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リアクション
第七章 恐竜に弓引く者たち
窓の外が茜色に染まる頃合になって、葦原 めい(あしわら・めい)は眠い目をこすりながら、寝室を出た。ここしばらく、昼夜逆転生活を続けているため、少し体がだるい。
「おはようございます」
パソコンとにらみ合いを続けていた八薙 かりん(やなぎ・かりん)が、画面から視線を外して笑みを見せる。
「おはよ……ふわぁぁ」
「何か食べますか? 大したものはありませんが」
「うん」
冷蔵庫一つ無い安宿を拠点にして、二人は恐竜騎士団を追い出すための活動を行っていた。といっても、まともに正面からぶつかれない。こっちは二人、相手は騎士団だ。
「ネットの方はどう?」
「まずまず、と言いたいところですが……。キマクのネット利用者が少ないうえに、もともとあいつらの評判は悪いですから、大きな波を立てるのは難しそうです」
「そっかぁ」
怪文書を立て札に貼り付けたり、ビラを撒いたりとめいも精力的に活動を続けてきたが、民衆が思った以上に腰が重い。熱しやすく冷めやすい彼らがどうしてここまで動きが鈍いのか、それはわかっていた。
いつからか、立て札にこんな一文が張り出された。
『第三者の妨害によって、運営に大きな支障をきたした場合、掛け金の払い戻しはありません』
これだ、これがいけない。
なんとなくノリで金をかけてしまった大半が、自分の金惜しさに恐竜騎士団に行動を起こすのをためらっているのだ。普通なら、賭けが成立しなくなったら払い戻すのがルールのはずだが、さすが恐竜騎士団、横暴極まりない。
「そういえば、こんなホームページ見つけましたよ」
そういってかりんが画面をめいに向ける。そこには、今回のお祭りの専用サイトが表示されていた。当日はリアルタイムで決戦を放送するつもりらしい。
「どんどん、お祭りの体裁が整っているみたいです」
決戦は内紛ではなくお祭りです。そう恐竜騎士団は示しているが、どう考えたってこれは内紛で、組織力が弱まっている証拠だ。叩くなら今を置いて他に無い。
しかし、ネットで彼らの悪評やデマに近い悪行を流しても、以前大虐殺を行ったという過去に比べればインパクトが足りず、ビラを撒いても掛け金が惜しい人のせいで動きは鈍いままだ。決まって、決戦が終わるまでは様子を見よう、と口にする。
「決戦が終わったら、あいつらが弱体化すると思う?」
「難しいところですね。バージェスの不在という危機が原因なら、それをこのお祭りで乗り越えて結束力が高まるかもしれません」
「エリュシオンの人が何かしてくれればいいのに」
「今はあちらも安定しているとは言えませんから、厄介事には極力関わりたくないんでしょう。今下手に動いて失敗すれば、それを口実に自分の立場が危うくなりますから」
エリュシオン帝国にとって、恐竜騎士団は頭痛の種で厄介者だ。しかし、それでも騎士団と呼ばれる程度には、戦力として計上できる存在でもある。帝国がこれを切り捨てたとして、それで彼らが暴徒になって大きな損害でも出せば、紛糾されるのは帝国だ。
適度に手綱を掴んでおかなければならないからこそ、頭痛の種になりえるのである。
彼らがそれを手放すタイミングは、恐らく物理的に恐竜騎士団を壊滅させる準備が整った時だ。だが、彼らを消して利があるとも思えない。結局は、このまま適度な距離を保ったまま放置するつもりにも思える。
「とにかく今は、少しでもあいつらに悪い印象を持ってもらえるようにしとくしかないよね」
「賭けが終われば、みんなも動けるようになるはずです。特に、負けた人は相当な不満を募らせると思います」
「なんかそんな理由ってのもアレだけど……とにかく、あいつらに出ていってもらのが一番だもんね! 今日も頑張って色んなところに貼ってくるよ」
「こちらも、できる限りのことをがんばってみますね」
大きな炎を作るには、燃料はたくさん必要だ。
そのための下準備は、当然大変なものになるのは仕方ない。
