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リアクション
鏡の国の戦争 7
「これより地上の敵を片付ける」
三船 敬一(みふね・けいいち)は、ハーポ・マルクスのへりに立ち、振り返らずに言うと、空中に飛び出した。
ハーポ・マルクスは既にだいぶ地上に近いところまで降りている。地上の敵も、火力のある固定砲台は沈黙している。まだ怪物達に対抗策があるかもしれないが、それを行う前に叩き潰すのだ。
先行して降りるのは、カタフラクトを着込んだ敬一、白河 淋(しらかわ・りん)、コンスタンティヌス・ドラガセス(こんすたんてぃぬす・どらがせす)の三人だ。
イコン程ではないが、重量のあるカタフラクトが地面に着地すると、地響きが発生する。隠密に、とはいかない。
「……出迎えもなしか、礼儀のなっていない者達であるな」
コンスタンティヌスは周囲に敵が居ないのを確認し、一歩踏み出し、唐突に後ろに飛んだ。
彼の立っていた場所に、細身の剣が突き刺さる。
「お客様にはサプライズを、といきたかったんだけどねぇ」
地面に突き刺さったものと、同じ剣を持ったザリスが、瓦礫の山の上に立っていた。
ザリスは敬一達の返答を待たずに駆け出す。真っ直ぐ走っているようにみえて、その実フラフラした上半身の動きで迎撃のレーザーライフルを避けると、地面に突き刺さった剣を走りながら抜き取り、淋へと切りかかった。
淋は椀部の装甲で剣を受ける。ザリスの剣は、一振りで装甲の半分程度まで食い込んだ。二度同じ場所に受ければ、腕が飛ぶかもしれない。
「一人で来たのか」
「舐められたものだな」
左右から、コンスタンティヌスと敬一が同時に体術ギロチンアームで攻撃仕掛ける。
「くっ」
ザリスは正面の淋を、蹴り飛ばして二つの剣の自由を取り戻すと、その場でコマのように回転して、二人の攻撃を逸らした。
「受け止められる程のパワーは無いか」
「足を止めるのは危険と判断しただけだよ」
ザリスは全身を使って、二人の攻撃をいなしていく。
(聞こえる、白河さん?)
身体を起こす途中で、ハーポ・マルクスに残るトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)のテレパシーが届いた。
(聞こえてます)
身体を起こし、ザリスと二人の戦いに注視する。割り込むのは少し難しそうだ。
(背面に回り込もうとする怪物の集団を確認した。撤退の動きじゃないね)
(槌と鉄床、ですね)
敵の正面に硬くて生命力のある部隊をぶつけ、その隙に背後や側面から奇襲を仕掛ける戦術だ。
(僕もそう思う)
(一度、撤退しますか)
テレパシーの返答に少し時間がかかった。僅かに一秒か二秒か、そのぐらいでもこの状況では相当な時間に感じる。
(いや、そのまま司令級の相手を続けて。たぶん、隙ができるはずだから、その時に決めて)
(了解しました)
何をするかまではわからなかったが、任せてと言ったのだから、きっと何とかする策があるのだろう。それよりも、それで作れる隙を逃さない事の方が重要だ。
淋はザリスとの近接戦闘に割ってはいらず、わざとレーザーライフルの引き金を引くのに躊躇しているように振舞った。実際に、立ち居地がぐるぐる入れ替わっている三人の戦いで銃器で援護すれば、誤射の危険性が高い。
そしてすぐ、トマスが言ったようにザリスの動きがほんの僅かにブレた。ザリスの視線が目の前の二人でも、淋にでもない方へ向いている。
この瞬間を逃さずレーザーライフルをザリスに向かって放った。
ザリスはこれを避けようと身をよじるが、肩の付け根にレーザーが直撃し、体勢を崩す。
「これで」
「終わりですな」
繰り出されるギロチンアーム。体勢を崩し、片方の剣を取り落としたザリスにこれを処理する方法はなく、下半身と上半身が分断された。
ザリスの上半身が地面に落ちたのに、合わせるように、パワードスーツの着地音よりもさらに大きな、落下音が響いた。
「無茶苦茶させますね」
21式装甲兵員輸送車の運転席に座るレギーナ・エアハルト(れぎーな・えあはると)は、そう思いませんか、とガラス一枚挟んだ向こう側で、呆然とするゴブリン達に問いかけてみた。当然反応は無い。
「ぼーっと突っ立てると、怪我じゃすまないぜ!」
