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リアクション
第二十九章:分校のやんごとなき人たち
さて、宇宙へ出発する人たちを見送る前に、時間を戻そう。
舞台は、そもそもの事の発端であるパラ実極西分校へ帰ってくることになる。
ツァンダに最も近いこの分校は、以前から騒動が絶えずついには大規模紛争が勃発して他校の契約者たちの介入を余儀なくされた経緯があった。
好意により無償で分校の復興に手助けしてくれる臨時教師たちの地道な教育活動もあって、分校はしばらく問題になるような大きな事件は起こらなかった。
不穏な空気が流れ始めたのは、この年の秋。豊作を祝して収穫祭が行われた頃からだ。
少し前から、特命教師なる謎の教師たちが分校で指導を始めており、校内は不自然な平穏さが保たれていた。パラ実特有の荒っぽさはなりを潜め、生徒たちの覇気もない。
一つには、分校内の秩序を保とうとする決闘委員会の強力な統制もあったが、同時に決闘システムに用いられる機器の効果でもあった。
スカウターのような勝敗測定器は、装着者の脳波を乱し多用するとゲーム感覚に陥ってしまう働きがあると判明していた。これは特命教師たちが分校を実験台にするために生徒たちを大人しくさせようと考えて提供されたもので、すでにかなりの数が流通し今でも使用されている。
特命教師たちは、兵器開発と販売を手がける軍需企業『バビロン』から派遣されてきた研究員たちであった。彼らの計画は、不信感を抱いた他校の契約者たちの活躍により今のところほとんど進んでいない。しかし、依然勢力を保ったまま機会を待っていることは確かだ。
特命教師たちのリーダーである、真王寺 写楽斉(しんのうじ しゃらくさい)は、挑まれた決闘に敗れ、約束どおり地下教室へと去っていった。その代わり、わずかな隙を突いて核のような効果を持つ機晶石を搭載した人工衛星の打ち上げに成功している。それが、今回の事件の解決すべき大きな問題なのだが、解決までの道筋は後回しにしよう。
あいかわらずどたばたはあったものの、なんとか無事に防災訓練を終えた分校に、一つの大きな転換があった。
分校の校長が代わったのである。
これまで、分校では多くの校長が就任(?)しており、そのほとんどが即興で組み立てられたとしか思えないお粗末なロボットだった。強い者が偉い野生ルールのまかり通るパラ実では、校長の権威を重んじる者などほとんどいない。管理の都合から、分校長は形だけ置かれていたが、しばしば破壊されそのたびに造りなおされていた。生徒たちもその存在を忘れがちだったが、やはり様々な手続き上いないと不便だということで、なんとなく受け入れられながら放置されていたようなものだった。
その分校長“25号”が自爆し、新たな校長が必要となった。
事件に巻き込まれ偶然その場にいたシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)が、成り行きもあり半ば押し付けられるように校長に就任させられてしまったのである。
シリウスを校長に推した蒼空学園の馬場 正子(ばんば・しょうこ)は、即座に他校の代表者たちに根回しをし、あっさりと承認を取り付けた。彼女としても、蒼空学園に最も近い分校に、話のわかる責任者がいたほうが今後の交流も含めて都合がよかったのだ。“25号”、あるいはその後に予定されていた“26号”では、いざというときに分校を押さえられない。もし分校で大事件が発生したとき、距離関係からどうしてもツァンダ近辺および蒼空学園も巻き込まれることになる。そのたびに、ほぼ関係のない蒼学生が事態収拾に狩り出されていたのではたまったものではなかった。
正子は、極西分校の内部事情に積極的に関与するつもりはなかったが、分校の発展がツァンダ周辺にもよい影響を与えることはわかっていたし、危機管理の観点からも安心して任せることのできる責任者を欲していたのだった。
