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リアクション
鏡の国の戦争 10
遠くに見える黒い大樹が、ゆっくりと傾き倒れていく。
「うーん、二人じゃだめだったか」
長刀を肩に担いだザリスは、あまり残念そうな様子はなく淡々とそう零した。
「大胆な手を使う、我には考え付かんな」
「別に捨てたわけじゃないけど、でも守る価値もそこまで無かったからね。もうあれは出涸らしだよ。どっかの誰かが、せっかく備蓄しといた機晶石を持ち出したせいだよ」
ダルウィにそう言い返すと、ザリスはその場に座り込んだ。
「あーあ、これで僕も寿命付きかぁ。残った力でどれぐらい動けるか全然わからないや。僕が死ぬのは今日かな、明日かな、それとももっと先かな」
「死など恐れていない癖に、よく言う」
「まあ、何度も繰り返したしね。それこそ、数え切れないほど……ど、ど、どどどど」
「どうした?」
ダルウィは振り返る。
問いかけにザリスは答えず、ゆっくり立ち上がると体の感覚を確かめるように軽く飛んでみたり、体を捻ってみたりをしていた。
「お主、無手のか」
「お、正解。よくわかるね、それとも警戒してた?」
「体の使い方がおぬし達は微妙に違うからな。それより、何があった?」
ダルウィが知る限り、ザリスの個体同士で意識を交換するような事は無かったはずだ。可能だったとしても、それは彼らにとって禁忌であったはずである。
「何も無かった、とは報告できないね。まぁ、色々。めんどくさい部分ははしょるけど、背中は僕に任せてよ」
「そうか……成ったか。いいだろう、どのみち背中はさらすつもりであった。貴公の行動に注文はつけんよ」
「そう? そういう事なら、僕もそっちは僕達と君に任せるよ。話が早くて助かるなぁ。それじゃ、こっちの僕に体を返すね」
ふっとザリスの体から力が抜けたようになり、そのまま頭から地面に倒れた。少しして、自力で体を起こす。
「あーあ、先越されちゃったか。もうこりゃ、無理かなぁ」
今度は、とても残念そうにザリスはそう呟いた。
「しかも、何コレ違和感すごい。ごめん、少し休むよ」
「もはや形勢は決しておる。存分に休むといい。我は、少し体を動かしておくかな。この目にも、慣れておかねばならん」
眼帯に手をあて、ダルウィは一歩踏み出した。
この一部始終を見ていた、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は、その一歩が自分に向けて出されたものだとすぐに理解した。
「全く、いつから気付いてたんだか」
S205ファントムのスコープから目を離し、苦笑する。気付かれないよう立ち回るべきだし、真正面からやりあってどうにかなる相手とも思えない。
まだ十分に距離はあるし、ダルウィもそこまで急いでこちらに向かうつもりではないとエヴァルトは読み、通信機を手にとった。
「あーあー、今からかなりヤバイ奴がこっちに来る。お前達は俺から十分に距離を取っておけ、援護は大歓迎だが、敵の注意は引くな。最後に、俺がダメっぽかったら逃げてOKだ。通信終了」
返答を待たずに通信を終えて、深呼吸。
預かってるだけの国連軍の兵士は、なるべく生存して欲しい。
「さて、あんたは決闘でもしたいようだけど、俺はそういうのは簡便だ。逃げるし隠れる。悪いが、徹底的に邪魔させてもらうぞ、ダルウィのおっさん」
テーブルの上には冷めた紅茶が三つ。
アナザー・アイシャは、紅茶に写る風景を眺めていた。
同じ席につくリア・レオニス(りあ・れおにす)とレムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)も、静かにその様子を見守っている。
アナザー・アイシャのお茶会に参加した人の感想は概ね、大変だったとか、質問攻めだったとかが多い。
シャンバラについて聞きたがるアナザー・アイシャの容姿は、シャンバラの女王であるアイシャに瓜二つで、どう接すればいいか図りかねている部分もあるのだろう。
そのような理由で、このお茶会は疲れるものとして多くの人に認識されている。悪い気はしないし、楽しい時間ではあるのだが、終わったあとについため息をついてしまう。そんな扱いである。
