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ナラカの黒き太陽 第二回 委ねられた選択

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ナラカの黒き太陽 第二回 委ねられた選択

リアクション

7.説得


 仮面の男を筆頭にして、一糸乱れぬ足取りで、薔薇の学舎の制服姿の生徒達が珊瑚城へむかって進軍を始める。その後ろに、幽鬼たちを引き連れて。
 彼らの視線は一様に虚ろであり、心は既に奪われてしまっていることが一目瞭然だった。その身体には黒い靄がまとわりつき、唆すように彼らを取り巻く。さながら黒い靄という糸で操られる人形たちだ。
 しかも、闇に墜ちた生徒たちの力は強力なものになっていた。ニヤンが、その力を分け与えているからだ。
「殺し合いしてもらおうじゃないの。絆とか信用とか、どこまでもつかしらぁ〜?」
 ニヤンはその光景を後ろから見守りつつ、楽しげに高笑いする。
「あんまりはしゃぎすぎてはいけませんわよ。油断なさらないで」
 釘を刺すナダに振り返ると、ニヤンは猫のように笑って。
「撤退しろって言われた時にはムカついたけど、こういう手を考えつくあたり、ナダってばさすがよねぇ」
「褒めても何も出ませんわよ。というより、あのまま突っ込んでいったら、包囲されるのがオチですわよ。まぁ、貴方はそういう子ですけど」
「バカっていいたいの?」
 ぐっと寄ったニヤン両眉の付け根を、ちょんと人差し指でつついて、ナダは微笑む。
「素直、と言う意味ですわよ」
「あら、そーお? ついでに、可愛くて愛らしいってつけておいてよ」
 ある意味単純なニヤンは、あっさりそう機嫌をなおすと、戦場にドレスの裾を翻して向き直った。
「さぁ、ビッチとお子様はどうするのかしら〜?」



「俺らが始末をつけますわ」
 再び出陣しようとした相柳を止めたのは、大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)マリウス・リヴァレイ(まりうす・りばぁれい)だった。
 わざと広間の、他の悪魔にも聞こえる場所で相柳へ直談判を始めたのは、これ以上空気を疑惑で悪化させないためだ。
 とくにマリウスは、教師として責任を重く感じている様子だ。
「お願いします。彼らは、操られているに過ぎない。どうか説得のお時間をくださいませんか」
 ややあって、相柳は答える。
「…………半時だ。その間は待とう」
「ありがとうございます」
 深々と頭を下げ、マリウスは礼を述べた。時間の余裕はないが、交渉の余地を与えられただけでも譲歩だろう。
「ただ、それを過ぎれば……殺す」
「ええで。そうなりゃ、俺らかて容赦はせぇへん。煮るなり焼くなり、好きにしたってや」
 泰輔の返答は、半ばはパフォーマンスだ。だが、はっきりと明言しておくことが、この場では必要ではあった。
「急ごう。彼らを助けなければ。協力してくれる者は、一緒に来てくれ!」
 生徒たちに声をかけ、マリウスは空飛ぶ箒ファルケに跨がり、珊瑚城から飛び出していく。
「俺らも急がなあかんな。……しかし、なぁ」
 泰輔もその後を追うものの、ふと自分たちの格好が気にかかる。
「いかがした、泰輔」
 烏帽子水干の白拍子姿の讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)が尋ねると、「君はまだええよ。問題は、……なんでこんなチュチュ着たバレリーナ姿か、ちゅうこっちゃね!」と半ばやけっぱちに泰輔は吐き捨てた。
 たしかに、これではほとんど、女装というより仮装だ。
 同じく説得のために出発したルキア・ルイーザ(るきあ・るいーざ)たちも、猫耳つきメイド服姿であるし、志と理由はどうあれ、絵面的に説得力に欠ける気がする。
「パーティか! そうなんか!!」
「そうヤケにならぬとも。なんであれ、楽しむほうが良かろう」
 顕仁はそう微笑むと、泰輔の肩を抱き寄せ、耳元に啄むようなキスをする。
「武運は我らにあろう。行くぞ、泰輔」



