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古の白龍と鉄の黒龍 第3話『信じたい思いがあるから、今は』

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古の白龍と鉄の黒龍 第3話『信じたい思いがあるから、今は』

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 龍族の部隊長が、契約者が信じるに値するものであるかどうかを見極めるため、手合わせの場を用意した――。
 そんな情報を耳にしたメニエス・レイン(めにえす・れいん)の顔に、焦燥が浮かぶ。それはメニエス自身、鉄族へいち早く接触を果たしたものの以後は目立った成果を挙げられていない事への焦りでもあった。
(信じるに値するか否か、ですって? 信じてもらっちゃ困るのよ!
 絶対に、そんな事はさせないわ……)
 メニエスが時計を見る、手合わせの予定時刻までは一日を切っており、今から準備できることなど限りがある。加えて契約者側も、邪魔をしようとする者が来ることは誰かしらが予想しているであろうと予想出来た。
(それでも、あたしは行かなくちゃいけない。あたしは奴らを出し抜いて勝利する、その時までは引き下がれないわ)
 冷静さを欠いた頭で、メニエスは単独での奇襲計画をまとめる。手合わせの場で、鉄族に属している契約者が奇襲を仕掛けることで龍族は契約者に疑念を抱くはず、そうすれば信頼などされるはずもない、そのように考えをまとめたメニエスはミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)を連れ、『天秤世界』へと向かうのであった――。


 金属音が響き、ケレヌスの振るった槍が契約者の持っていた武器を弾き落とす。勝負を終え互いの健闘を讃え合う姿を、沢渡 真言(さわたり・まこと)グラン・グリモア・アンブロジウス(ぐらんぐりもあ・あんぶろじうす)が見守っていた。
「ねえ、どうしてみんな、戦っているの?」
 グランが真言の服の裾をつまみながら、おろおろとした表情で真言の顔を見る。
「そうですね……口で説明するのは難しいのですが。
 龍族の皆さんは皆さんで、想いを持っています。私達も私達で、想いを持っています。二つの想いが全く同じならいいのですが、違っていればそれは違った言葉・行動として現れますし、それが原因で対立し、やがて争いを生みます。
 そうなる前に言葉を重ね、想いをぶつけ合い、少しでも同じ形にしていこうとする……その一方で争い合うことでも、想いは削れ形は変化していきます。
 全く分かり合おうとしない相手とは、想いをぶつけ合おうともしません。こうして戦う事は、お互いに想いを同じ形にしようとする一つの手段なのです」
 真言の説明に、グランは分かったような分からないような顔をする。お互いに必要なことであったとしても、それぞれが傷つき、傷つけ合うのは嫌だし、見たくないと思うのはある意味当然であった。
(……このまま、この場の契約者と龍族とで、無事に手合わせが済めば良いのですが)
 その時は、自分の『手合わせ』の場は無くなってしまうが、既に十分、契約者と龍族とで手合わせは行われており、互いに伝わったものはたくさんあるはず。出来るなら自分の出番はない方がいい、そう真言は思っていたのだが。

『――――!』

 耳に届く、高音の音声。それはこの場に張られた聖歌結界が知らせる、敵意ある者の侵入を知らせる警報。
「勝負の場を穢そうとする者が侵入したようですね……。
 立会人として、この場を収めるべく力を振るわせていただきます」
 申 公豹(しん・こうひょう)が掌からパチッ、と電撃を迸らせ、敵襲に備える。
「グラン、下がっていてください」
「……いや!」
 自分も戦うため、グランに下がっているように命じた真言の腰に、グランがしがみつく。
「グラン、私は龍族の皆さんも、守りたいと思っているのです。
 私が戦う時は、守りたいものがある時……今が、その時なのです」
 あくまで優しく、真言がグランを諭す。その真摯な想いにグランもゆっくりと真言から離れる。
「あなたはあなたのやり方で、龍族への想いを伝えてあげてください」
「私の、やり方……」
 グランが呟いた所で、後方で衝撃が生じる。既に侵入者とそれを迎撃する者との戦闘が始まったようだ。
「グラン!」
 真言に背中を押されるように、グランが安全な場所へと避難する。
「さて……では、参ります」
 袖から、刃物にもなる糸を繰り出した真言が地を蹴って飛び上がる。侵入者は二人で、一人が広範囲の魔法を撃ち込むのをもう一人が援護する戦闘スタイルを取っていた。
(魔法使いの方は、先程の彼が抑えてくれている。その間に私は、護衛の者を無力化する!)
 公豹のかざした掌から生み出される雷と、侵入者の魔法使い――メニエスが行使する崩壊の魔力がぶつかり合う。聖歌結界中では魔力の発現が抑えられるため、通常であればメニエスの魔法が龍族側に甚大な被害を与えた所だが、今はせいぜい地面を崩し、欠片が龍族を襲う程度になっていた。それでも被害が生まれる可能性がある以上、早期に事を収める必要がある。
「ハッ!」
 真言が腕を振り、硬質化させた糸をメニエスを守る護衛の者――ミストラルへ繰り出す。
「!」
 攻撃を向けられたミストラルは手にした曲剣でそれを弾く。しかし反撃に転じない所に、戦力に余裕が無いのが見て取れた。
「援護させてください!」
 と、そこに龍族の一人が進み出、構えた弓から矢を放つ。ミストラルはそれも弾くが、次々と放たれる矢を弾いている内、動きに乱れが生じてくる。
「今なら……そこっ!」
 狙い澄ました真言の糸が、今度はミストラルの剣の柄を打ち、ミストラルは曲剣を取り落とす。

