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【●】葦原島に巣食うモノ 第二回

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【●】葦原島に巣食うモノ 第二回

リアクション

審判:プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)(葦原明倫館)
「皆様、大変お待たせしました。これより、第二回葦原明倫館御前試合を開始いたします」
 会場の中央で、今大会、審判長を務めることになったプラチナムが、試合のルールを説明する。微に渡った説明は、三十分ほど続き、観客からは「長すぎるぞ!」と野次が飛んだが、プラチナムは全く意に介さなかった。

 

一回戦


○第一試合
沢渡 隆寛(イルミンスール魔法学校) 対 藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)(空京大学)

「老体の身なので、お手柔らかに」
 見た目以上に年のいっている隆寛は、目を細めて言った。相手の優梨子は育ちの良さそうな少女で、元々騎士である彼には、あまり戦いやすい相手ではなかった。
 とはいえ、勝負は勝負である。
 細身の木剣を手にした隆寛と、何も持たない優梨子が対峙する。しばらく双方とも相手の出方を待っていたが、ほぼ同時に地面を蹴った。
 優梨子の方が速かった。下半身にタックルを食らわせ、隆寛はバランスを崩され、どうと倒れた。
「くっ!」
 がつん、と鈍い響きが全身に走り、隆寛は顔をしかめた。
 優梨子はそのままずり上がり首筋に噛みつこうとしたが、隆寛は身を捩って脱出した。その際、優梨子の足に木剣を叩きつけた。細身のそれは、あっさり折れた。優梨子が叫び声を噛み殺す。
 二人はそのまま試合を続けようとしたが、隆寛は倒れた際に腰を強く打ったらしく、膝を突いたまま立つことが出来ず、優梨子の勝利が確定した。

 隆寛には、戦いたい相手があった。
 歴史に「もし」はない。だが、もしもあの頃、彼の周りに彼のことを本当に思う人がいればあのような結末にはならなかったのではないだろうか……せめて、話が出来たらと、隆寛は願っていた――。


○第二試合
クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)(薔薇の学舎) 対 中原 鞆絵(なかはら・ともえ)木曾 義仲(きそ・よしなか))(天御柱学院)

 老女を相手に、クリスティーは戸惑い、プラチナムに尋ねた。
「ご老人が参加されるのですか?」
「参加者本人の意思を尊重します」
 審判の答えは、至極簡潔であった。
 もっとも鞆絵の中身は義仲であり、厳密に老人と言っていいものか、迷うところではある。
 クリスティーは、競技用の槍を構えた。対する鞆絵(義仲)は、薙刀だ。
 開始の合図と同時に、二人の武器が交差した。
 クリスティーはそこから素早く距離を取り、槍を大きく構えた。が、その隙に鞆絵(義仲)が懐に入り込み、鳩尾を打つ。
「ぐっ!」
 鞆絵(義仲)がにやりと笑う。その顔に、クリスティーは相手の年齢を忘れた。力いっぱい、彼女の腹部へ槍を突き出す。
 しかし鞆絵(義仲)はそれを承知していたかのように、あっさり躱した。
「甘いな」
 再び、鞆絵(義仲)は、口の端を大きく上げて笑った。

『前略、静香様。今年も葦原明倫館の御前試合に参加しました……』
 クリスティーの手が止まった。
「今回も届かなかったか……」
 一回戦負けをペンフレンドにどう報告しようか、クリスティーは悩んだ。


* * *


 トイレから戻ったミア・マハ(みあ・まは)は、観客席の後ろの方にいたヤハルを見つけた。よくは知らないが、ミシャグジ退治のときに走り回っていた人物、という程度の知識はある。
「先日はどうもじゃ」
 ヤハルは振り返り、ああ、という顔で微笑んだ。
「誰かの応援かの?」
「カタルのね」
「もっと前で見ればよかろう」
「あまり緊張させてもね」
「なるほど。……そうじゃ、どちらの応援してる者が勝ち上がるか賭けでもせんか? 負けた方が蕎麦を奢る」
 ヤハルはびっくりしたようだった。
「契約者といい、みんな賭け事が好きなんだね。僕はどうも、賭けには弱いんだが、まあ、いいよ。やろうか」

* * *


○第三試合
レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)(百合園女学院) 対 相田 なぶら(あいだ・なぶら)(イルミンスール魔法学校)

 Tシャツとスパッツ姿のレキに、なぶらは一瞬、顔を赤らめたが、
「よろしくお願いします」
と丁寧に頭を下げられ、慌てて自分も返した。
 開始の合図と同時に、なぶらが斬りかかる。レキは構えた銃を撃った。
「そこだぁ!」
 弾が木剣に当たり、なぶらは一瞬、怯んだ。
「行っくよー!」
 レキの辞書に「防御」の文字はない。続けて引き金を引くが、今度は読まれていたようで、なぶらに避けられてしまう。
 レキは、相手の隙を伺った。だが、なぶらも同様に攻撃のチャンスを待った。
 十秒、二十秒と時間が過ぎていく。遂に焦れた二人が、再び同時に動いた。
 レキの銃は、なぶらの胸へ向けられた。
 なぶらもレキの胸を狙った。
 木剣は切っ先でコルクの弾を砕き、レキの心臓を突いた。瞬間、レキの心臓は止まった――ような気がした。
 気づいたのは、なぶらが【ヒール】で回復してくれたからだ。
「やりすぎた、ゴメン」
「勝負なんだから、気にしない気にしない」
 レキの射撃は正確だった。それ故の、敗北だった。