「邪魔だな」
 マリウスは顔をしかめる。タングートの事情にあわせて女装はしてきたものの、カツラの長い髪とスカートは、どうにも慣れない。下にはレギンスも履いているため、動きそのものには制約はかからないが、不自由な感は否めなかった。
「マリウス先生。僕らが、サポートにまわります」
 小型飛空艇で追いついたルキアとロレンツォ・ルイーザ(ろれんつぉ・るいーざ)がそう声をかける。
「ありがとう。頼んだ」
 そう言うと、マリウスは降下していく。……正気を失った、生徒たちの前に。
 その姿を見送り、ぎゅっとマリウスは唇をひき結ぶ。
(それにしても、カールさんが……。レモさんの事で悩んでいたんでしょうか……)
 マリウスにとっては、同じ時期に薔薇の学舎に入学したこともあり、交流もある人物だ。
 一匹狼でいたがるタイプだったけれども、レモをかまうようになってから、薔薇の学舎で見かける機会も増えていた。彼も馴染んできたのだなと、マリウスはそう思っていたのだが。
「ルキア、気をつけて」
 ロレンツォは、そんなルキアを気遣わしげに見つめる。
 カールハインツに親しみを感じていたのは知っているが、かといって無理はしないでほしい、というのがロレンツォの本音だ。
「ありがとう。大丈夫です」
 ルキアはそう答え、頷いてみせる。
「戦場だから、無理をするなというのも難しいと思うけどね」
 そう付け加えてから、ロレンツォは改めて、飛空艇に跨がるルキアの姿を見た。タングートの土地柄のためなのだが、こういった可愛らしい服装のルキアを見るのは久しぶりだったからだ。
「ロレンツォ、どうかしました?」
「その服、似合ってるよ」
「…………ロレンツォも、お似合いですよ」
 ルキアはそう微笑んだ。二人の外見はよく似通っているから、ルキアに似合うということはロレンツォにもそうだということだ。
 とはいえ、今はそれ以上、余談をしている暇はない。
「おまえたち、自分が何をしているのかわかっているのか? 落ち着いて、話をきいてくれ!」
 マリウスは大きな声でそう呼びかけた。
 しかし、反応は薄く、彼らは足を止めない。
「私がわからないか? とても冷静とは言えないようだな」
 念のため、かぶっていたカツラもかなぐり捨て、もう一度マリウスは「やめなさい!」と集団を一喝する。
「……どけ」
 仮面の男……カールハインツが、低く呟く。その瞬間、鞭の打擲が、ためらいなくマリウスに襲いかかった。
「!!」
 蛇のように鋭く伸びた鞭の先が、泰輔の掲げたフロンティアスタッフに巻き付き、破裂音とともに激しく火花を散らす。
「おまえ、何やってんねん…って、なんでこんなことしてるねん?? 僕ら同窓生やないか、それがなんで戦わんとあかんねん、こんなにも――マジに」
 鞭がほどけ、カールハインツの手元に戻っていった。
「思い出しや、カールハインツ! それがおまはんの名前や、カールハインツ!!!」
 泰輔は、そう幾度も名前を呼んだ。少しでも、洗脳をとくために。
「そうだ、カールハインツ。それから、……!」
 マリウスもまた、カールハインツだけでなく、後に続く生徒たちの名前を連呼する。
 ようやく、隊列の歩みが止まる。反応があったことに、マリウスは安堵した。だが、しかし。
「マリウス先生!」
 他の生徒たちの放つ雷撃や炎が、再びマリウスに襲いかかる。急降下し、ルキアはマリウスを全身で守る。
「ルキア!」
「…………っ!」
 ルキアの細い金髪とドレスの端が焼け焦げ、臭気を放つ。ロレンツォは、すぐさまルキアの傷を『ヒール』で癒やした。
「大丈夫か?」
「平気です。それより先生、説得を続けてください」
「…………」
 ルキアの傷ついた姿に、マリウスは一瞬表情を曇らせたものの、再び強い決意をこめて顔を上げた。
 一方、泰輔は。
「しゃあないな。一発くらい、ドツかなあかんようやね。……顕仁、やりすぎたらあかんよ」