他校の責任者たちとそれ以外の各国にとっても無関係ではない。シャンバラ大荒野は、犯罪者や放校された生徒たちの行き着く地域でもある。何が起こっているかわからない未知の状態よりも、一部地域とはいえしっかりと管理してくれる人物がいてくれたほうが、その後の行方を追うのにも労力がいくらか少なくなるし、犯罪者もマークしやすい。大荒野に人員を派遣しなければならなくなった時にも、部分的であれ内情が明らかなほうが安心できる。さらには大荒野探索の窓口になるかもしれない。
実のところ、シリウスの校長就任はそれらの権力者たちの思惑も微妙に入り混じった政治的な決定であった。くじ引きなどで適当に選ばれたわけではないし、悪ふざけから起こった出来事でもなかった。
ニルヴァーナと百合園学園に主な活動拠点を持ち、かといってどこか特定の大きな組織に属しているわけでもなく、活動的で各地に顔と名前がそれなりに知れ渡っており、事件に対処できる能力も備えている。将来の活躍も期待でき人格的に問題のない人物が選ばれた結果、シリウスが任命されたのであった。
彼女は全く知らなかったが、裏では有力者たちによる代表者会議が行われ大きな力が動いていたのだ。そのため、シリウスが校長就任を正式に受け入れた後、そうそうたる顔ぶれが挨拶に集まった。
各地の権力者の他、ニルヴァーナからは山葉 涼司(やまは・りょうじ)が、百合園学園からは桜井 静香(さくらい・しずか)が、そして蒼空学園からは当然のごとく馬場正子が、忙しい時間の合間を縫ってわざわざ極西分校までシリウスに会いに来るに至って、彼女は事態の重大さを認識したのだった。
「これからオレの公開処刑でも行われるのかと思ったぜ」
校長就任のための手続きを一通り終えたシリウスは、幾分疲れた様子で言った。
極西分校のみを任された分校長とはいえ、その権限は侮れない。この分校には現在把握しているだけでも周辺地域を含め、3000人ほどの生徒が所属しているとされている。正式な生徒名簿が出来上がれば、もっと多くの生徒の存在を確認できるかもしれない。
パラ実全体から見ると、小さな分校だ。だが、その学園としての規模は、他校と比較してみると蒼空学園よりも百合園女学院よりも大きいのだ。
もちろん、学校のシステムや成り立ち、洗練度、生徒の質の良し悪しもあるので一概には言えないが、勢力的に考えるとシリウスは他校すら凌ぐほどの権力をよくわからないまま握ってしまったのだった。下手に動くと、国際紛争、もとい学校間紛争を起こしかねないレベル。校長の一挙手一投足に注目が集まり、失敗は許されない。そう考えると背筋が寒くなる。
ザワザワ……ガヤガヤ……。
そういうわけで、校長になったシリウスの姿を一目見ようと、生徒たちが集まってきていた。荒野のモヒカンから校内をたむろするヤンキーまでさまざまだが、案の定何かのイベントと勘違いしているらしい。
荒れ放題になっている校庭には改造バイクに乗った暴走族が一番良い席を取ろうと陣取っていた。彼らは、新しい“ヘッド”を迎える緊張した面持ちだ。まだ破壊されずに残っている校舎では派手な厚化粧のギャルたちが、廊下にベタ座りしてケータイをいじりながら待ち受けている。校門付近では、パラ実OBを中心としたテキ屋が軒を並べており、またしてもお祭り模様になっていた。
一様に落ち着きがなく騒がしいが、それでも「呼ばれたら来る」という当たり前のことが以前と比べてできるようになっている。こんな簡単なことすら、分校生たちはできなかったのだ。防災訓練の成果は上がっていたということだろう。
「よーし、お前ら今日はめでたい日だ! 分校をあげて歓迎するぞ! 校長先生のお話をよく聞くように!」
分校の熱血教師たちは、集まってきた生徒たちに檄を飛ばした。これまでは、分校のならず者たちに蹂躙されまともに学校を運営することができなかった。しかし、それも今日で終わりだ。若くて力のある校長が就任したからには、一致団結して分校を良い方向へと建て直そうとやる気に満ち溢れている。この学校にも、まともな教師はいるのだ。彼らにとって、シリウスの校長就任は大歓迎だった。
「ああ。こちらこそよろしくたのむぜ」
シリウスは、分校教師たちの熱烈歓迎に少々気圧されつつも、一人ひとりと自己紹介を交わしていく。これまで長年ロボット校長だったため、無秩序で無気力だった。彼らもまた、はっきりした指導者が必要だったのだ。この好機を逃す手はないと、みなが交流を求めてくる。