そんなお茶会も、今日はどこか沈んだ空気だ。
それもそのはずで、今はダエーヴァとの決戦が行われている最中である。ここには、軍事的な情報はあまりこない為、余計に不安が募る。
そのうえ、その決戦の最中に千代田基地に残っているという事は、残らなければいけない理由がある人達という事である。仕事の邪魔はできない。結果、アイシャの身辺警護を行っていたりする人が、ヘビーローテーションでお茶会に招かれる事になり、リア達もこれで六回目のお呼ばれである。
「紅茶、淹れなおしてきますね」
淹れなおしても誰も手には取らないだろう。わかっていても、レムテネルがそうするのは、何もしないで居るとこの沈黙が永遠と続きそうだからだ。
リアは色々と声をかけてみたが、アナザー・アイシャの返答は常に「はい」と一言あるだけだった。
上の空で聞いていないのではない。聞いて、ちゃんと「はい」と答えていた。
新しい紅茶の香りが広がっていくなか、レムテネルは考える。
アナザー・アイシャがどこか危ういものであるように感じていたのは、以前からだ。それはきっと、彼女という存在がまだ誕生したばかりであるから―――そうだろうか?
その考え自体に間違いはないだろう。
だが、今日一日何度もお茶会に招かれて、沈黙を共有してなんとなく感じたものがある。
アナザー・アイシャの意思とは、どこにあるのだろう。
彼女は、その内に眠るアナザー・アムリアナの言葉と、そして彼女の雛形となったオリジンのアイシャの言葉に従い、ただただその役割を演じているに過ぎない。
産まれたばかりだから判断力が無い。そういうわけではないはずだ。
怖いとは思わないのだろうか。彼女には特別な力があるわけではなく、その命を他人の意思で勝手に世界と釣り合う天秤に乗せられているというのに。
拒絶できない事を理解しているとしても、素直に役割を受け入れるのはあまりにも出来が良すぎるように思う。
「そう言えば……」
「どうした?」
「いえ、先日お願いした紅茶がまだ届いていないようですね」
「そうだっけ?」
思わず口に出た言葉をしまいこむ。
彼女は確か、いずれ時が来たら体をアムリアナ様に返したい、そんな事を言ってなかっただろうか。それは、彼女の持つ優しさだとそう受け取っていたが、もしかしたら彼女なりの反抗の意思だったのではないだろうか。
人に全部の責任を押し付けて、勝手に消えるなんてずるい。
そう思っての行動ではないと、否定できる材料は無い。
「お待たせしました……冷めてしまうと勿体無いので、暖かいうちに一口どうぞ」
レムテネルがそう言うと、「はい」とアナザー・アイシャは答えて、一口だけ紅茶を口にした。
「では、【イコン解析資料集】の10ページ目を開くように!」
狭い部屋にこそこそと集められているのは、技術者や国連軍や自衛隊の上級将校達だ。
彼らを根回しし集めたドクター・ハデス(どくたー・はです)は、教材として用意したイコン解析資料集を手に、イコンの構造についての解説を始めた。
行われるのは、かなり専門的かつこちらには無い技術体系の説明である。簡単には集まった彼らも理解できないだろうが、机上の空論ではなく実際にイコンを見、動く姿を見ているだけに授業に対する集中力は高い。
「うむ、いい質問だ」
講義を行うハデスもどこか活き活きしているように見える。
教室の隅で、その様子を見守っていた天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)は、音を立てずにゆっくりと教室を出た。
出たところで、うつむきがちに歩いてくる高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)を見かける。
「お早いですね、もう実験は終了したのですか?」
「乙女のプライバシーが……」
「……?」
見ると、咲耶の手には四角い封筒がある。
なんだろうと十六凪は手に取って、中を開けてみた。
「……よかったですね、健康じゃないですか」
「おじさんに集まられて、身体測定されたんですよ」
「でも、彼ら医者ですし、ほら、スリーサイズの欄は空欄ですよ」