 顕仁は、それに対して肩をすくめたのみだ。顕仁としては、正直、甘えた考えの輩に容赦する気はあまりない。
「甘言に耳を貸すなど、笑止。己自身の手で掴むのでない望み―−勝利になど、意味はないと、知らぬか? 他人だよりの幸せは、その『他人』がひとたび去りゆけば空しきものに失せはてる。立っているには、自分の足、自分の力さえあればよい。それができないとは…杖を必要とする老人か、未だ歩くことを覚えぬ赤子か?」
 顕仁の意見は辛辣だが、泰輔としてもそれは同意だ。
「まぁな。くだらんわ。他人に与えられたかて、それはその時点で、価値のないものになってしまうっちゅうことくらい、わからんはずあるかい! ちぃとは正気に戻れ!」
 そう言い切ると、泰輔は狙いを定めた生徒に向かい、フロンティアスタッフを構えて飛びかかった。
 同じようにレイピアを振りかざし、相手も泰輔に応戦をする。だが、次の瞬間、、泰輔の『召喚』によって呼び出された顕仁が突如彼の背後に姿を現した。
「!!」
 完全に不意打ちされ、相手はなすすべもない。顕人は手刀で鋭く相手の首を狙い、気絶させた。切り捨てるわけにもいかない以上、今はこの程度だろう。
 荒療治だが、堅く閉ざされた心にまで届くよう、今はヒビを入れるのも正気を取り戻す手段の一つだ。
 ロレンツォとルキアは、『光術』と『ヒプノシス』を使用して、襲いかかってくる生徒たちの足止めを続ける。
「しっかりしてください!! あなたがたは……薔薇の学舎の生徒は、そんなに弱い人じゃないはずです!」
 ルキアはそう声をかけつつ、襲いかかる氷や炎に耐えていた。
 その間にも、マリウスは必死に訴え続ける。
「聞いてくれ。私には、おまえたちの願いはわからない。だが、願いは、自分で叶えることに意味があるんじゃないのか。一人で力が及ばなくても、仲間がいる。今まで築いてきた絆を、一時の迷いで無にしてしまっていいのか」
 そう続けるマリウスも、すでに傷ついている。その肌に赤く血が流れても、マリウスは微笑み、ゆっくりと語りかけた。
「深呼吸してよく考えるんだ。たとえ回り道であっても、諦めるな。君のほんとうに大切なものは、何だ?」
「…………」
 マリウスたちの訴えは、ゆっくりではあったが、水が染み渡るようにして広がっていくようだった。
 次第に攻撃は弱まり、混乱するようにうめく生徒たちが現れる。
「安心してくれ。……帰ろう、一緒に。君のいるべき場所へ」
「……は……い……」
 か細い返答とともに、操られていた生徒達が膝をつき、その場に崩れ落ちる。彼らにべったりと張り付いていた黒い靄ははぎ取られ、宙へと立ち上っていった。
 しかし。
「……あかん。カールハインツはどこや?」
 まだ、一人いない。カールハインツの姿だけが、そこにはいなかった。乱戦の間に、一足先に珊瑚城に突入を図ったようだ。
 そろそろ、半時が過ぎる。
「カールさん……」
 彼の身を案じ、ルキアは高くそびえたつ珊瑚城を見上げた。
 しかし今は、目の前の怪我人たちを放ってはいけない。
「よく己と戦ったな。もう大丈夫だ」
 マリウスはそうねぎらいの声をかけつつ、生徒たちの介抱にあたっている。
 ルキアとロレンツォも、地に伏した生徒に手を貸すと、その傷を『ヒール』で癒やしてまわった。幸い、弱ってはいるものの、命に別状はない様子だ。
「……すまない。迷惑をかけてしまって……」
 そう、ルキアに詫びる生徒もいた。それに、ルキアはそっと首を横に振る。
「もう、気にしないでください。ただ、これからはもっと、お互いに語り合えると良いですね」
 闇の声に惑わされたりしないように。支え合えるように。
 ――カールハインツにも、できればそう伝えたかった。
(いえ、きっと、伝えられるはずです)
 彼は戻ってくると、信じよう。そのときに、またあの喫茶室で、語り合う機会もあるはずだ。
 丁寧に介抱を続けながら、ルキアはそう思っていた。