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リアクション
第九章 野望と意地と
恐竜騎士団の新団長を決めるのに、複雑なルールは無い。
部下を何人引き連れても構わないし、どんな武器を持ち込んでも構わない。恐竜や、イコンの利用も自由だ。敗者の決定方法も単純で、誰かに倒されるか、決められた範囲から逃走した場合敗北とみなされる。相手を押し出してしまう、ということも可能だ。
そうして、候補に名前があがった面子のうち、最後の一人が決まるまで戦い続ける。期限は新しい団長が決定するまで、一瞬で終わるかもしれないし、何日にもまたがる戦いになるかもしれない。
戦って戦って、最後まで勝ち続けた奴が団長になる。
このルールの肝は、部下はいくらでも利用してよく、部下そのものには敗北条件が無いという事だ。試合の間は候補は指定された地区から出ていく事はできないが、部下ならば自由に出入りできる。食料を補充したり、相手の背後に回ったりといった行動も、部下ならば許されるという事だ。
既に多くの部下を従えているラミナやソーが、圧倒的に有利なのである。だからこそ、これといって目立った活躍の無かったリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が団長候補に名乗りをあげ、それが受理されたのだと考えた。
所有する戦力の少ない、後発の団長候補は単純な力押しで勝利するのは難しい。どうしても、大将狙いをする必要がある。リカインの各候補への挨拶周りは、単に挨拶するだけではなく、敵がどんな人物かをちゃんと覚える意味もあった。写真しか知らなければ、影武者に騙されるなんて事があるかもしれない。
ラミナにも軽く挨拶を済ませて、シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)はソーのところにもやってきた。ラミナは騎士団の内部では少し変わった人が、ごくごく常識的な人間だった。
一方、ソーはなんというか、会話すらも危うい感じの人だった。
ほとんど本人が言葉を口することはなく、通訳なのか駿河 北斗が会話を引き受けていた。他の騎士団も、ソーとどこか似通った部分がある。ラミナの方は、比較的気さくで話しの通る人が多かったが、同じ組織の中でこうも毛色が違う人間が揃うものだろうか。
結局、顔を少し見ただけでここへの挨拶も終わってしまった。
「よくあんなのがいっぱいいて、喧嘩しないものね」
ソーの陣地を離れてしばらくして、シルフィスティは呆れた様子でそう口にした。
「決闘OKだからじゃない?」
「でも、どう考えたってラミナの人たちとソーのところの人は仲良くなんてできないと思うわ」
「仲良くするつもりなんて、最初から無いんじゃない?」
「絶対強者のルールだけで、あんな人たちがちゃんと従うのかな。従ってきたんだろうけど、信じられないわ」
「本当に従えてこれたのかとか、わからない事も多いけどね。あの事件のことだってあるし」
「そうね。今は落ち着いてるみたいだけど、何をするかわらからないってことか。とりあえず、今はどうやって決戦で戦うか考えておきましょ」
今のところ、戦力は二人しかない。ファンのモヒカン集団は、この間恐竜騎士団に蹴散らされたばかりだ。とにかくまずは、手伝ってくれる人を集めるのが先決だろう。
コランダムは、参加したいと口にした風紀委員の連中をろくに改めもせずに候補に名前を記載していっていた。理由はいくつかある、バージェスの件もそうだが、キマクという土地の人間が、この決戦を身内の問題と捉えるようにしたかったというのもあった。
バージェスを失う事がほぼ確定してしまった現在、恐竜騎士団は嫌でも弱体化する。心の支えでもあったし、なにより彼が一番強かったのだ。それを失ってしまえば、騎士団として残っていけるかどうかも怪しいところがある。
騎士団であることに、コランダムは全く未練が無かった。ただ、バージェスの求めた戦うためだけの集団を、瓦解させるのは惜しいかった。ラミナやソーとコランダムの考えのもっとも違っている部分はここで、騎士団でなくても、例えばキマクの傭兵集団であったとしても強者絶対のルールが残るのならばそれでよいと考えていたのだ。
