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リアクション
第ニ章 新団長決定戦運営事務所
「いてて……くそ、いきなり殴りかかるなんて調子乗ってんじゃねーぞ」
少し腫れた頬を抑えながら、吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)は大通りを歩いていた。
「根性のねぇ奴らだぜ」
原因は喧嘩だ。殴りかかってきた奴は、見事なボディブローと追い討ちのブレーンバスターで地面とキスさせてやったが、どうにも腹の虫が治まらないのは喧嘩が原因ではないからだった。
「ヘッドが帰るまで族を守るのも舎弟の勤めじゃねぇのかよ。それが、あんな糞みてぇな目をしやがって」
新団長候補に選ばれたのは、たったの二人だ。そして、どちらも脱バージェスを掲げている。バージェスの行方はわからないが、あいつらのボスはあの蜥蜴の大将だったはずだ。
恐竜騎士団の連中は粗野で野蛮で頭の悪い馬鹿ばっかりだが、しかしだからこそ上下の関係というのは強くて堅い。どんな馬鹿でも、自分より強い奴が一言声をかけてくればすぐに従う。
そんな強固な上下関係は、ただの恐怖政治じゃ作れない。奴らは、憧れなり尊敬なりの感情を持って上を見ているのだ。
だから、恩義を忘れて脱バージェスなんて言っている二人よりも、バージェスが帰ってくるまでちゃんと騎士団を守ると考える奴が一人ぐらい居ても悪く無い。
まぁ、最初はただの悪乗りだったわけだが、恐竜騎士団の奴らにはっぱをかけてもう少し混戦にしてやろうと声をかけて回ってみても、どいつもこいつも消極的過ぎる。
「ちくしょー、面白くねぇ」
路傍の石を蹴飛ばしてみるが、それで心が晴れるわけがない。
どうして自分が苛立ちを感じているのか、竜司にもよくわからない。別に、恐竜騎士団なんて居ても居なくても構わないのだ。感情移入するほどの思い入れなんて全然無い。
「もっと男らしいところ、見せろってんだよ」
キマクで借りた小さい建物が、恐竜騎士団新団長決定戦の運営事務所となっていた。
大々的なお祭りのはずなのだが、ほとんどの恐竜騎士団はラミナかソーのどちらかの派閥に寄っているため、ここに詰める関係者はごくごく僅かだ。それよりも、外部の雇われた人間の方が多かったりする。
七瀬 歩(ななせ・あゆむ)もそんな一人で、風紀委員の紹介という形で今はここで簡単なお手伝いをしている。事務仕事だったりお茶をいれたり、と誰でもできる事のはずなのだが、それすらも回らないこの場所では結構大事に扱われていたりする。
「もどったよー!」
扉が壊れるんじゃないかって勢いで、ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)が飛び込んでくる。その後ろには、ここの所長みたいな扱いのコランダムと、桐生 円(きりゅう・まどか)とオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)の姿もあった。
「はーい。今お茶を用意するねー」
「おっと、その前にアレ中に入れるの手伝ってくれ」
コランダムが外にある大きな風呂敷を指差す。人二人分ぐらい包んでいそうだが、中身は中古のパソコンや中古のカメラや、個人用の通信機なんかだ。
「精密機器なんだから、もっと大事に扱うべきとは言ったのだけどね」
呆れながら言うオリヴィア。
この機材は、新団長決定戦をリアルタイムで見れるように用意したものだ。場所はここキマクや他の民族に被害が及ばないよう、何も無い荒野の一角を既に用意してあるが、観戦する席まで用意はできない。そのため、通信装置その他を用いて、リアルウェブ配信をしようという事になったのだ。
恐竜騎士団が大荒野を出るのは難しいのだが、歩の名前を借りて、中古ではあるが数を揃える事はできた。広場に設置する大型モニターも注文済みで、近いうちに届くだろう。
