百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

古の白龍と鉄の黒龍 第3話『信じたい思いがあるから、今は』

リアクション公開中!

古の白龍と鉄の黒龍 第3話『信じたい思いがあるから、今は』

リアクション



●天秤世界:ルピナスの拠点

 ――契約者が位置を特定した、パラミタとは別の世界の『聖少女』ルピナスの拠点では。

(……やはり、イルミンスールの現戦力は質、量共に桁が違いますね……。
 いくつかある難問を同時に解決出来うるだけの戦力を有しています。これでは小細工や搦め手でどうにか出来る相手ではありません)
 刻々と変化してゆく現状を鑑みつつ、アウナス・ソルディオン(あうなす・そるでぃおん)はとある場所へと歩を進める。
(恐らく、龍族と鉄族は停戦に向けた話し合いを進めるでしょう。両者の戦力がルピナスに向けられれば……いえ、近日中に予定されているルピナスの拠点襲撃でさえも、既に彼女には荷が重いでしょう)
 やがて辿り着いたのは、ルピナスの拠点……とされている地点。見た目には荒野と丘が広がっているばかりで、それらしい建物は見えない。だがアウナスはルピナスに直接会いに行く事はしない。彼女には一度“殺されて”いるし、“言葉”を伝えるにはこのくらい近付いていれば十分なはずである。
『……私の声が聞こえますか、ルピナス』
 アウナスがテレパシーで呼び掛ければ、少しして少女の“声”が返ってくる。
『ええ、聞こえているわ。今日は何のご用かしら?』
『まずは突然の訪問、お許し下さい。今日はあなたに、助言をしに伺いました』
 そう切り出し、アウナスが次の事を伝える。イルミンスールを中心とするパラミタから送られてくる戦力はその質、量共に強大であり、一時は勝利を収めたとしてもいずれ駆逐される未来が待ち受けていること。イルミンスールの聖少女、ミーミルが校長、エリザベートと共に近日、拠点を襲撃する予定であること。
 そして、今は従うフリをして契約者を利用し、決定的なチャンスを待った上で天秤世界からの脱出を検討してはどうかと、提案する。
『あなたの望むものは、実はパラミタにあるのではありませんか?
 天秤世界での活動だけでは、デュプリケーターの成長にも限界があります。パラミタであればより強力な学習を積み、生物の頂点に立つことも不可能では無いはずです』
 アウナスがそのように訴えると、ルピナスはしばらくの沈黙の後、ふふふ、と笑みを送ってくる。
『あなたは本当に、面白い人ですわね。……ですが、わたくしの望むものはこの天秤世界にあるのですわ。
 あなたはわたくしが、世界樹への反逆の為にこの世界に来ていることを知っているかしら?』
『ええ、情報ではそのように、契約者に語ったと』
 アウナスが答える。それはアウナスのような者でも得られる情報として掲示されていた。
『もし仮に、一つの世界を手中に収めたとしても、その世界に全ての世界樹があるわけではない。それでは反逆とは言えないし、いずれわたくしは滅ぼされてしまう。
 でも、この世界は世界樹が例えるなら必要悪として用意した世界。世界樹の全てが管理しうる世界。ここには世界樹の全てがあるといっていいわ。
 少なくとも、世界の一つを手に入れるよりはずっと効率的に、世界樹への反逆を果たすことが出来る。だから、ここである必要があるの』
 そこまで言葉を発したルピナスが、でも、と続ける。
『あなたの知らせてくれたように、契約者は強大な力を持っている。そして、わたくしはわたくしの目的を果たすまでは必ず生き続ける。
 いざというときには別の世界に……あなたが言うパラミタへの離脱も、考える必要がありますわね。
 ……それも、ただ逃げるだけではない、わたくしの邪魔をさせない策を講じた上で』

