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古の白龍と鉄の黒龍 第3話『信じたい思いがあるから、今は』

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古の白龍と鉄の黒龍 第3話『信じたい思いがあるから、今は』

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●『天秤世界』:“回流”の植林地

「さあ、今日も植林するわよ。
 もっともっともっともっと植林して、天秤世界を植物で埋め尽くすのよ……って、あら?」
 キャロル著 不思議の国のアリス(きゃろるちょ・ふしぎのくにのありす)ハンナ・ウルリーケ・ルーデル(はんなうるりーけ・るーでる)と“回流”の植林地にやって来た多比良 幽那(たひら・ゆうな)は、“回流”が誰か見知らぬ人物と話しているのを認める。
「あぁ、幽那さん、皆さん、どうも。
 ……“紫電”様、こちらの方が私の植林活動を手伝ってくれているのです
 幽那たちの姿を認め、挨拶した“回流”が隣の人物――“紫電”に事情を説明する。
「“紫電”……? なんかどっかで聞いたことあるような気がするけど……まぁ、いいわ。覚えてないって事は興味無いって事よね」
「お祖母ちゃん、アイツ“紫電”ヨ。ここ来る時に機体があったカラ」
 構わず通り過ぎようとする幽那にハンナが補足を入れるが、幽那は「そう」とだけ言ってそのまま歩き続ける。
「って、オイ! オレの事は完全無視かよ!
 そんなんでいいのかよ、オマエらオレ達の戦争止めたいんじゃねぇのかよ」
 背後からかけられた“紫電”の訴えに、はぁ、と息を吐いて幽那が振り返り、手をひらひらと振って言う。
「戦争? 興味ないわ、どっかその辺で勝手にやってなさい。……ああ、どうせやるならちょうどいい具合に土地を耕すように戦いなさいよ。
 その上で死んで肥料になってくれたなら無駄もなくていいわ。……でも見たところ有害物質たっぷり含んでそうね、やっぱりいいわ」
「テメェ……! 好き勝手言ってくれんじゃねぇか。この森がどうなってもいいのかよ――」
 瞬間、目の前の幽那の雰囲気がガラッ、と変わり、“紫電”は言いかけた言葉をそれ以上呟けなくなる。
「あ、そうそう。植林した森に手を出そうとしたら……大 自 然 の お 仕 置 き よ
 幽那が掌をかざした先、まだ若木だったものがズズズ、と急成長を果たすと、枝がまるで生き物のようにうねって幽那へ纏わり付く。『機体』に搭乗しているならともかく、人型の現状では“紫電”に圧倒するだけの力はない。契約者との手合わせを明日に控えているのもあってか、“紫電”はあっさりと引き下がった。
『流石幽那ちゃん! 俺たちに出来ないことを平然とやってのける!
 そこに痺れる! けど憧れない!!』
「はいはイ、流行りのネタはそこまでにしておいテ。
 “紫電”、お祖母ちゃんはああいう人だかラ。一緒に植林するなラ歓迎するわヨ」
「しねぇよ。代わりに邪魔もしねぇ。その代わりちょいとこいつを借りるぜ」
 言って、“紫電”が“回流”に「ついてこい」と言って背を向け、歩き出す。“回流”が後を追った先、すっかり苔が生えた自身の『機体』の傍で“紫電”が振り返る、尋ねる。
「……なぁ“回流”、オマエはこれからもこの植林活動ってのを続けるのか? オレ達の所に戻るつもりはねぇのか?」
「……“紫電”様のお誘いを断るのは心苦しいのですが……私はもう鉄族のために戦うつもりはありません」
 “回流”の返事に、“紫電”は「そうか」とだけ答える。そして“回流”の『機体』をコンコン、とやって、再度尋ねる。
「じゃあもし、オレがこの森を焼き払おうとしたら、オマエはこの『機体』でオレと戦えるか?」
「! それは――」
 言い淀んでしまう“回流”、ややあって“紫電”がククク、と笑って言う。
「オマエ、あの女に知られでもしたらシメられるぞ。
 あの女は、オレが森を焼き払おうとすれば迷わずオレを殺そうとする。ありゃあそういうヤツだ」
 自分に向けてきた、殺意にも似た感情を思い出して“紫電”が言う。
「オレにはあの女が羨ましく思えるぜ。何のために戦うかをハッキリ定めてる。
 ……オレには少し、分からなくなっちまってるのさ。何のために戦うのかがな」
「“紫電”様……」
 “回流”にとって“紫電”の発言は、今まで聞いたことがない内容であった。“紫電”の隊に居たのはほんの僅かの時間だが、その頃から『疾風族』の隊長だった“紫電”は実力もさることながら、部下を駆り立てるのが上手かった。龍族への罵倒や愚痴を吐くことはあっても、弱音を吐くことはなかった“紫電”がそう口にするのは、相当であるように思えた。
「……ま、それをもう一度分かるようにするために、オレは契約者との手合わせを望んだ、ってとこか。
 “回流”、今度もし会うことがあったらその時は、『森を守るためならばたとえ同族同士であっても戦う』くらいは言ってみせろ。
 短い間とはいえオレの隊に居たヤツに、弱気でいてもらっちゃ困るんだよ」
 言うだけ言って、“紫電”が背を向け歩き去っていく。

