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【四州島記 完結編 三】妄執の果て

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【四州島記 完結編 三】妄執の果て

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第十一章  『魔』の時

「日が暮れるね、お兄ちゃん……」

 寿々守(すずもり)村の向こうの山に姿を消す夕日を見送りながら、酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)が暗い声で言う。

「元気出せ、由美子」
「そうだぞ。猪洞 包(ししどう・つつむ)も見つかったという話だし、この戦いも、多分今日で終わる」
「……うん。そうだね」

 酒杜 陽一(さかもり・よういち)フリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと)の言葉に、由美子は精一杯の笑顔を返す。
 頭では分かっているが、怨霊とはいえ、人の霊を消滅させてしまうのは、どうにも気が進まない。
 東遊舞(とうゆうまい)で浄化してあげられればいいのだが、舞手の数は限られている。
 東遊舞の効果と、舞手や楽士を募集している事を、東野全土に《宣伝広告》しては見たが、その効果が現れるのは、まだずっと先の事だ。
 仕方の無い事だと言ってしまえばそれまでだが、由美子は未だ割り切ることが出来ないでいる。

 そんな由美子の思いを他所に、世界は急速に光を失い、薄暮に、そして宵闇へとその姿を変えていく。

「そろそろだな」

 フリーレの言葉に、【ソード・オブ・リコ】を抜き、戦闘体制を取る陽一。
 一方由美子は、村人達を守る為に、村へと戻っていった。
 この村の住人に鬼化する人がいない事は、既に昨日の時点で分かっているが、陽一達の目をかいくぐって村内に進入する怨霊がいないとも限らない。
 それに村内には、昨日陽一とフリーレが【さざれ石の短刀】で石化させたり、【終焉剣アブソリュート】で氷像に変えた、鬼化した人々が『保管』されている。由美子には、それを監視する役目もあった。

「……来たか」

 彼方の中に、一つ、また一つと、ぼぉっとした人影が姿を現す。
 怨霊だ。
 流石に、昨日よりは少ないが、まだ結構な数がいる。

「今日は、怨霊だけか?」

 《ダークビジョン》を使い、敵の中に鬼化した人間がいないか確認する陽一とフリーレ。
 
「どうやら、そのようだな」
「良し。それなら――」

 陽一は、ソード・オブ・リコの出力を上げ、ドンドンその刃を長く、大きくしていく。

「行くぞ、フリーレ」
「いつでもいいぞ」

 巨大な光剣へとその姿を変えたソード・オブ・リコの巻き添えを喰わないよう、フリーレが後ろに下がったのを確認すると、
陽一はソード・オブ・リコを思い切り横に振った。

 光の刃に薙ぎ払われた怨霊達が、たちどころに雲散霧消する。

「この調子なら、楽でいいな」
「調子に乗って、力を使い過ぎるなよ。夜はまだ始まったばかりなのだからな」
「わかってるよ」

 フリーレにそう返しながらも、陽一は早くも次の獲物を探している。
 一刻も早く寿々守村の安全を確保して、周辺の村々を回るつもりなのだ。
 
「どうやら、大丈夫なようだな」
「良し、ならまずは隣村だ」

 陽一はケータイを取り出して、隣村に移動する旨を由美子に告げる。
 移動すると言っても、あくまですぐに戻ってこれる距離にとどまるつもりだ。

『気をつけてね、お兄ちゃん』
「ああ、由美子もな」

 短い連絡を済ますと、陽一は【漆黒の翼】を拡げ、宙に舞い上がる。
 空から見ると、怨霊の発する光がよく見えるのだ。
 すぐ後を、【嵐の衣】を纏ったフリーレが続く。

 二人は、新たな敵を求めて、新月の闇の中を進んでいった。



 一方その頃――。
 首塚大社は、敵の猛攻にさらされていた。

 景継は、どうにかして大社内にいる首塚大神を手中に収めたいらしく、物凄い数の怨霊と鬼化した人間達が、境内に押し寄せている。

 その大群を一挙に浄化すべく、神楽台では早くも、東遊舞が始まっている。
 舞手はエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)の二人。
 白姫は、先日に引き続いての参加である。国元に残してきた影武者も今のところは立派に役目を果たしているようだ。
 エースは、今回初めて東遊舞に参加するが、これまで何度も東遊舞を見てきたお陰で、たった2日の練習でも、舞を習得する事が出来た。
 これに今回は、先日の東遊舞の講習会の受講者から選抜した、選りすぐりの楽士と歌い手が参加している。
 楽士と歌い手達は、始めの内はあまりの怨霊や鬼の多さにすっかり怯えきってしまい、とても舞を務められる状況になかったが、白姫やエースの訴えが、彼等を奮い立たせた。

 「今、この社殿の中には、首塚大神様がおわします。あの怨霊や鬼達は、その大神様を狙う不届き者に操られ、お社に攻め寄せてきているのです。あの怨霊たちも鬼も、元々は皆様のご先祖様であり、同胞であった方々。決して自ら望んで、あのような姿になった訳ではありません。そして、あの方々を元に戻せるのは、私達のみ。東遊舞を舞い、奏で、歌うことの出来る、私達だけなのです。お願いです、皆さん。勇気を出して下さい。たった一度で良いのです。皆さんの真心の籠もった、一回の東遊舞で、あの可哀想な皆さんを、元に戻す事が出来るのです」

