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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第2回/全3回)

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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第2回/全3回)

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鏡の国の戦争 9


 ウォーレン・アルベルタ(うぉーれん・あるべるた)達突入チームが、地下に入り込んでからしばらく、最初は土や建物の地下部分のコンクリートがむき出しの部分ばかりだったが、黒い大樹の根と思われるもが現れ始め、やがて木の内部へと風景が変わっていった。
「静か過ぎるとは思いませんか?」
 ジュノ・シェンノート(じゅの・しぇんのーと)が言う。
 ジュノの言葉通り、内部に突入してからは敵の迎撃というものがほとんどない。何度か遭遇戦を行ったが、それも清 時尭(せい・ときあき)が事前に敵の動きを察知し、敵地だというのに有利な状況で撃退できた。
「罠もないな。外でドンパチやってたのが嘘みたいだ。さっきのも、アレだったしな」
 彼らの数十メートル後ろでは、ゴブリン部隊が倒れている。
 この時も先手を取り有利な状況で戦えたが、その時の彼らの反応は「なんでこんなところに敵が!」というものだった。
「彼らは組織的に動いています。少なくとも、その前例があります」
「あれだと、ただの洞窟に住んでるゴブリンですなぁ」
 洞窟を根城にするゴブリンであっても、仲間と自分を守るために罠ぐらい用意するだろう。だが、時尭はここまでそれらしいものを見つけてはいない。生活通路だからだろうか、それにしたって無用心にも程がある。
「指揮官が居ないのか、いや……?」
 いくつかの地点で、司令級のザリスが現れたという報告がある。上司がいなくなって羽を伸ばしていたわけでもないはずだ。
「敵の防衛網は外が厚く、内側になるほど隙間ができて、一番奥はスカスカもいいところです。私達の進攻が早すぎた、というので一応の納得はできますが、腑に落ちませんね」
 この話はここで切り上げられた。時尭が通路の先から何かを感じ取ったからだ。だが、ジュノのディエクトエビルには何の反応も無い。
「場所は?」
「かなり近い」
 探知範囲の差でないならば、相手が此の方に気付いていないのか。
 ウォーレンは通路の左右に身を隠すように指示し、待ち構えた。
 しばしの沈黙があって、何者かが姿を現した。
 ゴブリンだ。だが、このゴブリンはこちらに背中から、両足をつけずに飛んできた。ありていに言えば、こちらにただ吹っ飛んできただけった。
 不運だったのは、ティール・マクレナン(てぃーる・まくれなん)の間合いを通り過ぎた事で、そこでゴブリンは真っ二つになった。
「……いらなかったな」
 切り終えてから、状況を飲み込んだティールがぼやく。
「捕まえたところで、喋れないんですから情報を取り出す事はできませにょ」
 ジュノはそう言いつつも、視線は通路の奥に向けている。
 この辺りの探索は、自分達の担当だ。前に他の突入部隊が居るとは考えにくい。
「まだ大勢ぞろぞろ……ん?」
 向こう側から姿を現したのは、那須 朱美(なす・あけみ)だった。
 それに続いて、何人かの姿が確認できる。
「おまえ達……、無事だったか」
 ウォーレンは現れた彼らが、すぐに捕虜になっていた仲間だとわかった。脱出行動を開始しているのは知っていたが、もうここまで来ているのは予想外だった。いい驚きに、安堵する。
「セレアナ!」
 味方を、捕虜達をすり抜けて、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は飛び出した。
 捕虜脱出隊として、隊列の真ん中でテレパシーのやりとりをしていたセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は一瞬反応が遅れ、駆け寄って抱きつかれた勢いでその場に尻餅をついた。
「もう、ちょくちょく連絡してあげたじゃない」
 苦笑し、セレンフィリティの頭に手を置く。
 セレンフィリティをくっつけたまま、セレアナはゆっくりと立ち上がった。
「取り上げられた私物はこちらで既に回収作業に入ってる。このまま脱出しよう」
「ちょっと待って」
 朱美は前に出て、ウォーレンにカカシが置いていった地図を渡した。
「子ども達がこの場所に避難してるんだけど、私達は手探りで進んできたから今どの辺りかわからないの」
「どれどれ……」
 ウォーレンは銃型HCのマップと、手書きの地図を見比べる。他の部隊によって地図の埋まり具合は中々だ。地図がよれよれのため、照合に少しかかったが、場所の検討がついた。
「その子ども達の救助は、他の部隊に任せましょう」
「それぐらい俺だってわかってるって。俺たちは殿につく、まだ作戦は真ん中だ、無事撤退できるまで気を抜くなよ」