 幽那たちの所へ戻ってきた“回流”は、今度はその幽那に「ちょっといいかしら?」と呼び出される。
「この前あなたに『あなたは何故植林をするようになったのか』と聞いたでしょう?
 その回答に対してちゃんと返事してなかったから、答えようと思って」
 そう口にし、幽那が周りの木々に視線を運びつつ、言葉を発する。
「私はね。あの時あなたが『戦えなくなって、周囲の惨劇に気付いたが故の贖罪』なんて口にしようものならぶん殴るつもりでいたわ。
 罪の意識を持ってはいけないわけじゃないけれど、贖罪という言葉は逃避の言葉に聞こえるのよ。そんな理由で植物を愛してほしくはない。いいえ、植物を愛するのに理由は要らないわ。少なくとも私はそう。人間だった時も、契約者になった時も、ね」
「……? ちょっと待ってくれ。
 君はその……人間、だったのか? 『契約者』という種族ではないのかい?」
 “回流”の問いに、幽那が契約者は人間と比べて超常的な力を行使することが出来るが、基本は人間であることを説明する。
「私が人間か契約者かだなんて、些細な事。知っての通り私は植物が好き、植物を愛しているわ。そこにこうだからという理由はない、植林をする理由? 私が植物を愛しているから。つまりはそういうこと。
 “回流”、あなたはそんな私を受け入れられる? 受け入れられるなら、もっと植林しましょう。あなたが植物に癒されていたのなら、それは植物にとって本望なこと。もっと植物に癒されるようにしましょう。
 受け入れられないなら、今までの私の植物への愛は届かなかったということ。そんな私を私は否定する、受け入れられないなら殺してみなさい」
 幽那の植物に対する愛情は、そういうレベルにまで到達していた。打算も何もなく植物を愛することこそが真の植物への愛と説き、それが受け入れられなければ自分を否定する。植物を崇めこそすれ、恨んだり憎んだりはしない。相手が植物を愛そうとしない、歪んだ愛情を抱くのは全て自分の植物への愛が足りないからだ――これをどう表現していいのかは言葉に苦しむ。“回流”も同じように苦しみ、どうにか言葉と呼べるものを口にする。
「君の植物への愛を知れば、僕のなど到底ちっぽけなものに思える。
 僕が君と植林をしていいのかどうかと思いもするが……僕はこれからも、植林を続けていきたい。
 最初はなんやかんや理由があったかもしれないが……今は、ただこうして植物を育てる事が好きになっていたようだ」
 “回流”の言葉を聞いて、幽那がスッ、と手を差し出す。
「愛の大きさが大切ではない、愛がどれだけ純粋なのかが大切なのよ。
 それを覚えているなら……植物を好きな者を拒んだりはしないわ」
 まるで聖母のような微笑みを浮かべる幽那、“回流”は手を取り、そして二人は森の奥へ消える――。

『なんかもうすっごい勢い任せに書いてるね? イイハナシダナーって思ってるでしょ?』
「はいはイ、誰にツッコんでるのか謎だけド、お祖母ちゃん行っちゃったヨ。ワタシたちも手伝わないト」
 明後日の方向(アリスは決して適当な方向を向いているわけではない)を向いて何かを言うアリスを引っ張って、ハンナが幽那と“回流”の後を追う。
(森に手を出すなら戦うとは言っていたけド、同族にはどうなのかしラ?)
 何となくだが、“紫電”にも似たような事を聞かれたのではないだろうか、そんなことをハンナは思う。
(同族には手を出さない甘ったれた根性なラ、ぶん殴られるわネ。お祖母ちゃんニ。ワタシは同族だろーが何だろーガ、お祖母ちゃんの邪魔をするならブッ飛ばすヨ。
 ……マ、今の“回流”ならもうちょっとマシな事言いそうネ)
 なるべくなら戦争の影響など関係無く、このまま幽那と“回流”と植林活動が続けられるならそれがいい、そんなことを思うハンナであった。