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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第2回/全3回)

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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第2回/全3回)

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鏡の国の戦争 11


「マスク・ザ・ニンジャ!」
「は、ここに!」
 マネキ・ング(まねき・んぐ)の言葉に応え、天井にはりついていたマスク・ザ・ニンジャ(ますくざ・にんじゃ)はすちゃっと着地する。
「普通にドアから一度入ってきたのに……」
 セリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)は控えめにそう突っ込んだ。今更であるのはよくわかっているが、かといって全部無視するのもなんだか居所が悪い。そんな複雑な心境の表れである。
「よろしい、では今度こそ成果を見せてもらおう」
 マネキの傍らを見ると、ゴミの山が積まれていた。
 一昔前の健康器具や、ちょっとエッチな本や、腐ってカビのはえたパンなどである。
 マスク・ザ・ニンジャが千代田基地を探索し、得た貴重な情報源、らしい。見ればわかる通り、ただのゴミの山である。
「こちらを」
 懐からすっと差し出されたのは、分厚い手帳だった。革のカバーがされており、年季もはいっている。
「どれどれ」
 エロ本を受け取った時と同じように、マネキは慎重に今回の収穫物を謁見した。
「ふむ、これはアナザー・コリマの手記のようだな。でかしたぞ」
「え?」
 セリスは振り返って手帳に視線を向ける。
「それは、さすがに、ヤバイ代物なんじゃないか」
 エロ本やかびたパンが続けて持ち込まれたので、てっきりマスク・ザ・ニンジャも遊んでいるのかと思ったが、本格的に危険な場所を探索していたようだ。
 というか、こんなものを見つけてこれるなら、このゴミの山は一体どういう基準で重要物だと判断したのだろうか。
「それはこっそり返してきた方がいいんじゃないか?」
 誰だって日記を見られるのはいい気分はしないだろう。
「何を言うか。協力者である我々に隠し事をしようとする魂胆は気に入らん。それに、普段奴が何を考えているか、気になりはしないか?」
「そう言われると、少しは気になるけどさ」
 だが、何を根拠にアナザーの人たちが隠し事をしている事になったのだろう。たぶん、聞いてもまともな答えは返ってこない。
「ふむ、つまらん事ばかり書いてあるではないか」
 好奇心に負けて、セリスも手帳の中を見る。
 そのほとんどは、仕事のメモだ。何時に誰に会うという予定から、忘れてはいけない事を書き残している感じである。
「普通だ」
 強いてあげれば、意外とまめな性格なのが滲み出てるあたりだろうか。
「こんなの見ても意味ないだろ。早く元あった場所に」
「そうでもないぞ」
 マネキが示したページには、アナザー・コリマが契約者達に抱いている不安のようなものが書かれていた。曰く、彼の記憶にある契約者は少数で戦況をかき乱したりするような存在ではなかったようだ。
 ページを進めていくと、また日記のような記述を見つけた。
「今日の戦いについてか」

 オリジンの羅氏と最後の打ち合わせを行った。
 彼は空港から部隊を出撃させ、捕虜となった仲間の救出の指揮を執り、私は正面に構えるダエーヴァを撃退する。
 恐らく、彼らは黒い大樹という拠点を放棄するだろう。彼らにとって、それは前例が無いわけではない。ダルウィもまた、そうして日本にまで渡ってきた。
 その事を伝えると、それも承知の上だと彼は頷いた。
 ダエーヴァに関する情報は少ないが、司令級と呼ぶ個体は、他の個体と違い代替の利かないものである。ダルウィが僅かな手勢と共に、日本まで逃れてきたのは、大樹よりも自身の身を案じた事他ならない。
 ならば、確実に司令級を倒す事こそが、この戦争の勝利に繋がるはずだという。彼の考えは非常にシンプルだった。
 この作戦において、ダルウィ・ザリスの両司令級を撃破する。
 彼の率いる救出部隊は、隠密性よりも火力を重視しているようだ。拠点に残る戦力と黒い大樹、そして司令級を撃破するためである。
 一方、こちらの役割は二つある。一つは敵の撃破だが、それ以上に重要なのは千代田基地に敵を近づけない事だ。
 もしも女王の身に何かあれば、我々の行動は全て無になってしまう。
 怪物達の正面に立つ事を危険視する声も多いが、女王を抱える以上、我々が優先すべき事は、千代田基地に敵を近づけない事なのだ。
 世界の終わりや、女王について知らぬ者から見れば、妄言のようにも聞こえるだろう。だが、それを証明する事もできない以上、この立場を持ってそう命令を下す他無い。
 当初の予定通りに素早く黒い大樹を制圧し、ダエーヴァを挟撃できる状況になる事を祈るしかない。
 

