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リアクション
●天秤世界:ポッシヴィ
龍族の本拠地『昇龍の頂』から南東方向に進んだ先にある小さな街、『ポッシヴィ』。
かつて、龍族と鉄族のように対抗種族と戦い、敗れたものの滅びること無く今日まで生き長らえた者たちが住む街は、珍しく賑わいを見せていた。
「これは、音楽か……? この街は何度か偵察に出たが、これほど賑わっていたことは無かった。一体何が……」
部下を連れ、ポッシヴィ入りしたケレヌスが、街の様子を訝しむ。対立することは無かったが交流もなかった街は、これまでの偵察では寂れた様子を晒していた。それが今では人々が皆、思い思いに楽器を手に演奏を行なっていた。
「事情は分かりませんが、ここにも契約者が絡んでいるのかもしれないわね」
隣のヴァランティが口にした所で、彼女の発言を裏付けるように一人の青年が声を漏らす。
「上手いこと、歌で戦いを止められないかって思ってな。なかなか観客が集まらねぇけど……今日はいい機会だと思ってさ、街の人に協力してもらった」
「……貴方は?」
現れた青年、日比谷 皐月(ひびや・さつき)にヴァランティが問う。
「俺は日比谷 皐月。『龍の眼』の防衛システムの話で、マルクスが世話になったと思うが、彼のパートナーだ」
「……あぁ、君がそうだったのか。
君が提供した技術のおかげで、我々は被害を最小限に抑えることが出来た。礼を言わせてもらう」
「なに、こっちだって見返りは十分もらっている。それに俺らの目的は、戦いを終わらせることだ。
戦いのことで感謝されるよりは、歌を聞いて少しでも何かを思ってくれる方が嬉しい」
言って皐月は、二人にチラシを渡す。それは雨宮 七日(あめみや・なのか)の身体を借りたツェツィーリア・マイマクテリオン(つぇつぃーりあ・まいまくてりおん)の、ライブのお知らせだった。
「ま、明日の手合わせの、景気付けくらいに思ってくれ」
背を向け、皐月が二人の下へ戻るべく歩き去る。チラシを一読したケレヌスとヴァランティは顔を見合わせる。
「色んな考えを持った契約者が居るわね」
「ああ。……俺達が当事者であるという事実を踏まえても、彼の志は評価したいと思う」
それぞれに言葉を発した二人が、部下にライブの事を知らせるべく歩を進める。
「魔法少女アイドル、レイニィ☆テリオンをよろしくお願いしまーす!」
ライブ会場となる広場では、歌い手である『レイニィ☆テリオン』ことマイの交流会が開かれていた。マイは愛想良く振る舞っているつもりだが、実際の身体は七日のものであり、そしてマイが主導権を握っているにも関わらず、七日の表情はどことなく硬かった。
『もう、七日さんも愛想良くお願いしますよー』
『……嫌です。断固として拒否します』
七日の、物凄く嫌という感情が篭った声が聞こえてきて、マイは苦笑する。外見が可愛いだけにもったいないなぁ、と思う。
『アイドル活動、楽しくないですか?』
『楽しくありません』
『じゃあ、皐月さんの願いを叶えてあげたいとは思いませんか?』
『…………、マイ、その質問は卑怯です』
七日の拗ねた声に、マイがえへへ、と笑う。
『頑張りましょう。少しでも多くの皆さんに、声を聞いてもらいましょう』
『………………実に不愉快です』
そう言いながらも、七日の表情にはやっと、それらしい笑顔が浮かんでいた。
(前にここに来た時に比べて、街の人に活気が見られるな)
街を歩きながら、イグナが街の人々が楽しげに楽器を演奏する様を見る。聞けば、自分と同じ契約者が自分達にライブの誘いをしてくれ、音楽を演奏する楽しさを思い出したのだという。
(私達が天秤世界に来たことで、彼らの境遇も変化したということなのか)
そう考えると、決してこの世界に来たことは無駄足ではなかったな、とイグナは思う。
(明日は、この近くで龍族との決闘が行われるという。距離は離れているが、何が起きるか分からない。
彼らを守れるよう、準備はしておかねばな)
彼らの明日を護るため……イグナは明日に備える。
「……!」
同じ頃、街の外れの静かな場所で、西表 アリカ(いりおもて・ありか)が刀を構え、一息に振り抜く。その横で無限 大吾(むげん・だいご)が新調した銃を構え、定めた目標に狙いをつけて引き金を引く。
「……よし。調整はバッチリだ。アリカ、そっちはどうだ?」
「うん、ボクもいい感じだよ。……大吾、明日の決闘、全力で頑張ろうね」
アリカの言葉に大吾がああ、と頷き、荷物をまとめ、今夜の宿営地へアリカと戻る。
「あ、大吾ちゃんにアリカちゃん、おかえりなんだよ〜」
