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ナラカの黒き太陽 第二回 委ねられた選択

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ナラカの黒き太陽 第二回 委ねられた選択

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 カールハインツを見つけたのは、千返 かつみ(ちがえ・かつみ)たちだった。
 出発がマリウスたちから一歩遅れたのが、かえって功を奏したようだ。
「乗せてくれて、ありがとう」
 かつみの『幼き神獣の子』に同乗させてもらった上社 唯識(かみやしろ・ゆしき)戒 緋布斗(かい・ひふと)が、礼を言う。
「気にすんな。カールハインツが連れ去られたとき何もできなかったってのもあるし、あと……………………まぁいろいろ」
 後半、かつみは微妙に言葉を濁した。
 あのとき、共闘に慣れていないと口にした自分につきあってくれたことについて、かつみ自身は『借り』のように感じてしまっている。単にその借りを返したかったのだ。
「…………」
 唯識は、ぎゅっと胸元に下げたお守りを握りしめた。
「『御藝神社のお守り』か?」
「ああ、うん。悪魔に対抗するのは、やっぱり神様かなって」
 はにかんだ笑みを浮かべて、唯識は答える。
 実家が神社に縁があるのもあり、唯識は神様という存在を普通に敬い、信じている。
 それに、今回はそれだけではなく、その中にとあるものを唯識は忍ばせていた。
「きっと、大丈夫ですよ」
 緋布斗が正面を見つめたまま、そう言い切る。
 どうもこの童子は、普段は大人しいものの、いざとなると唯識より肝が据わっているようだ。唯識がカールハインツを助けに行くと決めたときも、淡々と「女装のほうが安全みたいですよね」と準備を整えていた。
 今は可愛らしいポンチョ服を来て、キノコハットをかぶっているため、ぱっと見は普通の少女のようだ。一方、唯識のほうは、どうやっても女装は無理かと、緋布斗の付き人に見えるように、執事服にターバンという出で立ちをしていた。
 神獣の子は、人気のない都を風を切って疾走していく。そのうち、「止まれ!」とかつみは声をあげた。
 カールハインツが、こちらに歩いてくるのがわかったからだ。
 咄嗟にかつみは身構えるが、その様子は、予想とは異なっていた。
「カール!」
 唯識はそう呼びかける。カールハインツはすでに仮面を外し、黒い靄もまとってはいない。薔薇の学舎の制服姿のまま、唯識の声に気づくと笑顔で駆けよってきた。
「ああ、会えて良かった。助かったぜ」
 敵意のない呼びかけに、かつみは拍子抜けして、「あんた……大丈夫なのか?」と神獣の子から降りつつ尋ねた。
「心配かけて悪かった。けど、もう大丈夫だぜ。あんな呪い、振り切ってやった」
「なんだ、そうか」
 借りを返しそびれたな、とかつみは内心で思う。一方で唯識は、ほっとするあまり、その場に膝をついて崩れてしまった。
「そっちこそ、大丈夫か?」
「だって、カール……。いや、無事なら、いいんだ」
 そう首を振る唯識に、カールハインツはくすくすと笑って、手をさしのべた。
「よかったな。……緋布斗?」
 かつみはそう話しかけるが、緋布斗はじっとカールハインツを見つめたまま微動だにしない。その表情は、堅いままだった。
「話をしたかったんだ、君と。……もっと早くそうすればよかったって、後悔したよ」
「それはこの後だ。なあ、あの魔導書のところに連れて行ってくれ。大事な話があるんだ」
「レモのところに?」
「ああ。急がないと。危ないんだ」
 カールハインツはそう言うが、唯識とかつみは、そこで違和感を覚える。
 果たしてカールハインツが、レモのことを『あの魔導書』と呼ぶだろうか?
