リアクション
御前試合、前日 嵐の前の静けさ――と言いたいところだが、実際は正反対で、御前試合を翌日に控えた葦原の町は実に賑やかだった。 壊れた店も仮店舗で営業を行い、無事だった店は無料で商品を配っている。御前試合を目当てに他の土地から来た者たちも、今は避難所で生活している者たちも一様に食って、飲んで、喋って笑っていた。 オウェンは、一人、宿を抜け出し、そんな町へと出た。 その後を、小さな「キュゥべえのぬいぐるみ」がちょこちょことついていく。 「動いた動いた〜♪」 更に後をついていくのは、アニス・パラス(あにす・ぱらす)だ。ぬいぐるみを【●式神の術】で式神化してある。パートナーの佐野 和輝に言われ、ここ何日かオウェンを見張っていたが、宿から一歩も出ようとしないので退屈で仕方がなかった。 「もういいでしょ〜?」 と和輝に何度か訊いたが、「性急な行動を取られても困る。最重要人物なんだから」と言われ、続けた。 オウェンは、明るい方へ向かっている。人出も増えてきた。金魚すくいや輪投げ、たこ焼きなどの夜店も出ていて、アニスの目を引いた。 ふと、人込みに紛れて式神の姿が見えなくなった。アニスは慌てて探した。 「ああ〜!!」 五分ほどして見つけたとき、ぬいぐるみは潰されて動けなくなっていた。草履の跡がくっきり残っている。 「ど、どこ行っちゃった!?」 無論、オウェンもいない。ぬいぐるみを手に、アニスは夜の町を走り回ることになった。 自分に見張りがついていることは分かっていた。ヤハルと相談し、最も人出の多い御前試合の前日に計画を実行することにした。 見張りを撒き、明倫館の見取り図を頼りに侵入する。ご丁寧に、見回りの時間まで書いてある。くれたのは、ヤハルが連れてきた男だ。曰く、「明倫館の関係者」らしいがどこで知り合ったかヤハルは教えてくれなかった。 ヤハルとは長い付き合いだが、食えない男だとオウェンは知っていた。最近、ますます拍車がかかったような気がする。 見取り図には、さすがに「風靡」の保管場所まで書かれてはいなかったが、それに適した場所として、いくつか印がついていた。 オウェンはまず、蔵に向かった。多くの武器や武具が保管されているらしい。木の葉を隠すなら森の中。可能性は高い。 だがその蔵の前で出会ったのは、三道 六黒(みどう・むくろ)とドライア・ヴァンドレッド(どらいあ・ばんどれっど)の二人だった。 「貴様は!!」 オウェンが、棒を構える。 「来たか……今宵こそ、おぬしを見極めてくれようぞ」 「わけの分からぬことを言う」 「なぁに、剣を交えれば全て分かる。……ただし、死ぬやもしれんがな」 言うなり、六黒は「梟雄剣ヴァルザドーン」を抜き放った。脳天目掛けて振り下ろされたそれを、オウェンは僅か一寸ほどのところで躱す。 「ほう。やるな」 「死ぬわけにはいかんのだ、まだ」 「己が死すべき時を知っていると言うのか? 面白い!」 六黒は、梟雄剣ヴァルザドーンを横に薙いだ。大きな音を立て、蔵の戸が歪む。そのとたん、劈くような音が鳴り響いた。 「ぬ……!?」 蔵の戸が開いて、瀬田 沙耶(せた・さや)が出てくる。 「お待ちしておりましたわ。まったく、本当に長いこと」 敬愛するハイナのため、「風靡」を守ることにした沙耶は、蔵の中でじっと待っていた。いざ不審者が来て飛び出してみれば、相手は共に戦ったオウェンである。 「まさか貴方が風靡を狙うとは……一体何をお考えなのですか?」 沙耶の手に、炎がぽっと点る。 「お前らの信じたオウェンは、お前らのことを信じちゃいないってことだと思うぜ?」 「虚刀還襲斬星刀」を手に、ドライアが沙耶の前に立つ。 「師匠の邪魔、しないでくれねぇかな?」 「邪魔? それはこちらの言うことですわ!」 手の平の炎が、ドライアを襲う。ドライアはそれを躱し、「虚刀還襲斬星刀」で斬りつけた。鞭のように伸び、複数に別れた刃が沙耶の腕に絡みつこうとする。 沙耶は【サンダーブラスト】で「虚刀還襲斬星刀」を叩き落とす。 「やるじゃねぇか」 ドライアはにやっとし、手元に戻った「虚刀還襲斬星刀」を構えた。 警報を聞いた度会 鈴鹿(わたらい・すずか)と織部 イル(おりべ・いる)が駆けつけたのは、その時だ。 ドライアは舌打ちした。 「師匠!」 「梟雄剣ヴァルザドーン」がオウェンの棒を真っ二つにする。 「……おぬしの死すべき時とやら、見届けてやろう」 六黒の言葉が終わるや、ドライアは【毒虫の群れ】を使った。