スパンと音を立てて、咲耶は封筒と中身を奪い返す。
非常に重要かつ、機密な情報が記載されているのを思い出したのだ。
「人道的な健康診断でよかったじゃないですか。あ、今度歯医者の予約しておきますね。今ならすぐ治療できるとありましたので」
兵化人間強化プランの、強化人間の実験サンプルとして提供された咲耶は、徹底的な健康診断を行われたようだ。
結果は至って健康、ただ虫歯の兆候アリ。歯磨きを欠かさず、早めに歯医者に通院しましょう。との事である。
千代田基地にある設備と、彼らの発想でまずどこがどう普通の人間と違うのかを、彼らなりに徹底して調べた結果の副産物である。貴重な秘密結社オリュンポスの改造人間なので、解剖とかしないでね、と前もって通達してあるのもあっただろう。
「私、部屋で休んでますね」
「歯磨きはしっかりしてくださいね」
「……でも、歯医者いかないといけないんですよね?」
「当然です」
落ち込んだ様子でふらふら歩いていった咲耶と入れ替わるようにして、ベスティア・ヴィルトコーゲル(べすてぃあ・びるとこーげる)と火天 アンタレス(かてんの・あんたれす)がやってきた。アンタレスの背中には、小型の機晶リアクターが乗せられている。
そのまま、ハデスが講義をしている室内へと入っていった。
手際よく機晶リアクターを機材につなぎ、稼動させる。
「このように、小型の機晶石でも、これだけの出力を計測することができるであります」
淡々と、リアクター技術についての解説を行う。
この実証実験は、特に技術者の注目を集めた。ベスティアは必要な説明を手短に行いながら、集まっている人たちの顔ぶれや、ハデスの様子を観察した。
彼らの発言や、興味をつぶさに観察しつつ、解説を終えたベスティアはさくっと部屋を出た。
教室の外で、恐らく邪魔者の乱入を警戒しているのであろう十六凪を見つけ、ベスティアはそちらに歩み寄る。
「一つ、いいでありますか」
「なんです?」
十六凪達は手早く動いて、国連軍の中にいくつかコネを作っていた。技術者として、こちらの技術を吸収しつつ、より発展させたいと考えていたベスティアはそのコネに利用する代わりに、個人で持ちこんだリアクターを用いた講義を引き受けたのである。
「アナザーでは、機晶石は存在するのでありますか?」
「それはまだ、確認がとれていませんね」
アナザーでは、イコンは未知の存在だった。シャンバラと接点を持たないこの地では、その雛形に触れる事もできないのだから、それはいい。
だが、アナザー・コリマが国連軍の指揮官を務める程度に出世しているのに、なんでこの世界の主力兵器は化石燃料を使っているのだろうか。機晶石の発掘が進んでないから、戦時中だから、それでもエネルギー資源としての価値は色あせないし、コリマがこの戦役を予知してから準備をするまで、全く時間が無かったわけではない。
「彼らは機晶石を知りませんでした」
ベスティアは教室を振り返る。
中の技術者の反応は、凄い技術に驚くのではなく、機晶石というエネルギー資源そのものに驚嘆しているようだった。
「資源が無いのであれば、技術があっても無意味であります」
「なるほど、その可能性はありますね」
機晶石がこちらに無いならば、輸入に頼る必要がある。戦時中にゼロから研究を行うことも可能だろうが、オリジンは今のところアナザーの敵ではなく協力者だ。オリジン側としては、完成品を提供した方が、時間と手間のコストも割安で済む。実際、廃棄寸前の旧式イコンでさえこれだけありがたがられているのだ。
アナザー世界に適した【機晶リアクター・ジェネレーターセット・システム】の研究を行う意味は、すくなくとも現状ではありまりないだろう。
一方、十六凪は全く逆の考えに至った。
(アナザーに無いものが、オリジンには存在する。それだけで、火種としては十分というものでしょう。今は余裕の無いアナザーも、常に同じ考えとは限らない。ふふ、オリジン対アナザーという混沌とした構図へと世界を導くのは、悪の秘密結社としての責務ですし、ね)
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