「賭けで集めたお金で買ってるなんて言ったら、みんな怒るかもね」
「不正はしていないって証拠になるから、いいじゃないかな」
「まぁ、レートはこちらが決めているし、赤字になって支払いができない。なんて事にはならないから大丈夫よ」
一通り荷物を運びいれ、動作チェックは後回しにして歩の出したお茶で一息いれる。
なんてことない談笑だったが、ふと話題が極光の琥珀と超竜についての事になった。
「極光の琥珀はまだ見つかってないのよね」
「あっちでは鋭意発掘中だが、流石に簡単には見つからないみたいだな」
「どんな竜が出てくるのー?」
「さぁ」
「さぁって、あれだけ必死に探してたのにそれは無いんじゃない?」
「あのおっさんが探せって言ったから探してたって話しだからな、俺はともかくほとんどの奴はそれがどんなもんかってのは興味無かっただろ。ま、すげーもんが出てくるだろうっていう想像ぐらいはしてただろーが」
ミネルバが風紀委員になって、ある程度恐竜騎士団の中に踏み入れられるようになって円やオリヴィアが気付いたのは、バージェスへの依存度の高さだ。コランダムは少し偏屈な性格をしているが、ほとんどはバージェスの言葉に何の疑問も持たず従っている。
そのため、大事な情報も何もかも全てバージェスが一人で握っている。確かに、従順ではあるが、盲目な部下に何かを託すなんてのはちょっと怖くてできやしないだろう。
「俺もどんなもんかは知らないけどな。あのおっさんが強さ以外に興味を持つってのは大概が異常事態だ。ってことは、それなりに意味のあるもんってのは間違いないだろうけどな」
「バージェスさんのこと、よくわかっているんですね」
「付き合いも長いしなぁ」
「やっぱり、この賭けの調整とかもバージェスさんのためなんですか?」
歩の問いかけに、コランダムはうーむと少し間を置いた。
「俺はあのおっさんのために行動した事なんか一度も無いね。けどまぁ、ここは何かと居心地がよかったからな、偉い奴が潰しますとかいうのをわかりましたと請け負うってのも気に食わないだろ? うちらのほとんどの奴は頭がすっかすかだ、誰もできる奴がいねーんならしょーがないだろ」
なんてコランダムは口で言うが、賭けの発案からその準備に至るまで、ほとんど彼が手がけてきた。誰もやる奴がいない、なんて義務感からの仕事でない事ぐらい誰だってわかるというものである。
「ま、そんな感じかね。頭がよくてもロクなことはないな。他の奴らと同じくらい脳みそが筋肉でできてりゃ、気楽に楽しくやってられたんだろうけどな」
ほんの少し休憩を挟んで、さっそく機材の点検が始まった。
コランダムはこういうものにはとんと弱いので、歩や円やオリヴィアが担当する。ミネルバは最初の一つ目をさっそく壊したので、すぐに追い出された。
大体の機材はそのままでも仕えることが確認できた頃に、事務所に来客があった。
騎沙良 詩穂(きさら・しほ)だ。
機材のチェック作業をする人の邪魔になるから、と詩穂は奥の部屋に案内された。応接間なんて気の利いた場所ではなく、家具も何も無かった。借り物の急場の運営事務所とは詩穂も知っていたが、ここまで何も無いとは少し驚きである。
あと、何故か恐竜騎士団の人間には見えないミネルバが「護衛するー!」とついて来た。暇だったのだろう、たぶん。
「考えてくれた?」
単刀直入に、詩穂はそう尋ねた。以前打診した、コランダム自身の候補参加の返答を貰いにきたのだ。
「以前も言ったけど、荒野に不穏な空気が流れてるの。本当は、コランダムさんが隠しているバージェスが出てくるのが一番だけど、それができないのなら、あなたが代理としてでも出るべきよ、絶対」
恐竜騎士団そのものは、統率もそこまで乱れずになんとかなっている。これから行われる決定戦の準備で忙しいだけだが、そうする事で暴走を防いでいるのだ。