フィアーカー・バルを操るテノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)が、輸送車の前に降り立つ。
空から車が降ってきたから、あるいは司令級であるザリスが目の前で斃れたからか、どちらにせよアサルトライフルで武装した、少し装備が他のよりもいいゴブリン隊は、テノーリオの声を浴びてやっと動き出した。
アサルトライフルを構え、一斉に射撃を開始する。だが、人間を倒せる程度のライフルで、パワードスーツの装甲に与えるダメージは軽微だ。
「こいつを倒したいなら、対物ライフルでも持ってこいってんだ」
銃弾を正面から受けながら、テノーリオはゴブリンの隊に飛び込み、ギロチンアームで次々とゴブリンを倒していった。
「全く、調子に乗ってないでちゃんと周りも見てもらいたいものね」
対戦車ミサイルを担いだ、危険なゴブリンを優先的に排除したミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)は、わざとらしくため息をついて聞かせた。
もともと槌を担当する部隊の数はそう多くなく、すぐに片付いた。
「では、パワードスーツを輸送車に」
戦いが片付いてから、最後に部隊と共に降りた魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)が、輸送車に積み、乗り切らない分は輸送車の上にワイアクローで固定した。
手早く準備を終えると、一向は黒い大樹に向かって出発した。
走り出した輸送車を、ハーポ・マルクスの船内からカル・カルカー(かる・かるかー)とジョン・オーク(じょん・おーく)と夏侯 惇(かこう・とん)とドリル・ホール(どりる・ほーる)、そしてトマスは見送った。
「すごい、司令級をあっさり」
「たぶんね、金色じゃないほうは一人ひとりはそこまで強くは無いんだ。ちゃんと分断すれば、各個撃破は僕達でも十分できる」
「分断して各個撃破ですか」
「この間の作戦の時、ギリギリまで彼らは個人行動をしてたんだ。ただ、連携を始めた瞬間、戦場にいくつも目があるみたいに動き出した。他の隊の報告によれば、増える事もできるみたいだ。たぶん、あの司令級の本質は、最前線に立っても損失を無視できて、かつそれぞれが情報を共有する事で同じ判断ができる事なんだと思う」
無線によって戦場での伝達速度が革新的にあがっても、伝達のミスや現場の人間の思考によって、司令部の出した指令が完璧に遂行されるとは限らない。個々の戦力よりも、群れの長としての能力に特化したタイプなのだろう。
「しかし、そうであれば最初から連携をすれば、先日の戦いの結果も変わったであろう」
「……」
惇にカルとジョンがそれぞれ別々の意味を込めた視線を送る。トマスは苦笑しつつ、話を続けた。
「僕も考えたんだけど、たぶん個人の趣味思考じゃないかと思うんだ」
「ふむ、連携できるけど、あまりやりたくはないとな」
「同属嫌悪なんて言葉もありますしね。自分に近すぎる存在というのは、案外共存できないのかもしれませんね」
「自分がいっぱいいたらって考える事あるけど、上手くはいかないものなのかもな」
「理由は本人達しかわからないだろうけど、大事なのは彼らが連携が必要だと判断する前に、分断して各個撃破するか、中途半端に追い詰めたりしないで一気に決める事だ」
着陸地点を探しながら、ハーポ・マルクスはゆっくりと前進していった。その道行きを阻む者の姿はほとんどない。
黒い大樹の地下には、坑道のような粗末なトンネルが複雑に絡み合い、迷路のようになっていた。その中をユニオンリングで合体した鳴神 裁(なるかみ・さい)とアリス・セカンドカラー(ありす・せかんどからー)はさ迷っていた。
仲間とのテレパシーで、先日の作戦で捕虜になった仲間が居る事や、そのための救助作戦が行われるなどの情報を得て、ニ身一体のまま探索を続けていたのである。
「外は順調のようなのですよ〜?」
テレパシーで外とやり取りをしている魔装ドール・ゴールド(どーる・ごーるど)が報告する。頭の上で五月蝿く響いていた銃声や足音は、仲間と怪物が戦っている音だったようだ。
「うーん、こっちかな?」
