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リアクション
ハイ・シェンの銅像が見下ろせる、二階建ての喫茶店。
上階層の窓際の席に座り、広場を見下ろしている夜のような男――ストゥルトゥスは電話機能だけついた通信機を耳にあて定時連絡を聞いていた。
『こちら、刹那じゃ。
先ほど報告した特別警備部隊の獣人は行動不能にしておいぞ』
通信の相手は辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)。機械が苦手な彼女が今使っているのは、ストゥルトゥスと全く同じ型の簡単な通信機だ。
彼女はストゥルトゥスと同様に―といっても彼は客人として巻き込まれた形だが―コルッテロに雇われた傭兵で、幼いながら裏課業の世界で名の通っている人物だ。
「そうですか、ありがとうございます。
では引き続き、リュカの捜索をお願い致します」
『うむ。請け賜った。他に指示はあるかの?』
「私の指示を請けている間は決して殺人は行わないように。
あと、勝てるかどうか分からない相手に出会ったら一目散に逃げてくださいね」
『分かっておるよ。
リュカが持っている計画の鍵を見つけることが最優先だものな。出来るだけ目立つ行為は避けるのじゃ』
「……ええ。では、御武運をお祈り致します」
『うむ』
そこで通信は切れた。
ストゥルトゥスは机の上に通信機を置き、紅茶で満たされたカップを手に取る。と。
「ご相席してもよろしいですか?」
突然、ストゥルトゥスは声をかけられた。
そこに立っていたのは珈琲とショートケーキの載ったトレイを持った天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)だ。
「ええ、どうぞ」
「ありがとうございます」
十六凪はテーブルを挟んで、ストゥルトゥスの向かいの椅子に腰かける。
ストゥルトゥスはカップに口元まで引き寄せ、豊満な香りを楽しみながら、彼に問いかけた。
「それで、何か御用でしょうか?
秘密結社オリュンポスの参謀を務めていらっしゃる天樹十六凪様」
十六凪は少しばかり目を見開ける。
「……おやおや、これは驚きました。
初対面ですのに、僕のことをご存知なのですね」
「ええ、コルッテロのメンバーは全て存じて上げておりますので」
「いやいや、参りました。流石です」
「ふふ、ご謙遜を。貴方様もその程度、頭に叩き込んでいるでしょう?
それに無理に驚く素振りなど見せなくてもよいですよ。貴方様がポーカーフェイスなのも存じ上げておりますので」
ストゥルトゥスは柔和な笑みを十六凪に向ける。
(懐に入りこむための演技も全てお見通しですか……やれやれ、噂通り喰えない方ですね)
十六凪もそれにいつも通りの温和な笑みを返し、口を開いた。
「では改めまして、ご紹介をさせて頂きます。
僕の名は天樹十六凪。オリュンポスの参謀をしています。以後お見知りおきを」
「ええ、宜しくお願い致します。
私の名はストゥルトゥス。生前は刻命城で城主をしておりました。愚者、と言ったほうが分かりやすいかもしれませんが」
「おや……思った以上に簡単に自分の素性を明かすのですね?」
「貴方様に隠しても無駄でしょうから」
ストゥルトゥスは変わらず笑みを称えてそう言うと、紅茶を上品に啜った。
十六凪もショートケーキをフォークで一口分に切り、口へと運ぶ。そして音もたてずに咀嚼し嚥下すると、言った。
「それにしてもここは良い所ですね。策士にはうってつけです」
「……どうしてそう思うのでしょうか?」
「戦場になるかもしれない広場を一望でき、いざとなれば他の客人を人質にすることも出来るからですよ。
そして何より、ここなら疑われることも少ないでしょうし。それでこの場所にいるのでしょう?」
「ふふ、流石ですね。その通りです。ここまで適した場所は他にないと思いまして」
ストゥルトゥスはあっさりと肯定する。
「それで、本件はなにでしょうか?」
「はい。
オリュンポスのほうで撹乱と不意討ちを考えているのですが、ご協力をお願いしたいと思いまして」
十六凪の申し出に、ストゥルトゥスは静かに頷く。
「私でよければ。
では、ハデス様のもとまでご案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「ええ。それでは行きましょうか」
二人は食事をそこで終わらせ、立ち上がる。
十六凪はこちらです、と言い踵を返し歩き出した。
