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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第2回/全3回)

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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第2回/全3回)

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鏡の国の戦争 3


「物資の主な調達先は、中国からだ。流石は世界の工場などとうたわれただけはある。武器から着物まで、用意できぬものはない。最初は質に難もあったが、マチコウバというところの技術者を送ってからは質も満足のゆくものになっておる」
 ダルウィは武器弾薬の補充先を訪ねた戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)の問いに、あっさりと答えてみせた。
「尤も、空港をおぬし達に抑えられてからは、補給経路が寸断されてしまっておるからな。次の戦が今後の岐路になろう」
「中国か、あっちの戦いって結局どうなってるんだ?」
 同席している甲斐 英虎(かい・ひでとら)は、他の地域の戦いの様子についてはあまり聞いてないことを思い出した。
「あちらは既に本懐を遂げたと聞く。捻くれた輩ではあるが、嘘はつかんであろう。今は、他の地域に武器を輸出したり、人間の兵団を調練するなどして余暇を潰していると聞く」
「本懐は、遂げたって?」
「我らは意味無く降りてきたわけではない。それぞれに攻撃目標を決め手おる。ザリスがシャンバラの女王を破壊する事のようにな。中国は、人類最強の因子の除去、だったはずだ。探すのに苦労したと嘯いておったな」
「それです。貴方達は何が目的なんなのですか。そうして、何かが変わるのですか? わざわざ戦力を小出しにするような真似までして、戦う事そのものが目的のようにも見えます。もしも、その各自の攻撃目標を攻略するという目的があるのであれば、今までのやり方はおかしいでしょう」
 小次郎の言葉に、ダルウィは何故だか天井を見上げた。
「戦争が、してみたかったのだ」
「はい?」
「我らは長い、長い時を、月の裏に身を隠し、アナザーの人々を眺め続けてきた。おぬし達の地球とは違うかもしれんが、地球の人間は常に戦い続けておった。寝ても覚めてもだ。それほど熱中できるものだ、是非とも体験せねばとそう思ってな」
 寒気を感じるような笑みを一瞬浮かべたのを、叶 白竜(よう・ぱいろん)は見逃さなかった。体験してみた戦争が、彼にとって実に満足のゆくものであったのだろう。
「そのために、戦闘能力を調節した兵士を作っているのですか? わざわざ、そんな仕様にするのは無駄が多いと他人事ながら思うのですが」
「実際の調節はザリスが行っておるがな。それに、少量の力で生産できる兵というのはそれなりの価値がある。我らの資源とて無限ではない、この種も大地に根を張り、力を吸い上げておるがそれとて急場の対応よ。上級兵を生産するほどの余裕はほとんどなくてな、故に我と共に海を渡った騎兵隊を素材に提供せざるを得なかった」
「戦力は無限というわけではないのですか」
「特に、我ら自身は燃費が悪くてな。だからこそ、次の戦いの結果は大事になるというわけだ」
 皆が話しをしている隅で、女の子は床に寝転びながら絵を描いていた。随分と楽しそうに一人で絵を描いている。
「できた! 天使様!」
 その絵が完成すると、どうだとでも言うように、完成した絵をダルウィに向けた。人のたくさんの羽が生えた天使のような何かの絵である。子どもの描く絵だ。頭からつま先まで全部黄色で塗られている。
「おお、おお、よく描けているではないか」
 ダルウィは大きな手で、女の子の頭を撫でると、女の子は笑みを零した。
「彼女とは、ロシアで?」
