目的もあったのだろう。が、ヨサークにとって女性に指図されることは、耐え難い事態であった。
「おい待て糞メス。何勝手に俺に指図してんだ? 委員長か、あぁ?」
 鉈を肩に担ぎ、睨むように見下ろしてヨサークが言った。しかし明子は萎縮するどころか、堂々と立ち向かった。
「あ? 何? 何なら今から犬小屋にでも放り込んで教育し直してあげよっか?」
「……明子!」
 静佳が慌てて駆け寄る。その手は、脇に差した刀に触れていた。もしいざこざが起きるようなら、それを使おうという心積もりである。
「上等だ、やんのかこらあ!」
 ヨサークが構えを変えたその時だった。ちょんちょん、と彼の背中を、誰かが指でつついた。
「あぁ!? 今度は誰だ?」
 ばっと振り向くヨサーク。そこにいたのは、桐生 円(きりゅう・まどか)と彼女のパートナーたち、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)だった。
「こんにちは、ヨサークくん。お久しぶりだね。憶えてるかな?」
「ヨサークちゃん元気にしてたー?」
 穏やかな笑顔の円と、明るい声色のミネルバが挨拶をする。
「ん? おめえらどっかで……」
 ヨサークは記憶を辿った。そして彼は、様々な空賊たちと戦った一年前の出来事を頭に浮かべた。同時に、目の前の女生徒が自分の恥ずかしい写真を持っていたことも。ヨサークの頭の中を見透かしたように、オリヴィアがそっと写真を取り出した。ヨサークが下半身裸で、足と足の間に長ねぎを挟んでいる写真を。
「私たちを憶えているわよね? ヨサークさん」
「……ああ。おめえらもしつけえな。わざわざそんなもん持って、こんなとこまで来るとはよ」
「しつこいだなんて失礼だなあヨサークくん。でもね、気にしないであげるよ。だって今日は、とーっても楽しいお話をしに来たんだから。さ、ちょっと内緒のお話しよっか?」
 円たちに引っ張られるように、ヨサークはその場を後にした。残された明子はハテナを浮かべていたが、自分も風格が出てきたのかな、と気楽に考えることにした。



「……話ってなんだ」
 生徒たちから少し距離を開けると、ヨサークは声を低くして聞いた。
「うん、あのね、聞いてよ! 今回、面白い仕掛けしてきたんだ。ヨサークくんきっと、すごく有名人になれるよ。やったね!」
「……あ?」
 意味が分からず、続きを促すヨサーク。そんな彼に円は、喜々として自らの「仕掛け」について話し出した。
「この写真だけどさ、実はボクのパソコンにもう取り込んでるんだよね。それで、すっごく大きい画像投稿サイトも見つけたんだ」
 そこまで聞くとヨサークは、背中にぞわっと寒いものを感じた。彼女の言葉が何を示しているか、理解出来ないほど彼は馬鹿ではなかったのだ。
「さすがだねヨサークくん、もう全部分かっちゃったなんて。ねっ、すごく面白いと思わない?」
「要するに、私たちの気分が損なわれたら、ヨサークさんが晴れて全世界の有名人になれるってことよね」
 円とオリヴィアが笑顔で言う。ヨサークは歯ぎしりしつつ、言葉を返す。
「何がしてえんだおめえら……」
「ボクねー、空賊の長って経験したことないからさ。やってみたいんだー。ボクにやらせてくれないかな」
 彼の言葉を待っていたかのように、円がそう答えた。
「……それはダメだ。ヨサーク空賊団は、俺が頭領だからヨサーク空賊団なんだ。それをよりによって女なんかに頭を……」
「あら、それでいいの? ヨサークさん」
 ひらひらと写真を泳がせながら、オリヴィアが言う。横で円は、「ボクはどっちでもいいよ、優しいから選ばせてあげる」と余裕の表情をしている。しかしその視線だけは常にヨサークの手元を注意しており、彼が攻撃をしてこようものならすぐさま反応できるようにしていた。同様にミネルバも、円との間にいつでも割って入れるようスタンバイしている。
「……」
 少しの沈黙の後、ヨサークはすっと右手を後ろに回した。その手が掴んだのは、鉈である。
「おめえらがすぐに耕せるほど弱くねえのは分かる。けど、3対1だろうと、確実に俺はおめえらの中のひとりは耕すぞ」
 ぴりっとした空気が両者の間に流れる中、ヨサークは続ける。
「俺はここに問題を起こしに来たわけじゃねえ。お宝を手に入れに来たんだ」
「ふうん。でもボクは……」
「そうじゃねえ、ってんだろ。けど、おめえと仲良いヤツはこの中にひとりもいねえのか?」
 ヨサークが生徒たちの集まっている方に目を向けて言った。
「もしここでトラブルでも起きて探検が中止にでもなったら、その仲良いヤツはがっかりするんじゃねえのか? せっかく遠くまで来たのに何も出来ず帰るんだからよお。俺だって、何もしねえで手ぶらで帰るなんてまっぴらだ。どっちも損しかしねえだろうが、あ?」
 円にとって親しい人が一行の中にいたのか、それをヨサークは知らない。言ってみれば、カマをかけたのである。そしてそれは、運良く当たっていた。彼女の悪友が、一行の中に何名かいたのだ。また来れるかも分からない遺跡を探検する楽しみ。円は自分と親しい者がそれを味わえなくなることを思うと、確かに良い気はしなかった。自分たち3人の中の誰かがやられ、かつ悪友の楽しみを奪うことのデメリット。それを考えた時、円はヨサークをゆすることで得るメリットよりもとりあえずそちらに重きを置くべきだと判断した。
「考えたね、ヨサークくん」
「頭領はさせねえが、とりあえずこの場は大人しくおめえらの言うことを聞いといてやる。本来なら女の言うことなんて死んでも聞かねえ俺がここまで譲ってやってんだ。充分だろうが」
 そう不機嫌そうに吐くと、ヨサークは踵を返し、生徒たちの群れの中へ戻っていった。
「おいクソ委員長。今回は俺が野営周りを任されてやる。他にも何人か人手を用意しとけよ!」
 その中にいた明子にそれだけを告げ、ヨサークは遺跡入口へと進んだ。
「ちゃんと人員足りてるって。理屈があんまり通じない相手は大変ねーほんと」
 作成されたリストをしまいながら、明子がヨサークにまでは届かないくらいの声で呟いた。

「さて、なんだかんだで少し時間がかかってしまったけれど、今度こそ準備はいいかい?」
 遺跡入口に集合した生徒たちに、メジャーが問いかける。その足は既に半分遺跡の中に入っていて、早く中へ行きたくて仕方ないといった様子だ。そして誰からも待ったの声がかからなかったことに一層顔を明るくすると、大きな声で宣言をした。
「ではこれから、遺跡内に入り秘宝探しを開始する!」