「えらいことになりましたね。事情を詳しくお聞かせいただけますよね」
パートナーのリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)が、校長室のソファーに腰掛けて有無を言わせぬ笑みを浮かべたまま聞いた。
仮設とはいえ、分校には新たに校長室が作られていた。
分校で活動していたシリウスから校長がどうたらこうたらと怪連絡が入り、リーブラが急遽駆けつけてきたときには、すでに分校長の椅子に納まってしまった後だった。
「事情も何も、そのまんまだぜ」
シリウスは、他の教師たちから手渡された分厚い資料に目を通しながら深くため息をついた。やらなければならないことは多い。
彼女を推薦した馬場正子も、なんでもいいからとりあえず適当にシリウスに校長になれと言ったわけではなかった。強引で独断的ではあったが、前で記したとおり権力者たちの政治的な意図も少なからず働いていたのだ。シリウスが抗える術はなかった。この分校に女子生徒を探しに来た時に運命は決まっていたのだ。
「例えば、だ。おカネってな、言うまでもなく無から湧き出してくるわけじゃねえよな。どこかに財源があって、厳しい規則と監視の中で管理されている。今後、オレはそこから予算使い放題なんだ。申請も許可も必要ねぇし審査も書類も必要ねぇ。ノーチェックなんだぜ。それだけでも、どれほどの権力が裏で関わっているかくらい想像つくだろ。オレは、恐ろしい権力の流れに知らず知らずのうちに飲み込まれちまっていたんだ」
シリウスは、いささかゾッとしながら言った。万一、彼女が道を踏み外しても、分校内では誰も咎める者はいない。望むなら自分に都合のいいルールを作り、生徒たちを従わせることもできる。権力を持つということはそういうことだ。よほど厳しく自分を律し責任感を強く持たないと、堕落してしまう。これまで以上の自制心が必要とされた。
とはいえ、ただのお飾りではない。積極的に自分から動くこともできるし、またそう要求されているように思えた。
「決められ方が理不尽だったし陰謀の臭いもしたので迷っていたが、結局引き受けることにした。分校の生徒たちの顔を見ていたら、オレも少しは奴らのために働いてやりたくなったんだ」
シリウスは、なし崩し的に就任させられたときに、生徒の誰かが言っていた生徒を覚えていた。
やったぜ、久々の人間校長だ! と。彼らは、本心から望んでいたのだ。人には象徴が必要なのだろう。冷たいロボットではなく温もりのある存在が。
彼らの期待に少しでも答えてあげたいと思ったのが本心だった。
「……はぁ。もう無茶をして。シリウスなら断れないでしょうね、それは」
まあ、おおむね予想通りと、リーブラは頷く。
もはや事態は誰でもいいことではなく、シリウスにしか出来ないことになってしまったのだ。背後でどんな意思が蠢いていようとも、なったからにはできる限りのことはしようという決意がわかった。それ以上の説明は不要だった。
「それに、権力の乱用についてはご心配は無用ですよ。万一、シリウスが間違えた行動をした場合は、わたくしが許しませんから」
リーブラは笑みを浮かべたままはっきりと宣言した。助言を与えてくれるだけでなく、権力の監視とストッパー役にも徹してくれるらしい。
「そいつは頼もしいぜ」
リーブラを怒らせたら大変なことになる。シリウスは、誰に言われるまでもなく最も模範的に活動することになるだろう。
そこへ。
校内で根回しをしていたパートナーのサビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)が、一人の見知らぬ女子生徒を連れて校長室へと戻ってきた。彼女は、シリウスの味方になってくれそうな生徒を集めようとしていたのだった。
「シリウス、ちょうどよさそうな秘書を見つけてきたよ」
サビクの紹介に、シリウスは絶句した。
目の前には、なんだか見覚えのありそうなフォルムのロボットが立っていた。あの分校長“25号”より大きく姿形は違うが雰囲気的にどこか似ている。