いつか大きな炎で恐竜騎士団を追い出すために、今日もめいは夜の街に出るのだった。
百万の部隊を率いて、恐竜騎士団を追い払おうと画策する男が居た。
ゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)は持ち前の強引さと、底抜けの前向きさで次々と野良モヒカンを仲間に引き入れていった。
荒野のモヒカンのほとんどは、恐竜騎士団を敵だと認識している。声をかければ、自然と集まってあっという間にかなりの数になった。両手と両足の指を使ってもまだ足りない、そんな大人数だ。
「まだまだここにはモヒ友が山のようにいる。そいつら全部集めりゃ、トカゲ軍団なんか敵じゃねぇぜ!」
モヒカンがモヒカンを呼び、どんどん大きくなっていった。
百万人にはまだまだ遠いが、それでも相当な数へと成長していく。にっくき恐竜騎士団を追い出すべく、荒野のモヒカンはまさに今ひとつになろうとしていたのだ。
しかし、そんな大事にもなれば、否が応でも恐竜騎士団の目についてしまう。こそこそするより、派手にいきたいのがモヒカンだ。
そうして今日も行われた、恐竜騎士団を追い出すために気合を入れる集会(作戦会議ではない)でついに事件が起った。
「敵襲だぁぁぁ」
「恐竜だぁぁぁ」
「ひぃぃぃぃっ」
ここに集まっているモヒカン軍団は、ゲブーが集めた戦力ほぼ全てだった。そこに、突然、いや必然的に襲撃が行われた。
「くそっ、調子に乗りやがって!」
どちらかというと、人数が増えて調子に乗ったのはゲブーなのだが、誰もそんな事に突っ込みはしない。
小型の恐竜に乗った集団が槍を手に突っ込んでくる、その後ろには、大型の肉食恐竜が三頭頭を並べていた。小型の奴らは二十ぐらいで、数はこちらが数十倍上だったが、誰も立ち向かおうはせずに、みんなして散り散りに逃げ始めた。
「おい、こらっ、てめぇら!」
誰もゲブーの声を聞きやしない。
誰よりも恐竜騎士団に恨みを持つのは彼らは、同時に誰よりも恐竜騎士団の恐ろしさを身に染みてわかっているのである。
逃げ惑うモヒカン軍団に向かって、肉食恐竜の頭のうえに居た奴が何かを発射した。
「あーぅぴぃーじぃー!」
それを見た、モヒカンのうちの誰かが叫ぶ。叫んで注意を促したところで、避けるような障害物も何も無い。大量のモヒカンが爆発に吹っ飛ばされていた。
「兄貴!」
バーバーモヒカン シャンバラ大荒野店(ばーばーもひかん・しゃんばらだいこうやてん)が喪悲漢一番星 スター・ゲブー号をゲブーの目の前で止めた。
「ちっ、かっ飛ばせ!」
アクセルを思いっきり踏んで、急加速でその場から離れる。扉を開けて乗り込むなんて暇はなく、ゲブーはステップに足をかけ開いた窓に手を突っ込んで体を固定する。
いくら小型の恐竜が俊足でも、トラックの速度には追いつけない。
「てめぇら、覚えてろよ。ばーか、ばーか! ひぃっ」
捨て台詞を言ってる最中に、大きな音がしてさすがのゲブーも息を呑んだ。
「なんの音?」
「人間が降ってきやがったぜ。さっきの爆発で吹き飛ばされたんだろうな」
トラックの荷台の上に、アフロ頭の男がクロこげになって倒れていた。ガタガタ揺れるトラックの上で、ゲブーは器用に移動し、荷台の上に移った。爆発に巻き込まれて大事なモヒカンがアフロになってしまっているが、命に別状は全く無い。
「やっぱモヒカンは体の丈夫さが違うぜ」
さすがに恐竜騎士団もトラックは本気で追ってこなかった。ひとまず安堵のため息をついて、ゲブーとバーバーモヒカンは休憩を取った。
「大事なモヒカンをこんなにするなんて、許せねぇ!」
「おうよ、あいつら今度こそ酷い目に合わせてやるぜ!」
二人は何故襲撃されたのか、なんて事を一切考えることなくただただ怒りの炎を滾らせるのだった。なお、爆発に巻き込まれてアフロになってしまった元モヒカンは、バーバーモヒカンの手によって綺麗でカッコイイモヒカンを再び手にいれた事を表記しておく。
恐竜騎士団のモヒカン掃除は、滞りなく終了した。
