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星影さやかな夜に 第一回

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星影さやかな夜に 第一回
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 八章 一面の鈴蘭畑

 街外れ、一面の鈴蘭畑。外苑の遊歩道。

「わ〜、綺麗ですね〜。一面、真っ白ですよ〜」

 ホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)が鈴蘭畑を囲む柵に手を置き、身を乗り出した。
 純白の花畑は、まるで絵本から飛び出したかのように幻想的な風景だ。群生する数千の鈴蘭の花が、吹き抜ける風に揺られて音を奏でる。

「ほぅ、見事な鈴蘭畑よのぅ。仕事がなければ眺めていたいが……そうもいかんか」

 ホリイの隣で柵に背中を預ける草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)は、風により流れる髪を手で押さえた。
 そして、鈴蘭畑から視線を外し、遊歩道を歩く人々に目をやる。あたりには露店はなく、人は多いが鈴蘭畑に見惚れているので、他の観光名所に比べて遥かに静かだ。

「とにかく聞き込みじゃな。そなた、もしや忘れてはおるまいな?」
「はい、忘れてませんよ? 聞き込みですよね。でも、ゆっくりと見たくもありますね〜」
「観光は仕事が終わってからにしておけ。
 ……にしても、チラチラとよくない雰囲気の奴らがおるな」

 羽純は小さく呟くと、遊歩道を固まって歩く物騒な者達の中でも特に人相の悪い男性に注視する。
 目つきの悪い、金髪の男。耳には特徴的なピアスをつけている。彼は鈴蘭畑には興味を示さず、キョロキョロと辺りを見回し、周りの物騒な男達に指示を出していた。

「くまなく探せ。あの二人組はここにいるはずだ」

 耳を澄ませて、その言葉を拾ったブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)は、隣の夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)に声をかける。

「甚五郎。
 あの物騒な人達も探し物の様子ですが、会話を拾う限り彼も目的は同じようです。おびき出しますか?」
「そうだな。とりあえず、他の特別警備部隊の奴らに連絡を。
 それであのリーダー格の奴を人の少ない場所へ誘導して、とっちめるか」
「了解です。
 ……もしもし、こちらブリジットです。怪しい者を発見しまして――」

 通信機で連絡するブリジットの声を耳にしながら、甚五郎はため息を吐いた。

「ふう、こんな所で荒事とか、風情がねえな……」

 甚五郎は鈴蘭畑を囲む柵に背を置き、顔だけ振り返る。
 彼の視線の先では鈴蘭の花が咲き誇る。その見た目は清廉潔白で、実は毒性の強い植物であることが信じられないほどだ。

(確か鈴蘭の花言葉の一つに……『幸福の再来』って言葉があったよな)

 話では、この鈴蘭畑は人喰い勇者ハイ・シェンの死地だったらしい。
 おそらく、その時の市民達が種を植えて、この花畑をつくったのだろう。
 悪王からの解放を記念して。再び自分達に幸福をもたらせてくれたハイ・シェンに感謝して。
 それが今でも残っているということは、当時に込められた想いがどこまでも強かったゆえか。それとも、現代を生きる市民達もハイ・シェンに感謝しているということの象徴か。
 多分、両方だろう。だからこそ、これほど綺麗な鈴蘭畑が美しさを失わずに健在しているのだ。

「……そう考えると美談だよなぁ」

 甚五郎はしみじみとそう呟いた。

「甚五郎、仕事が終わったら見に来ましょう〜」

 ホリイが近づき、甚五郎を見上げる。
 甚五郎はふにゃとした笑顔を浮かべる彼女の頭に手を置き、優しく撫でた。

「あぁ、見に来るか。これほど綺麗なもんは滅多にお目にかかれないからな」

 ホリイは頭を撫でられて嬉しそうに笑う。
 つられて甚五郎も笑みを零し、撫でるのを止めて、歩き出した。

「それじゃあ、とっとと仕事を終わらせるか」

 ――――――――――

「……チッ、見つからねぇぞ、クソが」

 金髪の男はだるそうに独りごち、遊歩道を歩いていく。
 周囲の迷惑を顧みず真ん中を通るその男に、一人の女性が近づいた。

「あの、少しお話を伺いたいんですけどよろしいですか?」

 そう声をかけたのは遠野 歌菜(とおの・かな)。ブリジットの連絡を受けて自ら接触したのだ。
 歌菜の後ろにはパートナーの月崎 羽純(つきざき・はすみ)がいて、金髪の男を見極めるためにじろじろと見る。

「ああ? なんだテメェら、殺されてぇのか?」

 金髪の男はその視線に不快感を感じ、恫喝する。
 しかし、目の前で脅された歌菜は全く動揺せず、正体を暴くために軽く挑発をした。

「この街にはコルッテロっていう質の悪い犯罪組織があるんですよね。凄く卑怯な集団だとか。ご存知です?」
「……はぁ? テメェは俺がコルッテロだって知って喧嘩売ってんのか? そうだよな? あ゛あ!?」

 金髪の男の顔が真っ赤に染まり、歌菜に掴みかかろうと手を伸ばす。

(当たり! コルッテロ発見!)

 歌菜はそう思うと、至近距離で<咆哮>を発動。
 神ですらおののくディーヴァの声は、金髪の男を怯ませた。

「羽純くん!」
「――分かってんよ」

 間髪入れず、羽純は<ヒプノシス>を怯む男に行使。
 放たれた催眠術は男に直撃し、抗いがたい睡魔に襲わせる。

「っ……く、はっ」

 数秒後、金髪の男の意識が落ちる。
 眠ってしまい前のめりに倒れる男を、羽純は受け止め、慣れた手つきで手と足を縛り付ける。

「さて、拘束完了。行くか、歌菜」
「うん。他の敵にばれないように慎重に行こうね」

 歌菜は頷くと、<超感覚>を使い、自分の感覚を鋭くさせる。
 羽純も金髪の男を担ぐと、<殺気看破>を発動。警戒を強め、一般の人の群れに紛れながら歩き出す。
 行き先は人目の少ない安全な場所。そこでこの金髪の男を尋問するためだ。

「…………」

 眠ってしまい物言わぬ金髪の男。
 しかし、彼の耳につけた特徴的なピアスが、リーンと小さく光ったように思えた。