「時間稼ぎ、か」
「随分煽っていたわりには、アナザー・コリマはイコンを信用してはないようだな。もっとも、あんなのろのろした動きではいい的か」
 第二世代以降の高性能機ではなく、旧式のものでとにかく数を揃えようとしたのも、ダエーヴァに対する牽制の意味があったのだろう。
 アナザーの人間と同じように、ダエーヴァもイコンについてはよくわかっていないはずだ。性能は示さなければ相手に伝わらないが、数は数えるだけで相手にも十分意味が伝わる。
「いくら殻が立派でも中身の小さいアワビに価値がないのと一緒。見破られれは意味はない。ふむ、今日の戦いはどちらにも転ぶ可能性があるな」
「言ってる事は間違ってないと思うけどさ、随分他人事なんだな」
「我はアワビ養殖の邪魔が入らなければ、どちらが勝とうが負けようが知った事ではないのだよ!」
「あー、そういやお前はそういうやつだったよな。うん、最初からそうだった」
「ところで、この機密文書には、私の改造プランの流用については何か記載は?」
 そう言えば、マスク・ザ・ニンジャに調査を出す際に、そんな口実をマネキが使っていたような事をセリスは思い出した。
「うむ、見つかったぞ」
「そりゃ、当然……え?」
「今、この機密文書に細工を行い、悪の野望を空回りさせる。そうしたら、マスク・ザ・ニンジャよ、この機密文書を元あったところに戻してくるのだ!」
「なんと、機密文書に細工をするとは、しかし、それこそ悪ではありませんか、猫帝博士」
「より大きな悪を討つため、自らの手を汚す事もある。必要悪というものだ、マスク・ザ・ニンジャよ、貴様もいずれ理解する時がくるであろう。その時まで、励めよ」
「なんと、猫帝博士にそんな覚悟が……わかりました、必要とあればいつでも我が力、正義のためにお使いください」
「なんなんだろう、これ」
 さっそくボールペンで手帳に何かを書き込んだマネキは、それをマスク・ザ・ニンジャに渡した。ニンジャらしく彼は一旦天井に消え、それから床に戻ってきて普通にドアを開けてでていった。
「屋根裏とか無いもんな、ここ」



