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星影さやかな夜に 第一回

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星影さやかな夜に 第一回
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 五章 カーニバル『昼』

 お昼になり、より騒がしさを増したカーニバル。
 それはプレッシオのあちこちに設置された救護室も同じだった。

「こうも忙しくちゃあ、寝てはいられないなぁ。ふわーわ」

 ハイ・シェン所縁の地、近くの救護室。
 新風 燕馬(にいかぜ・えんま)は眠たそうに欠伸を洩らしながら、<医学>と<薬学>の知識を活かして負傷者の治療に勤しんでいた。
 その多くは喧嘩の被害者や酔いつぶれた酔っ払いなどっといった軽いもの。治療はすぐに終わるが、数が半端ではない。

「よっと、はい次の患者をお願い」

 しかし、燕馬はカーニバルの一日目からずっと医療行為―といっても医師免許は持っていないのだが―をしているので、もはや慣れた様子だった。
 燕馬は手馴れた手つきで処置を終えると、医療スタッフとしてお手伝いをしている教導団衛生科の一人、フランに声をかける。

「はい。……次の方どうぞー!」

 フランがそう呼ぶと、次の患者は担架で運ばれてきた。それは麻痺して動けないブルドックの獣人の男性だ。
 ちなみにその担架を持ち上げるのは燕馬のパートナーであるザーフィア・ノイヴィント(ざーふぃあ・のいぶぃんと)フィーア・レーヴェンツァーン(ふぃーあ・れーう゛ぇんつぁーん)だったりする。

「――おかしい。働いてばかりな気がするのだよ」

 ザーフィアは思わず不満を洩らした。
 それも仕方ないことだ。彼女達も四日前から燕馬と同様に手伝いでずっと働いているのだから。

「そりゃ俺は仕事しに来たからな。
 俺が働いてる間、二人は観光スポット巡りを楽しんでこいよ」

 燕馬は治療の手を止めずに、返事をした。
 その言葉を耳にしたザーフィアは心底不満そうな表情を浮かべる。

「……うわ〜……ツバメちゃん、それマジで言ってるですか」
「?」

 燕馬は発言の意味が分からず首を傾げた。
 それを見てザーフィアはため息をつく。

(遊びに行くなら君と一緒がいい……などとは言えないな、やれやれ)

 二人のそんな様子を見て、フランは苦笑いを浮かべ、ザーフィアにしか聞こえない声でささやいた。

「……お気持ちお察しします。朴念仁の相手は疲れますもんね」
「……なんだ、フランくんもそうなのか?」
「……はい、私の恋人もです。今はどこかで狙撃銃を構えて仕事していますよ。
 一緒についていこうとしたら、『フランはフランの出来ることをがんばれ』だそうです」
「……お互い、難儀な余生を選んでしまったモノだな」

 二人はふふふと忍び笑いを洩らす。
 獣人の男性の治療を終えた燕馬はそれを見て、また不思議そうに首を傾げるのだった。




「はぁー、やっとピークがすんだか」

 しばらくして一通りの治療を終えると、燕馬は大きく伸びをした。
 それを見て、プレッシオの運営スタッフの女性が珈琲の注がれた紙コップを片手に労いの声をかける。

「お疲れさまです。インスタントなんですけど、どうですか?」
「あっ……ありがとう」
「いえいえ、気にしないでください。これぐらいしか出来ませんから」

 運営スタッフの彼女はニコニコと笑顔を浮かべ、紙コップを手渡す。
 燕馬はそれを受け取り、一口飲んでから、彼女に問いかけた。

「そういえば、聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「はい。なんでしょうか?」
「人喰い勇者ハイ・シェンについてなんだけど」
「ハイ・シェンですか? また、どうして?」
「どうしてと言われても……」