虫に襲われ、沙耶は悲鳴を上げそうになった。 「逃がしましたか……!」 鈴鹿は忌々しそうに言い、そこに残るオウェンを見た。 「オウェンさん……いらっしゃると思っておりました」 オウェンは割られた棒を腰に差し、鈴鹿たちに目をやった。 「こんなことをされるとは……もちろん、話してくださいますよね?」 ドライアに逃げられた八つ当たりもあるのか、沙耶がにーっこり微笑みながら言った。手の中に再び炎が上がる。 「――何も、言うことはない」 しかしオウェンの答えは簡潔だった。 「『風靡』には、何か曰くがあるのでしょう? それを話していただかなければ、私たちもどうしようもありません」 「お前たちが、敵ではないと誰が証明する?」 「オウェン殿……残念じゃが、そなたが我らを信じて下さらぬように、そなたを信用し切れぬ者も少なくない」 そうだろうな、とオウェンは答えた。 「俺は、俺を信じろとは言わん」 イルは嘆息した。 「その用心深さ、情を殺すようななされよう……過去そなたの一族に起きたことに所以するのかの?」 じろり、とオウェンはイルを睨んだ。 「何かとてつもなく大きなことがあったのじゃろう。もしそうだとしても……いや、だからこそ。今は、お互いの間にある不信が危機を呼び込みかねん状況じゃ。その結果多くの人々に災いを齎したとして、そなたは全ての責を負えるのかえ?」 「独りでは負い切れないからこそ、肩を寄せ合って荷を分け合うものでしょう? カタルさんのこともそう……彼の責ではないのに、押し付けて逃げているだけです」 「……皆で分け合う? この荷を?」 フッ、とオウェンは嗤った。 「無理だな。分け合って軽くなるどころか、全員潰れかねん。これは、我々だけが背負っていく罪だ」 「罪?」 沙耶が問い返した。だが、喋り過ぎたと悟ったオウェンは、小さく舌打ちし、 「俺を捕まえるなら、そうすればいい。抵抗はするがな」 「……やめておこう」 功労者の一人であるオウェンを捕えれば、いらぬ憶測が飛び交い、皆が疑心暗鬼になる。 イルはそう判断し、沙耶も鈴鹿もやむを得ないと同意した。 「一体、どうすれば……」 鈴鹿の呟きに、誰も答えを出せなかった。 「う……うう、う……」 カタルは、夢を見ていた。 最初は、ただ逃げていた。逃げても逃げても、逃げ切れない。振り返ると、そこに大きな目玉があった。 ――喰われる。 足が動かない。逃げなければならないのに。体が、言うことを聞かない。鎖に縛られているかのようだ。 「アカレ」 母のように、姉のように慕っていた女性がそこにいた。 突然、彼女が倒れた。 「アカレ」 彼女だけではない。次々に人が倒れていく。なのにカタルは何もできない。動けない。 叫び声を上げ――、 そこで目が覚めた。 「はっ、はっ、はっ……」 天井が左目に飛び込んでくる。カタルは起き上がり、ずれかかった封印の布を縛り直した。水を飲もうと起き上がったとき、窓枠に男が座っていることに気づいた。 「いよ〜お、調子はどうだい?」 ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)がニヤニヤ笑っている。 「誰だ!」 素早く臨戦態勢を取る。しかしゲドーは両手を上げ、笑うだけだ。 「俺様? いや俺様のことなんて、ど〜でもいいじゃん? 漁火ちゃんの目的や、今頃そうしてるのか知りたいんじゃないかと思ってさぁ」 「あの女の仲間か!」 「ん〜、まあ、一応?」 「どこだ! どこにいる!?」 「だ〜ひゃっははははは! 教えて欲しけりゃ捕まえてみな。その体で出来るもんならだけど。そうすりゃ、オウェンちゃんの見る目もちったぁ、変わるかもよ?」 カタルはゲドーに飛び掛かり――、 そこで目が覚めた。 「……?」 起き上がり、額と顎の汗を拭う。 どこまでが夢で、どこからが幻覚で、今こうしているのが本当に現実なのか。 「カタル?」 隣の部屋にいたヤハルが声をかける。 それで納得した。 これは現実だ、と。 「――何でもありません」 本当に? 本当にこれは現実か? あの男は、幻だったのか? カタルは窓を見た。愕然となる。 閉めたはずの窓は大きく開き、少し敗れた障子紙がパタパタと音を立てていた。 窓の外では、明るく賑やかな声が、まるでカタルを蝕むように次第に大きくなっていった。 |
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