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リアクション
三章 カーニバル『朝』
空は快晴。太陽は絶好調で燦々と輝いている。
絶好のお祭り日和とも呼べるその空模様の下、プレッシオの街は活気と喧騒に溢れていた。
「うわー、やっぱすげぇなー。
流石、生誕三百年を祝う一世一代の盛大なカーニバルだ。来てよかったー!」
プレッシオ。とある小さな広場前。
『黒猫亭』という老舗のホテルの予約が取れ、人が集まる場所へやって来たアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は興奮した様子でそう言った。
アキラがはしゃぐのも無理はない。
視線の先の広場にはぎゅうぎゅうと言っても遜色がないほどに人が集まっており、お馴染みの食べ物が売っている屋台から、見たことも実用性もなさそうな不思議な物を売っている露店など、様々な出店が乱立していたからだ。
「うおー、テンション上がってきたぁぁ! 遊ぶぞ、食うぞ、楽しむぞぉぉぉ!」
「合点承知ヨ、アキラ! 突撃ーィィ!!」
アキラの頭の上に乗るアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)は、ビシッと広場を指差し号令をかける。
「おう! 行くぜぇぇ、アリス!」
アキラは返事をすると、人の集中する広場へと走っていった。
「ま、待ってください。置いていかないでー!」
突っ走る二人の後を離れまいとヨン・ナイフィード(よん・ないふぃーど)が必死についていく。
そんな三人を見て、ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)は呆れたようにため息をついた。
「まったくあいつらは。もう少し落ち着けんのかのう」
ルシェイメアは前を行くパートナー達を決して見失わないように注意しながら歩いていく。
(それにしても……)
ルシェイメアは何かに気づき足を止め、前を行くパートナー達から視線を外し、辺りを見回した。
数え切れないほどの観光客。出店を営む住人たち。この街の景観に合った重厚な音楽を奏でる楽士隊の面々。
この生誕祭に参加している人のほとんどは祭りに夢中になっているはず。しかし、ちらほらとこの祭りを楽しむのではなく、まるで狩りの獲物を探しているかのような人間が紛れ込んでいるのが伺えた。
(なにやら穏やかではない奴らが混じっているのう。
それに街全体を包むこの雰囲気は、まるで大きな騒乱の予兆のようじゃ)
ルシェイメアはそう思いながら、前を行くアキラたちに視線を戻す。
アキラたちははぐれないようピッタリとくっつき、出店で食べ物を買って美味しそうに頬張っていた。
微笑ましいその光景を見ていると、なんだか悩んでいる自分のことがバカらしくなった。
「……ま、わしらに危害が及ばない限り放っておくかの」
ルシェイメアはそう呟くと、またゆっくりと歩き始めた。
――――――――――
アキラ達がいる広場から少し離れたところにある公園。
ハイ・シェン所縁の地に近いその場所で、十五夜 紫苑(じゅうごや・しおん)は年相応に浮かれていた。
「お〜、すげー! たかい! たかい!」
紫苑は自分を肩車してくれているラグナ ゼクス(らぐな・ぜくす)の髪を引っ張り、無邪気な笑みを浮かべる。
(痛い痛い! 髪の毛を引っ張るな!)
無口なゼクスはそう思うと、抗議の意を含めて肩を揺する。
しかし、華やかなお祭りの眺めに目移りしている紫苑はそれに気づかない。
「ぜくす! あっちだあっち! あっちにすごそうなものがあるぞ!」
まるで取り舵のように、ゼクスの髪を行きたい方向へ思い切り引っ張り続ける。
(分かったわかったから! お願いだから止めてくれ!)
ゼクスは少しでも痛みを抑えようと、紫苑の行きたい方向転換する。
そんな二人の近くで、樹月 刀真(きづき・とうま)と漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は腕を組合い、デートを楽しんでいた。
「月夜、流石にくっつきすぎじゃない?