 質問を質問で返されて、口下手な燕馬は思わず言葉に詰まる。
 それを見かねたフィーアは、間に入り、代わりに彼女に言った。

「それはこの祭りがハイ・シェンの三百年を祝うものだからですぅ。
 これだけ大きな生誕祭が行われるような人ってどんな人物だったのか気になりまして」
「ああ……そうなんですか。でも、私なんか人並みにしか知りませんよ」
「いえいえ、ご謙遜なさらずぅ。
 祭りを開催するスタッフの方なら、名ガイドに勝るとも劣らないものだと思いますぅ」
「そんなぁ、褒めすぎですよ」

 運営スタッフの彼女は頬を赤く染める。
 フィーアはそんなアドリブ会話を<演技>で続けながら、背中の後ろで燕馬にだけ分かるようにサムズアップ。
 燕馬も軽く手を握り親指をあげて、サムズアップ返しをする。

「ふふっ、照れますねぇ。
 そこまで言ってくださるのなら、私にお答えできる範囲なら何でもお答えしますよ」
「……ん、ならまずは一つ。
 ハイ・シェンはシャンバラ人? それとも違う種族なの?」
「種族ですか……うーん。
 昔、聞きかじった話によると、シャンバラ人だったと思います」
「そうなんだ。シャンバラ人か。
 じゃあさ、二つ目。所縁の地の中にはお墓とかも有る?」
「お墓ですか?」
「うん。伝説の一文を見ると、ハイ・シェンは『蘇る』わけでなく、何者かが新しくハイ・シェンに『なる』みたいだから……『前』のハイ・シェンの墓はありそうなものだから」

 運営スタッフの彼女は、顎に指を当て首を傾げる。

「新しいや前のハイ・シェンなどはいませんよ? ハイ・シェンは悪王を倒したあの勇者だけです。
 ただ、この街ではハイ・シェンは称号みたいになっていて、強大な力に立ち向かう者の象徴でよく用いらますが」
「あ……そうなんだ。じゃあ、その人喰い勇者ハイ・シェンのお墓はどこに?」

 燕馬の問いかけに、彼女はこめかみを掻きながら苦笑いを浮かべた。

「実はお墓はどこにもないんです。
 けれど、元々悪王の宮殿が建てられていた場所である街外れの一面の鈴蘭畑が、ハイ・シェンが死んだ地としてお墓みたいな扱いにはなっていますね」
「そうかぁ。意外だな。
 お墓ぐらい建っていそうなもんだけど」

 燕馬は珈琲を一口啜り、言葉を続ける。

「じゃあ、次はハイ・シェンのことじゃなくて、コルッテロって組織のことだけど」
「……コルッテロ、ですか?」

 運営スタッフの彼女の顔が嫌悪で歪む。
 それほど、コルッテロはプレッシオの市民に嫌われているのだろう。

「……私が知っているのは、ろくでもない組織ってことだけです。噂では、子供を食い物にして利益を出している最低の組織だと」

 ――――――――――

 「黒猫亭」、五階。角部屋の客室。
 ふかふかのベッドにモノクロで統一された調度品の数々。落ち着いた色合いで清潔感溢れる室内。
 しかし、その部屋だけは違った。机の上に置かれた多くの激辛ドリンクの空瓶。それに絨毯の敷かれた床の上には図書館で借りた文献が散らかっていたからだ。

「……や……やっと……お……終わりました」

 月詠 司(つくよみ・つかさ)はその部屋で呻いていた。
 それは五日間ずっと寝ずに散乱する大量の文献と睨めっこしていたからだ。

(長かった。本当に長かった……)

 全ての始まりは、パートナーのシオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)の一言だった。

『人喰い勇者とか興味あるし……それに何か面白い事が起こりそうな予感がするから★』

 そして、五日間の地獄が始まった。
 一日目。カーニバルを回ることすら許されず、一番大きな図書館で人喰い勇者ハイ・シェンの伝説に関係する文献の収集。
 二日目。この目で名所を見て廻りたいにも拘らず、一歩も外に出してもらえず文献の読解。
 三日目。流石に眠たくなって眠ろうとしたら、見張り役のミステル・ヴァルド・ナハトメーア(みすてるう゛ぁるど・なはとめーあ)に《喰人植物グルフ》の触手で往復ビンタ。
 四日目。ミステルが眠った後に寝ようとしたら、差し入れ(激辛ドリンク)をシオンに無理やり飲まされる。
 そして、今日。結局、<不寝番>を使ってほとんど寝ずに一通り調べ終わったのだった。