「初メマシテ。私ハ護衛ろぼノ“あぱっち君3号”デス。カラーテ五段デス。ねっとノ通信教育デ、カラーテ習イマシタ。瓦ナラ20枚割レマス。主ニ光線デ」
電子音で合成された声までそっくりだ。
“25号”とは違い、がっしりした超合金ロボを連想させる戦闘メカのようだった。金属のボディの上から、空手胴着を身につけ黒い帯を締めている。
時間がしばし凍りついた。どこをどう突っ込んでいいかわからなかった。
シリウスたちがじっと見ているのに気を良くしたのか、注目されていると勘違いしたのか、“あぱっち君3号”は、かっこよくカラーテの構えを作った。空手ではなく、カラーテだ。いかにもインチキくさい。
リーブラは、あらまあ……、と目を丸くしている。
「シリウスは、百合園での教職もあって忙しいでしょ。細かくて面倒な雑務は全部こなしてくれるみたいだから、遠慮なく使ってやるといいんじゃないかな」
いい人物を見つけてきた、とサビクは満足げなのだが。
「サビク、せっかく連れてきてくれて悪いんだが、こいつ早速スクラップにするぜ」
シリウスは、カラーテ五段“あぱっち君3号”を名乗るメカを少しの間凝視していたが、笑顔で屋外を指差した。額にはかすかに怒りマークが浮かび上がっている。
「おい、3号表に出ろ。オレが相手になってやるぜ」
シリウスは基本的には人がいいのでむやみに喧嘩を売ったりしないのだが、どうもこのロボットは生理的に神経を逆撫でする。その場にいるだけでイラッとさせる存在感だった。
「あちょー!」
“あぱっち君3号”は、受けて立つとばかりに正拳突きの型を見せた。オレに触ると大怪我するぜ、とアピールだろう。
なんなのだろうか、これは? もしかして挑戦なのか?
「このロボ、戦って勝っても誉れになりませんわよ。むしろ人生の汚点でしょう。まあ、やるのでしたら遠くから応援しておりますので頑張ってくださいね、シリウス」
リーブラは他人事のように言った。
「よく見てよ、シリウス。ボクが言っているのは、そのロボットの後ろに隠れている女の子だよ」
サビクはやれやれ、と言った口調でメカの背後を指す。
“あぱっち君3号”の陰に隠れていたパラ実女子制服姿のメガネ娘が、恐る恐る顔を覗かせながら小さく頭を下げた。
「あ、あのあの、すいません。は、はは初めましてっ。名前は、メル・メル。姓はメル、名もメル。魔女っ子っぽい名前って言われるけど、工業科所属で科学者志望」
メル・メルと名乗った女子生徒はよろしくお願いします、とシリウスの様子を伺うように自己紹介した。テキトーに名づけられたようにしか思えないが、これでも本名らしい。笑ったら可愛いのだろうが、無愛想でとっつきにくそうな印象の女の子だ。ビクビクと小動物のように警戒心が強く、じっと見つめているとすぐにロボの背後に隠れてしまう。
「この子はちょっと対人関係が苦手らしくってね。機械の背後からじゃないとうまく会話ができないんだ」
「いや、実際のところオレ秘書とかいらないんだけど」
何から何まで勝手に進む事態に、シリウスは幾分困惑気味だ。
しかも見たことも聞いたこともない上に、コミュニケーションに難ありの女子生徒を連れてきてどうしろというのだろうか。
「まあ、そう言うなって。この子を連れてきたのには訳があるのさ」
サビクは、にんまりと笑みを浮かべた。
「彼女はね、あの“25号”の製作者なんだ。もちろん、そこの“あぱっち君3号”もな」
「なんだって」
驚くべきことに、このメル・メルは、あの“25号”を始めとするロボット分校長の製作者本人なのだった。“24号”以前も、ロボット分校長がモヒカンたちに破壊されるたびに、コツコツと続編を組み立ててきたという。
凄いのか凄くないのか判断に苦しむメカだったが、生徒たちの噂によるとメルは分校内では頭がよく機械工作の得意な女子生徒らしい。運動能力は全然ダメみたいだが、計算能力と事務処理能力にも秀でており分校の重要な生徒の一人のようだった。
分校には、彼女のような真面目な生徒も一定数いる。他の学校に移ってもやっていけそうなのにどうしてパラ実にいるのか、他校の契約者たちは不思議に思っていた。たいていは、決闘委員会の赤木桃子のように過去に犯罪歴のある生徒が潜んでいたりするのだが、メルの場合は特にやましい経歴はなかった。単に居心地がいいから分校にいるらしい。