モヒカンと恐竜騎士団の因縁は深い。なにせ、彼らは事あるごとに恐竜騎士団に嫌がらせを行ってくるのだ。誰かがやられたりなんて事は滅多に無いが、恐竜に落書きしてきたり、遠くから石を投げてきたりしてくるのはしょっちゅうある。
それが一箇所に集まって、そのうえ恐竜騎士団に対抗しようとしている。それはもう、いくらラミナがキマクとの共同路線を表に出していたとしても、潰さない理由が無い。
「ま、こんなとこだよね。モヒカンだけだと」
この、モヒカン掃除作戦に随伴していたユノ・フェティダ(ゆの・ふぇてぃだ)は、蜘蛛の子を散らすように逃げていったモヒカンを見た率直な感想を述べた。
「でもいいの? ほとんど逃がしちゃったけど」
「あの人数を閉じ込めておく施設を用意するのは大変なのだよ。それに、いくら捕まえてもどんどん沸いてくるだろうし、力をつけないよう適度に散らしておくのが一番なのだよ」
同じく随伴しているリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)が言う。
数百人は集まっていた集団を捕まえて管理するのは、確かに大変だ。そんな施設も、余剰人員も恐竜騎士団には無い。
「これで、厄介な集まりはほぼ片付いたことになるんだね」
ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)は、言いながらモヒカン勢力という文字の上に黒いマジックで線を引く。彼女の持つ紙には、今回の祭りの妨害になりそうな集団の名前が並んでおり、そのほとんどに黒い線が敷かれていた。
「でも、本番はここからなのだよ」
この不安定な時期に、恐竜騎士団を潰そうと画策している奴を見つけてくる。リリがコランダムから依頼を受けた仕事だ。最初の予定では、行方不明のバージェスを探すつもりで彼に接触したのだが、
「あんなトカゲのおっさん探しよりも、もっと為になる仕事があるんだが」
と今回の仕事を依頼されたのである。仕事の内容は至って単純、今回の騒動で恐竜騎士団へ反抗の準備を進めている集団は数多いる。それを察知し、恐竜騎士団に報告するというものだ。
その後の作業は彼らの仕事。今回のように、コランダムの部下がこうして敵対勢力を排除する。集まって群れを作られなければ構わないのか、ほとんどはこうして追い散らしておしまいだ。やり過ぎやしないかと、攻める時は手を貸さずにこうして視察もするが、今のところ虐殺のような行為にまで至ったところは無い。
「あとに残ったのは、噂だけの地下勢力と、キマクで怪文書を広めているところだね」
立て札や市内では、何者かがばら撒いた怪文書が簡単に見つかるのだが、それを行っている何者かは今だ闇の中だ。あれがどれほど、キマクの人の心を打つかどうかはわからない。
「目立ってるだけど、誰がやってるかわかんないだもんね。目撃者の一人ぐらい居てもいいのに」
「それだけ、用心深のだろうな。見張りを立てても、いつの間にか立て札に紙を貼られたって話しもあるくらいだ。だが、こういう手を使うという事は自分達が立てるほどの力はまだないのだろう。少し放置しても、問題はないだろうな」
「ならば、今後の目標はこちらか。しかし、ただの噂かもしれないよ」
もう一つは、本当に噂しかまだ拾えていない。この期に恐竜騎士団を追い出そうとしているグループがあり、それは着実に力を溜め込んでいる。という、嘘とも本当ともつかないものだ。
恐竜騎士団に嫌な感情を持つ人の、希望が入り混じった嘘であると言われれば、そう納得できなくもない。
「煙ってのは、火の無いところにはたたないんだよ。ちゃんと調べる前は、噂も可能性の一つ。それに、もし本当にこんなのがあってお祭りを邪魔されたら、最悪報酬がゼロになっちゃうかもしれなんだよ!」
今回の支払いの資金源は、賭けであがる利益が元になる。既に多額の掛け金が集まっている事は、キマクの誰もが知っている事だ。それを、反対勢力が狙わない理由が無い。