 アウナスの耳に、ルピナスの不敵な笑みが聞こえてくる――。


 ――それからしばらくの時が経ち、いよいよエリザベートとミーミルを中心とする契約者達の、ルピナスの拠点への襲撃が決行される前日。

「んー、反応があったのは、この辺だっけ? でもなんにもないよ」
「……見渡す限り、荒野と丘があるだけね」
 絵に仕込んだ通信機器を頼りに、特定された場所の近くに到着した契約者たち。しかしそこはミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が言うように、ただ荒野と丘が広がるばかりの地であった。
「反応はここより下にあるみたいだから、ルピナスくんの拠点は地下にあると見ていいね」
「ああ、そのようだ。感じるよ、微かだがかなりの数の殺気を。おそらくここを襲撃する予定の契約者を迎撃するデュプリケーターだろう」
「どうするの? このままただ朝を待つわけにもいかないし」
 探知機の反応を確認して、おそらくルピナスは地下に居るだろうとアタリをつけた桐生 円(きりゅう・まどか)樹月 刀真(きづき・とうま)も同意の意思を示し、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)がこれからどうするのかを一行に尋ねる。
「人様のお家に上がる時は、チャイムを鳴らさないとね。
 見たところそのようなものはないから……おーいルピナスくーん、来たよー
「……そんな、子供がするようなことで――あ、いや、別に円が子供だと言っているわけじゃないぞ」
 ジト目を向けられて弁解する刀真が、辺りの空気の変化に気付いて即座に剣の柄に手を当て、一行の先頭に立つ。
「刀真、あそこ!」
 月夜の声に振り向けば、丘だったものがぐにゃり、と歪むように変化していき、巨大な――巨大生物も通れそうなほどの――穴が出現する。
「この先を進め、ということのようですわね。どうしますの?」
「そりゃあ、ここまで来たんだ、行くさ。刀真くんと月夜くんは?」
「……今でも、非常に危険な賭けだとは思うが……俺は円に付き合うと決めたからな。
 周囲を警戒しつつ、進むとしよう」
「わ、私も一緒に行くからね! 白花のぶんまで!」
「どうしてそこで白花が出てくるんだ……」
 刀真がため息をつく。月夜がわざわざ言うからには封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)と何かがあったようだが、今はその事を気にする余裕はない。
「それじゃ、ごーごー!」
 ミネルバと刀真を先頭とする布陣で、一行が穴の先へと足を踏み入れる――。

 穴に入って少し歩いた先からは、垂直に続く縦穴を降りていく。それなりの距離を降りたと思われる頃、地面が見え一行は足を着け、先に広がる道を進んでいく。

「ようこそ、わたくしの家へ。……殺風景な所ですけれども」

 進んだ先、開けた場所へ出た所で、聞き覚えのある声が一行の耳に届く。殺風景……というかめぼしいものが何もない、床と壁と天井と所々の柱ばかりの空間に、ルピナスが一人、立っていた。
(……巧妙に偽装しているが、ここには十……いや、それ以上のデュプリケーターの気配を感じる。
 これが全て契約者に向けられると考えると、両者ともただでは済まないな……)
 警戒姿勢を続ける刀真と月夜、そして円がオリヴィアとミネルバが見守る中、一行から離れてルピナスの下へと歩き出す。
「やぁ、ルピナスくん、お招き頂きありがとう。この前は無粋な事して悪かったね」
 そう口にし、円がルピナスの背後の柱に提げられていた絵を見る。
「いいえ、こちらとしても手間が省けましたもの。
 ……それに、面白いと思いましたわ。あなたのようにこうしてわざわざ会いに来る方が」
「あはは。自分でも変わってる、とは思うけどね。
 ……ねぇ。ここに来るまでに考えたんだけど。ボクのこと、知ってみる?」
 言って、円が着けていた手袋を外し、その手をルピナスへ向けて差し出す。
「ボクはキミを、普通の子として見てみたいなと思って。それを表す為には、これしかないのかなって。
 ……あ、でもお願いだから取り込まないでね。正直な話、ちょっと怖いんだ」
 苦笑するように笑う円、言葉を裏付けるように、差し出した手は震えていた。
「……握手、ですか」
 ぽつり、とルピナスが呟く。その声に淋しさのようなものを感じた円が声をかける。
「キミは握手を拒まれる事、触れてもらえないことが当たり前だったのかな?
 こんな事聞いていいのか分からないけれど……元居た世界で、友達とか、親しい人は居た?」
 円の質問に、ルピナスは微笑む。その顔は空間のぼんやりとした灯りに照らされ、柔らかく見えた。
「ええ、居ましたわ。わたくしに名前をくれ、育ててくれた方が。その方は今も、ここに居ますの」
 ルピナスがそっと、胸に手を当てる。育て親とも言うべき者との思い出を、思い出しているのだろうか。