「わかった。その位置なら、シャウラ達が近いな」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)はウォーレンからの情報を元に銃型HCのマップを確認した。
 黒い大樹と周辺の地下構造はおおよそ把握できている。敵の動きもかなり静かになり、捕虜との合流も果たしている。
「ヘリの護衛はどうするんだって?」
 テレパシーでシャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)と通話していたルカルカ・ルー(るかるか・るー)がダリルに振り返る。
「間もなく、途中の対空砲陣地を落とした部隊が合流する。彼らに引き継ぐように伝えてくれ」
「了解」
 ルカルカが再度交信をはじめると、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)がダリルに声をかけた。
「で、俺たちはどうするよ? これ以上、奥に行くか?」
 捕虜が救助されたのならば、任務はほぼ目的を達した事になる。
「お前だったら、この状況をどうする? 俺たちじゃなく、怪物側だったとしたら」
「あん? まぁ、ダエーヴァだったら俺たちが救助部隊とは思ってねぇだろうな。で、防壁は壊されて中も滅茶苦茶と」
「普通に考えたら、これ以上の戦闘はただ戦力をすり減らすだけだ。重要な拠点といっても、放棄は止むを得ないな」
 夏侯 淵(かこう・えん)が割って入る。
「人間の軍隊であれば、減った戦力を補充するというのは言うほど容易く無い。訓練期間、それに人間の成長する速度は、軍事行動で減る速度にとてもかなわないからな」
 ダリルは、壁をこんこんと叩く。木のような触感がした。
「これは、よく訓練された兵を製造する工場のようなものだ。詳しい事はわからないが、これが無ければ怪物達は戦力を補充できない。彼らにとっては、国そのもののように重要なもののはずだろうな。だが、それにしては守りが手薄だとは思わないか?」
「だけどよ、守りが無かったわけじゃねぇぜ。俺たちが強すぎただけじゃねぇか?」
 大型怪物に、怪物化したミサイル、対空陣地、歩兵部隊。防衛戦力が全く無かったわけではない。比較的戦力を残していた自衛隊や国連軍といえども、突破するのは困難な戦力が配備されていた。
「先日の、空港の作戦の事だ。何故ダルウィは、あのまま戦わずに撤退した?」
「まだ戦ってた部隊を撤退させるためね」
 テレパシーを終えたルカルカが会話に混ざる。
 その後の事は、作戦が終わってから報告を確認したものだが、ダルウィの動きに他の意味があるようなものは見受けられなかった。純粋に、撤退を支援したのち自らも撤退したのだ。国連軍はさほど追撃には躍起にならなかった、空港の確保が目的だったし、追った先は敵の陣地でどんな罠があるかもわからなかった。特に大きな間違いは無い判断だったはずだ。
「何故撤退する必要がある。これがあれば、戦力をいくらでも補充できるんじゃないのか?」
 ダルウィ自身は、唯一無二の個体かもしれない。なら彼個人は貴重だったろう。負傷もしていたし、撤退に疑問を挟む余地は多くはない。
 だが、無限に製造できるゴブリンなどの兵士をわざわざ助ける理由があるのか。彼が武人気質だから、仲間を見捨てられないから、そんな理由の可能性はあるが、それで納得しろというのはちょっと虫が良すぎる話だ。
「奴らの戦力は、有限?」
「あるいは、有限になってしまったから、もしくはこれから有限になるとわかっていたから、辺りだろうな」
「それってのは、つまり、前の精鋭部隊は結構なダメージを与えてて、こいつが使い物にならなくなっちまったか―――」
「もうこの大樹は放棄する事が、前々から決定していたって事?」
 戦力をいくらでも補充できる夢のような建造物を、最初から捨てる前提で行動していた。教導団の生徒であればこそ、この行為は意味不明だ。
 兵力は降って沸いたりしないからこそ、戦術が必要なわけで、好きなだけ兵力を用意できるのなら、悩んだり考えたりせず、ひたすら突撃だけしてればいいのだ。沢山死ぬだろうが、いずれ向こうの物資が尽きる。こっちは棒でも持たせておけばいい、なんなら死んだ兵の骨を鈍器に使えば、武器の補充の心配も無い。
 常勝無敗の最強の軍のできあがりだ。
「んでよ、結局進むのか、戻るのか?」
「戻ろう。この木を排除するにしても、中に工作をするよりも、もっと手早い方法がある」
 手早い方法―――レイにはまだ、十分戦闘が継続できるほどのエネルギーが残っている。

