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【四州島記 完結編 三】妄執の果て

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【四州島記 完結編 三】妄執の果て

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第九章  封印

「ここも、ダメか……」

 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は、この日何回目かのため息を漏らした。
 リカインは先ほどから、レギーナ・エアハルト(れぎーな・えあはると)からもたらされた情報に基づき、猪洞 包(ししどう・つつむ)が封印されていると思しき場所を廻っていた。

 一番最初に、昔包と訪れた事のある洞窟に行ってみたのだが、そこはもぬけの殻だった。
 そこで、レギーナのリストにある場所を一つ一つ回っているのだが、今のところ何の手がかりも無い。

 リカインは途方に暮れて、【小型飛空艇アルバトロス】の上に座り込んだ。
 正直、疲れてもいる。

「はーーーっ……。包、ドコにいるのかな――……」

 途方に暮れて、空を見上げるリカイン。
 夕暮れ時の空の下、猛禽類が気流に乗って、上空をゆっくりと旋回しているのが見える。
 トンビか何かだろうか。
 そうして、1分程も呆けたように鳥を見つめていただろうか。

「……あら?」

 気のせいか、鳥がこちらに近づいて来ているように見える。

(何か、こっちの方に獲物でもいるのかしら……?)

 そんな事を考えもしたが、獲物を獲るにしては、降下のスピードがやけにゆっくりだ。
 なんというか、何かを確認しながら、慎重にこちらに近づいて来ているように思える。

(もしかしてあの鳥……私に向かって来てる?)

 果たして、リカインのその予想を裏付けるように、鳥は急に速度を増し、ぐんぐんとこちらに向かって降りてくる。

(ど、どうしよう……。どこかに隠れようか……?でも別に、そんな襲われて困るような大きさの鳥じゃないし……)

 などと逡巡している間に、鳥はスーッと宙を滑空して、近くの木の梢に止まった。
 そして一声、鳴き声を上げると、そのままじっとしている。
 気のせいか、自分の方を見ているようにも見えるのだが――。

「あら……?あの鳥……、もしかして……?」

 鳥に、何処か見覚えのあるような気がして、リカインはゆっくりと鳥に近づいてみた。
 すると驚いた事に、鳥の方から、自分の目の前の地面に降りて来た。
 そしてまた一声、高い声で鳴く。

「あ……!?あなたもしかして、包の飼っていた――!」

 自然では滅多に見られない、全身黒尽くめの鷹。
 間違いない。包の飼っていた【漆黒の鷹】だ。
 鷹の方でも、リカインが自分を思い出した事に気づいたのか、再び梢に舞い上がると、また一声鳴く。

「ちょ、ちょっと――」

 慌ててリカインが追いかけると、また少し離れた梢に移り、また鳴く。

「あなた……、私を何処かに連れて行きたいの?もしかして、包のトコロ!?」

 もちろん、リカインの問いに、鷹が言葉を返す訳は無い。
 だが鷹の目が、「そうだ」と告げているように、リカインには見えた。

「ちょ、ちょっと待って!今飛空艇持ってくるから!!」

 慌てて飛空艇に飛び乗り、エンジンをかけるリカイン。
 飛空艇が、ふわりと浮き上がる。
 すると、それを待っていたかのように、鷹も飛び上がった。
 大空を一、二度旋回すると、一直線に飛び去っていく。

(やっぱりあの子、私を案内しようとしてるんだわ!)

 強い確信を胸に、リカインは鷹の後を追った。


 鷹の後を追って飛ぶ内に、いつしか太陽は西の地平線に沈もうとしていた。
 全てが茜色に染まる中――。
 リカインは、行く手に数人の騎馬の一団を見つけた。
 鷹は、そちらの方へとまっしぐらに飛んで行く。
 リカインは、ふと思い立って、無線機を取り出した。
 行く手にいるのが、例の捜索隊なのではないかと思ったのだ。
 彼等には、各隊ごとに無線機が支給されている。
 呼びかければ、答えてくれるはずだ

