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リアクション
二章 作戦会議
早朝。日の出を前にして、空が赤く染まる朝焼けの時間帯。
自由都市プレッシオの市街地の一角。宿泊施設の一つ、特別警備部隊の詰所で会議が行われていた。
「……以上のことから、私たちの任務は祭りの間の治安維持と明人捜索ね。
企みとか阻止しないと街が守れないかもだからその捜査と阻止も視野かな」
作戦会議の進行役であるルカルカ・ルー(るかるか・るー)はそう言った。
ルカルカの隣で、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は言う。
「明人の写真画像を警備部隊全員にデータで転送しておこう。データで転送出来ない者には写真を配布する」
「で、その作戦についてのことで、皆、なにか話しておくべきことがあるかな?」
ルカルカは、自分と同じくプレッシオの全体図を置く机を囲んでいる特別警備部隊の面々に目をやる。
多くの契約者の中、小さく手を上げたのは叶 白竜(よう・ぱいろん)だ。
「私から報告が二つあります。
これは事前にこの土地についての下調べと、教導団の大尉として自治組織の者に挨拶をした時の聞いたことですが」
白竜はそう言うと、調査結果を纏めた複数の用紙を全体図の上に置いた。
その紙にはプレッシオの反体制、反社会的な組織の名前。大まかな勢力図などが書いてある。
「公安組織の者に聞いた話では、この街は貧富の差が大きく、日常的に治安は良くないようです。
カーニバルの間は窃盗といった小さな事件しか発生していませんが、今月には殺人事件が数件起こっています」
白竜はそう報告すると、机の上に置いた一枚の紙を指差した。それには今月の殺人事件の内容が書かれている。
寝ている両親をガゾリンで焼き殺したまだ幼い息子。道行く児童を捕まえ干首にして売り払っていた教師。果てには、多量の血痕は残されているが死体のない一家惨殺事件など、陰鬱なものばかり。
それを見て、リーダーの李 梅琳(り・めいりん)は顔をしかめた。
「……思った以上に物騒な街ね」
「ええ。それにこの街には複数の犯罪組織があります。明るみに出ていない事件もあるでしょう。
また、その犯罪組織の社会を仕切っているのはコルッテロのようですね」
白竜は感情を込めずに淡々とそう言うと、机に置いた紙のうちから一枚を取った。
「それと、もう一つ。
幸いにもこの街には空港での入国管理体制がありましたので、協力を要請しカーニバル期間の入国者のデータをチェックさせてもらいました。
その中から教導団として過去に反体制的な行動が見られた契約者、またこの土地での反体制的な勢力に協力する可能性が高い者を絞り、ここに記してあります」
その紙には記憶に新しい空京での事件を起こしたヴィータ・インケルタ(う゛ぃーた・いんけるた)を初めとし、数十人の契約者の名前が書かれていた。
契約者の中には、カーニバルを満喫するわけでなく消息を絶っている者。または、コルッテロの傭兵として活動しているのを既に確認された者だった。
「会議が終わり次第、これを皆さんに配布します。
このチェックリストに名前を連ねる者に出会ったのなら、十分に気をつけてください。私からは以上です」
白竜の言葉を聞いて、ルカルカが端正な唇を開く。
「報告ありがと。他にもなにか話すことがある人はいる?」
「……僕たちからも報告がある」
次に手を上げたのはトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)だ。
「僕と子敬は<根回し>と<説得>でカーニバルの責任者と話しをした結果を報告するよ。
また、同じように自治側と情報の連携の体制を整ることに成功したから、そのことも今から詳しく話す」
トマスはそう言うと、パートナーの魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)に視線をやった。子敬は頷き、静かに語り出す。
「まずは、カーニバルの責任者とお話した結果です。
カーニバルに乗じて、善からぬ事の画策が行なわれているとのことでしたので、スケジュール・進行をよく調べ直し、改善しようとしたのですが……」
子敬はどこか悔しそうに目を伏せ、言葉を続けた。
「結果として、カーニバルの進行を変更することは出来ませんでした。大々的に宣伝しているので今さら変更をすることは出来ない、とのことです。
ですが、それ以外でのことは出来る限り協力しようとおっしゃってくれました。良くない動きがあったなら、即座に警備方である我々に判るように連絡してくれるとも。
また、交通規制で人の流れを制御することの全権を私たちに委任してくれるようです」
子敬の言葉を継ぎ、トマスが言葉を発する。
「次は自治側と話しときのことだ。
協力を取り次ぎ、街全体の地形や日常的な人の流れを把握した。交通規制にも人員を割いてくれるらしい。
そこで僕たちが行う交通規制の人の流れを予測したマップを作成した。これは後で皆に配布するよ」
トマスはそう言うと、懐から一枚の地図を取り出す。
それには人の流れの他に、歴史が色濃く残る街であるプレッシオの入り組んだ通路が分かりやすく描かれていた。
「単純にカーニバルを楽しむのが目的でない者は、おそらくこれらの規制からは外れた動きをしてくるだろう。
だから、このマップは特別な目的の警備・迎撃部隊にも役に立つ筈だ。……僕たちからは以上で終わりだよ」
「うん、ありがと。重宝すると思う。他にはなにか話すことがある人はいるかな?」
ルカルカは特別警備部隊の面々を見回す。見たところ、手を上げていたものはいなかった。
「いないみたいだね。じゃあ、これで会議を終わり、」
「――まだなの。はいなの!」
ルカルカの言葉は突然響いた元気な返事により、遮られた。
ルカルカは不思議そうに首を傾げ、もう一度辺りを見渡す。しかし、やはり手を上げている者はいないようで。
「……ルカ。この子みたい」
見かねた梅琳がひょいっと小さな女の子を持ち上げた。
持ち上げられたのは及川 翠(おいかわ・みどり)。ルカルカが気づかなかったのは、机より身長が小さかったせいだ。
「あ、ごめんごめん! で、話したいことってなにかな?」
「うんなの!