 深々と頭を下げる白姫。

「初めてあんな敵の大群を見たら、誰でも恐ろしいと思う。でも、安心してくれ。君達の事は、あそこにいる俺の仲間達が必ず守る」

 エースは、既に戦いを始めている仲間達の方を指差す。
 
「つい2日前にも、ここで戦いがあった。今日よりももっと沢山の敵が、ここに押し寄せてきた。その戦いの中、東遊舞を舞ったんだ。今日と同じ様に。でも、東遊舞に参加した人達の中に、怪我をしたりましてや命を失った人は、一人もいなかった。もう一度言う。君達の事は、俺の仲間が必ず守り抜く。だから、協力して欲しい。君達の協力が無くては、東遊舞を舞う事は出来ないんだ」

 この2人の言葉で、皆、なんとか恐怖心を克服する事が出来た。 

 もっともこれは、護衛を務めている4人の活躍も大きい。
 エースの言葉が真実であると信じられたからこそ、楽士達は安心して、舞に集中出来たのである。
 その4人というのは、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)
土雲 葉莉(つちくも・はり)隠代 銀澄(おぬしろ・ぎすみ)である。


「鬼になっちゃった人っていうのは、やっぱり頭も悪くなっちゃうのかしらねぇ」

 セレンが、【希望の旋律】で怨霊を切り倒しながら、言った。
 切られた怨霊は、歓喜の表情を浮かべながら消滅して行く。

「え?」

 セレアナが怨霊を4人まとめて《魔弾の射手》で狙い撃ちしながら聞き返す。
 【絶望の旋律】で撃ち抜かれた4人の怨霊は、皆、苦悶の表情を浮かべながら消えていった。

「いやさ、さっきっから見てると、面白いようにトラップに引っかかってくれるから」
「そうね。でも、かかった先からバカ力で壊しちゃうのが、困りモノだけれど」

 肩を竦めるセレアナ。

 首塚大社の境内には、先日と同じ様に、《秘めたる可能性》を持つセレアナの《防衛計画》に従って、随所にトラップが仕掛けられていた。 
 いるのだが、先日と違い今回は、敵の中に金鷲党の様な普通の人間が一人もいないため、戦っているセレン達も、勝手の違いに戸惑っていた。

「なんていうか、トラップっていうよりもバリケードの役にしか立ってないわよね」
「鬼化した人間の膂力に耐えられるようなトラップを作製するには、時間と資材が足りなくてな」
「でも、ちゃくと役に立ってますよ!トラップで足止めされてるお陰で、【しびれ粉】で動けなくするのがラクチンで助かります!」

 《麒麟走りの術》で、向こうから物凄い速さでやって来た葉莉は、セレンとセレアナの前で一瞬立ち止まってそう言うと、また風のように去っていく。
 鬼化した人間が次々と罠にかかるので、粉をかけて回るのが忙しいのだ。

「しかし、こうも数が多いと、そろそろ突破されかねないですね」

 二人の横で、【羅刹刀クヴェーラ】を振るう銀澄が言った。

「そういう事なら、そろそろアタシの出番かしらね――怨霊の方は、セレアナと銀澄だけで十分みたいだし」

 セレンは希望の旋律を鞘に収めると、2、3歩前に出た。
 そして、肩に手を掛けると、ロングコートをバサァ!と脱ぎ捨てる。
 その下にまとっているのは、メタリックブルーのトライアングルビキニのみだ。

「な、何を!?」

 イキナリ水着姿になったセレアナに、仰天する銀澄。

「あー、いいのよアレはアレで。気にしないで」
「いえ、『気にしないで』と言われましても……」

 パートナーを止めるでも無く、呆れた様子で手をヒラヒラさせているセレアナに、銀澄は戸惑うばかりだ。
 ビキニ姿で仁王立ちになるセレアナ目がけ、殺到する鬼達。
 それに対しセレアナは、軽く2、3回ステップをして調子を取ると、いきなり回し蹴りを見舞った。

「ギャア!」
「グエェ!」

 その一蹴りで、セレアナの周囲にいた鬼達が、まとめて吹き飛ばされた。

「んーっ!やっぱりこの格好でないとねぇ〜♪」
「こ、コレはもしや、『脱げば脱ぐほど強くなる!』というあの伝説の格闘術、《裸拳》!?」

 まるで水を得た魚のように、生き生きと戦うセレアナ。
 その戦い振りに、銀澄は魅了されたかの様に釘付けになっている。
 
「あら?気に入ったの銀澄?何なら、今度教えてあげようか?」
「い、いえ!拙者は結構です!」
「コラ。清純な大和撫子を、不純な道に誘わないの!」
「何よ、不純って!ひっどー!アタシは純粋に強さを追求しているだけよ!」

 セレアナのツッコミに文句を言いながらも、セレンは戦いの手を休めない。
 むしろ、ますます興に乗って来たようである。

「さあ、アタシが相手よ!どっからでもかかってきなさい!」

(出来ない……。例えそれでどれだけ強くなれるとしても、拙者には絶対に出来ない……)

 裸同然の姿を恥じらう事どころか、むしろ楽しんでいるようにしか見えないセレンとの間に、銀澄は、決して越える事の出来ない壁を感じるのだった。