(くっ! この空間は、何!? 魔法が思うように発動しないわ!)
 メニエスが表情に焦りを浮かべ、詠唱を終えた魔法を龍族へぶつける。しかし思ったほどに魔法は効果を発揮せず、横から飛んできた雷の相殺もあって地形に損害を与える程度に留まった。
(侵入した時に聞こえた高音の音声……何か結界のようなものを張っていたというのかしら。
 ……けど、このままじゃ終われないわ! せめて龍族の名有りに一撃浴びせて――)
 その時、自分を護衛していたミストラルが契約者の攻撃に、持っていた剣を取り落とす。次いで遠距離からの矢の応酬に、メニエスは対応を迫られる。
「メニエス様、お気持ちは分かりますが、これ以上は無理ですわ」
 近付いたミストラルが、メニエスに撤退を促す。メニエスは粘りたい気持ちでいっぱいだったが、今を逃せば離脱の機会すら失いかねない。
「……!!」
 悔しげに、詠唱途中だった魔法の残滓をぶつけ、メニエスは箒を操りその場から撤退する。ミストラルが殿を務め、追撃がなかったこともあって二人は無事に撤退を果たしたのであった。

 メニエスの奇襲に一度は混乱したものの、契約者の迅速な対応と処置によって、混乱は早期に収束していった。
(確か、こちらの方に……)
 グランを連れ、目的の人物を探していた真言は、その人物――弓で援護をしてくれた龍族――を見つけ声をかける。
「先程の件、弁解の余地もございません。深くお詫び申し上げます」
「ああいえ、あなた方の対応のおかげで、こちらは怪我人を出さずに済みました。
 契約者にも色々居て、そしてあなたは我々を守ってくれようとした。だから私はあなたに力を貸したのです」
 ロータスと名乗った龍族の彼は、真言に誠実な笑みを浮かべる。その言葉に真言が安堵の表情を浮かべていると、グランがとてとて、と歩み寄ってロータスの腰にぎゅう、としがみつく。……それはグランなりの、龍族に会えて嬉しい、無事でよかった、という意思表示。
「……あぁ、ありがとう。私も君達と出会えたことを嬉しく思う」
 ロータスの言葉に、真言は一生懸命伝えることで、想いは伝わるのだと改めて感じる――。


 契約者による奇襲攻撃があったと連絡を受けてから、アンネ・アンネ 三号(あんねあんね・さんごう)アヴドーチカ・ハイドランジア(あう゛どーちか・はいどらんじあ)は待機していた場所から『ドール・ユリュリュズ』を龍族との手合わせの場所へ急行させる。そのような事件があっては、負傷者が出るのは必至、と考えられたからだ。

「コラ! 怪我してんだから逃げようとするんじゃない!」
「いや、その、あなたの治療法を疑っているわけじゃない。
 だが大した怪我でもないのにあなたの治療の手間を煩わせるわけには――」
「この世界においても私の治療法は効果的であると立証されている!
 たとえ小さな怪我でも、後に残せば万病の元。ここでキッチリ治療しておくのが一番なのさ」
「い、言い分はその通りなのだが――うおおぉぉ!?」

 アヴドーチカの振り上げた治療具――どう見てもバールのようなものである――が龍族の身体に炸裂する。決してこれで成敗しているのではなく、ちゃんと治療しているのだが、治療の衝撃がそれなりにあるようで(痛いというのではなく、こう、「ぐわんとくる」感じだそうだ)、戦闘中なら抵抗はない、と言えた龍族も流石に今のような場合には、ちょっと他の治療法がいいかなぁ、との思いはあった。だがアヴドーチカが全くの善意でやっているのが分かるので、龍族は雄々しく治療を受け入れていた。
「ふっ、アイツも災難だな。
 ……何にせよ、あなた方が来てくれて助かっている」
 三号の治療を受ける龍族の言葉に、三号はこれが『蒼十字』の仕事ですから、と答える。言葉に素直に喜べないのは、この被害が契約者と龍族・鉄族が分かり合う中で生まれたのではない点にある。
(僕達と同じ立場の者が、僕達と考えを違えて敵対し合う……。
 それは彼らが一個体である以上仕方無い事とは思うけど、悲しいことだし、辛い)
 『蒼十字』の一員として彼らを癒すのも、何か目的があって彼らに味方するのも、また契約者を攻撃するのも、同じ契約者。同じでありながら違う、そうだと分かっていても契約者の取った行動に憤りを感じないわけではない。
(……今は、治療に専念しよう。そのために僕達は行動している)
 悩みを振り切り、三号は治療に専念する。