だから、目の前のジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)の立候補もコランダムは簡単に許可した。既にある程度の騎士団の人間を抱きこんでおり、ラミナやソーに続いて三番目の軍団を形成している。
「随分と色々手を打ってたみたいだな。そんなに、団長の椅子は魅力的か?」
「オレはむしろおまえが参加しない方が疑問だ。あの強さを知って、かつ心酔しているのなら、団長を目指すべきだ。違うか?」
凶悪な顔つきのわりに、ジャジラッドという人物は中々に巧妙で狡猾だ。決定戦のルールもそうだが、既に多くの自分の部下を抱えているし、団長になったその後も見据えている。ソーはともかく、ラミナかジャジラッドが新しい団長になるのならば、恐竜騎士団は存続することができるだろう。
それが、バージェスの望む形になるかどうかはわからない。
絶対強者の理論に従い、新しい団長を立てる。コランダムが手を貸すのはそこまでだ。そこから先は、新しい団長が好きにすればいい。
「悪いが俺は、あんな生き方は御免だ。それに、今回はある程度は発言力のある奴が、中立の立場にいないと成立しないだろ?」
「ふん、そういう事にしておいてやる」
全く信用されていなさそうだと、コランダムは内心ため息をつく。
「わたくしから提案があるのですが」
二人のやり取りを黙って見ていたサルガタナス・ドルドフェリオン(さるがたなす・どるどふぇりおん)、会話の切れ目に入り込んでくる。これ以上、ジャジラッドと問答するよりは事務的な話しの方がずっと気楽だ。
「バージェス様が居ない以上、恐竜の補充は大きな問題になりますわ。まだ大事にならない今のうちに、元帝国第七竜騎士団のヴァシリオスを呼び寄せ、恐竜の飼育と繁殖の技術を育てるべきではないでしょうか」
化石からの恐竜の復活ができるのは、現在のところバージェスだけだ。恐竜の補充の問題は、今後どうしても出てくるだろう。ヴァシリオスはドラゴン牧場を営んでおり、彼に手ほどきを受ければ恐竜も同じく繁殖できるかもしれない。
「無理だな」
「来ていただけないのでしたら、せめて研修という形で―――」
「やめとけ、やめとけ。騎士団様はどいつもこいつも、俺達が勝手に潰れてくれんのを心ん中で望んでんだ。潰すために襲ってくることはあっても、力を貸すなんてありない。今のうちに覚えときな、竜騎士団も帝国も味方じゃねーんだ。下手に触れてみろ、痛い思いをすんのは間違いなくこっちだぞ。奴らが手を出せない戦力を保って、用があるなら聞いてやる。そういう態度で接すんのが正解だ」
そこまで言われたら、サルガタナスは引き下がるしかなかった。恐竜の繁殖に関しては、別の手を考える必要がありそうだ。
「力が無ければ、自分達の存在も危うい集団か。面白い」
「そういうこった」
「よかろう。なら、オレが団長になり、より強力な力を得てみせよう。決戦の準備もある、次は会場で会おう」
「ま、せいぜい頑張んな」
「そうだ…………奴に、バージェスに伝えておけ、俺が団長になった暁には、真っ先に決闘を申し込んでやる、とな」
「ちょっとやりすぎてしまったかな」
九條 静佳(くじょう・しずか)が見下ろした先には、恐竜騎士団の一団が地面に伏せていた。つい先ほど、自分達で襲撃した結果なのだが、今更になってかわいそうに思えてきた。
というのも、地上に居る二人と一頭はともかく、こちらはジェットドラゴンによる上空からの爆撃である。手も足もでないまま、鬼一法眼著 六韜(きいちほうげんちょ・りくとう)のサンダーブラストの連撃を打ち込む様は、どちらが悪者だかわかったものではない。
しかも、別にあそこで倒れている一団は、これといって悪い事をしていたわけでもない。
「早い早い、やっぱり空飛ぶ恐竜もちは違いますねー」
静佳がほんのりと罪悪感を感じる一方、六韜は至ってマイペースにSPタブレットをぽりぽりと食べていた。制圧火力担当は、消耗も激しい。どちらかというと、これからが本番なので、今のうちに補給するのは大事だ。
「なんで私がこんな労働をしなければならないんですかー」
愚痴を零しつつも、六韜はこちらに向かってくるプレデターXをしっかりと捕えている。こちらに向かってくるようなら、迎撃する準備は整えていた。
「あとはうまく交渉できるか、だね」
ジェットドラゴンの高度を下げ、地上にいる二人と一頭と合流する。
地上に居るのは、伏見 明子(ふしみ・めいこ)とレヴィ・アガリアレプト(れう゛ぃ・あがりあれぷと)の二人に、以前恐竜騎士団からカツアゲしたブロントサウルスだ。