 後続の部隊と合流し、ユングフラウを降りたシャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)達は、情報にある子ども達を救助するために地面の亀裂から地下へと侵入した。
 既にこの辺りは制圧が進んでいるが、慎重に目的地に向かった。
 たどり着いた先にあったのは、扉というにはあまりにも粗末な木の壁だった。木の板には切れ目と蝶番がついており、扉としての面目は最低限守られている。
 たった木の板一枚なので、防音機能など全く無く、少し前から中の子ども達の声が聞こえてきていた。
「慎重に、中に子ども達だけとは限りませんので」
 ユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)が声を潜めていい、それにシャウラとナオキ・シュケディ(なおき・しゅけでぃ)は頷く。
 少し押しただけで、扉は悲鳴のような音を出した。
「これは……」
 中は悲惨な光景が広がっていた。
 食べ散らかされたお菓子のゴミ、充満する紅茶の香り、そして中央で子ども達にたかられて身動きの取れないレジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)の姿があった。
「どうなってんだ、これ?」
 ナオキは辺りを見回してみるも、子ども達以外の姿は無い。
「え、援軍だ……」
 レジーヌから話を聞くと、子ども達の位置の情報が出回った時に、一足早くこの地点に向かったそうだ。
 暗い防空壕に取り残されていた子ども達は、この来訪者が自分達を救助しに来た人とも知らず、今日までの保護者であった怪物達の敵である事も知らず、お菓子をくれるお姉さんとして接した。
 そこまではよかったが、妙に人懐っこい子ども達は、レジーヌの体を登ってきたり、手を引っ張ったり、ボールを投げつけてきたり、それぞれがそれぞれにしたい遊びにレジーヌを混ぜようとしたのである。
「随分懐かれているようですね。しかし、この人数を引率するのは大変そうですね」
「その事なんですが」
 レジーヌは頭の上に乗った子どもが落ちないように手で支えながら報告する。
「この近くに、他の避難場所があるらしいんです」
「他の、避難場所?」
 シャウラはユーシスと顔を見合わせる。
 すると、子ども達の中の一番年長そうな女の子が、
「大人の人が来たら、ひせんとういんはもうこのあたりにまとめてあるからまかせた、って、言えってカカシさんが」
 と、覚えた言葉を思い出しながら口にした。
「向こうの方、通路が続いているんですよ」
 入り口からは死角になっている地点をレジーヌが示す。その先には、確かに道が続いている。
「それで、そのカカシさんは?」
 ユーシスが女の子に尋ねる。
「行っちゃった。もう、帰ってこないって」