三日前に捜索依頼が来てたから、《不可思議な籠》に明人さんを探し物として入れておいたの。今から開けるの!」
翠は元気よくそう言うと、ふたを開けてごそごそと紙を探った。
そして、およそ四十時間開けられなかった籠から取り出された一枚の用紙には、丸っこい字の彦星明人という文字の下にヒントが書かれていた。
彦星明人は獣人の少女と共に逃げている。少女の命を狙う犯罪結社から。不遇の結末から。
ここは御伽の街とは名ばかりの、孤島に建てられた牢獄のような街。逃げる場所はなく、だんだんと追い詰められていく。
彼らが見つかるかもしれないのは三つの箇所。それは最も有名な観光名所。それ以外では絶望的といって良いだろう。そして――
翠はそこまで読むと、ヒントの最後の文章を見て目を見開いた。同時に声に出して読むのが止まる。
「? どうしたの、翠ちゃん」
「李さん、これなの……」
翠は小さく震える手で、梅琳の目の前まで紙を持ち上げる。
もう一方を救えば、明人は救えないだろう。
「……っ!?」
最後のヒントは、残酷な予言だった。
――――――――――
会議が終わり、人が少なくなって閑散とした詰所。
「ああ、もう。あの坊(ぼん)は……」
透明のガラスに囲まれた喫煙所のベンチに座り、アルマ・ウェルバはイライラした様子で貧乏揺すりをしていた。
洒落たメイド服に身を包み、凛々しいお姉さんと言った風貌の二十代女性が喫煙所のベンチで貧乏揺すりをしているのは、いささかシュールな光景である。
「いつまでも手間がかかるんだから……っ」
アルマは気分を紛らわせようと、喫煙しようとした。
しかし、ポケットを探っても煙草の箱が見つからない。もしかしてどこかに置き忘れたのか、と思い散々な自分に頭を抱えようとして。
「もし良かったら一本いかがです?」
喫煙所にいた世 羅儀(せい・らぎ)が、見かねて煙草を勧める。
銘柄はガラムスーリヤ。それは奇しくも、アルマが普段吸っているものと同じだ。
「……すいません。これはどうもご親切に」
アルマは丁寧にお辞儀して、差し出された箱から一本拝借する。
「いえいえ、気にしないで」
羅儀はニコニコと人懐っこい笑顔を浮かべ、そう言った。
しかし、それは親切心から行った行為ではなく、
(やった! 女性と堂々とお話できる貴重な機会をゲット!!)
という、女性に対するストライクゾーンの広い羅儀の思惑があったからだ。
「でも、大変だね。旅行でやってきたのに、パートナーがいきなり音信不通で行方不明なんて」
「……そうね。全く困ったものよ」
アルマは苦笑いをしながらガラムスーリヤを咥え、マッチで火をつける。
ライターではなくマッチを使うのは、彼女のこだわりらしい。使い終えたマッチは、彼女が軽く手を振ると手品のように消えた。
真っ白の手袋に包まれた指で煙草を挟み、アルマは満足そうに紫煙を吐き出す。瞬間、ガラムスーリヤ特有のお香に似た甘ったるい匂いが喫煙所に蔓延した。
「手馴れたものだね。喫煙はいつから?」
「はっきりとは覚えてないわ。彦星家に仕え始めたころには吸ってたかしら」
同様に一服中だった白竜は彦星家という単語を耳にして、アルマに声をかける。
「……すみませんが、少しお話を伺っても?」
「どうぞ」
アルマは了承して、紫煙をゆっくりと吐き出した。
(ああ、折角の一対一で女性とお話できる機会が……)
羅儀はそう思うと、会話に割り込んできた白竜をキッと睨む。
白竜はその視線を無視して、構わずアルマに話しかける。
「彦星明人についてですが、普段生活している上で素行に問題などはありましたか?」
「ないわね。従者のあたしがいうのもなんだけど、品行方正。
絵に描いたような優等生よ。ま、行動力と自信がありすぎるのがたまに傷だけどね」
「そうですか。では次に、彼がこの島に来てからの足取りを教えてくれますか?」
「この島に一日目についたとき、勝手にどこかに行ったぐらいしか分からないわ。それ以来はご存知の通り、ずっと音信不通」
「ふむ、では彦星明人は君と別れている間に獣人の少女と出会い事件に巻き込まれた、と」
「十中八九そうじゃないかしら。あの坊は正義感が人一倍強いから。
それにこの街はあんたの言ったとおり治安が悪くて、事件には事欠かないでしょうしね」
アルマは達観した様子で言葉を続けた。
「それに人は、自分の身に降りかかるまで、死をリアルなものとは感じないから」
そう言うと、アルマは煙草が短くなったことに気づき、灰皿に乱暴に押し付けて火を消した。
そして、何かを思い出したのか、切れ長な瞳で白竜を見つめて、口を開いた。
「……ねぇ、知ってる? ある著名な記者がこの街を訪れたときに言った言葉」
「いいや、存じませんね。知ってるか、羅儀」
ふてくされて煙草を吸っていた羅儀は、白竜を見ずに首を左右に振る。
アルマはそれを見て、よく通る透明な声で言った。
「『弱者は虐げられ、強者が貪る街』よ。
……御伽の町なんて大層な名前を持ってるけど、ほんとは夢も希望もない街なのよ、ここは」
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