「……ルピナスの目的は何だろうか。自分の境遇が世界樹のせいで、その復讐の為に世界樹を滅ぼす事だとして、けれど世界樹を滅ぼす為にこの世界を壊すのだとしたらそこで終わるよな。
 彼女のもう一つの願い、自分の幸せのための何かがこの世界にあると思うんだが……」
 円とルピナスの交流を見守りながら、刀真が自分の中に湧く疑問を口にする。
「本人がどこまで考えているか分かりませんけれど、要するに自由になりたい、ということかしら。
 世界樹への反逆を企てる自分からも……復讐を果たせば自由になれるかも、と思ってたりね」
「んー、よくわかんないけど、それで自由になれるもんなのか?」
「なれるかもしれないし、なれないかもしれないわ。それは本人の気の持ちようよ」
 刀真の言葉を受けて、オリヴィア、次いでミネルバが話に加わる。
「……たとえ世界樹を滅ぼし、生物の頂点に立ったとして、確かに彼女は自由かもしれないが、孤独だろう」
「うん……ルピナスの在り方はどうやっても独りにしかならない。ルピナスの生み出す複製はある意味ルピナス自身だし、孤独を埋める事は出来ないよね?
 ルピナスには傍に居て、君は独りじゃないよ、って言ってくれるくれる友達が必要なんじゃないかな?」
「そう、だな。円がルピナスの友達になれるなら……解決への糸口も見えてくるかもしれない」
 月夜に言い、刀真は円の方を見る。……どのような展開に発展するかは想像がつかないが、少なくともルピナスと契約者のどちらかが死ぬまで争い合う事態は見たくない、そう思っていた。

「あ、そうだ。ボクはキミに謝らないといけないんだ。
 キミはボクに、今度会った時に幸せな絵を希望したけれど、ボクにはキミの幸せが何か解らなかった。
 ねぇ、キミの幸せって何なのかな?」
 円の問いに、ルピナスは沈黙する。
「……些細なことですわ。
 誰とも争わず、誰をも憎しまず、そして愛した方と死ぬまで一緒に暮らす、ただそれだけのこと」
 沈黙の後に吐き出された言葉、それは、大多数の者が確かにそれは幸せだろう、と評するに値する内容であった。
「ねぇ、本当に世界樹がキミの孤独な境遇を、運命を決めたのかな?
 ボク達の世界の聖少女は不幸な様子には見えない。世界樹が運命を、境遇を決めているとは、ボクには思えないんだけど」
 円の言葉に、ルピナスはフッ、と笑みを零す。それはどことなく、嘲笑うかのような笑み。
「……本当のところは、わたくしにも分かりませんわ。ただわたくしが、そう思いたかっただけなのかも。
 わたくしが、聖少女がこのような境遇を強いられたのは世界樹のせい。そう思わなければ生きていくことは出来ませんもの」
「……もしかしてキミは、同じような境遇の聖少女をもう生み出して欲しくないのかな?」
「そんな高尚な考えをわたくしがしているとでも? わたくしはわたくしの幸せのためですわ」
 キッとした表情で言い放つルピナス。その思いを、言葉を真正面から受け止め、円は微笑んで口にする。
「ボクが聞く限り、キミは現状にも、過去の境遇にも満足していない。……でも、キミにだって『未来』はある。
 だから、ボクはキミと一緒に幸せな絵を書く。……今のボクには、そういうのしか思い浮かばなかったけれど」
 言って、円が真っ白なキャンバスに絵を描いていく。円とルピナスが手を取って微笑み合うシーンを描いてルピナスに見せ、言う。
「まずは、ここから始めてみようよ。さっきはしそびれちゃったけどさ」
 絵を仕舞い、改めて手を差し出す円。今度は手の震えもなかった。
「…………」
 沈黙の後、ルピナスの手が伸ばされ、円の手を取る。
 浮かべた表情には、確かに笑顔らしきものがあった――。