「え、賭け?」
「うむ。ヤハルに蕎麦を奢る約束じゃ。ま、カタルが勝ち抜いたらじゃが。よろしく頼む」
「……まあ、いいけど」
 何だか妙に釈然としないレキだったが、取り敢えずはミアと共に、試合を最後まで観戦することにした。


○第四試合
セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)(シャンバラ教導団) 対 セルマ・アリス(葦原明倫館)

 セルマ・アリス(せるま・ありす)は妹のリンゼイ・アリス(りんぜい・ありす)に誘われて、試合に参加していた。
 葦原明倫館に来て一年。身に着いた実力を試すのに、いい機会だと思った。それに、こうして誰かと競うと考えただけで、心が躍る。元々、こういった競技が好きなのだろう。しかし、セレアナのレオタード姿には、目のやり場に困った。これはもしかして、動揺を誘う作戦なのだろうか?
 などと考えている間に試合が始まり、セレアナの槍とセルマの薙刀が、地面すれすれのところでぶつかった。
 セルマがさっと間合いを取り、大上段に武器を構える。
「【舞い降りる――】」
 しかし技が出る前に、得物を弾き飛ばされてしまった。セルマは落ちた薙刀を拾い上げ、セレアナの攻撃に備えようとした。
 が、それより速くセレアナの【シーリングランス】が炸裂し、プラチナムが彼女の勝利を宣言した。
「く……負けたかー……。あはは……でも何かすごく楽しかったです。いい試合をありがとうございました」

 競い合っても勝てないことばかりで、初めから逃げることを覚えていった。
 でも今は、ワクワクしている。
 ……? 何かふと忘れていたことを思い出しかけたような……? でも何だろうはっきりしない。
 セルマは退場しながら、ふとそんなことを考えた。


* * *


 選手控え室で、携帯電話が鳴った。隠代 銀澄(おぬしろ・ぎすみ)は液晶画面の名前を見ると、深呼吸をしてから出た。
 樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)の、心配そうな声が銀澄の耳に響く。
「無理をしないで、銀澄……」
「これしきのケガ、実戦では普通にありえます」
 正直に言えば、体に力が入らない。左足首と右腕全体には包帯が巻かれ、【鬼神力】を使ってさえ、ようやく人並みという状態だ。だが、侍として腕を振るう機会を逃すわけにはいかなかった。
 銀澄は明るい声で、
「心配ご無用です」
と言った。

* * *


○第五試合
緋王 輝夜(ひおう・かぐや)(イルミンスール魔法学校) 対  隠代 銀澄(葦原明倫館)

 輝夜はフラワシを武器として使うことを申請したが却下され、木製の爪に変更となった。
「何でもあるんだね〜」
 感心しながら爪を弄り、輝夜は対戦相手を見た。
「隠代流剣術剣士、隠代銀澄、参ります!」
 大きな木刀を両手で握り、銀澄は名乗った。輝夜も負けじと声を張り上げる。
「手加減無用です!」
「当然っ!」
 銀澄は輝夜の足を狙って木刀を振るった。輝夜は地面を蹴って、飛びのいた。空振りした木刀が、ぶうんと音を立てる。
 輝夜が爪を構えた。それを見た銀澄は咄嗟に身構える。しかし輝夜は死角に回り、【真空波】を放った。まともに食らった銀澄は吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられた。意識が飛んだ――。
 目覚めた銀澄は悔しさを噛み締め、頭を下げた。
「参りました……」
「ま、楽しかったよ」
「次は負けません!」
 体を治して、必ずやまた参加すると銀澄は誓った。


○第六試合
一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)(蒼空学園) 対  モードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)(波羅蜜多実業高等学校)

「今度は何が何でも負けられない……本気でやらせてもらいますよ!」
 瑞樹は前回の大会で芳しくない結果だった。パートナーでありマスターである神崎 輝(かんざき・ひかる)が優勝したのに比べると、あまりに情けなかった。今年はリベンジだ、と決意していた。気合を入れるため、【クライ・ハヴォック】で雄叫びを上げる。会場の空気が振動した。しかし、モードレットはしれっとしている。
「ふン」
 瑞樹が大きな木刀を大上段に構え、振り下ろした。しかしモードレットは腰を落とし、それより速く右から左へと彼女の脛を打つ。
「まだまだあ!」
 モードレットがそのまま剣を返し、瑞樹の顎を狙う。瑞樹は痛みを堪え、それを叩き返した。
 その勢いに任せ、瑞樹は眼下のモードレットへ、木刀を振り下ろす。しかしそこにモードレットはいなかった。
 瑞樹の背後に回ったモードレットは、彼女の腰を強かに打った。

「マスターに合わせる顔が……」
 瑞樹はしょんぼりと肩を落とし、控え室へ戻るか戻るまいか迷っていた。