「カールハインツさん、レモさんとの約束を覚えてたんですね」
 緋布斗がだしぬけにそう言う。すると、カールハインツは答えた。
「もちろんだぜ。僕を守ってくれって」
「……………」
 次の瞬間、かつみはカールハインツにむかって、ブーストソードを手に突っ込んでいった。
「!!」
 唯識の目の前で、かつみが吹っ飛ぶ。……そこには、黒い靄をまとわせ、目の色を金色に光らせたカールハインツの姿があった。唯識と緋布斗も、カールハインツから飛び退いて距離をおく。
「ボロがでましたね。レモさんは、そんなことは頼んでいません!! タシガンを守ってくれと、そう言ってたんです!」
 緋布斗が憤り混じりに叫ぶ。決意を固めたレモを、そんな風に甘えた存在のように言われたことも心外であり、また、卑劣な作戦をとったソウルアベレイターが許せなかったのだ。
『このまんま、魔導書前までご案内〜って狙ってたけど、こうなっちゃったらしょうがないわねぇ。せいぜい殺しあってちょうだいな!』
 ニヤンの哄笑が響く。カールハインツは先ほどとは打って変わって殺気を漲らせ、スティレットを構えた。
「悪いけど、本気でいくよ。唯識、俺のことは気にするな。今は説得が最優先だ」」
 かつみはそう言うと、再びブーストソードの柄を強く握る。唯識とカールハインツが親友なことは、かつみも知っている。その唯識を殺そうとしたと知れば、あとでカールハインツも傷つくだろう。それを防ぎたかったのだ。
(どうせ俺、上手く気持ちを伝えたりとか苦手だしな)
「いくぜっ!」
 かつみは正面から飛び込み、カールハインツの武器を狙う。獲物を奪うか破壊すれば、少しは楽になるはずだ。
 だが、次の瞬間、かつみはカールハインツの手から発せられた黒い風に視界を遮られ、再び後方に吹っ飛ばされていた。
 床にたたきつけられた華奢な身体が跳ね、痛みが神経を走り抜ける。
「く……っ」
「かつみ! ……カール、聞こえないのか? もうやめよう!!」
 唯識が叫ぶ。すると不意に、カールハインツを取り巻く闇が、唯識の身体にも絡みついてきた。
『貴方も、可愛いじゃない? ……ねぇ、手を貸してくれない。この子、一人じゃ寂しいようなのよ。貴方、親友なんでしょ? 親友だったら、守ってあげなきゃ……このまま珊瑚城に突っ込んだら、たぶんこの子は殺されちゃうわよ〜?』
「…………」
 闇の声に、唯識の背筋が冷たくなる。だが、次の瞬間、唯識はお守りを手にすると、その中にいれていた、カールハインツと二人で撮った写真を取り出した。
「カールと話したんだ。どんなことがあっても、薔薇の学舎のみんなで力を合わせて乗り越えようって」
 そのまま、唯識はスティレットを手にしたままのカールハインツにむかって走り、力の限りその身体を抱きしめた。
「……君が言ったんだ。僕は、僕なんだって。だから、カール……君だって、君だろ!!? 君自身を、取り戻してくれよ!!!
「……危ない!」
 かつみが手を伸ばす。唯識を貫こうと振り下ろされたスティレットは、しかし、ぎりぎりのところで止まった。カールハインツの身体が、激しく痙攣を起こす。まるで、その内側で激しく争っているかのように。
「……………っ!」
 つむじ風が強く巻き起こり、無理矢理にはぎとられた闇が、呪詛のうめき声とともに吹き飛ばされていく。
『いやぁ〜〜〜ん!! もぉっ!』
 不満げな声が、微かに聞こえ、……そして、静寂が残った。
 腕の中の身体が、重みを増す。カールハインツが、疲弊しきった身体を唯識に預けてきたのだ。
「……おかえり、カール」
「……………ただいま、唯識」
 ありがとう、と口の動きだけで伝え、カールハインツは力尽きて目を閉じた。
「大丈夫なのか?」
「気絶してるだけみたいだ。……よかった……」
 安堵とともに、もう一度唯識はカールハインツを抱えなおす。まだ残る打撲の痛みに若干顔をしかめつつも、かつみもほっと、胸をなで下ろしていた。