主に勘で道を決めて進む。黒子アヴァターラ マーシャルアーツ(くろこあう゛ぁたーら・まーしゃるあーつ)のトレジャーセンスも併用しており、ここまでに収穫もあった。
その収穫の一つである、チョコバーを口にしながら歩みを進める。お菓子が並んだ食料庫や、持ち出してもあまり意味の無さそうな斧や鉈などの武器や鎧などの防具などだ。
弾薬庫なら爆破でもしたいところだが、斧や鎧なんて爆破してもそこにある武具を壊すだけで、自分達の存在が露見するだけであまり意味もないので放置した。お菓子は結構な量頂いた。
しばらく通路を進む。通路は露骨に使われている場所とそうでない場所があり、使われている場所には電球が設置されている。ここは敵の内側であるため、敵も警戒が薄い。先に敵を見つけさえすれば、やり過ごすための隠れ場所には事欠かなかった。
「なんか最近、巡回減ったよね」
探索を始めた頃は、ちょくちょく敵の気配を察知して身を隠していたが、その頻度は日が経つにつれて現象していった。主力を集めて、正面から千代田基地と戦うという話だったが、そちらに人手を取られているのだろうか。探索速度と範囲が広がるのはいい事だ。
トレジャーセンスに惹かれて進んだ先に、何かありそうな部屋を見つけた。入り口にゴブリンが二体、巡回ではなく見張りとして立っている。
「中途半端に距離があいてるから、ヒプノシス一発じゃ無理だね。一人を無力化したら、あとは流れで」
気配を殺して近づく。ゴブリンに気付かれずにヒプノシスの距離に入る。すかさず一体を眠らせ、もう一体に向かって飛び出した。
「あれ?」
もう一方のゴブリンは、その場に膝を折って倒れている最中だった。壁を蹴って横にとび、正面衝突を避けて向かい会う。
「人型の怪物ではないみたいですネ」
ゴブリンを仕留めたアルラナ・ホップトイテ(あるらな・ほっぷといて)は、警戒をといて裁を観察した。
「こんなチビな怪物、見た事ないから間違いないネ」
(合流したのね。あんまり怒らせちゃ、だめよ)
天貴 彩羽(あまむち・あやは)はアルラナにテレパシーでそう返事をした。
アルラナは、捕虜にされてはいなかったパートナーだ。それを彩羽は召喚で呼び寄せ、探索に出していたのである。
四日間、調査をし続けた結果、自分達のおおよその居場所や、怪物が量産される瞬間を確認したそうだ。怪物の生産は、木の根にコブができて、そこから何体ものゴブリンが沸いて出てきたという。
(黒い樹木は、それが一個の生命体? みたいなもので、コアのようなものは無いみたいね)
動力炉のようなものがあるのなら、警備が厳重な区画であったりそれらしいものがあるはずだ。四日間の調査範囲で、そういったものは見つからなかった。
見つかっていない、というよりも存在しないと考えた方が納得できる。黒い大樹内部には取り込んだ建物や空洞もあるが、施設としてはあまり重宝されてはないようだ。
(私達の持ち物があったのね?)
見張りの居る部屋を調査したアルラナが、捕虜の私物を見つけたと連絡があった。
(いいわ、その場所を確保しといて。こっちも動きがあるみたい)
捕虜になってからずーっと、ぼーっとして点呼の時に生存確認がされていただけのベルディエッタ・ゲルナルド(べるでぃえった・げるなるど)と龍砲 天羽々矢(りゅうほう・あめのはばや)に声をかけ、彩羽は人だかりに向かって歩き出した。
「とゆーわけで、二人でここを確保しまショウ」
「何がどうなって、とゆーわけなのよ」
テレパシーで何かやり取りしたのはわかるが、どんな話をしているのかは当然裁にはわからないし、教えるつもりも無さそうだ。
敵ではない、というのはわかるが、これと一緒にここに居るのはそれはそれで、と思わなくも無い。
「我慢の足りない人ですネ」
その先を言おうとしたアルラナの口が、閉じる。
裁も気配を感じ取った、続いて足音。調子と音の重さが揃った足音は、確保を頼んだ誰かという線は薄い。
「暇つぶしには事欠かなそうですネ」
「敵さんに感謝だね」
「どうしたの?」
彩羽は人だかりに近づき、一番近くに居た祥子・リーブラ(さちこ・りーぶら)に声をかけた。集まっているのは子ども達とカカシ、それに近くにいた契約者がちらほらといった様子だ。
「子ども達を避難させるんだって」
カカシはやんちゃ子共を相手に苦戦している様子だった。