 黒い大樹外周部での戦闘は、次第に収束していっていた。
 もはや怪物達に組織的な抵抗を行えるだけの、数と頭が残っていなかったのである。だがそんな状況になっても、完全に戦闘が終わったかといえばそうでもなかった。
 少数の怪物の部隊は、この状況になってもなお諦めずに行動していた。それらの小隊は、それぞれの連携ができておらず、まともな連絡を取り合う事なく、散発的にそれぞれのやり方で抵抗を行う。
 怪物達にとっては、この外周部は庭のようなものだろう。建物や、地面の亀裂などから現れて、攻撃を仕掛けた。だが、その抵抗もほとんど意味をなさず、その奇襲すら珍しいものへとなっていった。
 それでも、ゼロではない。
 ソフィア・クロケット(そふぃあ・くろけっと)は物陰に潜みながら、息を殺していた。いや、息を殺したつもりで、身を隠していた。
 よく見れば、瓦礫のはじにちらちらと手だか肩だかが見えるし、頭頂部も隠れきっておらず、ゆらゆらと動いている。今は風や、どこかで起こっている戦闘の音が隠れ蓑になっているが、もしもここがもっと静かだったら、
「もうやだ、もうやだ、もうやだ」
 という呪詛だか懇願なのかわからない言葉も聞き取れただろう。
 怪物達は鼻が利くのか、隠れてもこちらに真っ直ぐ向かってくる。味方は近くにいないし、持ってきた爆弾ももう一通り使い切っていた。もう仲間の元に帰りたいのだが、どっちから自分が来たのか逃げ回ってうちにわからなくなってしまった。
 遠くにイコンの姿が見えるのだが、距離もあるし道も大通りになっていて通ると絶対また見つかるに違いない。そう思うと、動けない。
「敵地にたった一人、うふふ、もう立派な戦士ね……」
 絶望感を漂わせていると、その肩を突然掴まれた。
「い〜〜〜〜や〜〜〜〜〜!」
 選択肢に戦うなんて出てこない。逃げる、逃げる、逃げる、の三択だ。
 駆け出そうとするが、この肩を掴む手は中々の怪力の持ち主で、離れないし立てない。
「ちょ、ちょっと、あんまり大声ださないでください」
「ふえ?」
 聞き覚えのある声に振り返ると、そこに居たのはルース・マキャフリー(るーす・まきゃふりー)だった。
 ぷっつんと、何かがソフィアの中で切れた。
「ちょっと、何白目むいて、え? え?」

「うーん……」
「やっと目を覚ましましたか」
 目を覚ましたソフィアはルースの背中にいた。極限の緊張状態が途切れたのをきっかけに、倒れたらしい。立派な戦士の立ち往生みたいなもんである。
「立てるんなら、降りてください」
「……はい」
 すんあり地面に降ろされてしまう。
 すぐ近くに、ここまで人を運んできたヘリがあり、またその周囲には多くの仲間が集まっていた。もう戦闘しているような気配ではない。
「探したんですよ、いつまで立っても戻ってこなかったんですから」
「もう、終わったんですか?」
「とっくに」
 ため息。
 こっちは必死で頑張った。頑張ったんです。なのに、その目は一体何ですか。なんて言葉は出てこない。それよりも、帰れる安堵感の方がソフィアには大きかった。
「英雄達の帰還、ですね」
 ルースの見つめる先では、味方に先導されながらやってくる捕虜になってしまっていた仲間達の姿が見えた。