「もしもし。聞こえますか。こちら――」


 果たして眼下の一団は、社の調査にあたっている騎兵隊だった。
 一行の中に五十鈴宮 円華(いすずのみや・まどか)安倍 晴明(あべの・せいめい)の姿を見つけ、リカインの胸は高鳴った。
 この2人がいるという事は、ここには包がいる可能性が高いと言う事なのだ。

 リカインがやって来たのは、首塚大社から程近い、こんもりとした小山だった。
 山、と言っても、実質丘くらいの高さしかない。
 レギーナ・エアハルト(れぎーな・えあはると)のリストによると、ここは丈勇(たけはや)の墓と言われている場所の一つとなっている。
 伝説の英雄にはよくある事だが、彼の墓と言われている場所も、東野に複数存在している。
 レギーナの報告によると、ここはかなり昔の古墳であり、丘の中には石室が存在するが、内部は既に盗掘に遭っており、石棺が残されているのみとなっている。
 ところが捜索隊が訪れてみると、古墳の入り口が大岩で塞がれ、中に入れなくなっていたのである。
 しかも辺りの様子から、岩が動かれされたのはつい最近の事だと分かった。

「まずはこの、入口の岩をどかさないといけないね」

 晴明が、巨大な岩を、ポンポンと叩きながら言う。

「縄をかけて、馬で引きましょう」

 騎兵隊の分隊長が、提案する。

「なら、私もアルバトロスで」
「よし俺の飛空艇も使おう」

 騎兵隊の馬と、リカインと晴明の飛空艇とで、岩を引っ張る事になった。
 岩と地面の境目には、岩が倒れやすいように、切り出してきた丸太が差し込まれる。  

「よし、いいぞ!引けーっ!」

 合図に合わせて、一斉に縄を引く馬と飛空艇。
 これを幾度か繰り返すと、大岩がドォーンと、大きな音を立てて倒れた。
  
 晴明が術で灯りを創り出すと、内部を照らし出す。
 石を積み上げて作った回廊が、まっすぐ内部へと続いている。
 回廊は細く、人が一人通るのがやっとという様子だ。

「見て下さい、ここに足跡が」

 騎兵隊員の一人が、地面を指差した。

「中に入る足跡と、出る足跡がありますね。それと大きさから見て、最低でも2人はいたようです」 
 
 隊長が、分析した。

由比 景継(ゆい・かげつぐ)三田村 掌玄(みたむら・しょうげん)でしょうか?」
「中に入ってみれば分かるさ。行こう」

 リカインにそう言って、晴明は古墳に入っていこうとした。

「お待ち下さい、晴明様。もし罠があったら――」
「大丈夫。あったとしても魔法の罠だよ。それなら、俺が気付かない筈はない。ああそれから、君達はここで待っていて」

 晴明は騎兵隊員たちにそう言うと、リカインと円華だけを連れて、古墳へと入っていく。
 
 細い回廊を10メートル程も進むと、円形の部屋に出た。玄室だ。
 天井もそれなりの高さがあり、回廊の狭さから解放された円華たちは、ホッと息を吐いた。

「これが、石棺か」

 晴明が、部屋の中央に鎮座する石の棺に歩み寄る。
 記録によれば、石棺は盗掘を受けていたはずだが、石棺の蓋はピタリとしまっており、表面には最近新たに施されたと思しき魔法陣が描かれている。 

「ふーん……」

 晴明は石棺を一通り眺めると、今度は玄室の周囲の壁を見て回る。

「なるほど。確かに、ここは昔かなり厳重な結界が張られていたようだね。壁一面に、呪文が掘られている。ホラ」

 言われてリカインが覗き込むと、確かに、玄室の壁を構成する石材には、何か文字ようなものが刻まれていた。

「所々傷んではいますが、これだけ術式が残っていれば、封印を補強する役には立ちそうですね。景継がここを包さんの封印場所に選んだのも、頷けます」

 反対側の壁を調べていた円華が言った。

「え!?それじゃあ、包は確かにココにいるの?」
「はい。そこの石棺の中にいると見て、間違いないと思います。ですよね、晴明さん?」
「まぁ、少なくとも何か封印されているのだけは間違いないね――さてと、こんなもんかな」

