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The Sacrifice of Roses 第三回 星を散らす者

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The Sacrifice of Roses 第三回 星を散らす者

リアクション

5.


 その頃、外の戦闘もまた、より激しさを増しつつあった。
 その戦場を走り抜ける、一台のバイクと、一頭の馬の姿。
「ブォーー、ブォンブォンッ!!!(どきやがれぇ!!)」
 ハーリー・デビットソン(はーりー・でびっとそん)のエンジン音が高く鳴り響く。その背中に、必死にレモはしがみついていた(変熊 仮面(へんくま・かめん)は、たなびくマントにご満悦のようだ)。
 しかし、そんな彼らに、死者たちは猛然と襲いかかる。それを撃退したのは、リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)だった。
「ヴィーの頼みですから。ここは、オレが必ず守ります」
 ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)から、周辺の警備をリュースは頼まれていた。
 喩え相手がなんであろうと、薔薇の学舎生徒の邪魔はさせない。その決意の元に、リュースは両手に武器をかまえた。
「申し訳ありませんが、儀式の邪魔はさせません」
 蠢く闇にそう告げると、リュースの手が鋭く閃いた。我は射す光の閃刃。その鋭く輝く光刃が、レモに群がる死者を一閃する。
 だが、これで終わりではない。気を抜かず、リュースは再び身構えた。

「カルマ……ダメだよ、カルマ……!」
 レモは苦しげに顔をしかめ、そう呟き続けている。
 リュースの護衛でもって、最短距離を走り抜けた彼らは、ついに洞窟入り口まで辿り着いた。ハーリーとは、ここで別れることとなる。
「ドルンドルンドルン(気をつけていけよ)」
 ハーリーが彼らを見送る。しかし、その間にも、死者たちはしつこくレモたちを追尾しようとしていた。
「こうなったら……こうだぜ!」
 朝霧 栞(あさぎり・しおり)が、全魔力を集中させる。雪と氷が風とともに轟音をたてて巻き起こり、その後には、巨大な氷壁が入り口を塞いでいた。
 ……そういつまでも持つとは思えないが、少しでも進行を遅らせることはできるだろう。
「もっとも、もうこの先には進ませないけど!」
 栞はそう告げると、残りわずかな魔力を振り絞り、再び戦場へと振り向いた。