「ああ、そう言えば、先日の話だが」
 作戦前、アナザー・コリマは空港に機材を運ぶ作業をしていた董 蓮華(ただす・れんげ)スティンガー・ホーク(すてぃんがー・ほーく)を呼び止めた。
「先日の話、ですか?」
 そう言われても、蓮華はピンとこない。
 参謀長付きとして、小用で伝言などをよく伝えているので、先日の話というのも山のようにあるのである。
「中国の件だ」
「……何か、わかりましたか?」
 今後の参考にと、アナザー・コリマや他の国連軍の将校から、世界各地の戦況や経過などについての話を何度か尋ねていた。
 国連軍の本拠地であるロシアについては詳しく情報を貰えたが、その他の国では曖昧な情報が多いのが実情だ。
 どの国だって、プライドと面子がある。相手が人類の敵だとしても、諸国の考えが一致するとは限らない。顕著なのは、国連軍の関与を拒否したアメリカだが、日本だって先日まで国連軍と自衛隊は別ものとして動いていたのだ。
「まだ確認がとれていない事も多いが……」
 そういって、今日に至るまでの中国の流れを説明した。
 中国という国は、その実いくつもの民族を内包する他民族国家だ。そのため、今の国家に対して反抗心を持つ者も、決して少なくない。
 ダエーヴァの飛来は、そんな彼らにとっていいきっかけとなり、各地で反乱が起こり、中国という国は同時にいくつもの敵を相手にせざるをえなくなった。
 狡猾にもダエーヴァは、彼らに素早く接近し、支援した。そこでどんな交渉が行われたかは定かではないが、派遣されていた国連軍の相手は怪物よりも人間を相手にしていた作戦が多かったのは確かだという。
 間もなく国連軍との応答はできなくなり、中国政府もまた要人が率先して避難したため機能しなくなり、最も早くダエーヴァに敗北した地域となった。
「それで件の人物だが、それらしい噂を耳にした。散り散りになった国連軍の部隊と、軍の残存勢力を強引な手腕でまとめあげ、インド方面への撤退を成功させた若き将校がいるという話だ。その名が、確か金と言ったはずだ」
「もしかしてそれって」
「中国では珍しく無い名前よ」
 スティンガーが最後まで言い切る前に、蓮華が答える。
 だが、華麗な戦術とか、人望厚きではなく、強引な手腕と表現される辺り、その顔がどんなものか想像に難くない。
「団長補佐らしき人については、何かありませんでしたか?」
「申し訳ないが、さっきの話も、噂話でしかなく、確証は取れてはいないのだ。可能な範囲で調べてはみるが、あまり期待はしないでくれ」
「そうですか」
「今の中国の状況がどんなものかは、わかりませんか?」
 スティンガーが尋ねる。
「ヨーロッパの戦線が激化するに従って、中国への派兵は行われなくなったため詳しい事はわからないのが実情だ。だが……ヨーロッパ方面に、ダエーヴァに物資を輸送するアジア人の姿が確認されているようだ。また、日本の国際空港の職員も、怪物ではなく人が仲介役としてやってくる事が何度かあったと証言している。ダエーヴァと、良好な関係を築いているのかもしれんな」
 アナザー・コリマは首を横に降った。
「これだから厄介なのだ。ダエーヴァにとって、人間とは倒さなくてはいけない相手ではないのだ。彼らの目的はあくまで、この世界を支える力を排除する事にある。人間がその真意に気付き、抗う意思を示さなければ、何もわからぬまま世界ごと消え去ってしまうのだろうな」

「無事、黒い大樹の排除まで事が進んだようだな」
 羅 英照(ろー・いんざお)は蓮華からの報告を受け、そう返答した。そこに感情は見えない。
「はい、このまま救出部隊は帰還します」
「敵も廃棄予定の陣地に兵を送り込んでくる可能性は低い。救出部隊には補給と休憩を行い、それから敵本隊への攻撃を。救出部隊と入れ替わりに発たせた砲兵部隊とその護衛部隊は」
「問題ありません。現地に着き次第、ダエーヴァ軍に対して攻撃を開始します」
「よろしい。国連軍の主力部隊が持ち堪えているうちに、こちらの攻撃態勢を整えなければ我々の敗北だ」
 敵拠点を排除したのちの、背後からの強襲は作戦案のうちの一つではあったが、優先度は高く無いものだった。要点は二つ、敵の防衛部隊の規模と、それを時間をかけずに排除できるか。この二つが満たされないと判断した場合は、当初の予定通り部隊の救出のみを行い、速やかに撤退する計画だ。
「大変だっ!」
 スティンガーが仮の司令室に飛び込んでくる。
「どうした?」
「たった今、砲兵部隊とその護衛部隊から緊急連絡が来ました。敵司令級を受け、部隊壊滅、至急救援を求む、以上です」
「司令級……現れたのは、どちらだ?」
「ザリスです。しかし、部隊からは奇妙な報告が」
「言いなさい」
「はい、数百体のザリスに包囲されている、と」
 この時、僅かに英照の表情に変化があったように蓮華には見えた。だがすぐに、その波は落ち着いた。
「董少尉、撤退中の部隊に急いで通達を。余力のある部隊があれば、彼らで現地で救出チームを組ませてくれ。だが、出撃はこちらの判断を待つように伝えよ。スティンガーは引き続き、部隊との交信を続け、より正確な状況を収集せよ」
 指令を受け、二人は速やかに退室した。
 まだ戦いは終わってはいない、いや、むしろここからが本番なのだった。