剣士として利腕を預けるのは自殺行為なんだけど……」
刀真は身体ごと右腕に押し付ける月夜に苦笑いをしながら言った。
しかし、彼女は離れる素振りを見せず、代わりに満面の笑みを浮かべる。
「いいの。デートなんだから、これぐらいしなきゃ」
「……まぁ、月夜だからいいけどさ」
二人の仲睦まじい様子を見て、出店の男性が声をかけた。
「ニイちゃんタチお暑いネェ。
ウチはカップル限定でサービスしているヨ。おひとつドウダイ?」
その声を聞いて、刀真と月夜は顔を見合わせてから、一つ注文をした。
「ハイヨー! マイドアリー!」
出店の男性は勢い良くそう言うと、パックに食べ物を詰め刀真に渡した。
刀真は自分の財布を取り出し、お金を払う。手渡す際に、ついでに出店の男性に質問した。
「つかぬ事をお尋ねしますが、あなたは『ラルウァ家』を知っていますか?」
「ラルウァ家?」
「はい。俺たちはその家の者を探していて、なにか知っていたら教えてほしいんですが」
「ラルウァ、ラルウァ。んー、ドコかで聞いたことアルような……あ、思い出しタヨ!」
出店の男性は言葉を続ける。
「昨日の話だヨ。このぐらいの背の小さい女の子がソコでキョロキョロしててネ。
「お嬢ちゃん迷子カイ? お名前ハ?」って聞いたら、「……迷子、違います。名前は、アルブム・ラルウァです」って言ってソソクサとどこかに行っちゃったヨ」
「……そうですか。ありがとうございます」
刀真は出店の男性にお礼を言って、その場を離れる。
月夜は彼にしか聞こえない声で、ボソッと呟いた。
「ほんとに居るみたいだね。ラルウァ家。噂だけじゃないみたい」
月夜の言葉を聞いて、刀真は小さく頷いた。
「ああ。火のない所に煙は立たぬ、ラルウァ家って名前があるんだ。
……このまま聞き込みを続けて、相手が何かしらの行動を起こしてくるのを待とう」
――――――――――
ハイ・シェン所縁の地。
そこは昔ハイ・シェンの住んでいた家があった場所で、今は長方形の大きな広場となっている。
職人の技巧を存分にこらせた豪華な噴水。色とりどりの花が咲き乱れる花壇。美しい模様の描かれている敷き詰められたタイル。
そして中央には、鎧に身を包んだ凛々しい少女――ハイ・シェンが立派な剣を前に突き出し、前進を命じるポーズの銅像が建っていた。
「人喰い勇者ハイ・シェンかぁ。
勇者を目指す者としては、先達の偉業を辿り、勇者について学べばきっと今後の為になるだろうけど……」
広場のベンチに腰かけそう一人ごちるのは相田 なぶら(あいだ・なぶら)だ。
なぶらはハイ・シェンの銅像を見上げ、続けるために言葉を紡ぐ。
「しかしこの勇者さん、人喰い勇者とは随分と勇者らしからぬ二つ名付いてるんだなぁ。
……見た感じは勇ましい女の子としか思えないけど。というか、もしかして今の俺より年下だったのかな?」
「――さぁな。それは調べてみないと分からねぇよ」
なぶらの独り言に答えたのは、柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)だ。
恭也は二缶のジュースを抱えていて、そのうちの一缶をなぶらに放り投げる。なぶらはそれをキャッチして、プルタブを開けた。
「ん、わざわざありがとねぇ」
「いいよ、気にすんな。さっきの情報料代わりだと思ってくれりゃあいい」
恭也はそう言うと、なぶらの隣に腰かけ、自分もジュースに口をつける。
偶然にもハイ・シェン所縁の地で出会ったこの二人は、互いに人喰い勇者のことを調べていて、目的の一致から情報交換を行ったのだった。
「しかしまぁ、これだけ人が多いと、地元の奴に話を聞くのも一苦労だな」
「うん。なんだかイベントごとにしては警備の人が多すぎるし、観光客が多くて露店は忙しそうだしねぇ」
恭也となぶらはそう会話を交わすと、ジュースを喉に流し込んだ。
そして空になった空缶をベンチの隣のゴミ箱に放り捨てると、ハイ・シェンの銅像を見上げつつ話し出す。
「人食い勇者ハイ・シェン、ね。その正体は何なのか、どうにも気になる話だな」
「だねぇ。人喰いの癖に勇者だもん。それなのに、こんなに街にこんなにも信仰されてるんだしなぁ」
なぶらの言葉を聞きながら、恭也は煙草を取り出し、一服する。