 ブルタはシリウスの心をかまえた。
 レモが近づいていることは、すでに知っている。しかし、彼の存在がどうこの場を動かすのか、それはまだわからないことだ。
 不安げな視線を感じ、ブルタは内心で低く笑う。
 殺そうなどとは、考えていない。ジェイダスはまだまだ、ブルタにとっても必要な存在だ。
 あえて懸念するとすれば、ラドゥと共謀し、偽装死を狙うのではないか……ということくらいだが。そのメリットもないだろう。
「……さぁ」
 ジェイダスが、ブルタを見据える。
 その心臓に狙いを定め、ブルタはシリウスの心を振るった。しかし、直前で狙いを変え、その刃はジェイダスの頬を深く切り裂く。致命傷は決して与えまい。死なれては、困る。
 涙のように、赤い血が頬から首筋までを濡らす様を、ブルタは見つめていた。やはり、思った通りだ。傷ですら、ジェイダスにとっては美しさに入る。
 己の作品を賞賛するように、ブルタは魔鎧の身体を軋ませて笑った。
「次は、……ルドルフ、君だね」
 ブルタは一歩下がると、ルドルフへとシリウスの心を手渡した。
「…………」
 ルドルフは暫し無言のまま、じっと刀身を見つめ、それから、ジェイダスへと向き合う。
「ルドルフ……」
 ジェイダスとルドルフの間に、言葉のない会話が交わされていた。
 すでにその衣は、最初からそうであったかのように、深紅に染まりつつあった。
 銅鑼の音が、より大きくなる。
 装置の鼓動。
 幽鬼の慟哭。
 混ざり合った不協和音が、洞窟の中に響き渡り、こだまし、唸る。
「……!」
 ついに覚悟を決めたルドルフが、白刃を振りかざした。その時だった。
 足元の水晶から、赤い光が迸り、ジェイダスを自らその手に捕らえる。より多くの血を。より多くの痛みを。さらにそこから奪おうとするかのように。
「ぐ……っ!!」
「ジェイダス!!!」
 苦悶の声を初めてあげたジェイダスに、耐えきれずにラドゥがその名を叫んだ。
 ジェイダスに絡みつくその赤い光は、まるで、……ウゲンの瞳のようで。
「校長先生ーーーっ!!」
 陽がレイチェルの腕をふりほどき、ジェイダスに駆け寄ろうとする。しかし、無惨にもはじき飛ばされてしまった。今、その場にいるのは、ジェイダスとルドルフだけだ。犠牲と、シリウスの心を持った者。それ以外は近寄ることすらできない。
 そして、ルドルフの腕にもその光は絡みつき、ジェイダスを狙えと無理矢理に誘導する。
「く……っ!」
 ルドルフはそれに抗い、唇を強く噛んだ。しかし。
「やめてーーーーーっ!!!!」
 息を弾ませ、転がるようにして、レモが儀式の場に現れた。
 その姿に、生徒たちは息を飲む。
 レモは、彼自身が発光しているかのように、薄青い光を身に纏っていた。そして、目を閉じ、意識を集中させる。
「あ……」
 青い光が洞窟内を満たし、わき出していた幽鬼たちがその姿を消していく。一時的に、レモがそのゲートを塞いだのだ。
「カルマ……しっかりして。僕が来たよ」
 水晶柱にそう語りかけ、レモはよろよろとそこに近づいた。彼自身、今の行動で、多くのエネルギーを使ってしまったのは確かだった。
 それでも、なにかに導かれるように、彼はジェイダスに近づく。
 赤い光は、レモの身体に触れた途端に、中和するようにその力を失った。
「カルマは、ウゲンの呪いから逃れられないでいるんだ。でも、……僕は、違う。色んな人が、色んな想いを、僕に教えてくれたから……。僕は、ウゲンじゃない。僕は、……『僕』になれたんだ」
 苦しげにレモは呟き、そして、「あの、花束を」とルドルフに乞うた。
「沢山の想いが、ここにある。それを、カルマにも教えてあげて……ウゲンの鎖を、解いて」
「わかった」
 ルドルフはそう答え、黎が携えてきた花束を、レモへと手渡す。
 その瞬間に、薔薇の花束は虹色の輝きを放ち、洞窟内を柔らかに照らし出した。それは全て、生徒達の『想い』だ。
「――貴方にはまだ、生きる義務がある。そしてカルマ、これを、受け取って!」
 レモはそう言うと、花束を手に、傷ついたジェイダスを抱きしめる。

 光の洪水が、溢れ出す。
 全ての色が混じり合い、真っ白に塗りつぶされ、そして。

「校長……!」
 あまりの眩しさに誰もが目を瞑り、それでも必死に、手をかざし、その先にあるものに目をこらした。
 光はそのまま、天上へも、そしておそらくは地下までも。間にある物体などものともせずに貫き、巨大な光の柱となる。
「なに……?」
 死者たちとの戦いを続けていた人々も、その光に、驚きの声をあげた。
 やがて光は四方へとその輝きを広げ、満たしていく。死者たちの姿を、影もなく浄化しながら。
「すごい……」
 高島 真理(たかしま・まり)が、その光景に驚きの言葉をもらした。


 ――いつしか、光はおさまり、静けさが戻ってくる。

「どうなったんだ……?」
 ルドルフはジェイダスを探し、ようやくその姿を目の前に見つける。だが、すぐにはそうとはわからなかった。なぜならば。
 そこに倒れていたのは、まだ幼い少年が二人、いるだけだったのだ。
「レモ、と……まさか……?」
「ジェイダス!?」
 パートナーとして、見間違えることは無い。だが、ラドゥも驚きにすぐには言葉がないようだった。
「応急手当を!」
 とりあえず正気になると、ルドルフは大声でそう呼ばわり、二人の安否を確認する。
「息はある! 大丈夫だ!」
 わぁっと、歓声が誰とも無くあがった。
 その背後で、カルマは薄青い光を放ちながら、静かに佇んでいた。

「装置は動いた、かつ、ジェイダスは生きている……ということのようですわね」
 ステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)の呟きに、ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)が軋んだ声で答える。
「問題はこれからとはいえ、ひとまずはジェイダスが生きていたことを、喜ばないとね」
「ええ、そうですわね」
 それに、あのレモ少年の力は、興味深いものだ。
(ウゲンの鎖……真に解くことなど、できるのでしょうか? 創られた、あなたに)
 目を閉じたまま、ほんの微かに、ステンノーラは口元を笑みに歪めた。