だが、この状況は言わば支配者の力が弱まっている状態、彼らに対していい感情を持っていない人たちには絶好のチャンスだ。実際、小競り合いのような戦闘はちょくちょく起っている。
「前にも言ったろ、別に俺は団長になるのなんかに興味はないって」
「だったら、バージェスを隠すのをやめなさいよ。それで、とりあえずは大人しくなるんだから、そっちもこっちも」
「だーかーらー、別に俺は隠して無いっての。そもそも、いい歳したおっさんがどこ行ったかなんて、普通気にするもんでもないだろ」
「あんた達の団長でしょうが! ただ出かけてるなら、次の団長を決めるなんてやらないでしょ。何か理由がなきゃ、こんなことしないでしょ」
「それはだなぁ、あのおっさんが勝手に居なくなるから面倒ごとになってるだけで」
「もうその話は聞き飽きたわよ。何か隠してるんなら、本当の事を言いいなさい」
コランダムの顔には、めんどくせー、という文字がはっきりと浮かんでいる。
この会話は見ての通り初めてではない。しかし、適当にやる気ない返事をするだけで、コランダムは一切動こうとはしない。
エリュシオンに切り捨てられるかもしれないという危機に瀕しているというのに、ここでお金の計算だけやっていようと言うのは危機感が無さ過ぎる。
この男が、バージェスの行方を知らないなんてのは嘘だ。何か隠しているのは間違いない。だが、この地で自由にやってきたバージェスが、今更身を隠す理由なんてわからない。それこそ、本人が言う絶対強者なのだから、誰の目も意見も無視してればいいのだ。
「ねぇ、あなたは何か知らないの?」
ふと思って、護衛にきたミネルバに話しを振ってみた。
「えーと」
ミネルバはちらちらとコランダムの顔を見たり、そわそわとしている。この子、嘘とかあまり得意ではないかもしれない!
「隠し事するのはいけないよ。バージェスは今、どこで何をしているのかな?」
困っている。どう見ても困っている。
このまま畳み掛けてボロを出させてしまおうとしたが、コランダムが一歩先にミネルバを追い出してしまった。だが、とりあえず今の反応でコランダムを含む何人かは、バージェスの行方は知っているというのがわかった。
「ったく、そんなにあのおっさんの事が知りたいのか。実は爬虫類とか大好きなのか?」
「そんなわけあるわけないじゃない!」
「冗談はともかく、仮に俺が立候補するとなると、誰が賭けやら運営やらをするんだ? ここに居る奴はほとんど俺の息がかかった奴らだ、不正が起るかもしれないぜ」
「貴方たちから不正なんて言葉が聞けるなんて思わなかったよ」
「そうかい? ま、そんなわけで俺は立場上、あの祭りには参加できない。する気もない。俺には舞台役者も、指揮官も向いちゃいねぇのよ」
「じゃあ、せめてバージェスの居場所ぐらい言いなさいよ。それで引き下がってあげるから」
「あんなおっさんの何処がいいんだか……年寄りだし顔なんかトカゲだぞ?」
「だから違うって言ってるでしょ!」
「うーむ、やれやれ、教えないとここからテコでも動かないって顔してるな」
「当然よ」
「……仕方ないか。ま、教えてやったら静かになるってんなら、教えてやってもいいぞ」
「ほんと?」
「こっちも忙しいからな、あんたの相手ばかりはしてられないさ。居場所は教えてやるが、何してるかは本人に聞いてみるんだな、それでいいだろう?」
「もし嘘だったら大変な事になるからね」
「わぁったっての」
バージェスの居場所をコランダムが言うと、詩穂は意外とでもいいたい顔をした。
「ほんとなの?」
「嘘言ったら大変なんだろ。ま、確かめてくるといいさ」
「……わかった。行ってくる」
礼も言わずに飛び出していく詩穂が見えなくなって、コランダムはため息をついた。
一体あのトカゲのおっさんのどこがいいのだろうか。顔なんてカサカサで、目つきだって悪い。人を惹き付ける魅力なんて無いおっさんだっていうのに。
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