 手合わせが再開され、再び契約者とケレヌスの戦いが行われる。……そして、契約者側に次の挑戦者の姿が途切れた。
「他に、私に挑もうとする者は居ないのか?」
 ケレヌスが呼びかけても、反応はない。今日はこれまでか、という空気が流れ出した頃、周りを囲む丘の一つから、高らかな笑い声が聞こえてくる。

「あーっはっはっはっはっは! あーっはっはっはっはっは!
 あーっはっはっはっはっは! あーっはっはっはっはっは!」


 その、ともすれば悪役風情に周りの部下に緊張が走るものの、ケレヌスがそれを制する。
「黄金の冠羽根をなびかせ、その体に宿るモフモフは正義!
 その瞳には未来を写し、その翼は大空を越えて明日を翔ぶ!
 誇り高き龍族たちよ、我らがことを知らんと欲するならば我が姿を見よ、そして魂に刻むがいい!
 我がジャイアントピヨの名と勇姿を!!」


 ジャーンジャーンジャーン、とどこからかドラの音が響いたかと思うと、ピヨに搭乗したアキラとアリスが空中で一回転した後、華麗に着地を決めると同時にポーズを取る。
「さあ、我がジャイアントピヨをモフりたければ、どこからでもかかってくるがいい!!」
 何を自信にしているかサッパリではあるが、キリッ、とした表情でアキラがケレヌスを指差し、宣言する。
「……そうか、ならば――」
 それに対し、ケレヌスは龍への変化を果たす。ピヨは同族(そう呼んでいいのか謎だが)からすれば途方もなく大きいが、そんなピヨですら青龍ケレヌスの前には見上げるしかなくなる。
「うおっ!? こんなにデカイなんて聞いてねーぞ!」
『嘘をつけ、わしから情報は受け取ったじゃろうに』
 ルシェイメアのツッコミに、アキラとアリスはツッコミ返す余裕がない。本気で向かってくるケレヌスの攻撃をかわすので精一杯なためであった。
「まだだ! ここで負けたらカッコ悪すぎる!
 ピヨ、飛ぶぞ! アリス、しっかり捕まってろ!」
 アキラの指示で、ピヨは大空へ羽ばたく。ケレヌスも後を追って羽ばたき、空中でのドッグファイトが展開される。
「アキラ、右から来るワ!」
「あらよっと!」
 右からのブレス攻撃をかわし、ピヨ式ビームとレーザーで反撃を見舞う。その一部がケレヌスを掠るが、効いた素振りは見られない。
 だが、アキラはまだ諦めていなかった。こうなれば最後は体当たりだと、その時を伺う。
「……今だ! いっけえええぇぇぇぇぇぇ!!」
『ピヨーーー!!』
 ここだ、と判断したアキラが、ピヨと共に体当たりを敢行する。ケレヌスをそれを見、避けることなくまっすぐ向かってくる。
 やがて両者が接触し、辺りに閃光が立ち込める――。

「みなさ〜ん、食事の用意が出来ましたよ〜」
 手合わせが一段落ついた頃、綾乃とセレスティアが大量のおにぎりと新鮮な野菜を持って現れ、そこに居た者たちにご飯を提供する。
「うぐぐ……い、痛い、動けない」
「まったく、無茶しよる。治療の方は『蒼十字』の者がしてくれたのじゃ、後は安静にしとれ。
 ほれ、今日は特別にわしが食べさせてやろう」
 ルシェイメアが手合わせに敗北したアキラの面倒を見る。やはり体格差があった分ピヨの方が弾き飛ばされてしまい、全員それなりに怪我をしたもののその場に居合わせた『蒼十字』のメンバーに治療を受けた事で、数日休めば元通りになるだろうとの事であった。
「これは、あなた方の世界の料理か?」
「元はそうですけど、この子たちはこの世界で育ったんですよ。畑を耕して、種を植えて、大きくなりますように、って思いを込めながら育てました」
 おにぎりと野菜を受け取ったケレヌスの問いに、セレスティアがほんわかとした笑みで答える。
「……うむ、美味しい。不思議と身体に力がみなぎるようだ」
 おにぎりを口にしたケレヌスが感想を述べる。流石は数多くの種モミ剣士を糧にして生み出された種モミから出来た米、というところであった。
「相手の感触は良好……これは取引に使えそうですね」
 食事の様子を観察していた綾乃が、相手の様子をメモに残す。ケレヌスもヴァランティも美味しそうにおにぎりを食している様子であり、米が彼らの文化に受け入れられる可能性は非常に高いと判断できた。