わいわい、楽しく、仲良く、お友達! そんな関係を好まない生徒の多くが分校に集まっている。素敵で華やかで美しい、愛と友情に満ち溢れた充実の学園生活を好まず、他校では得ることの多い名声や栄光、豊かな身の上に微塵も憧れを抱かない生徒たちもいるのだ。向上心がないわけではなく、価値観の違い。人間関係で気を使うつもりはなく、体裁をつくろわなくてもいい。気楽に気ままに人の目を気にしなくてもいい自由奔放な校風が魅力的なのだ。決闘システムの導入により無益な暴力行為は少ないし、勉強なら教師に教えてもらわなくても自分でやればいい。そう彼女は考えているようだった。
「いや、それはわかったし、手伝いを申し出てくれるのはありがたいんだが、人付き合いが悪くて仕事ができるのかな?」
シリウスがじっと見つめると、メルは“あぱっち君3号”の背後からちらちらと顔をのぞかせながら、赤くなる。嫌がっているのではなく、有名な契約者との対面に慣れていないのだ。
「これまでロボット分校長を使って分校の管理に一役買っていた女子生徒がそのままシリウスのお手伝いになったと考えれば、これからもやりやすいんじゃないかな?」
サビクは含みを持たせた口調で言う。こういう生徒を味方につけておいたほうがいい、と。
メル・メルは、権力は持っていないが、これまで分校を陰から支えてきたのだ。ロボット分校長の製作を任されていたくらいだから、他の教師たちの信頼も厚い。校内の事務処理も受け持っており、半ば『一人生徒会』状態だったという。分校は、決闘委員会が取り仕切っているため生徒会はないに等しいが、実のところ事務処理面ではメルが密かに切り盛りしていたのだった。彼女にこれまでどおりの仕事を任せておけば、面倒な手間も省けるのではないか、とサビクの考えだった。
「なるほど」
確かに。シリウスも会計や事務処理までこまごました仕事をやっていたのでは、時間がいくらあっても足りない。それは彼女のパートナーもしかり、だ。悪い子ではなさそうだし、しばらく傍に置いておいても良いかもしれないと思った。色々と役に立つだろう。
「ヨロシクオネガイシマス! 空手部作リマスカ? 顧問ニナッテモイイデスヨ?」
“あぱっち君3号”がメルに代わって元気良く手を上げて言った。
「……」
その発言をシリウスたちは華麗にスルーした。このロボットは構うと鬱陶しそうだからだ。戦って勝てるとか立場の上下とか関係なかった。なんというか、面倒くさいことになるのは分かっている。こいつは、メル・メルの“壁”として認識された。目障りだが、壊されないだけでもましだろう。
そのメルは、少しモジモジしていたが、意を決した表情でシリウスを見つめ返した。
「あ、あの……。ほ、本当にちゃんと、校長先生やってくれるんだよね? 辞めたくなったらいつでも言って。“26号”造る準備をするから」
小声ながらも、はっきりと聞いてくる口調に責任感が感じられた。見た目は頼りないが、少しでも分校を良くしたいという気持ちは本物らしい。もし、シリウスにやる気があまり感じられないなら、いつでも去ってもらっていいとその目は言っていた。
「ああ、心配いらねえぜ。もう決意したからには責任を持ってできる限りの職務は全うすると約束しよう」
シリウスは迷うことなく答えた。
「なら、わたしもやれることは何でもやる。使えないと思ったら、クビにしてもらっていいから」
メルも熱意をこめて答えた。
うん、悪くないとシリウスは頷く。いわゆる“ナード”な属性の陰気な少女だが、邪念もなく友好的で仲良くやっていけそうだ。せっかく立候補してくれたのに追い返すのも気が引けるし、味方につけておいて損はないだろう。
「じゃあ、ボクは引き続き根回しに奔走してみることにするよ。支持固めをして地盤を強固にしておいたほうがいいだろう」
サビクの言葉によると、ならず者たちもそれなりに期待を込めて集まってきているようだった。彼らも強力なリーダーを必要としていたのだ。
先日の生徒たちの反応を見る限りでは受けは悪くなさそうだが、果たしてどこまで支持してくれることやら。パラ実では、何より実力がものを言う。シリウスはこれまでの実績では十分だが、イメージで好印象を植えつけるのには時間がかかるだろう。