「小さなお友達がいっぱいネー」
「帰りは随分と賑やかになりそうね」
 突入部隊を出迎えたロレンツォ・バルトーリ(ろれんつぉ・ばるとーり)アリアンナ・コッソット(ありあんな・こっそっと)は、一緒にたくさんの子供がついてきているのに驚いた。
「輸送部隊のヘリじゃ足りないそうだから、うちで引き受ける事にしたんだよ」
 トマスがそう説明する。
 少し視線を奥に向けると、カタフラクトに子供がたかり、その対応に苦慮している敬一の姿が見える。
「おい、こら、叩くな、登るな」
「賑やかになりそうね、ご一緒できなくて残念だわ」
 アリアンナに、ミカエラは「どういう事?」と尋ねる。
「ちょっと一つ仕事が増えたのよ」
「あのビッグなブラックツリーを、ばっさりしてきます」
 ロレンツォとアリアンナは、ヘリではなくソプラノ・リリコに搭乗してここまでやってきた。主目的は、輸送機の護衛だ。
 だが、どうやら当たりを引いたらしく、最初のミサイルと対空陣地を乗り越えてからは、この部隊にイコンを消耗させる敵の妨害は無かった。そういった戦闘をほとんどしていないイコンは今回の作戦には存在し、彼らでこの黒い大樹を排除してから帰る事になったのである。ソプラノ・リリコも選別された一機だ。
 既に開通した無線から、羅団長補佐の許可も取り付けてある。
「そういう話が進んでたのね」
 ミカエラは納得する。人質の救助が最優先だったが、余力を残して帰る必要もないだろう。
「ねぇさ〜ん」
 テノーリオの声に、みんながそちらを見る。
「おー、大人気アルね」
 テノーリオはほぼ全身に子ども達がしがみついていた。アナザーには存在しない獣人は、子ども達に大人気で、どうやら耳に触れて本物かどうか確かめようとしているらしい。
 彼の人気具合は凄まじく、メカメカしいパワードスーツと人気を二分していた。
「痛たたたた、ひっぱるな、千切れる千切れるって!」
 子どもの相手は苦手ではないだろうが、数の暴力には勝てないようだ。
「しっかり面倒みてよね」
「ひでぇ」
 彼らができる範囲で調べたところ、子ども達はごくごく普通の人間の子であると判明した。超感覚や殺気看破の他に、別の隊が預かって輸送する、女性や老人など地下に匿われていた人たちからの情報もそれを後押しした。
 彼らは、各工場で労働する人達に対する人質として、ここに集められていたという。先日の空港の関係者もちらほらと見つかり、怪物達はあのあとも人質の扱いを変えたりもしていないようだ。尤も、空港が開放された情報も彼らは持ち合わせてはいなかったが。
 戻ってから詳しい検査が予定されてるが、大丈夫だって絶対、とはテノーリオの言葉である。そうして胸を張った彼は、今は前かがみになって子ども達に振り回されている。
「そろそろ、準備しないと。みんな、子ども達をハーポ・マルクスに」
「定員オーバーぎりっぎりだ」
 カルはわーわー乗り込んでくる子ども達に、大丈夫かなと少し心配になる。
「安全運転で帰りましょうね」
 ジョンの言葉に、カルは頷いた。
「そうだな、帰ろう」



 イコン部隊の総攻撃が黒い大樹に行われる中、朝霧 垂(あさぎり・しづり)ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)の乗る黒麒麟は、その背に紫月 唯斗(しづき・ゆいと)エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)操る魂剛を乗せ、攻撃している地点の反対側へと回りこんだ。
「いくらおっきくても、やり方は普通の木と一緒なんだね」
 ライゼはモニターに映る巨大な黒い樹木を眺める。
 ミサイルやライフルの一斉掃射を受けても、びくともしないように見えた。
「片方にある程度切り込みをいれたのち、反対側が切れ込みを入れて倒すというわけか。神武刀・布都御霊の刀身であれば十分届くが、いささか気分は乗らんものだな」
 敵の本拠地だと言ってみても、現在は動かぬ巨木である。司令級が何かをすれば、枝葉が動くようだが、この状況で動かないのを見るに、単体では本当にただの木のようなものなのだろう。
「あ、そろそろ準備できたみたい」
 ライゼが僚機のコームラント隊からの連絡を受け取る。
「ゆくか」
 一旦十分な助走距離を取り、それから黒い大樹に向かって走る。
 黒麒麟が大樹に向かって飛び、斜めに構えた神武刀・布都御霊を力一杯振り下ろした。
「ここで、手首を返す」
 戦艦をも分断する長刀の刃を手前に向ける。さすがに、これを力で持ち上げながら切るのは無理だ。
「いっくよー」
 黒麒麟の四本の足の全てが、大樹につけられ、その頭は真上を向いている。そこから、思いっきり大樹を蹴飛ばした。
 そのパワーで深く食い込んだ刃を無理やり引きずり出した。
 この時、魂剛の状態は騎乗というにはあまりに不恰好で、ありえないものだった。体の半分以上が横に飛び出した状態だったのだ。それでも、不安定な様子はなく、まるで一つの機体であるかのようであった。
「倒れるよー、倒れるよー」
 通信機に向かって、ライゼが繰り返す。大きすぎてわかりにくいが、ゆっくりと黒い大樹は傾いていっていた。
「やれやれ、これで一段落か」
「少し物足りなかったけどな」
 唯斗と垂は最後まで黒い大樹が倒れるのを確認したのち、撤退する部隊に合流した。