「……こ……これで……眠れます……」

 ミステルは見張りの必要がなくなり、今や自分に興味を示していない。
 しかも、シオンはここにはいない。観光名所を回って、撮影している最中だ。
 つまり、この状況が示していることはたった一つ。今なら存分に眠れることが出来る、ということだ。

(もう……ゴールしてもいいですよね……?)

 司はそう思うと、机に突っ伏し目を閉じる。
 幸せだった。何の気兼ねも無く目を瞑ることがここまで幸福なことだとは知らなかった。
 司はその幸福感を感じながら、夢の世界に旅立とうとして、

「ただいま〜☆ あれ? ツカサ眠ってる?」

 丁度、シオンが帰ってきた。
 司がヤバイ、と思った瞬間。

「起きて! 起きて! 起きて!」

 シオンによって肩を揺すぶられ、起こされた。

「……シ……シオンさん……ね……眠らせてください」
「ダメ〜♪ まだツカサにはやることが残っているもん」

 シオンはそう言うと、《特製スパイカメラセット》で撮ってきた観光名所などの映像を強制的に見せ始める。
 それは司の文献の調査結果を比較・検証して、何か面白いことが起きるかどうか判断するためだ。

「本当に面白い事起こるのかしらね? ワクワクするわぁ〜☆」

 口を動かしてそう言ったのは司だが、それは司の口を借りてミステルが喋ったのだ。
 ミステルの言葉に、司は辟易とする。

「そんな……面白いことなんて本当にあるんですかね……?」

 司は目をごしごしと擦りながら、観光名所の映像を見つめる。
 そして、暇だったのか、シオンは司に喋りかける。

「んー、そういえばツカサ☆」
「……はい……なんですか?」
「途中で何かワタシやミステルと気が合いそうな金髪の子を見かけたわ♪
 それに何か良い感じに騒がしかったわね。一般人じゃなさそうなヒト達も沢山居たみたいだし★」
「……なんて不吉な」

 司は焦った顔でそう言った。

(シオンとミステルと気が合うなんて、その子もよほど物騒な人なんでしょうね……。しかも一般人じゃない人って――ん?)

 司は映像から不審な点を見つける。
 それはハイ・シェン所縁の地のことだ。

「シオンさん……すみませんが、今のところもう一度見せてもらえますか?」
「分かったわ♪」

 シオンは《特製スパイカメラセット》を操作して、映像を巻き戻す。

「あ、そこです。そこで止めてください」

 司はハイ・シェン所縁の地の銅像がアップされたところで、止める。

「やっぱり……おかしいですね」
「んー? 何が?」
「この銅像なんですけど……」

 司は不思議そうに首を捻りながら、言葉を続ける。

「なんで、こんな立派な剣を持っているんですかね?
 というか、なんで鎧なんて纏っているのでしょう……?」
「? どういうことー?」
「ええ、人喰い勇者ハイ・シェンに関する伝説はどの本も一緒なんですけど。
 ハイ・シェンは身に付けた装備品は武器以外全部残っていなくて、謎の部分が多いんです。数百年前に奪われたっていう噂もあるんですけど……」

 司はそう言うと、散乱する本の中から一冊手に取り、パラパラとめくる。

「それで、唯一この本にちょっとだけ書かれていまして」

 そして、探しているページを見つけると、シオンに言い聞かせる。

「ハイ・シェンは狩人の家の子供で、ゆえに大型の狩猟刀を好んで使っていた。
 それで、鎧などは身に合わず黒いケープを羽織っていて軽装だった、とあるんですよ」