「王や大統領のように存在自体を権威とするには歴史が必要だよ。そこまでキミはここを続けられるかな?」
サビクは、意味ありげな笑みを残して、活動を再開すべく校長室から姿を消した。
「サビクさんは考えがあるのでしょう。護衛はわたくしが交代しますわ」
リーブラは、サビクを見送ってから全部承知した表情で言った。
「不意打ちや暗殺は幾らでもくるでしょうし、自分でいうのもなんですけど、実力あるわたくしたちを従えてるという事が、シリウスの権威づけにもなるはずですわ」
彼女の言葉通り、一目でわかるいかにも悪そうな連中が外に全員集合していた。自分たちより弱い校長に従うつもりはない、と彼らの目は言っている。しかし、そんな生徒たちこそが、分校の主な構成をなしているのだ。
パラ実の不良たちに言葉などあまり通用しない。彼らが認めるのは実力のみなのだ。それは分校でも例外ではなかった。隙あらば攻撃してやろうと戦意旺盛なモヒカンも校内をうろうろしている。彼らにとっては襲撃もコミュニケーションの一つであり、手荒な出迎えを受けても即敵だと判断しがたいところもある。猛獣がじゃれついてきて怪我をしてしまったのと同じようなダメージを受ける可能性もあった。
「就任演説と所信表明で納得させてやるぜ」
シリウスは立ち上がった。他の教員たちの手によって、全校集会の準備はできていた。壇上スピーチでどれだけ注目をひきつけることができるかが鍵なのだが。
「せっかく気合が入っているところに水を差すようですけど、校長先生の長話は生徒たちに歓迎されませんわよ」
リーブラは冷たく言った。スピーチは短いほうがいいかもしれない、と。
校長が壇上で一生懸命話しても、生徒たちは拝聴することはなく大抵ウザがられてしまう。校長先生の長話は定石だが、生徒たちの好感を買うことはない。
パラ実生たちは、相手の力量をオーラと迫力でまず判断する。やる気や熱意は、多くの言葉を連ねるよりも力強さをアピールしたほうが伝わりやすいのではなかろうか、とも思えなくもない。
「むしろ、ヒャッハー! の雄たけびだけの方が受けがいいと思いますわ」
リーブラは、冗談でなく真顔で助言した。そして、パラ実ではそのセリフが説得力を持ってしまうところが困る。
「ふっ、助言ありがとうよ。だが、オレは媚びるつもりはないし分校生たちを侮っちゃいないんだぜ。一人前の生徒として、貴重な人材として、言葉をかけてやりてえんだよ」
少し考えてシリウスは答えた。受け狙いで好感度を上げてもあまり意味がないように思えた。ありのままぶつかった方が、結局生徒たちにも認められやすいだろう。
「こ、これ。スピーチの原稿。使う?」
メル・メルはノート端末から作っていた原稿の束を差し出してくる。パッと目を通してみると、即興で作ったにしては悪くない内容だ。立候補するだけあって、事務処理能力は低くない。
「せっかくだが、遠慮しておくぜ。お前は、生徒たちの名簿を出来る限り詳しく作っておいてくれ」
シリウスはやんわりと断りながら、別の指示を出した。
重要なことは、この分校の全貌を知ること。生徒たちを把握しておけばコミュニケーションも取りやすい。学校の統治にも役に立つ。
「……極西分校の全校生徒名簿なら、あるよ」
メルは、懐から小さなメモリーチップを取出し差し出してきた。“25号”が爆発する寸前にシリウスたちがもらった物よりも、さらに詳しいプロフィールが網羅されているらしい。メルが地道に校内を歩き回って集めた資料を、頻繁にアップデートしているのだ。
「用意がいいのは頼もしいな。ついでに赤木桃子を呼んでおいてくれ。就任演説が終わったら折り入って話があるとな」
「……重火器類の使用を許可してくれるなら」
メルは、桃子の名前を聞くとビクリと身を震わせた。怯えているようにも怒りを押し殺しているようにも見える。彼女にとって、桃子との間で色々と確執や因縁があるのだろう。それについてはいずれわかることだろうし、水に流すこともできるだろうとシリウスは思った。
「まあ、オレに任せておけ。すぐにとは言わんが時間をかけてでも解決するさ」