 英虎の問いに、ダルウィは「いや、日本だ」と答えた。
「日本なのか、ナディアって変わった名前だったから」
「それは元からこの子の名だ。名づけたわけではない。しかし、そのような事を聞いてどうする? 他の者のように、軍や我らの事を聞くのではないのか?」
「いや、彼女とよく一緒に居ると聞いてたから、もしかして契約者なんじゃないかなと気になってたんだ」
「ふむ。括りで言えば、我とこの子はそうであろうな。だが、伝え聞く契約者の力というのを、この子も、そしてあの小僧も顕現した様子は無いな」
「あなたには?」
「大釜の湯の上澄みが少し増えたり減ったりしたのを判別するのは難しい。そういう事だ。だが、ザリスには何か変化があったようだ、知りたければ奴に聞いてみるとよい」
 ダルウィは女の子を抱き上げると、自分の肩に乗せた。
「それと、君達は天使についてどれだけ知ってるのかな?」
「天使様!」
「こら、落ちるぞ」
 飛び出しそうになったナディアを、ダルウィは手で支える。
「天使というのは、シャンバラの守護天使の事か? それとも、こちらで確認されている熾天使と思われる何かの事か?」
「後者だね」
「ふむ、であればよくわからん。両者は敵対しているであろうという事、そして我らとて無視できん戦闘能力を単一で備えておるという事、あとは、眼下の人間や我らにほとんど興味を示さない事ぐらいか」
「興味を示さない?」
「それについては、この子が詳しいか」
 ナディアは目をキラキラさせながら、語り始めた。
「あのね、あのね、天使様がびゅーんってきてね、悪い人みーんな消してくれたの!」
「……?」
 ナディアの短い説明では、よくわからなかった。それを察したダルウィが補足する。
「この娘はな、時に人が魔物に見える事があるのだという。詳しくはわからん。恐らく、あの天使が暴れた夜に何かあったのだろう、我らがこの娘に出会った時には、多数の屍が出した血の川と、この娘しかおらなんで何があったかまではわからんのだ」
 それはきっと、悪夢のような光景だっただはずだ。
 それを、ナディアは目をキラキラさせながら、嬉しそうに語ったのだ。
「理由はわからぬが、あの天使どもが戦をしたのは我らがここに来た事と縁遠くはあるまい。元より、戦人でない者を切るは我らの本意ではないのだ。契約などという怪しい行為に興味は無かったが、あの地獄を忘れぬよう我はこの娘を選んだのだ」
「兵士じゃない相手は、殺すつもりがないと?」
 白竜が横からそう尋ねる。
「兵と兵が戦うのが戦争であろう。兵が民を襲うのは、戦災というものだ。そのような事をする為に、我はこの地に降りたわけではない。まして今は、民が兵になる時代ではなかろう。兵とは、選び抜かれ鍛え上げられた者に与えられる誉ある立場だ。名誉を背負い、命をかけ、知略を尽くし、優劣を決める。これほど面白きものはそうそう他にあるまい」
「人間が憎かったり、世界を滅ぼす事が全てではないのか」
「それは結果だ。我らは戦うために産まれ、戦うためにここにいる。十分な理由と価値だとは思わぬか?」
「戦う事が全てか」
「応よ。まして我らは五千年ものあいだ、お預けを喰らっていたのだ。人間どもが戦争を楽しんでおるのを、見せられ続けながらの五千年よ。随分待たされたのだ、その分楽しもうと思う事は悪い事ではあるまい」
 ダルウィはナディアを連れて出ていこうとする。
 その背中に白竜は声をかけ、足を止めさせた。
「我々を公開処刑すると聞いている。それは、いつ、どこで、行われるのですか?」
「種子の前の瓦礫を撤去して広場を作っておる。場所はそこ、時間はその日の様子次第だ。日の出から日暮れまでの間で、よさそうな頃合に行われる、そんな感じだろう。悪いが我は、その日は貴様等の本拠地を攻める指揮を執らねばならんのでな、これが今生の別れになるかもしれん。達者でな」

「近い! 顔が近い!」
 南坂光太郎はそう叫びながら、必死にマリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)を押し返そうとする。だが、悲しいかな非力な彼はマリーを押し返す事ができなかった。
