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【●】葦原島に巣食うモノ 第二回

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【●】葦原島に巣食うモノ 第二回

リアクション

   

御前試合、前日


 嵐の前の静けさ――と言いたいところだが、実際は正反対で、御前試合を翌日に控えた葦原の町は実に賑やかだった。
 壊れた店も仮店舗で営業を行い、無事だった店は無料で商品を配っている。御前試合を目当てに他の土地から来た者たちも、今は避難所で生活している者たちも一様に食って、飲んで、喋って笑っていた。
 オウェンは、一人、宿を抜け出し、そんな町へと出た。
 その後を、小さな「キュゥべえのぬいぐるみ」がちょこちょことついていく。
「動いた動いた〜♪」
 更に後をついていくのは、アニス・パラス(あにす・ぱらす)だ。ぬいぐるみを【●式神の術】で式神化してある。パートナーの佐野 和輝に言われ、ここ何日かオウェンを見張っていたが、宿から一歩も出ようとしないので退屈で仕方がなかった。
「もういいでしょ〜?」
と和輝に何度か訊いたが、「性急な行動を取られても困る。最重要人物なんだから」と言われ、続けた。
 オウェンは、明るい方へ向かっている。人出も増えてきた。金魚すくいや輪投げ、たこ焼きなどの夜店も出ていて、アニスの目を引いた。
 ふと、人込みに紛れて式神の姿が見えなくなった。アニスは慌てて探した。
「ああ〜!!」
 五分ほどして見つけたとき、ぬいぐるみは潰されて動けなくなっていた。草履の跡がくっきり残っている。
「ど、どこ行っちゃった!?」
 無論、オウェンもいない。ぬいぐるみを手に、アニスは夜の町を走り回ることになった。


 自分に見張りがついていることは分かっていた。ヤハルと相談し、最も人出の多い御前試合の前日に計画を実行することにした。
 見張りを撒き、明倫館の見取り図を頼りに侵入する。ご丁寧に、見回りの時間まで書いてある。くれたのは、ヤハルが連れてきた男だ。曰く、「明倫館の関係者」らしいがどこで知り合ったかヤハルは教えてくれなかった。
 ヤハルとは長い付き合いだが、食えない男だとオウェンは知っていた。最近、ますます拍車がかかったような気がする。
 見取り図には、さすがに「風靡」の保管場所まで書かれてはいなかったが、それに適した場所として、いくつか印がついていた。
 オウェンはまず、蔵に向かった。多くの武器や武具が保管されているらしい。木の葉を隠すなら森の中。可能性は高い。
 だがその蔵の前で出会ったのは、三道 六黒(みどう・むくろ)ドライア・ヴァンドレッド(どらいあ・ばんどれっど)の二人だった。
「貴様は!!」
 オウェンが、棒を構える。
「来たか……今宵こそ、おぬしを見極めてくれようぞ」
「わけの分からぬことを言う」
「なぁに、剣を交えれば全て分かる。……ただし、死ぬやもしれんがな」
 言うなり、六黒は「梟雄剣ヴァルザドーン」を抜き放った。脳天目掛けて振り下ろされたそれを、オウェンは僅か一寸ほどのところで躱す。
「ほう。やるな」
「死ぬわけにはいかんのだ、まだ」
「己が死すべき時を知っていると言うのか? 面白い!」
 六黒は、梟雄剣ヴァルザドーンを横に薙いだ。大きな音を立て、蔵の戸が歪む。そのとたん、劈くような音が鳴り響いた。
「ぬ……!?」
 蔵の戸が開いて、瀬田 沙耶(せた・さや)が出てくる。
「お待ちしておりましたわ。まったく、本当に長いこと」
 敬愛するハイナのため、「風靡」を守ることにした沙耶は、蔵の中でじっと待っていた。いざ不審者が来て飛び出してみれば、相手は共に戦ったオウェンである。
「まさか貴方が風靡を狙うとは……一体何をお考えなのですか?」
 沙耶の手に、炎がぽっと点る。
「お前らの信じたオウェンは、お前らのことを信じちゃいないってことだと思うぜ?」
「虚刀還襲斬星刀」を手に、ドライアが沙耶の前に立つ。
「師匠の邪魔、しないでくれねぇかな?」
「邪魔? それはこちらの言うことですわ!」
 手の平の炎が、ドライアを襲う。ドライアはそれを躱し、「虚刀還襲斬星刀」で斬りつけた。鞭のように伸び、複数に別れた刃が沙耶の腕に絡みつこうとする。
 沙耶は【サンダーブラスト】で「虚刀還襲斬星刀」を叩き落とす。
「やるじゃねぇか」
 ドライアはにやっとし、手元に戻った「虚刀還襲斬星刀」を構えた。
 警報を聞いた度会 鈴鹿(わたらい・すずか)織部 イル(おりべ・いる)が駆けつけたのは、その時だ。
 ドライアは舌打ちした。
「師匠!」
「梟雄剣ヴァルザドーン」がオウェンの棒を真っ二つにする。
「……おぬしの死すべき時とやら、見届けてやろう」
 六黒の言葉が終わるや、ドライアは【毒虫の群れ】を使った。虫に襲われ、沙耶は悲鳴を上げそうになった。
「逃がしましたか……!」
 鈴鹿は忌々しそうに言い、そこに残るオウェンを見た。
「オウェンさん……いらっしゃると思っておりました」
 オウェンは割られた棒を腰に差し、鈴鹿たちに目をやった。
「こんなことをされるとは……もちろん、話してくださいますよね?」
 ドライアに逃げられた八つ当たりもあるのか、沙耶がにーっこり微笑みながら言った。手の中に再び炎が上がる。
「――何も、言うことはない」
 しかしオウェンの答えは簡潔だった。
「『風靡』には、何か曰くがあるのでしょう? それを話していただかなければ、私たちもどうしようもありません」
「お前たちが、敵ではないと誰が証明する?」
「オウェン殿……残念じゃが、そなたが我らを信じて下さらぬように、そなたを信用し切れぬ者も少なくない」
 そうだろうな、とオウェンは答えた。
「俺は、俺を信じろとは言わん」
 イルは嘆息した。
「その用心深さ、情を殺すようななされよう……過去そなたの一族に起きたことに所以するのかの?」
 じろり、とオウェンはイルを睨んだ。
「何かとてつもなく大きなことがあったのじゃろう。もしそうだとしても……いや、だからこそ。今は、お互いの間にある不信が危機を呼び込みかねん状況じゃ。その結果多くの人々に災いを齎したとして、そなたは全ての責を負えるのかえ?」
「独りでは負い切れないからこそ、肩を寄せ合って荷を分け合うものでしょう? カタルさんのこともそう……彼の責ではないのに、押し付けて逃げているだけです」
「……皆で分け合う? この荷を?」
 フッ、とオウェンは嗤った。
「無理だな。分け合って軽くなるどころか、全員潰れかねん。これは、我々だけが背負っていく罪だ」
「罪?」
 沙耶が問い返した。だが、喋り過ぎたと悟ったオウェンは、小さく舌打ちし、
「俺を捕まえるなら、そうすればいい。抵抗はするがな」
「……やめておこう」
 功労者の一人であるオウェンを捕えれば、いらぬ憶測が飛び交い、皆が疑心暗鬼になる。
 イルはそう判断し、沙耶も鈴鹿もやむを得ないと同意した。
「一体、どうすれば……」
 鈴鹿の呟きに、誰も答えを出せなかった。


