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リアクション
第六章 エリックの秘密
「どうだい、大佐。ココは一つ、アメリカ人らしく、取引と行こうじゃないか」
「取引?」
東野にある米海兵隊の基地、キャンプ・コートニー。
ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)の策に嵌まり、捕えられたエリック・グッドールは、ここで、基地司令であるマイク・カニンガム大佐の取り調べを受ける事になった。
本来ならば、軍内部の犯罪については、司令部から派遣された専門の捜査官が取り調べにあたる所だが、なにぶんここは辺境の四州島。取り調べも、基地司令が行う事になった。
その席上――。
エリックは開口一番、こんな事を言い出したのだった。
「そうだ。お前たちの知りたがっている、俺が取り仕切っていた密輸の件についてはもちろん、俺しか知らないとっておきの情報を教えてやる。今回は、特別大サービスだ」
「オマエしかしらない情報というのは?」
「海兵隊内部の、鏖殺寺院の協力者の名前さ」
「なっ――!鏖殺寺院!?」
鏖殺寺院と聞いて、カニンガム大佐の顔色が変わる。
地球にいる鏖殺寺院の分派は、各地でテロ活動に従事しており、アメリカ政府からもテロ組織として認定されている。
海兵隊内部に、そのテロ組織に内通している者がいるとすれば、これは由々しき問題だ。
「――ガセじゃないだろうな」
「もちろん。俺はそいつのツテで、物資の横流しをしてたんだ。間違いない」
「条件は?」
「無罪放免と、身柄の保護だ」
「保護?」
「そりゃそうだろう?あの鏖殺寺院を裏切ろうってんだ。少なくとも、この島からアイツらが一掃されるまでは、俺はいつ命を狙われてもおかしくない」
「アイツら?」
「由比景継と、金鷲党とかいうヤツらだよ!アイツらが、鏖殺寺院とつながってるんだ!!」
「……言いだろう。由比景継とその一派がこの島から掃討された事を確認するまで、この基地にいろ。護衛もつけてやる」
「取引成立だな」
エリックは、ニヤリと笑った。
「無罪放免ですって!?」
大佐の予想外の言葉に、ローザはいきり立った。
「君の気持ちは分からなくもないが、内通者の情報は貴重だ。そのためには、釈放も止むを得ない」
「残念だけど、大佐の言う通りよ、ローザ」
グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)が、淡々と言った。
確かに、冷静に考えれば、大佐の判断は的確だ。
だが、これまで何ヶ月もエリックを追ってきたローザとしては、「はいそうですか」と納得出来る話ではない。
何より、折角エリックの口を割らせようと考えた、手練手管の数々がムダになるのが余計に腹が立つ。
「だが、エリックの身柄確保に貢献してくれた君達の苦労を、俺も忘れた訳じゃない」
カニンガム大佐は、そう言って、ローザの方に身を乗り出した。
「本当なら、訓告モノだが……。今回は特別に、君の同席を許そうじゃないか。君も直接、ヤツの口から真相を聞きたいだろう?」
「そ、それはもちろん……。ですが、軍内部の捜査に、部外者である我々が立ち会って、大丈夫なのですか?」
元NSAとはいえ、所詮今のローザは一民間人に過ぎない。もし民間人を無断で調査に立ち会わせた事がバレたら、大佐と言えどももタダでは済まない。
「もちろん、それ相応の『手続き』は踏んでもらうが」
「手続き?」
「そう。キミの得意なヤツだよ」
大佐は、そう言ってパチリとウィンクした。
「待たせたな。何せ初めてなもので、書類の準備に手間取ってな」
大佐は、そう言うとエリックの前の席に座る。
「そっちの女は?」
エリックは、大佐に続けて入ってきた、女性士官をアゴでしゃくった。
「彼女は、エイミー・デイビス少尉。以前から、四州島における武器密輸の調査に携わってきた。キミの話の裏付けを取るためにも、彼女にも同席してもらう」
「ああ、あんた昔基地で何度か見た事あるよ。へぇ、アンタみたいなのが調査してたとはね」
物珍しそうに、エイミーの方を見るエリック。
今回、ローザが【Οなりきりセット】で変装したエイミー・デイビス少尉は、あくまで実在の人物である。
かつて隊員として基地に出入りしていたエリックを信用させる為に、敢えて基地に実際に赴任している、しかもエリックとほとんど接点の無い女性を選んだのだ。
「よろしく」
ローザは、努めてそっけなく言った。
「もうわかってると思うが、俺は、エリック・グッドールなんていうシケた名前じゃない。俺の名は、ジャック・ピーターソン。そしてもちろん、マリーンでもない。俺は金で雇われただけの、タダのブローカーだ」
免罪符を得たジャックの口は、驚く程饒舌だった。
そもそも今回の密輸事件は、東野藩の開国派を武力で一掃しようとした前西湘藩主の水城 永隆(みずしろ えいりゅう)が、由比景継に武器の密輸を頼んだのが発端だったようだ。
景継は、元々協力関係にあった地球の鏖殺寺院にそれを打診。
鏖殺寺院は、海兵隊員の内通者にその話を通し、武器を調達した。
その運び屋として選ばれたのが、チェース・インターナショナルと駅渡屋(えきどや)であり、武器の一時保管場所として使われたのが、オーバスクラフト社とSMS(セキュリティ・マネジメント・サービス)だった訳だ。
そしてジャックは、その全てを取り仕切る為に、MIAになっていたエリック・グッドールの偽造IDを使って、海兵隊に潜り込んだのである。
もちろん、偽造IDを用意したのは内通者である。
「しかし、まさか、紙の経歴書についてた顔写真で、正体がバレるとはね。最近じゃ何でもコンピューターで管理するのが当たり前だからな。今どき紙の経歴書なんて使ってるオフィス、ココぐらいだろうぜ」
「この島にはネットワーク・インフラが無いからな。怪我の功名と言うヤツだ」
「そんな威張れたハナシじゃないと思うがね」
ジャックはあくまで、ふてぶてしさを失わない。
「でも何故、貴方が選ばれたの?」
「そりゃあオマエ、俺がこの道のプロだからさ」
ローザの問いに、ジャックは誇らしげに胸を張る。
「なるほど。密輸の常習者と言う訳か」
「そういうこった。さて、密輸に関しては、大方話したな。後は、内通者の名前だが――」
「それは、この紙に書いてもらおう」
ジャックは、大佐の差し出した紙に、サラサラと何人かの名前を書くと、大佐の方に突き返した。
「こ、これは――!」
そこに書かれた名前を見て、大佐は言葉を失った。
リストの中に、海兵隊上層部の人間の名があったからである。
これなら、IDの偽造ぐらい朝飯前に違いない。
「な、取引して良かったろ?」
ジャックは、得意気に言った。
「大佐。そのリストどうなさるのですか?」
ジャックの取り調べを終え、別室に戻ってきた大佐に、ローザは訊ねる。
「まずは裏を取る必要があるが、内通者がこのリストだけで済むという保証は何処にもない。まずは信頼の出来る友人に、話を持って行くさ。それにもしかしたら――」
「もしかしたら、君にもまた協力をお願いするかもしれん。その時は、引き受けてくれるかね?」
「それが、祖国の為になるのであれば」
「勿論だ」
大佐は、ローザの差し出した手を、固く握り締めた。
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