 晴明は玄室の壁の何箇所かに呪文の書かれた札を貼り付けると、石棺に歩み寄った。

「それじゃ、封印を解こうか。円華、協力お願いね」
「はい」
「リカインは、俺が合図をしたら、石棺の蓋を開けてくれる?女性に力仕事をお願いして、申し訳ないけど」
「大丈夫よ」

 リカインは、若干緊張した面持ちで頷いた。

「よし、始めよう」

 晴明は、何やらブツブツと呪文を唱えながら石棺の周囲を巡り、手で印を切っては、呪符を張り付けていくという作業を繰り返す。
 その間、円華は瞑目して意識を集中しながら静かに歌のようなモノを歌っていた。
 歌を用いるのが、五十鈴宮家に伝わる秘術の特徴である。
 円華の高音の呪歌と、晴明の低音の呪文が狭い玄室の中に木霊して、不思議な旋律を生み出す。
 石棺の廻りを一巡りした晴明は、今度は手で印を組みながら結跏趺坐の姿勢を取り、ひたすら呪文を唱え続ける。

 そうして、一体どの位の時間が過ぎたのか――。
 5分過ぎ、10分過ぎ、やがてリカインの時間の感覚が、あやふやになり始めた頃――。

 パシィン!

 激しい音と共に、晴明が石棺に貼った呪符が、弾け飛んだ。
 更に2つ、3つと、呪符が弾け飛んでいく。
 そうして、呪符が全て弾け飛んだ時――。

「今だ!」

 晴明が叫んだ。
 リカインが、すぐさま石棺の蓋に手をかける。
 するとそれは、リカインの予想に反して、何の手応えも無く、するりと滑るように動いた。
 蓋が、ゴトリと大きな音を立てて、床に落ちる。
 その下から現れたのは、紛れも無い、猪洞 包(ししどう・つつむ)だった。

「包!」

 リカインは、眠るように横たわる包の肩に手をかける。

「ちょっと待って」

 いつの間にか隣に来た晴明が、リカインを静止する。
 晴明は、包の身体の上に手をかざすと、精査するように上下左右に動かした。
 そして、いつものように手で印を切りながら二言三言呟くと、包の額にそっと触れた。

「包!つつむ!!」
 
 今度こそ、思い切り包を揺するリカイン。
 
「ん――……」

 軽く身動(みじろ)ぎして、包は、ゆっくりと眼を開いた。

「包!私よ、分かる?」
「リカイン――……?あれ、僕、どうして……?」
「良かった……!」

 包を抱きしめ、涙を流すリカイン。
 包は、「訳がわからない」という顔をしている。

「良かったですね、包さん」
「円華さん、僕、一体……」
「由比景継に捕まって、ここに封印されていたんですよ」
「封印?」
「包。君は以前、自分の事を『大神の生まれ変わり』と言っていたんだってね」
「はい」

 今一つ事態が飲み込めないながらも、包は晴明の問いに頷く。

「正確に言うと、君はただの生まれ変わりじゃない。君は首塚大神の分かたれた半身、和御魂(にぎみたま)の化身なんだ。そして今、大神が君を必要としている」
「僕を?」
「そうだ。由比景継が、大神を支配しようと狙っている。そしてそれを防ぐには、大神が本来の力を取り戻す必要がある。大神の半身である君と、再び一つにならねばならないんだ」
「僕が、大神と一つに……」
「そうだ。一緒に、来てくれるか?」
「包……」

 リカインは、包に声をかけようと口を開いたが、喉まで出掛かった言葉を呑み込んだ。
 もし包が大神と一体になったら、今の包はどうなってしまうのか。もしかしたら、包という存在は消え去ってしまうのではないか、リカインは危惧しているのだ。

「わかりました。行きます」

 包は、ハッキリと答えた。
 自らを、『大神の生まれ変わり』という包。
 恐らく、リカインの危惧にも、とうに気がついているだろう。
 そしてそれがわかっていながら、包は行くという。
 ならば自分に出来るのは、包を見守る事だけ――。
 リカインは、胸の潰れるような思いで、包を見つめた。