紫煙を吐き出すと、それは風に乗り、一筋の流れとして空気に溶けていった。
「ああ。……この伝説を紐解くためには、あの最後の言葉、あれがキーワードだと思うな」
「『わたしは死んでも、ハイ・シェンは死なない。再び災いが降りかかれば、新たなハイ・シェンが生まれ、プレッシオの敵を殺すだろう』だよねぇ。
俺もそう思うよ。この言い方から察するに、ハイ・シェンって言うのは特定個人を指す名前ではなく、『人喰い勇者』に対する称号の様な物じゃ無いかって推察できるけどねぇ」
「称号か……確かにそうかもな。
文面通り考えれば『A』という人物が人食い勇者を演じていて、死んだら『B』という人物が人食い勇者の役を引き継ぐとも憶測出来るけどな」
「引継ぎかぁ。うーん、そうとも考えられるねぇ。
……まぁ、ただ単に思想は受け継がれる的な意味合いかもしれないけどねぇ」
「それなら、パラミタ的に普通の予想も出来るけどな。
つまり、奈落人のように人から人へ乗り移るような化け物だったか。これならシンプルな答えなんだが……」
「だねぇ。まぁ、一つ言えることは」
「……ああ、完全に判断するためには情報が少なすぎる、だな」
そう会話を交わす二人の前に、トコトコと黒髪をシュシュで束ねた可愛らしい少女が近づいてきた。
年は八歳前後といったところだろう。その女の子は後ろで手を組むと、二人を覗き込むように見て、小さな唇を開く。
「おにいさんたち、ハイ・シェンについて知りたいの?」
「……ん、嬢ちゃんは人食い勇者のことを知ってるのか?」
「うん、知ってるよ。学校でならったもん」
幼い少女はえっへんと得意気に薄い胸を張る。
なぶらは身を乗り出し、その少女に笑顔を浮かべて言った。
「そのことを話してもらってもいいかな?
お兄ちゃん達、ハイ・シェンについて調べてるんだ」
「いいよぉ、そんなに言うんなら教えてあげる」
幼い少女はコホンとわざとらしく咳払いをしてから、歌うように語り出した。
それはプレッシオの市民なら幼いころに教えられる人喰い勇者ハイ・シェンの伝説だ。
昔むかしのお話。プレッシオは悪い王様に支配されていた。
民は苦しみ、怨嗟の声は地に満ちた。人々は神に祈ったが、答えはなかった。
プレッシオのとある酒場の看板娘にハイ・シェンという少女がいた。
彼女は常連客の心優しく正義感の強い青年と結ばれ、ひもじいが幸せな日々をつつましく送っていた。
しかし、それも僅かな時間。悪王の圧政が日々強くなり、憤慨した少女の夫は反対運動に参加した。
ある日、夫は捕まってしまい、少女のもとに帰ってきたときには死体となっていた。残酷な拷問を受けた夫は一目では誰か分からないほど、無残なものだった。
少女は絶望のあまり、自分も後を追って死のうとした。七日七晩何も食べず、ただ泣き続けた。
それでも死ねず、嘆きの声は腐敗した街に木霊した。少女が我に返ると、目の前にぼろぼろのローブを纏う人間が立っていた。
『どうして泣き続けている?』人間は少女に問いかけた。
少女は答える。『わたしの夫が殺されてしまったからです。わたしたちは悪王に虐げられ死を待つのみだからです』と。
人間は言った。『ならばあなたが悪王を殺せばいい。その復讐心を、その憎悪を。私は使う術を知っている』そして人間は少女に知識を与えた。
少女に与えられた知識は、人を生贄にして力を手に入れる敗者の魔法。
ハイ・シェンは決意した。自分は力を手に入れ、夫の仇をとろう。この街を悪王から開放させよう、と。
生贄は志半ばで死んでしまった夫。最愛の人の血と肉を腹に収め、ハイ・シェンは禁忌の力を手に入れた。
ハイ・シェンは反対運動の先頭に立ち、内乱を起こした。
ハイ・シェンが率いた部隊は怒涛の勢いで勝利し、悪王の手先を根絶やしにし、やがて宮殿に乗り込み泣き叫び命乞いをする悪王を殺した。
ハイ・シェンは血の海となった宮殿から出て、哀しい声で人々に告げた。
『わたしは死んでも、ハイ・シェンは死なない。再び災いが降りかかれば、新たなハイ・シェンが生まれ、プレッシオの敵を殺すだろう』
その言葉を最後に、ハイ・シェンは戦いで受けた傷により死んでしまったのだった――。
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