シリウスは、小さく微笑みながらリーブラたちを共に校長室を出た。
まあ、細かいことは後回しにしておこう。まずは生徒たちに挨拶だ。
「キターーーーー! 校長だーーーーー!」
シリウスが表に姿を現すと、カメラのフラッシュと歓声と花吹雪に包まれた。待ち構えていたならず者たちは、ヒャッハー! と一斉に殺到してくる。新しい校長が果たしてどんな人物なのか、見極めてやろうと我先にと襲い掛かってきた。
先日、シリウスが分校長への就任を打診された時に現場にいて、支持を表明してくれた生徒たちが先頭に立って盛り上げようとしてくれている。
「おらおら、全員拍手だ! 胴上げもするぞ!」
「はいはい、皆さん。握手をしたいのでしたら並んでくださいませ」
護衛を買って出たリーブラが、シリウスの前に出る。大切なパートナーの盾になることも辞さないし、あまりに行儀の悪いモヒカンにはキツーいお灸を据えてやってもいい。
すると。
「全員整列!」
騒ぎが大きくなる前に決闘委員会のお面モヒカンたちが大勢登場していた。彼らは、騒ぎ始めようとしている分校生たちを静かにさせるのにさほど時間はかからなかった。無秩序だったモヒカンたちを整列させた委員会メンバーは、シリウスたちに礼儀正しく向き直り、敬礼ではないが一同にビシリと礼の仕草を表した。軍隊か警察のデモストレーションのような動きだった。
「お待ちしておりました。我々一同、新しい分校長の就任を心より歓迎いたします」
「これは……、赤木桃子の指示なのか?」
礼儀正しい出迎えに、シリウスは裏で働いている力を意識せざるを得なかった。委員会のお面モヒカンたちは、見回しただけでも100人以上が出張ってきており、新しい校長に危害が加わることのないよう周囲を警戒している。お面モヒカンたちは、一目でそれなりに強力な契約者であることが見て取れた。その迫力に、先ほどまで外でわいわい騒いでいたモヒカンたちも一歩引き下がって大人しくなっていた。
「まるで、己の権力の示威行為のようですわね」
リーブラがシリウスに耳打ちする。
彼女らの視界の中には、決闘委員会の委員長である赤木桃子の姿は見当たらない。だが、どこかでこれだけのお面モヒカンたちを指揮しているのだ。
彼女はシリウスたちを拒絶してはいない。お面モヒカンの一人が口にしたように、新校長の就任を歓迎してくれているのに嘘偽りはないだろう。しかし、これだけの統率力のある組織を支配している人物がいることを忘れるな。それが、分校での力関係だ。桃子は、どこかでそう言っているように思えた。
「さあ、こちらへ。みんなが、挨拶を待っています」
お面モヒカンは、感情の読み取りにくい口調で礼儀正しくシリウスを校庭へ案内した。そんな彼女らを、ざわつきながらも暴れださずに出迎える分校生のモヒカンたち。
それについて思うべきことはないではないが、後回しにしておこう。決闘委員会とは今後について協議することになるだろう。
「みんな、良く来てくれたな! オレがシリウス・バイナリスタだぜ!」
シリウスは、眼力を込めた笑顔で生徒たちを出迎え、堂々と宣言した。全身に魔力が満ち溢れ、力強い生命力が分校生たちを注目させた。
「オレが今日からこの分校の校長だ! 黙ってオレについて来い!」
その一声だけで十分だった。彼女の存在感が野性を通じてパラ実生たちに伝達する。
「ヒャッハー!」
モヒカンたちは歓声を上げた。第一印象の受けは悪くないようだった。
「えー、つまり、だ!」
モヒカンたちがガン見する中、シリウスは語り始める。
長い話は校長の定石。ざわざわしながらも、それに耳を傾ける分校生たち。
「ふふ……。シリウスにはいいプレッシャーですわね」
リーブラは、少しはなれたところで微笑みながら様子を見ていた。
シリウスの、本当の仕事はこれからなのだ。
これは、そう……。
まだ事件が発覚する前のお話。
シリウスたちは、知らなかった。核を搭載した人工衛星が上空を飛んでいることを。
シリウスたちの活動は後にも譲るとして、ここで一旦、場面を変えよう。
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