「避難ってどこに?」
カカシに尋ねてみる。
「外で騒ぎがあったら、地下の空洞に避難する手はずになっている。まずは子共達からだ」
「私達の処刑はどうなったのよ?」
那須 朱美(なす・あけみ)が質問する。
「時間になっても迎えがこないという事は、それどころではないという事だろう。これ、全く。落ち着かんな。まぁ、しばしここで待っておれば、迎えも来るだろう」
「ここに残れという事か?」
ヴェロニカ・バルトリ(べろにか・ばるとり)に、カカシは頷く。
「当然だろう。おぬし達と子共らとでは立場が違う」
おかしい。その場に居る者なら、誰しもがカカシの行動に疑問を浮かべる。
ダエーヴァが、非戦闘員に対して非道な行為を行おうとしないのは、ここでの生活でなんとなく見えてきた。だが、だからといって見張りも残さずに捕虜を放置するのはおかしい。避難させるにしても、人を呼んで見張りなり引率なりすればいいではないか。
「まるで、逃げてくださいと言ってるようなものね」
祥子は直球を放ってみた。武器は無いとはいえ、素手でも御せる相手だ。中途半端に遠慮をするよりも、危険を天秤に載せて、相手の反応という確かな手ごたえを得るべきだと判じたのである。
「さて、何のことかな。ほれ、行くぞ、ここがいつまでも安全という保障はないからな」
カカシは子ども達を連れて、暗い通路の奥へと進んでいった。
子どもの声と、気配が消えるまで待って、祥子は振り返った。
「許可も下りた事だし、逃げよっか。こんな陰気な場所に長く居るのもね。私も素敵な旦那様……お嫁さん……あれ? どっち……でもいいか。待ってる人がいるものね」
「そうね。けど、子ども達は大丈夫かしら」
彩羽は視線を暗い通路の奥に向ける。今から追えば、追いつくのは簡単だろう。
「たぶん、大丈夫よ。立場が違うもの。それに、薄々感じてたけど、あいつら本気で私達を処刑しようって考えてないんじゃない?」
今日から今に至るまで、ダエーヴァの捕虜の扱いは雑だ。悪い扱いというわけではなく、捕虜を、しいては処刑という目的の達成を酷く低く見積もっているのではないだろうか。
「処刑ってのは、相手を殺す事じゃなくて、そうする事で味方の士気をあげたり、あいての士気を挫いたり、もしくは見せしめなんかにするのが目的でしょ。でもさ、輪廻転生を本気で信じて戦う化け物達に、軍団の士気とか、それどころか勝敗だって重視してるのかわかんないわ。生きたまま捕まえたから、ちょっと観察してみた、ぐらいの軽い気持ちで捕まってたのよ、私達は」
「それには、同意できるわね」
だからこそ、彼らは気軽に顔を出しては、ぺらぺらとお喋りして帰っていったのだ。あれが本命の目的だったのだろう。
しかし、なら処刑などと嘯いて、期限まで設けたのは何故だろうか。その疑問については、今となっては考えるまでもない。
「もう目的は達してるってわけね」
「オリジンの人間は、オリジンの人間が助けるのが道理だものね」
外の騒音は止む気配が無い。戦況はわからない部分が大きいが、カカシが避難を始めたという事は、怪物達にはあまりいい状況ではないのかもしれない。
「あったあった、すぐに見つかったぞ」
宇都宮 義弘(うつのみや・よしひろ)が紙を咥えて持ってくる。
汚い字とよれよれの線で描かれているのは、地図だ。子ども達の避難先を示したもので、何故だか捕虜収容所の場所は記載されてない。
「裏も取れたわね、準備のいい事で」
「ここを制圧したら、これを頼りに子ども達を救助しろって事か、都合のいい」
「とはいっても、一緒に遊んで情の移った子もいるでしょ。カカシが書いたのかしら、汚い絵ね」
ヴェロニカは憤っているというより、呆れているようだ。この地図は、子ども達の救助だけでなく、ここから動く動機付けにも使える重要なアイテムだ。
「取り上げられた私達の持ち物の場所はわかってるわ。今はちょっと手が離せないみたいだけど、ここから……ちょっと遠いわね」
「必要なものは一通り揃ってるみたいね。なら、みんなを集めて帰りましょ。たぶん、道中の怪物は襲ってくるから気を抜かないように、帰るまでが遠足のつもりでね」
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