(あと話しておく必要がありそうなのは『暴君召喚未遂事件』のヴィータさんですか……。
こちらの愚者さんと同じように彼女の行動には注意しておいた方がいいでしょう。
特にヴィータさんは、また何か企んでいるようですし。今回も、できれば彼女の策に上手く便乗させてもらえるように動くとしましょうか)
十六凪が階段を目指し歩きながら、今後の振る舞いを考える中。
窓の外のハイ・シェンの銅像に触れているグレアム・ギャラガー(ぐれあむ・ぎゃらがー)の姿があった。
――――――――――
「やはり銅像では何も分からないか……」
グレアムはほんの少し残念そうに呟くと、銅像から手を離す。
それは<サイコメトリ>で過去視を試みたが、ハイ・シェンに関わることは何も分からなかったからだ。
「……何か、当時から伝わる物でもあればいいんだが」
グレアムは辺りに目をやった。
特に目立つ銅像の他には豪華な噴水。敷き詰められたタイル。色とりどりの花が咲いた花壇があり――。
「ん……あれは」
花壇の前に立てかけられた一枚の看板が目に止まった。
グレアムは近づき、看板の文章に目を通す。それには『生前、ハイ・シェンが世話をしていた花壇』と書かれていた。
「……希望は薄いが、やってみるか。
伝説当時から三百年近い歳月が経っているが、試してみる価値はある」
グレアムは花壇の土に手を触れ、<サイコメトリ>を発動した。
◆
雨が振り続ける。
ずっと雨が降り続ける。
花壇に植えられた花は枯れ、雑草が茂っている。
「こんなの……やだ……やだよぉ…………起きて……モルス……」
その傍で十五歳ほどの少女が泣いていた。青年の亡骸を抱えて、泣いていた。
◆
<サイコメトリ>による過去視はそこで終わる。
えらく断片的で曖昧な情報だったが、グレアムは少しばかり口元をほころばせた。
「……当たりだな」
グレアムは続けて<サイコメトリ>を連発した。
◆
少女はの口は赤い血にまみれていた。
それは人を食べたからではない。
肉を、骨をかまわず噛み砕こうとして少女自身の顎の骨が砕け、肉が裂けてしまったからだ。
「行かないで……行かないで………わたしを、一人ぼっちにしないで」
少女は泣きながら、血で描かれた複雑怪奇な魔法陣の中央に立った。
そして、口を動かし言葉を紡ぐ。それに応じて、陣が怪しげに光る。
残念ながら小さくて、その言葉は聞こえない。
しかし、最後の言葉だけははっきりと聞こえた。
「――召喚」
と。
◆
「……結構、ハードだな」
グレアムはそう呟くと、もう一度<サイコキネシス>を発動する。
しかし、これ以上は何も見えなかった。
「ここまでか……まぁ、収穫がないよりはマシだな」
グレアムは《銃型HC》を使い、過去視で得た情報を他の仲間に伝え始めた。
――――――――――
とある建物の屋上。
ハイ・シェン所縁の地が見渡させるその場所で、ハデスとストゥルトゥスは作戦会議を行っていた。
「……と、言うのでどうだ?」
「ええ。優秀な作戦だと思います」
「フハハ! では、この作戦通りで行くぞ!」
ハデスは高笑いすると、自分達の周辺にいりオリュンポスの戦闘員を見渡す。
アルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)とデメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)に加え、《特戦隊》《戦闘員》《影武者》、の《下忍》で構成された十五人だ。
「さあ、我がオリュンポスの戦闘員たちよ!
観光客に変装し、この地で獣人の娘たちを探すのだ!」
ハデスは<優れた指揮官>で戦闘員達に命令を下す。
有能な上司に命令を受けた部下達の心は奮い立ち、いつも以上の働きをみせるものだ。
「了解しました、ハデス様。
契約者の皆さんのお相手はお任せ下さい」
「りょうかいー。不意討ちなら、このデメテールちゃんに任せてー」
オリュンポスの戦闘員はそれぞれの返事で了承をする。
その自由さこそが秘密結社オリュンポスの一番の強みなのかもしれない。
「ククク、我が部下、暗黒騎士アルテミスおよび戦闘員たちよ! ついでに邪魔する契約者どもを倒すのだ!」
ハデスの<士気高揚>の命令も受けた部下達は了承の返事をした。
その様子を輪から外れた場所で見ていた作戦立案者である十六凪は、誰にも聞こえないよう呟いた。
「まあ、この程度の小細工で、契約者を倒せるとは思っていませんがね」
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