「う……うう、う……」
 カタルは、夢を見ていた。

 最初は、ただ逃げていた。逃げても逃げても、逃げ切れない。振り返ると、そこに大きな目玉があった。
 ――喰われる。
 足が動かない。逃げなければならないのに。体が、言うことを聞かない。鎖に縛られているかのようだ。
アカレ
 母のように、姉のように慕っていた女性がそこにいた。
 突然、彼女が倒れた。
「アカレ」
 彼女だけではない。次々に人が倒れていく。なのにカタルは何もできない。動けない。
 叫び声を上げ――、


 そこで目が覚めた。
「はっ、はっ、はっ……」
 天井が左目に飛び込んでくる。カタルは起き上がり、ずれかかった封印の布を縛り直した。水を飲もうと起き上がったとき、窓枠に男が座っていることに気づいた。
「いよ〜お、調子はどうだい?」
 ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)がニヤニヤ笑っている。
「誰だ!」
 素早く臨戦態勢を取る。しかしゲドーは両手を上げ、笑うだけだ。
「俺様? いや俺様のことなんて、ど〜でもいいじゃん? 漁火ちゃんの目的や、今頃そうしてるのか知りたいんじゃないかと思ってさぁ」
「あの女の仲間か!」
「ん〜、まあ、一応?」
「どこだ! どこにいる!?」
「だ〜ひゃっははははは! 教えて欲しけりゃ捕まえてみな。その体で出来るもんならだけど。そうすりゃ、オウェンちゃんの見る目もちったぁ、変わるかもよ?」
 カタルはゲドーに飛び掛かり――、

 そこで目が覚めた。
「……?」
 起き上がり、額と顎の汗を拭う。
 どこまでが夢で、どこからが幻覚で、今こうしているのが本当に現実なのか。
「カタル?」
 隣の部屋にいたヤハルが声をかける。
 それで納得した。
 これは現実だ、と。
「――何でもありません」
 本当に?
 本当にこれは現実か? あの男は、幻だったのか?
 カタルは窓を見た。愕然となる。
 閉めたはずの窓は大きく開き、少し敗れた障子紙がパタパタと音を立てていた。
 窓の外では、明るく賑やかな声が、まるでカタルを蝕むように次第に大きくなっていった。