「ウフフフ、年上のおねいさんは好きですか」
「ひぃっ!」
 身の危険を感じた光太郎の足が出て、マリーを蹴り飛ばす。
「怖ぇ、ちょっと様子を見にきただけだってのに、なんだこれ」
 間合いが取れると、光太郎は距離を詰められないように、少し慎重になったようだ。
 だが、蘆屋 道満(あしや・どうまん)から見てもそれは素人の範疇のもので、よほどな巧妙者でなければ、眼前のひ弱そうな青年は一般人でしかない。
「それで、好きなの嫌いなの?」
「え、答えなきゃいけないの、これ?」
「なら、いっそ身体に……」
「嫌いです。すっごい嫌いです。だからこっちに寄らないでください」
 さらに間合いが広がった。
「して、何用でこちらに?」
「別に、あっちの奴らが来てるって話だからちょっと見に来ただけだけど……」
 道満にそう答える。これといった目的は特に無いようだ。
「オレ達がどのようなものか知っているであろう。だとゆうのに、護衛一人か」
 光太郎の傍らには、ワーウルフが一頭静かに佇んでいる。先ほどのマリーの行動にも、特に反応を示さない静かで寡黙なワーウルフだ。以前見かけたもので間違いないだろう。
「随分、舐められてるのでありますか。あるいは、本当は爪を隠しているのか。実はザリスの本体だったりして?」
「ねーよ」
「であれば、もう少し身の回りに気をつけるべきであろうな」
「我もそう存じます」
 静かに佇んでいたワーウルフが、やけに鋭い視線を光太郎に向けながら発言した。
「大体、そなたは自分の立場がわかっておらんのです。戦う術が無いのであれば、無いなりの立ち回りというものが御座いましょう。それを、わざわざ自ら何の価値もない火中に興味だけで飛び込むような真似をしなさる。羽虫は火に自ら飛び込むといいますが、それと大して変わらぬではありませんか」
 唐突に始まる説教。
 彼らの上下関係はよくわからないところがあるが、ザリスの契約者であれば光太郎もそれなりにいい身分だと考えられる。その筈なのだが、口調こそ丁寧っぽいがズケズケと言われるのはどういう事だろうか。
 このまま延々と目の前で説教を受けている光太郎を眺めていても仕方ないので、道満は適当なタイミングで割って入った。
「ところで、嫌われ者などと名乗っていたそうだが、これはどういう意味ですかな?」
「あ、ほら、何か言ってるから、説教はその辺にな、な?」
「まだまだ言いたい事は山ほどありますが、ではそれは後に回しておきましょう」
「……で、何だって?」
 疲れて帰りたさそうな光太郎に、もう一度同じ質問を繰り返す。
「あー、それね。何か知らないけど、嫌われるんだよ、何もしてないのにさ。たぶん、そういう体質? みたいなもんじゃね?」
「体質、にわかに信じられぬ話であるな」
 何もしてない、なんて主観はそもそも信用にならないものだ。何かしたつもりはなくとも、言動や態度などで滲み出るものもある。そういった、所作の積み重ねは案外無視できるものではない。
 見る限り光太郎は、ヘタレっぽく説教の内容によれば考え無しで野次馬で、そして無力らしい。好かれる体質ではないだろうが、嫌われ者などと自嘲する程、排除されるような存在でもないだろう。
「人間は、好きか?」
「ざっくりとした話だなー。まぁ、好きとか嫌いとか以前に、怖いよな」
「これまた奇妙な返答でありますな」
「たまにさ、たまにだけどさ、人が化け物に見える事があんだよ。ちっちゃい頃は幽霊か何かを見てるんだと思ってたけどさ、どーやら他の奴には普通の人に見えてるっぽいんだよね」
「化け物に見える……厄介な目を持っているようだな。それで、怖いと。その化け物とやらは、どのような姿を?」
「色々、内臓はみでたゾンビみたいな奴や、こいつらみたいにどっかで見た事あるような、モンスターって感じのやつとか。ま、色々だわな」
 光太郎の発言を鵜呑みにするわけではないが、本当であれば人に嫌われるというのも何となく想像できる。そのようなものを見ている彼の態度は、他の人に好意的に受け入れられるのは難しいはずだ。