「きゃー、攻撃受けても気付かないブロントサウルスちゃんったら、かわいいんだから!」
「お楽しみのところ、悪いけど本番だよ」
こちらに向かってきたプレデターXと、ラミナ。それに従う数人の幹部っぽい団員は、いきなり襲い掛かってくるようなことはなかった。
「随分と派手にやってるみたいね。こっちとしちゃ、今は喧嘩をしてあげる暇はないんだけど?」
ラミナが一人前に出て、他の団員は一歩下がっている。四人、といってもレヴィは見ただけで判別するのは難しいだろうから、三人を前にして堂々としたものだ。
「だとさ、どうするよ?」
「力が全てとかほざく相手よ、直球で行くに決まってるじゃない」
レヴィにそう返してから、明子はブロントサウルスの頭の上から飛び降りた。
地上に降りて並んでみると、ラミナの方が結構背が高い。だが、そんなの気にせず挑戦的な笑みを浮かべてみせる。
「別にアンタ達が荒野にいること自体はいいんだけどね。締めるとこさえ締めてくれれば。
ただ、荒野の顔はアンタ達だっていう態度は若干気に入らない。……というわけで、その喧嘩、私も一枚噛ませて貰うわよ」
「風紀委員でもなんでもない、無関係なあんたがかい?」
「パラ実の風紀委員なんて、なりたい時に自分の裁量で勝手になるもんだ。あんた達が独占してる方がおかしいのよ」
「ぷっ、あっはっは、つまりアレか。わざわざ喧嘩すんのを宣言するために、うちの雑用を殴り倒して回ってたってわけかい。あんたらも暇ね」
明子達が潰してきた部隊は、ここで寝そべっている奴らだけではない。過去に数回、同じような事をしてきている。そうでもしなければ、敵のボス格の奴がわざわざ出向いてきたりしないだろう。
「そういう馬鹿っぽい話は嫌いじゃないわ。けどね、さすがに完全な部外者を参加させられないわ」
「逃げようっての?」
「どこにうちらの逃げ場所があるのさ。まぁ、けどこのまま邪魔されて、進行に支障がでるのも御免よ。だから、特別に条件を出してあげるわ」
「条件?」
「もしあなたが優勝できなかったら、あなたの言うパラ実全部が負けたことにするっていうのはどう? つまり、あなたが敗北したら、そのパラ実全員が、恐竜騎士団の傘下、いえ格下の従恐竜騎士団になってもらう。それでもいいなら、いいわよ、特別に参加させてあげても」
これを承諾し、もし負けてしまえば、パラ実が恐竜騎士団に征服される事になる。
さすがに、この条件に対して明子は即答できなかった。恐竜騎士団の内輪の揉め事に介入する代償は、安くは無いと思ったが、ここまでふっかけてくるのは予想外だ。
「別に、即答しなくてもいいわよ。ただ、条件はこれ以外に無い。あんたみたいな奴は好きだからね、できれば潰したくないのよ。わかってね」
行くわよ、と声をかけて部下と共にラミナは去っていった。ラミナの提案に対し、部下は眉一つ動かさなかった。無茶苦茶な条件を提示はしたが、無関係な人間を出してもいいとこの場で言い放った彼女に、部下は表情を変えずに従えるのだ。
「どうするのです? 向こうも本気で言ってるわけではないですよ」
所詮は口約束だ。仮に明子が負けたとして、それで本当にパラ実を手中にできるかといえば、そうではない。脅しをかけてきただけだ、本気にする必要なんてない。
「わかってるわよ、そんなこと」
だが、だからといって気軽に引き受けられるほど、パラ実は軽いかと言われれば、そんな事はないのだ。もしこれを受けるのならば、必勝を掲げる必要がある。行われるのは擬似的なものだが、戦争だ。四人で出て、どうこうできるものではない。
「まだ時間はあるさ、準備をしてみるのも遅くはないよ」
これで結局、騎士団への襲撃を中止させるという彼らの目的は達することができるんだろうな。なんて考えながら、それでも静佳はそう口にはしなかった。
彼らのあり方は、どこか懐かしい者を思い出させる。あまり苛めるのは、少しばかり気分がよろしくない。
「とりあえず、怪我しちまった恐竜達を手当てしてやろうぜ。あと、回収してもらえなかったあいつらも」
レヴィが言い出すまで、みんな忘れていた。
自分達が倒した恐竜騎士団の団員と恐竜を、ラミナ達が放置して帰っていってしまったことに。
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