宿営地では、廿日 千結(はつか・ちゆ)が夕ご飯の支度をしつつ、二人を出迎える。千結が中身をかき混ぜている鍋からは、食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってくる。
「おっ、この匂いはカレーだな。よーし、沢山食べるぞー」
「すごい量作ってるけど、これどうするの?」
「みんなに振る舞うんだよ〜。甘口中辛辛口用意してあるんだよ〜」
千結の言う通り、確かに鍋は3つあった。
「みんなって、街の人とか龍族とかにもか?」
「そうだよ〜。一緒のご飯を食べてみんな仲良しなんだよ」
千結がふふ、と笑う。人と悪魔が一緒に居られるようになったように、ポッシヴィの住人や龍族、鉄族もきっと一緒に居られるようになるはずだと。
「そう、だな。龍族も俺達を理解しようとしているからこその決闘だ。
俺達の思いを伝えるためにも……まずは腹ごしらえだ!」
「もう、さっきからどれだけ食べたがってるの? でも、ボクもお腹空いちゃった」
「もうちょっとで出来るから、それまでの辛抱なんだよ〜」
その後、千結によって振る舞われたカレーは、多くの者達のお腹を満たしたのであった。
「わーい、とってもにぎやかー! おまつりみたーい!」
「やきそばあるかな?」
「おいしいものあるかな?」
ポッシヴィ入りした魔神 ナベリウス(まじん・なべりうす)、ナナとモモとサクラは街の賑やかな様子にご機嫌であった。
「へぇ、この街の住民は皆、演奏の達人なんだ。興味を引かれるね。
決闘のためでなかったら、是非彼らとセッションしてみたかったよ」
そこかしこから流れてくる音楽に、魔神 アムドゥスキアス(まじん・あむどぅすきあす)が残念がるような笑みを浮かべる。
「そうだね。戦いを終わらせることが出来て、まだこの世界に滞在することが出来たら、その時はもう一度この街を訪れよう。
……ねえ、アムとナナ達は明日の龍族との手合わせ、どう思う?」
杜守 三月(ともり・みつき)の問いに、アムドゥスキアスは自分の考えを述べる。
「ボクたちのこれまでの言葉や行動を見た、聞いた彼らが考えた、彼らなりの契約者を理解しようとした結果、ってところかな。
少なくともそこに、ボク達をやっつけてやろうという悪意は感じられないね」
そう口にして、そういうことだから契約者たちは、伝えたいことを伝えるつもりで挑めばいいんじゃないのかな、と付け加える。
「三月も手合わせに参加するんだよね? キミは何を伝えたいと思っているのかな」
「僕はね、戦いを通じて仲間との絆を見てもらいたいって思ってる。……その為にはアム、君に力を貸して欲しい」
ボクに? という顔をするアムドゥスキアス。杜守 柚(ともり・ゆず)とじゃれ合っていたナナ、モモ、サクラも話を聞きつけて近寄ってくる。
「当日はアムとナナ達と、一緒に戦いたいって思ってるんだ。
一度は争い合った種族同士が、今は一緒に暮らしている、暮らせているって分かって欲しいんだ」
「私も三月ちゃんの思いには賛成したい。でも、ナナちゃんやアムくんが嫌がるのを無理にとは言わないから、気持ちを聞かせてほしいな」
二人の言葉に、アムドゥスキアスとナナは顔を見合わせる。
「どうする?」
「ボクは構わないよ。ナナたんは?」
「わたしもいいよ!」
結論はあっさりと決まった。
「ボクもナナ達も、柚や三月のお手伝いが出来たらって思ってる。
龍族の戦士達にうまく伝えられるかは分からないけど、やるだけのことはやってみるよ」
「がんばるよー!」
「うん、ありがとう。明日はよろしくね。
柚にも期待してるからね」
「はい。当日は私、みんなの怪我を治療したいと思うんです。
心をこめて治療すること、それが私なりの、思いを伝える方法だと思いますから。
三月ちゃん、アムくん、ナナちゃん、気をつけて。頑張ってくださいね」
柚が無事を願うように、アムドゥスキアスとナナを順に抱きしめる。二人とも照れくさそうにしつつ、感謝の表情を浮かべる。
「あれ、僕には?」
「み、三月ちゃんはいいの。あ、私お腹空いちゃったなー」
「わたしもー!」
「わたしもー!」
「わ、まってよー」
悪戯な笑みを浮かべる三月に柚がそっぽを向いて、モモとサクラと駆け去ってしまう。その後ろをナナがぱたぱた、と追いかける。
「あーあ、いいなアムたちは」
「あはは。三月のことはボクとナナたんで守るからさ。明日は頑張ろう」
「うん、頑張ろう」
二人頷き合い、柚たちの後を追う。
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