 少なくとも、目の前の青年は上手に演技ができるタイプではないし。
「それで、ならば最初から化け物であるダエーヴァに身をよせたと」
「別に、それが原因ってわけじゃないけど……こっちでも大して変わらなかったけどな。あ、近づかないでおこう、って態度は口に出さなくてもわかるっつーの」
 視線を向けられた護衛のワーウルフが、僅かに視線をそらす。
 仕事だから護衛をしているのだ。という考えが、このワーウルフにもあるのだろう。
「では何故ダエーヴァに? ザリスとはどこで?」
「アレが降ってくる場所って結構前からわかってて、丁度オレの家がその範囲でさ……そしたら、他の家族はオレに何も言わずに勝手に田舎に行きやがったんだよ」
 酷い家族である。
 連絡の行き違いのようなミスではなく、人為的に置いていかれたのだとしたら、彼の嫌われ者という言い方もあながち嘘ではないのかもしれない。
 大きな事件などではないのだ。私物を隠されたり、意図的に無視されたり、そんな事を積み重ねて積み重ねて、それが今の彼には当たり前になっているのだ。表情の希薄な化け物から、態度を察する程度に敏感で臆病なのだろう。
「んで、全部どーでもよくなって、避難のやつ無視して家でゴロゴロしてたらさ、来たんだよあいつが。んで、僕には君が必要だ是非とも一緒に来て欲しい、ってな。まー、オレにそんな事言う奴居なかったし、そん時はあれが外国で戦争してた化け物の親玉だとは知らなかったし、ほいほいついてったわけよ」
 彼の境遇が想像通りであれば、ザリスについていった事にさして不思議はない。
 だが、一方のザリスの意図は読めない。もし彼が嫌われ者であるというのが、ザリスの意図したものであるのならば、こんな特に秀でたところも立場も無い人間を狙わず、もっと価値のある人間を落とす方が効率がいいはずだ。
 光太郎に何らかの価値があるのか、あるとすればそれは一体何か。
 彼が言った、人間が化け物に見える目。それが理由だろうか、ただそれだけでは何の意味があり、価値になるのかよくわからない。少なくとも、人間に嫌われるから、化け物には好かれるなんて単純な話ではないようだ。
「ところで、捕虜や子ども達は化け物に見えたりするでありますか?」
「いや、今のところは、みんな人間に見えるぜ」



 契約者達とダエーヴァのそれぞれとの会話は、白竜と世 羅儀(せい・らぎ)の手で整理され、テレパシーによって仲間へと伝達された。
「……しかし、あいつらも暇なのかね」
 報告を終えて一息ついた羅儀は、大きく伸びをした。
 訓練もなく、運動場もないここでは体が鈍りそうだ。
「それとも、俺達がそんなに珍しいのかな。こっちには居ないし……珍獣扱いって考えるとなぁ」
 今日の報告は終わり、寝所に向かって廊下を歩く。
 そこで、見回りをしているカカシに出会った。
「ふむ、おぬしか」
 カカシは包丁のついた棒を杖代わりにゆっくり歩いていたが、羅儀を見つけると、そこで足を止めた。
「オレがどうかしたって?」
「何か力を感じたからな。まぁ、お仲間と何かやっていたのだろう」
「この前の戦いに傷が疼いて、眠れなかっただけだよ」
「はっはっは、構わん構わん。あんたらの勝手を止めようと思っているのなら、こんな足の奴を置くわけなかろう」
 武器を取り上げられているとはいえ、ここに居るのはほとんど契約者だ。カカシ一人を倒すのに、苦労はしないのは確かだ。
 白竜はこれを、彼らが人間を観察するための場として用意しているのではないか、と口にしていた。
 しかし、人質にさらに人質を用意するような、あまり気分のよろしくない策を準備しておきながら、現状は実質放し飼いだ。
 それに、本当に彼らはそこまで人間を知らない存在だろうか。確かに契約者についての知識は足りないかもしれないが、この世界の人間については自分達よりも知っている節がある。
 カカシはそのまま見回りの為に歩き出した。
 暗闇に溶けていく背中から視線を切り、羅儀は寝所へと歩みを向けた。