賭けの支払いが滞れば、キマクのほぼ全てを敵に回すだろう。今の恐竜騎士団は、そんな事は望んでいない。
「そうだね。噂だったら、噂だったと報告すればいいんだしね」
「そうと決まったのなら、さっそく調査を再開しよう。決戦の日取りもずいぶんと近づいているし、時間はあまり無いのだよ」
キマクに訪れていた行商人の馬車の荷台で、ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)は荒野の風を感じながらのんびりと移動していた。町から町への移動の護衛の代わりに、運んでもらっているのである。
「だいぶ準備も整ってきた感じっすね」
共に馬車の荷台に揺られているシグノー イグゼーベン(しぐのー・いぐぜーべん)が、声を潜めながら言う。
ここのところ、荒野で走り回る恐竜を見ない日は無い。決戦の準備もあるのだろうが、問題が起きないよう警戒もしているのだろう。
「うむ、多くの賛同を得る事ができた。この先のレジスタンスも、同じであればよいな」
「けど、言うことを聞かずにやられちゃったところも多いっす」
恐竜騎士団と戦うためには、まずこちらも人数が必要だ。荒野は多くの人が集まっているが、それぞれ抱える背景は全く違う。必然的に、巨大な勢力にはなりがたい。
それを、歩いて回って説得し、一つの志を持った集団にすること、それがヴァルの目的だった。
「まだ恐竜騎士団と戦うとはっきりと提示しているわけではない、それに納得できない者もいるのは仕方ないことだ」
「追い出したい、滅ぼしたいって人も多いッスからね」
もっとも、戦うための力を集めるヴァルだったが、戦う事が目的ではない。
この大荒野は、いくつもの派閥や勢力が混在し、それぞれが互いを牽制しあう事はあっても、大きな衝突というのは中々発生しない。その中の一つに、恐竜騎士団を落とし込めればそれでいいと考えていた。
恐竜騎士団の立場は不安定だ。ならいっそ、この大荒野のものとして取り込んでしまえるのではないか。この地は、多くの場所から多くの人が寄り集まっている。平穏な土地ではないが、しかし伝え聞くほど混沌としているわけでもない。
ならばそこに、エリュシオンの騎士団の一つが腰を据えていようと、さしたる問題ではないだろう。実際、統治されていた頃からここまで、彼らが原因での大事件というのは聞かない。せいぜい、局地で起った戦ぐらいで、それで荒野がどうなったかと言えば、結局以前とそう変わってはいないのだ。
「最悪なのは、孤立した彼らが暴走することだ。そうなれば、どちらも大きな被害を受けるだろう。望みどおり、この地から恐竜騎士団は消えるかもしれないが、流された血と同じ価値のあるものなど残りはなしない」
だから、戦いに走る小勢力を留め、一つにまとめる必要があった。今の恐竜騎士団は体裁は守っているが、大きな後ろ盾を失って不安にかられている。何かきっかけがあれば、大きく崩れる可能性がある。
「ところで、次のレジスタンスはどんな勢力だ?」
「えっと、放牧で生活している小さな集団っす。以前、恐竜に家畜を襲われたことがあったらしいッス」
「なるほど。しかし、そんな小さな集団をよく見つけてこれるものだ」
「情報集めは任せてくださいッス」
「うむ、期待してるぞ」
今回の勢力集めは、シグノーの功績が大きい。彼が全く目立たない勢力を次々と見つけてくるからこそ、ヴァルが説得して回ることができるのだ。一体どうやって調べているのか、ヴァルは全く知らないが尋ねることはしなかった。信頼しているからである。
「あとどれぐらいだ?」
「まだ結構あるッスね」
「そうか、なら少し寝させてもらおう。この揺れも馴れると心地いいものがある。何かあったら起こしてくれ」
「わかったッス」
ガタガタ揺れる場所から見える景色は、いつも通りの荒野だ。
これがこのまま、いつも通りであるために、二人は今日も荒野を進んでいく。
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